[809]ギリシャとローマから世界的な<官僚統治>の時代が始まった

根尾知史 投稿日:2011/12/17 09:47

SNSI研究員の根尾知史です。

11月16日(水)に、イタリアの新首相としてマリオ・モンティ
(Mario Monti、1943- )という、欧州委員会の委員を10年近く
務めた、もとヨーロッパ高級官僚だった人物が就任しました。

マリオ・モンティ伊新首相は、1972年に、アメリカ財界の
帝王である、デイヴィッド・ロックフェラーによって設立された
「日米欧三極委員会(トライラテラル・コミッション)」の
ヨーロッパ委員長もつとめたことがあり、さらに、欧米の金融・
財界人と政治家や官僚など国家権力者たちが一同に会する
「ビルダーバーグ会議」の主要メンバーでもああります。

さらには、ゴールドマン・サックスの国際顧問もつとめる、
米ロック・フェラー陣営の人物なのです。

いっぽう、ギリシアにもの新しい首相も、イタリアと同じく
「官僚上がり」の人材である、ルーカス・ディミトリオス・
パパデモス(Lucas Demetrios Papademos、1947年- )が、
11月11日(金)に就任しています。

パパデモスは、欧州中央銀行(ECB、ヨーロピアン・
セントラル・バンク)の副総裁を約8年務めていました。

そしてパパデモスも、同じくロックフェラーの「日米欧
三極委員会(トライラテラル・コミッション)」の会員を
現在も務めているのです。

このパパデモス新首相はMIT(マサチューセッツ工科大学)、
イタリアのモンティ新首相はイェール大学と、いずれも
アメリカ留学経験がある完全な「親米派」です。

これはまさに象徴的なできごとです。暫定的とは言え、
選挙で国民から選ばれた国家のリーダーを追い出して、
官僚(テクノクラット)が、その地位を乗っ取ったのです。

ギリシャのあとにイタリアまでが官僚支配の手に落ちました。

まさに、官僚支配による金融統制体制が、ヨーロッパでも
日本でも、中国はもちろん世界の国々を、ものすごい勢い
で覆いつくして行く、その明確な予兆なのです。

「スーパーマリオ」ことマリオ・モンティ伊首相が、
これからの政策について語った以下の記事は、短いですが
非常に恐ろしい、これからの官僚支配による経済統制
政策が始まることを示唆するものです。

官僚統制、官僚主導による徹底したイタリア国民資産
収奪によって、財政危機に苦しむ国家財政を再生させる
ための管理・統制経済の方向に舵を切ったことを示す、
強力な発言であることに、注目しなければなりません。

(転載張り付け始め)

●「【NewsBrief】モンティ次期伊首相16日に施政方針を説明」

ウォール・ストリート・ジャーナル日本版 2011年 11月 16日
http://jp.wsj.com/World/Europe/node_344434

【ローマ】イタリアの首相に間もなく就任するマリオ・モンティ
氏は15日、就任後の政策についてナポリターノ大統領に16日午前
に提示することを明らかにした。

欧州委員会の不公正取引を監視するなどの担当委員を務めたモンティ
氏はこの日、閣僚候補者のリストや、既に「青写真はできている」
と本人が語る今後の政策については明かにさなかった。

モンティ氏は同日、与野党指導者、労働組合や財界幹部、青年団体
などの幹部らと会談、意見交換した。会談後にモンティ氏は関係者
の「全員」が、イタリア社会全体のためになるのなら「部分的には
犠牲を受け入れる」姿勢を示したと語った。

また、一連の会談で、労働組合や左派政党が推す富裕層を対象に
した課税を取り上げたことを示唆した。富裕層に対する課税は、
中低所得層が大きく影響を受ける各種財政支出削減策の交換条件と
みられている。多くのエコノミストは、モンティ氏が労働者に大きく
影響する年金制度改革に早急に手を付けるとみている。

(転載張り付け終わり)

イギリス最大の経済紙「フィナンシャル・タイムズ
(Financial Times)」の記事を読んでいても、マリオ・
モンティ首相やパパデモス首相のことを、「EUの権力に
近いリーダーたちにより率いられる新しい技術官僚政権
(new technocratic governments headed by leaders
close to European Union authorities)」とか、
「専門技術官僚首相(technocratic prime minister)」
などという言い方で表現しています。

