[773]TPPという地域多国間の政府間合意(協定)だけで不平等条約を押しつけるアメリカの罠(わな)について

副島隆彦 投稿日:2011/11/05 07:01

副島隆彦です。 

今話題になっているTPP(ティー・ピー・ピー)のことを書いておかなければと思います。

その前に、私が弟子たち15人と書いて先週から出版された SNSI第6論文集 でもある『放射能のタブー』(KKベストセラーズ刊 )の 5千部の増刷(ぞうさつ。重版=じゅうはん=とも出版業界では言います)が早速、決まったことをお知らせします。この本がもっと売れて、多くの人たちに読んでもらえることを私たちは強く希望しています。

 放射能コワイコワイ派の人たちも、そろそろかなり弱気になってきたようです。「あれ、変だなあ。福島の人たちは皆、元気だよ。原発事故の放射能のせいで病気になりそうな人は誰もいないんだ。微量の放射線量は大丈夫なんだ」と 気づき出して、それで内心焦り出しているようです。

 それでも、今さら、あれだけワーワー危険だ、危険だ、福島の人は全員、避難しなさい、今からでも遅くない、避難すべきだ、と騒いだ人間たちは、自分たちがどれほど愚かであり、思慮が足りないかを認めたくないから、これからも意地を張って放射能はほんの微量でも人体に危険だを言い続ける気だろう。

 「低線量(100ミリシーベルト・パー・イヤー(年あたり)、すなわち積算量)以下の放射性物質は人体に被害を与えない、安全である」という放射線医学者やそれを支持する私たちへの憎しみを募らせて、非難、中傷し続けるでしょう。どうせ彼らは敗北する。 

「5年後にならなければ分からない。内部被ばくの恐ろしさを何もわかっていない。メルトスルーしている。プルトニウムも遠くまで飛ぶのだ」などと強弁し続けるでしょう。 この対立はこれからもずっと続きます。

 原発と放射能の問題の真実を知りたい会員たちは、どうか『放射能のタブー』を読んでください。そして感想を書いて来てください。

 私、副島隆彦が今の時点で、少し反省しているのは、私たちの『放射能のタブー』では、原発事故を起こした責任者である東電の幹部たちや、政府の原子力委員会、保安院の歴代の委員たちの責任を厳しく追及することを強調しなかった点です。本当は、私たち学問道場ぐらい、東電と、それと今も癒着(ゆちゃく)している政府や警察を、現場の福島からの目で糾弾し批判してきた者はいない。

 私が今、すこし反省しているのは、「そうか。日本の民衆は、ものごとを単純に二分法(にぶんほう。ダイコトミー dichotomy )で考えるのだ」ということを少し疎(おろそ)かにしたことでした。 

 ごく普通の人間は、複雑な思考が苦手です。彼らは、ものごとを「民衆の敵か、味方か」、「東電や政府の責任を追及するのか(=正義)、東電・政府の手先(てさき)なのか」の二分法で判断する、ということへの配慮をしなかった。事態の緊急さのせいで、そこまで私の頭が回らなかった。

 そのために、「副島隆彦は放射能が人体に危険ではないと言う。ということは、東電の側の人間だ」と、思考力の少ない人々たちから、私たちは単純な判定を下された面がある。ここは、私たち学問道場の活動が誤解された点だ、と今頃になって気づきました。 

 福島の現地に行って、原発事故の現場近くで活動を続けた者たちであるがゆえに、日本国民の多くの正しい現状認識は、「早く真実に気づいてしまった」私たちから相当に遅れてやってくるのだということに対して、忍耐が足りなかったと反省しています。

 7月に、福島市の県庁の幹部公務員や、県の教育委員会の幹部たちと話したときに、この点で彼ら公務員たちの方がしっかりしていた。彼らは、私に、「事故を起こした東電の重大な責任と、そこから出た放射能が微量であるから福島県民の健康には被害はほとんど出ない。この区別をしっかり付けなければいけません。

