[830]福島本部活動日誌です52

吉見 おさむ 投稿日:2012/01/03 16:13

以下に、MLに投稿した内容を転載します。

(転載始め)

2011年12月29日の日誌です。
今日は画像がとても大量になりました。
また、ガイガーカウンターを使用する際、移動しながらなので、じっくり時間をかけて正確に測れなかったことを最初にお断りしておきます。

正午にKさんが来ました。今日は一日中Kさんにお世話になりました。

昼食として、カレーライスをお出ししました。

川内村に行って、かわうちの湯に行きました。
Rさんが、かわうちの湯の画像があるかを以前MLで尋ねていましたので、改めて撮影しました。

受付の人に訊いたところ、かわうちの湯は1月5日~8日まで休館です。
また、年度内に予定していた大規模な改修工事も3月以降になったそうです。

かわうちの湯の近くにあるコンビニが営業していました。
建物脇の駐車場には20cm陥没しているところがあります。

コンビニの品揃えは、やや増えていました。
雑誌類は全くありませんが、お弁当類や食材が増えていました。
但し、空いている棚も((下の画像の反対側にも)ありました。


お弁当の製造者の住所はさいたま市になっていました。
店員さんとKさんの会話によると、川内村の名産品は、売り切れた後は製造されておらず、今は全く在庫がないそうです。

かわうちの湯の隣にある、富岡消防署川内出張所には、消防車や消防関係車両、それに災害支援車両と書かれたタンクローリーが駐車してありました。


川内村の蕎麦屋に行きましたが、丁度不在でした。
息子さんが帰省したので迎えに行ったそうです。

一旦事務所に戻って洗濯をした後、Kさんに同行して、国道399号線を北上して飯舘村に行きました。

途中の国道399号線は、日当たりの悪い所が凍結していました。
山道であり、まだスタッドレスタイヤに代わっていないので、危険でした。
失敗でした。



また、通行できない所はなかったのですが、夏から補修工事がされずにそのままになっている所がほとんどでした。

葛尾村の住民によるパトロールをしているプレハブも、夏からそのままでした。

国道399号線で北上する途中、浪江町の所に動物保護団体が来ていました。
一人の女性は写真の通り、防護服を着ていました。

他の二人は普通の格好でした。その内一人は外国出身と思われる人でした。

399号線を北上する途中で、大体浪江町のあたりで線量の高そうな所を計ってみました。
(googleの地図で「37.581249,140.759912」と検索すると出てくるあたりです。)
車内の線量が4.19μSvだった地点の側溝は、57.77μSvでした。
その側溝の脇の地面は18.97μSvでした。



もう少し進んだ別の場所では、車内の線量が5.40μSv、そこの側溝は62.97μSvでした。

浪江町は国道114号線の通っているところに沿って北西に延びています。
丁度そこを、つまり道路の通っている低地を通って、飯舘村に放射性物質が飛んでいったのだと実感しました。

飯館村に入る所で、石碑の文字が見えるようになっていました。冬になって、草が枯れたからだと思います。

飯館村の十文字(注:県道62号線と国道399号線が交差する箇所だと後で飯館村の住民の方に教えて貰いました)で計ってみました。
普通の地面は12.13μSvでした。

完全に凍っている側溝の上は4.57μSvでした。しっかり計るのを忘れましたが(汗)、空間線量とほぼ同じです。

夏にも二度計った草の上は7.61μSvでした。なお、夏に計ったときは50μSv近くでした。

雪の影響で線量が上手く計れなかったのかもしれません。

十文字では、国の累積線量測定器が置いてありました。その脇には「文科省(左上の矢印)33」と書かれたガムテープが地面に貼ってありました。



また、『注意 熊出没』という看板が立っていました。

十文字を少しだけ行った所に、風呂用の煙突から煙を上げている民家がありました。

そこのお宅で少しだけ話を聞けました。
奥さんは
「仮設では、風呂の追い焚きが出来ないので、4人で入る頃にはお湯が冷めてしまう」
「だから、今日は自宅に戻ってきて、温かいお湯に入れる」
「自宅で餅つきをしてから仮設に帰る」
「今日は自宅に泊まる」
「ここら辺だと、十文字の線量が高い」
「『注意 熊出没』の看板だけど、本当に熊が出た。あと、猪や猿がここら辺に出た。特に猿は群れで近所の柿の木を食い荒らしていった」
と言っていました。
この民家の庭の空間線量は、7.42μSvでした。

飯樋小学校に行きました。

飯樋小学校の地面は3.63μSvでした。

飯樋小学校から飯館村役場に向かう途中にあった、渡辺自動車は、営業していました。

役場は通り過ぎるだけでした。役場の電光掲示板は1.35μSvを表示していました。
その時の車内の線量は0.94μSvでした。

飯館村で、国が除染のモデル事業をやっているらしい所に言ってみました。

(二枚目の画像は、一枚目と砂利道を隔てた反対側にあります。)
そこで計った車内の空間線量は1.56μSv、地面の線量は7.31μSvでした。

帰り道の途中、川俣では、車内の線量が0.28μSvでした。

帰る途中で、船引の食堂に寄って、夕食にしました。
Kさんが店お勧めの海鮮丼とかけ蕎麦のセット、私がミックスフライ定食でした。
その後、リオンドールで正月用の買い込みをしました。普段は買えない半額の肉類などを買ってしまい、後悔しました・・・。

事務所に戻ってコーヒーを飲んだ後、Kさんは帰りました。大変お世話になりました。

29日の夜から30日の朝9時まで日誌を書いていたのですが、深夜から未明にかけて、時々288号線から来て399線に右折する車がありました。
深夜に原発方面に向かっていく車は、警察車両を除きありませんでした。

(転載終わり)

(転載始め)

2011年12月30日の日誌です。

会員のAさんが来ました。
これから暫く滞在されます。宜しくお願いします。

Aさんを、検問所だけご案内しました。
その際に、二人で職務質問をされました。
検問所にいた愛知県警の警察官は
「20km圏内の様子が酷い。空き巣が窓ガラスを破っているところが多い」
「暗くなってしまうと、わからないので、泥棒は入り放題」
「正直、20km圏内がこんなに酷いことになっているとは思わなかった。だから済まないが、こうして声をかけている」
「防護服で完全ガードしているけれど、正直怖い。福島の人には、気を悪くさせてしまっていると思うし、済まない」
と言っていました。

夕食は、Aさんに、すき焼き、ぶりのしゃぶしゃぶ、人参と紫キャベツのサラダ、ぶり大根、を作っていただきました。

半額の肉でしたが、Aさんの料理が上手かったのか、大変美味しかったです。
ビールも用意しました。私の方が飲みすぎて醜態を晒しました。
この後、10年前のビラ配り等について、しばらく話していました。
福島で「10年ぶりの再会」を出来たのは、三人目になりました。

(転載終わり)