「官僚」は通常、英語で「ビューロクラット(beaurocrat)」
ですが、海外の記事では「テクノクラット(technocrat)」
という言葉で表現されています。

「テクノクラット(技術官僚)」とは、もともと
「テクノクラシー(技術の専門家たちによる統治=
governance by technical experts)」という比較的
新しい政治用語から生まれた言葉です。

「テクノクラシー」とは、1930年代にさかんに
なった社会主義の思想のひとつで、企業経営から
国家運営にも導入され、経営者ではなく作業の現場に
従事する専門の技術を身に付けた「専門技術者」で
ある「労働者」たちによって、企業や国家を直接に
統治・経営して行こうという理想をかかげて提唱
された政治体制の名称です。

そして、その国の経済全体を国有化して、国家によって
すべての経済活動を所有し、国家による経済管理・運営
を行って行こうという「国家社会主義」の政治体制の
根本思想ともなりました。

この「テクノクラシー」こそが、当時アメリカの
フランクリン・ルーズベルト大統領による社会主義的
経済政策である「ニューディール政策」や、ドイツの
ヒトラーやイタリアのムッソリーニによって実践された
「ファシズム(Fascism、全体主義)」、さらには、
その対極にある「共産主義(コミュニズム)」の思想
までも産み出した、恐ろしい政治・経済思想なのです。

これが、「専門技術のエキスパート」である「テクノクラット」
たちによる科学的で合理的な統治をめざす統治体制である
「テクノクラシー」と呼ばれるようになりました。

現在のギリシアのパパデモスや、イタリアの(スーパー)
マリオ・モンティたちは、元々が経済学者であり、かつ、
その専門知識を活かして、EU(欧州連合)の経済統合や運営
の技術指導や行政実務を行ってきたエキスパート(専門家)
なのであり、まさに「テクノクラット(”専門”事務官僚)」
なのです。

いっぽう、「官僚」を一般的にあらわす英語である「ビューロウ
クラット(bureaucrat)」の「ビューロウ(bureau)」とは、
「机」とか「オフィス」をあらわすフランス語で、つまり、
「ビューロクラット」とは「事務屋」という意味です。

したがって、おなじ「官僚」でも「テクノクラット」のほうが
より専門的な技術や知識を身に付けた「エキスパート(専門家)
官僚」なのであり、「ビューロクラット」は専門性の有無に
かかわらず、大きな組織のなかのいち歯車として事務作業を
こなす「”一般”事務官僚」という違いがあるということです。

いずれにしても、国民の選挙で選ばれた代議士(国民の代表者)
としての政治家による国家の財政再建ではなく、「国民の顔色を
気にしない」官僚の主導による<統制経済政策>が、これから
断行されて行く、ということなのです。

以下の日本語訳された英「フィナンシャル・タイムズ」紙の
記事からも、国民の選挙を行わずに選ばれた、ギリシャと
イタリアの首相について、警戒をうながす文章になっています。

(転載張り付け始め)

●「社説:ギリシャとイタリアに必要な真の指導力」

Financial Times 2011年11月11日
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/29143

通常であれば、ギリシャ新首相のルカス・パパデモス氏は
権力の座に就いていないだろう。

欧州中央銀行(ECB)前副総裁のパパデモス氏は選挙で
選ばれたわけではなく、信用を失った政治家同士が2週間
交渉した末に任命された。

イタリアも似たような過程をたどっている。

11月第3週までには、シルビオ・ベルルスコーニ氏が首相を
辞任して、イル・カバリエーレ(騎士の意、ベルルスコーニ氏
の呼称)が彼特有の流儀で避けてきた改革を断行できる
無所属の実務家に道を譲り、数カ月間に及ぶ政治麻痺が終わる
と期待されている。

有力候補として浮上しているのが、欧州連合(EU)の競争政策
担当委員を務めたマリオ・モンティ氏だ。

非常時の解決策としての暫定政権

選挙で選ばれていない実務家の任命は決して理想的ではないと
言えば、分かりきったことを指摘することになる。しかし、
システムが機能不全に陥っている時には、非常時の解決策が必要だ。

ギリシャ、イタリア両国では、有権者が自国の腐敗した政治家を
極端に敬遠しているため、成長を取り戻すのに必要な痛みを伴う
改革を実行するうえで、差し迫った障害を克服できるのは部外者
だけのように思える。