 ところが、私たち県が、『学校のプールの水は安全です。子供たちが泳いでも大丈夫です。水道水も安全だし、校庭で遊ばせても大丈夫です。過剰に放射能を怖がらなくてもいいです』といくら言っても、お母さんたちが聞いてくれないのですよ。抗議の嵐ですよ」と苦しんでいた。 私は、福島県庁の公務員たちの冷静さと的確な判断力を、あの時、知った。

 地方自治体の公務員たちは、福島県警を含めて、だから、私たち学問道場の現地での活動を敵対視して、いじめるということをしない。彼らは福島県民の健康を守るために真剣である。それが自治体の本来の役目だからだ。

 そして福島県を支援するために、被爆(ばく)県である長崎県と広島県が団結している。こうなると日本政府も軽々しく扱うことができない。多くの米軍基地を抱える沖縄県と同じような感じになっている。

 この「東電の重大な責任の問題と、放射能の人体への影響(被害)の問題は別のことだ」ということを、私たち学問道場ももっと強調して会員たちを説得すべきだった。事故を起こした東電への怒りを当初から最も強く書き続けたのも私たちだった。これらのことも含めて『放射能のタブー』に多くの真実を16人で手分けして書きましたから、この本を是非お読みください。

 原発事故から8か月たった今ようやく、国会の中に、国会議員(=政治家)たちによる事故究明委員会 が出来たようだ。東電と原子力委員会と保安院の責任への追及がこれから始まるということらしい。ところがしかし、刑事責任の追及の方はどうなっているのか。東電の幹部たちの誰一人として刑事責任を取らないでこのまま済ましてしまうということなのか。そういうだらしない国家のあり方は、断じて許されないことだ。

 さて私は、上記の本のほかに、自分の最新刊の金融・経済本である『金(きん)・ドル体制の終わり』(祥伝社刊)を書き上げました。再来週の11月18日には大手の書店に並ぶでしょう。お金のことに関心のある人は買って読んでください。 

 今のヨーロッパ債務危機がアメリカに波及してゆく 金融核爆弾のCDS(シー・ディー・エス)の破裂の必然のこととかを詳しく書いています。私たちの20日の定例会にこの本の発売が間に合ってよかった。 この他に、「金(きん)価格と米ドルの関係に、歴史的な切断 ( the US Dollar -Gold Linkage Cut  リンケージ・カット )がもうすぐ起きること。そして次の新しい世界金融秩序に移ってゆく道筋」もしっかり予測(予言)してあります。

 この私の本で、TPP(ティー・ピー・ピー)のことも数ページだけ書きました。
 このTrance Pacifc ・・・Partnership という 「トランス・パシフィック(環太平洋、かんたいへいよう)・・」という何事もアメリカ中心で考えて、太平洋を取り巻く国々、という考えで、東アジアの諸国への 政治・経済への干渉、抑圧をまたしても執拗(しつように)に加えてくるアメリカの強引さへの、反感が日本国内に広がっている。

 東アジアには、「ASEAN(アセアン)+(プラス)3(すなわち、日本、韓国、中国)」という実績のある立派な地域の(リージョナル)経済ブロック block がある。 

 それなのに、それに対して、アメリカが、まずAPEC(エイペック)という奇怪な妨害組織を作って、ASEAN(アセアン)にぶつけてきて、東アジア諸国の団結を邪魔をしている。そしてこのAPECというアメリカ主導の多国間協議体の場に、TPPという「政府間協定=合意でいいから、とする」罠の仕掛けを作って日本国民に押し付けてきている。 

 「関税自主権」という小国、劣勢国にとっての死活にかかわる国家主権(こっかしゅけん、ソブリーンティ sovereignty )を、自由貿易の推進=無関税同盟 という口実で押しかけてきている。関税の自由化や規制の撤廃の推進を言うのなら、世界各国一同が会する世界協議の場でするべきだ。
 
