[811]鉄と海と山の話

茂木 投稿日:2011/12/18 14:04

会員番号1149番の茂木です。

以前、山岳と海洋とを繋ぐ河川を中心にその流域を一つの纏まりとして考える「流域思想」について書いたこと( [297] )がありますが、最近この考え方に関連する本、“鉄は魔法つかい”畠山重篤著(小学館)を読みました。感想をブログ
http://celadon.ivory.ne.jp
に書きましたので、記事を転載させていただきます。ご意見などいただければ嬉しく思います。

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鉄と海と山の話(12/12/2011)

 “鉄は魔法つかい”畠山重篤著(小学館)という素晴らしい本を読んだ。まずは新聞の書評を紹介しよう。

(引用開始)

 古来、漁師の間には、豊かな漁場と近接した森を示す「魚付林(うおつきりん)」という言葉があった。沈めた錨(いかり)の周りに魚が集まることも知られていた。だが、カギを握るのが「鉄」と分ったのは最近のこと。森から運ばれた土の中の鉄分が植物性プランクトンをはぐくみ、豊かな海を支える。
 宮城県気仙沼市でカキ養殖を営む著者が、この事実に30年がかりでたどり着くまでをつづった。多くの研究者の協力や助言を得ながら解明に取り組む熱意に引き込まれる。
 「森は海の恋人」を掲げて植林を始めた1989年当時、科学的根拠は乏しかった。研究費を工面してくれた母は大津波の犠牲となり、設備も損壊した。絶望の底で得た「それでも三陸の海は死んでいない」という確信が、出版につながったという。

(引用終了)
<毎日新聞 11/6/2011>

ということで、復興に努力しておられる畠山さんを支援する意味でも、是非本書を購入いただきたい。ただし、本屋によっては絵本の棚に分類されているから見つけにくいかもしれない。

 この本の内容構造は多層である。以下、それぞれの層について見てゆきたい。

1. 復興

 この本の「あとがき」が書かれたのは、東関東大震災からおよそ1ヵ月後の2011年4月、初版発行は同年6月6日である。この本には著者の大災害からの復興への祈りが込められている。

2. 絵本としての魅力

 この本には、以前にも著者とコンビを組んだことがあるという、スギヤマカナヨさんの絵やイラストがたくさん載っている。文章と絵とのハーモニーは楽しく、描かれたイラスト図は内容の理解を助けてくれる。

3. 鉄に纏わる科学知識

 フルボ酸のはたらき、深層大循環、血液と鉄分、オーストラリアのしま状鉄鉱石、鉄炭団子、ムギネ酸、アムール川とスプリングブルームとの関係、巨大魚付林など、鉄に関する地球規模の知識を得ることができる。

4. 流域思想

 畠山さんの「森は海の恋人」活動については、以前「牡蠣の見あげる森」の項でも紹介したことがある。そのとき“流域思想”というキーワードを使った。これは、山岳と海洋とを繋ぐ河川を中心にその流域を一つの纏まりとして考える思想で、これからの食やエネルギーを考える上で重要なコンセプトである。詳しくは「流域思想」、「流域思想 II」などの項を参照していただきたい。

5. 境界学問

 境界学問とは、ある現象について、専門領域を超えて統合的に分析・研究する学問のことである。この本には、生物学や化学は勿論のこと、気象学や海洋学、地質学といった様々な学問が融合する様が描かれている。以前「エッジ・エフェクト」の項で文化の融合について述べたけれど、学問領域においても同じことが云えるわけだ。エッジ・エフェクトは、パラダイム・シフト(その時代や分野において当然のことと考えられていた認識が、革命的かつ非連続に変化すること)を惹起する。パラダイム・シフトについては「パラダイム・シフト」、「パラダイム・シフト II」の項を参照いただきたい。

6. ハブの役割

 上記の新聞書評に「多くの研究者の協力や助言を得ながら解明に取り組む熱意に引き込まれる」とあるけれど、畠山さんは、大切なことがあれば、北海道から東京、京都、山口、沖縄、さらにはオーストラリアへまですぐに飛んでいく。以前「ハブ(Hub)の役割」の項で、知人や友人の数(次数)が多い人が果たす社会的役割について書いたけれど、情熱の人・畠山さんは間違いなく、東北復興を担う「元気なリーダー」のお一人である。