だが、どちらの国の場合も、旧来の政界エリート層から成る
連立政権を実務家が率いれば、根深い問題を奇跡的に解決できる
と思ったら、命取りになるだろう。

信用を失った政権が代わることに安堵感があるものの、いまだに
一部の人が国内の危機に関して欧州(あるいはドイツ)に押し付け
られた解決策と見なすものへの不満がある。

パパデモス、モンティ両氏がEUの元高官だという事実は、そうした
意識を強めている。

(中 略)

イタリアでは、暫定政府への国民の支持がかなり強いのは確かだ。
また、これまでの実務型政府の経験は概ね、有益だった。だが、
過去の前例は、有権者がいつまでも実務家を容認しないことも
示している。

実務能力だけでは不十分

両国の暫定政府は、有権者が多大な犠牲を求められるプロセスから
締め出されていると感じないよう、選挙に向けた明確な日程表を
定めなければならない。

また、新首相は国民の支持なくしては何も達成できないことを認識
しなければならない。彼らは議会で改革法案を通すのに苦労する
かもしれない。解決策は、真のリーダーシップを発揮することだ。
管理者としての能力だけでは十分ではない。

(転載張り付け終わり)

世界共通の官僚たちの「性格、思考回路」は、自分
たちの「利権」確保、自己保身、現状維持を追求する
ことです。

だから、彼ら「官僚」が国家財政の監督者として、
政権そのものを乗っ取ったということは、ガッチリと
上からの監視を強化するフリをしながら、財政破綻や
国債の債務不履行(デフォルト)、ユーロ統合通貨の
崩壊(解散)とか、EU支配の現体制を壊してしまう
ような改革は決して行わないでしょう。

そうではなくて、官僚支配者たちのもとでガチガチに
管理された形での「不良債権処理」を、これから10年
でも20年でもかけて実行して行くのです。

1990年代に日本の官僚たちがやったのと同じことを、
これからヨーロッパの統一官僚たちもやるのです。

だから、「増税」や「銀行の整理・統合」、「貸し渋り」
などの嵐が、これからヨーロッパ中で吹き荒れて、日本と
同じように「失われた20年」が、欧州各国でずっと
続いて行くのです。

そして、やはり日本やアメリカと同じく「大きすぎて潰せない」
銀行たちを「公的資金」というなの税金資金を注入して
救済するので、ヨーロッパ人たちはこれからますます重税に
苦しむことになります。

こうして、一般のヨーロッパ国民たちに大量の「救済資金」
を負担させて、ギリシャを起点とする欧州債務危機が
ヨーロッパ全体に拡大し金融崩壊を起こすことを、無理矢理
にでも押さえ込もうとしているのです。

その代わりに、押さえ込まれた財政赤字のツケは、欧州各国の
国民の資産への重課税による資金収奪や、将来受け取れるはず
だった社会保障や年金からどんどん切り崩すことで、債務返済の
キャッシュフローを強引に確保したり、さらには、複雑な
金融工学のスキームを使って、不良資産、不良債権の「飛ばし」
処理をすることで、巨額の損失を最後まで隠し続けて、
帳簿をごまかしてしまおうという魂胆なのです。

こんな冷徹で国民感情を逆なでする強行策を実行できるのは、
「国民から選ばれたわけではない官僚」、つまり、国民の顔色や
人気(選挙の票)を気にする必要のない、「官僚上がり」の
経済専門エキスパートの政策実務家である「テクノクラット」
にふさわしい役割なのです。

ギリシャやイタリアの「官僚上がり」の新首相である
パパデモスやマリオ・モンティ、さらには、欧州中央銀行
(ECB)総裁という、まさにヨーロッパ統一の官僚機構
の大親分である、マリオ・ドラギ総裁(1947- )の顔が、
イギリスの国営放送局、BBCのニュースに大写しに
なるのを見ました。

彼らの表情は冷たく、一点を見つめており、一切の感情や
気持ちの動きを表に出さない、冷酷なターミネーターの
ような人物に、三人とも見えました。

先に書いた「テクノクラシー(専門技術官僚による統治
体制)」は、一見すると、理想的で専門家による科学的で
合理的な政治・経済運営が期待できそうに思えます。

だから、パパデモス新首相もマリオ・モンティ新首相も、
とりあえず、ギリシャとイタリアそれぞれの国民からは
行き詰まった国家財政と経済情勢を解決してくれる救世主
として歓迎を受けています。