 アメリカの今回の魂胆は日本国民に見透かされた。それでも、「TPPという政府間の協定(アグリーメント)だけで済ますことで、批准(ひじゅん。ラティフィケイション)された条約(トリーティ)と同じものだと見なして非関税を強制してしまえ」 というアメリカの狡猾(こうかつ)なTPPなる策謀の、やり口のひどさが、丸見えになってきている。

 TPPについては、野田政権のアメリカのへの弱腰で、奇妙な形で押し切って、「国内の反対がものすごく強いので、TPPの協議に参加するだけだから(そして密約だけでアメリカの要求を呑む)」という形にするだろう。
 
 そのために、民主党内の小沢派などの強固なTPP反対派を恫喝(どうかつ)するために、「衆議院議院解散、総選挙に打って出る」という脅しをかけてきている。選挙地盤がただでさえものすごく弱い小沢派の議員たちは、これにひるんでしまう。

 TPPについての最新で一番新しい、かつ簡潔な知識は、以下の中野剛志(なかのたけし)氏のものだろう。彼の以下の経済誌オンラインへの寄稿文を丁寧に読むだけで、TPPの全体像が分かる。やや専門的な説明でむすかしいかもしれない。

 中野剛志氏は京大の准教授だが、元は経産省の官僚であり、TPPのような 通商産業の外交交渉の本当の専門家なのだろう。だから彼の意見をしっかり読むことがTPPについての一番優れた簡潔な理解となるだろう。以下に中野剛志氏についての新聞記事と寄稿文を転載する。  副島隆彦拝

(転載貼り付け始め)

●「 もう許せない!!専門家が本気で怒る政府のウソ・インチキ・ゴマカシ・詐欺の数々 」
http://gendai.net/articles/view/syakai/133413

2011年10月28日 掲載 日刊ゲンダイ

 デタラメTPP議論
京大准教授もTVでブチ切れ

 「アメリカは輸出倍増戦略を国是として掲げている。だから今、円高なんです。TPPで日本は輸出できません! アメリカが日本の市場を取るという話なんですよ!」

 いや、すごい迫力だった。27日、朝の情報番組「とくダネ!」(フジテレビ)に生出演した京大大学院准教授の中野剛志氏(40)。政府が突っ走るTPPを痛烈批判し、怒りをブチまけたのである。そのけんまくにスタジオは凍りついていたが、こうした映像を見れば、日本人も目が覚めるのではないか。とにかく、TPPを巡る議論はウソとインチキがテンコ盛りなのだ。

 まず、最大のイカサマがTPPで日本の工業製品の輸出が増えるかのような論法だ。経産官僚でもある中野氏は「自動車の関税はすでに2.5%、テレビは5%しかない」と指摘。「加えて円高で企業の6~8割の工場がアメリカにある。もう関税の向こう側にあるんだから、関税を撤廃しても意味はない」と切り捨てた。

 米国と2国間FTAを結んだ韓国の失敗事例をズラリと挙げ、「アメリカの雇用が7万人増えたということは、韓国の雇用が7万人奪われたということです!」と畳みかけた。

「TPP経済効果2.7兆円」という政府試算もインチキだ。中野氏は「これ、10年間の累積ですよ!」と声を荒らげ、「でも、どこにも書いてないじゃないか!」とペンを机に叩きつけた。

 よく分かっている専門家に言わせれば、政府が喧伝するTPP効果なんて、国民を騙す詐欺以外の何モノでもないのである。TPPの危険性については、ほかの専門家も次々と怒りの警告を発している。東大教授の鈴木宣弘(すずきのぶひろ)氏もそのひとりだ。26日に都内で開かれたTPP反対集会で、政府への憤りを爆発させた。

「震災直後、官邸からはこんな声が漏れ聞こえてきた。『11月のAPEC(エイペック)に間に合えばいいのだから、それに滑り込ませればいいではないか』と。ギリギリまで情報を出さず、国民的な議論もせずに強行突破をしようとしている姿勢は、もはや民主主義国家としての体をなしていません!」

 実際、野田政権は今月になって突然、重要情報を出してきた。外務省が作成した「TPP協定交渉の分野別状況」と題する79ページもの分厚い資料がそれだ。ジャーナリストの横田一氏が言う。

「この資料からは、政府がTPP参加を大前提に、アメリカと事前協議をしながら、周到に計画を進めてきたことが分かります。3月の震災後、ホトボリが冷めるまでヒタ隠しにしてきたが、TPPに参加表明する11月から逆算して、批判をかわして逃げ切れるギリギリのラインでの公開に踏み切ったのでしょう。あまりに汚いやり方です」 

(転載貼り付け終わり)

From: ******************
Sent: Wednesday, November 02, 2011 3:40 AM
To: snsi@mwb.biglobe.ne.jp

TPPに関する重要な情報です。

副島先生へ
 ダイヤモンド・オンラインの京都大学の中野剛志準教授の記事
http://diamond.jp/articles/-/14540
ぜひお目通し下さいますようお願い申し上げます。
******

*****さまへ

副島隆彦から

貴重な 評論文の情報をお教えくださりありがとうございます。
私は、ネット情報で中野剛志(なかのたけし) という若い専門家の テレビ発言(フジテレビ) での明確な「TPP反対」のことを聞いて知っていました。 以下の文を、今からじっくり読んで、勉強します。重要な情報をどうもありがとうございます。  
副島隆彦拝

(以下、転載貼り付け始め)

ダイヤモンド・オンラインの京都大学の中野剛志準教授の記事 
http://diamond.jp/articles/-/14540

● 「 米国丸儲けの米韓FTAから なぜ日本は学ばないのか
「TPP亡国論」著者が最後の警告! 」

TPP交渉に参加するのか否か、11月上旬に開催されるAPECまでに結論が出される。国民には協定に関する充分な情報ももたらされないまま、政府は交渉のテーブルにつこうとしている模様だ。しかし、先に合意した米韓FTAをよく分析すべきである。TPPと米韓FTAは前提や条件が似通っており、韓国が飲んだ不利益をみればTPPで被るであろう日本のデメリットは明らかだ。

 TPP(環太平洋経済連携協定)の交渉参加についての結論が、11月上旬までに出される。大詰めの状況にありながら、TPPに関する情報は不足している。政府はこの点を認めつつも、本音では議論も説明もするつもりなどなさそうだ。 

 しかし、TPPの正体を知る上で格好の分析対象がある。TPP推進論者が羨望する米韓FTA(自由貿易協定)である。

1.米韓FTAが参考になるのは TPPが実質的には日米FTAだから

 なぜ比較対象にふさわしいのか? 

 まずTPPは、日本が参加した場合、交渉参加国の経済規模のシェアが日米で9割を占めるから、多国間協定とは名ばかりで、実質的には“日米FTA”とみなすことができる。また、米韓FTAもTPPと同じように、関税の完全撤廃という急進的な貿易自由化を目指していたし、取り扱われる分野の範囲が物品だけでなく、金融、投資、政府調達、労働、環境など、広くカバーしている点も同じだ。

 そして何より、TPP推進論者は「ライバルの韓国が米韓FTAに合意したのだから、日本も乗り遅れるな」と煽ってきた。その米韓FTAを見れば、TPPへの参加が日本に何をもたらすかが、分かるはずだ。

 だが政府もTPP推進論者も、米韓FTAの具体的な内容について、一向に触れようとはしない。その理由は簡単で、米韓FTAは、韓国にとって極めて不利な結果に終わったからである。では、米韓FTAの無残な結末を、日本の置かれた状況と対比しながら見てみよう。