しかし、この経済の専門家(エキスパート)であるとされる
「テクノクラット」たちが、その理論的な専門知識のフリを
しながら、実際は、強引で冷酷な国家財政の「清算」処理を
これから執り行う、というのが本当の真実なのです。

あれこれの経済理論が、本当に、実践のこの大混乱した
国際財政や国際金融情勢への対応策として、まったく
役に立たないということは、サブプライム問題発生から
「リーマンショック」を経て、すっかりバレています。

この11月1日に、ヨーロッパ中央銀行(ECB)総裁に
新たに就任した、先述のマリオ・ドラギ総裁も、ECBが
ギリシャなど債務危機の国の国債を公的資金(ヨーロッパ人
の税金)で買い取るという「禁じ手」を使うことは、

“equivalent to temporarily suspending the freedom of
the press and speech to avoid uncertainty in the markets”

「市場が不安定になるのを避けるために、言論や出版の自由を
一時的に廃止してしまうのと同じくらいの事態である」

と、はっきり自覚していることを述べていました。

マリオ・ドラギ欧州中央銀行総裁は、イタリア人ですが、
やはりアメリカ留学組で、ギリシャのパパデモス首相と
おなじMIT(マサチューセッツ工科大学)で経済学の
博士号を修得しています。

マリオ・ドラギ総裁は、現在も、アメリカのブルッキングス
・インスティテュートや、ハーバード大学のケネディ行政
大学院(ケネディ・スクール)などにも、「理事(trustee)」
や「評議員、特別研究員(フェロー、fellow)」として
席を置いています。

ドラギ総裁の本性が一番よく分かるのは、アメリカ金融資本
の牙城の投資銀行ゴールドマン・サックス社の、国際部門
(ゴールドマン・サックス・インターナショナル)の副会長
や役員などの重役を、2002年から2005年まで
務めていたというその経歴です。

注目すべきは、この時期にちょうど、ギリシャ政府が、
自国の財政赤字を隠蔽するために、ゴールドマン・サックス
から招致された政府顧問の指導を受けながら、財政赤字の
飛ばしを行っていたという、最近もどこかで聞いた
「損失飛ばし」のスキームが実行されていた事実です。

ギリシャ政府の「財政赤字飛ばし」は、2007年に
発覚し、ヨーロッパの金融危機の引き金となりました。
この騒動に、どうやらマリオ・ドラギ現総裁が関与していた
のではないかという疑惑が、今でもあるのです。

本人は否定していますが、もしこれが真実なら、まさに
「マッチ・ポンプ」です。

マリオ・ドラギ欧州中央銀行総裁が、ゴールドマン
・サックスの役員時代に仕組まれた、ギリシャの債務
飛ばし問題で発火した欧州金融危機を、今度は、
自らヨーロッパ統合の中央銀行トップとなって、
その火消し役に回っているのです。

これは、重大なスキャンダルです。

今後、欧米のメディアが、この疑惑をどのように
取り上げるかによっては、大きな事件となって、
現在の欧州中央銀行総裁の地位を辞任するという
騒動にもなりえます。

しかし、アメリカ金融資本の後ろだてがある
ドラギ総裁は、きっと守られるのでしょう。

もともとヨーロッパの政界、金融界では、このマリオ
・ドラギが欧州中央銀行(ECB)の総裁になることは
あり得ないだろう、と見られていたのです。

なぜか今年に入ってから、英「フィナンシャル・
タイムズ」紙や、英「エコノミスト」誌が、急に、
ドラギ氏がふさわしい、と言うような記事を書き
始めて、とんとん拍子にそのサヤに収まりました。

マリオ・ドラギの中央銀行総裁の任期は、何もなければ
2019年の10月までという長期に渡ります。

限りなく裏のある人物なのです。

現在の、ヨーロッパの金融危機と、ユーロ救済を
目指したEU加盟国の財政統合強化の動きは、こうして、
アメリカの後ろ盾のもとに進行しているのです。

いま私たちの目の前で進行する、経済の専門技術官僚
(テクノクラット)による<統制経済政策>の恐ろしい本質を、
テクノクラット自らが皮肉を込めるように語っているのが、
恐ろしく印象的です。

根尾知史拝