2.韓国は無意味な関税撤廃の代償に 環境基準など米国製品への適用緩和を飲まされた

 まず、韓国は、何を得たか。もちろん、米国での関税の撤廃である。 しかし、韓国が輸出できそうな工業製品についての米国の関税は、既に充分低い。例えば、自動車はわずか2.5%、テレビは5%程度しかないのだ。しかも、この米国の2.5%の自動車関税の撤廃は、もし米国製自動車の販売や流通に深刻な影響を及ぼすと米国の企業が判断した場合は、無効になるという条件が付いている。

 そもそも韓国は、自動車も電気電子製品も既に、米国における現地生産を進めているから、関税の存在は企業競争力とは殆ど関係がない。これは、言うまでもなく日本も同じである。グローバル化によって海外生産が進んだ現在、製造業の競争力は、関税ではなく通貨の価値で決まるのだ。すなわち、韓国企業の競争力は、昨今のウォン安のおかげであり、日本の輸出企業の不振は円高のせいだ。もはや関税は、問題ではない。

 さて、韓国は、この無意味な関税撤廃の代償として、自国の自動車市場に米国企業が参入しやすいように、制度を変更することを迫られた。米国の自動車業界が、米韓FTAによる関税撤廃を飲む見返りを米国政府に要求したからだ。

 その結果、韓国は、排出量基準設定について米国の方式を導入するとともに、韓国に輸入される米国産自動車に対して課せられる排出ガス診断装置の装着義務や安全基準認証などについて、一定の義務を免除することになった。つまり、自動車の環境や安全を韓国の基準で守ることができなくなったのだ。また、米国の自動車メーカーが競争力をもつ大型車の税負担をより軽減することにもなった。

 米国通商代表部は、日本にも、自動車市場の参入障壁の撤廃を求めている。エコカー減税など、米国産自動車が苦手な環境対策のことだ。

3.  コメの自由化は一時的に逃れても 今後こじ開けられる可能性大

 農産品についてはどうか。韓国は、コメの自由化は逃れたが、それ以外は実質的に全て自由化することになった。海外生産を進めている製造業にとって関税は無意味だが、農業を保護するためには依然として重要だ。従って、製造業を守りたい米国と、農業を守りたい韓国が、お互いに関税を撤廃したら、結果は韓国に不利になるだけに終わる。これは、日本も同じである。

 しかも、唯一自由化を逃れたコメについては、米国最大のコメの産地であるアーカンソー州選出のクロフォード議員が不満を表明している。カーク通商代表も、今後、韓国のコメ市場をこじ開ける努力をし、また今後の通商交渉では例外品目は設けないと応えている。つまり、TPP交渉では、コメも例外にはならないということだ。

 このほか、韓国は法務・会計・税務サービスについて、米国人が韓国で事務所を開設しやすいような制度に変えさせられた。知的財産権制度は、米国の要求をすべて飲んだ。その結果、例えば米国企業が、韓国のウェブサイトを閉鎖することができるようになった。医薬品については、米国の医薬品メーカーが、自社の医薬品の薬価が低く決定された場合、これを不服として韓国政府に見直しを求めることが可能になる制度が設けられた。

 農業協同組合や水産業協同組合、郵便局、信用金庫の提供する保険サービスは、米国の要求通り、協定の発効後、3年以内に一般の民間保険と同じ扱いになることが決まった。そもそも、共済というものは、職業や居住地などある共通点を持った人々が資金を出し合うことで、何かあったときにその資金の中から保障を行う相互扶助事業である。それが解体させられ、助け合いのための資金が米国の保険会社に吸収される道を開いてしまったのだ。

 米国は、日本の簡易保険と共済に対しても、同じ要求を既に突きつけて来ている。日本の保険市場は米国の次に大きいのだから、米国は韓国以上に日本の保険市場を欲しがっているのだ。

4.  米韓FTAに忍ばされた ラチェット規定やISD条項の怖さ

 さらに米韓FTAには、いくつか恐ろしい仕掛けがある。その一つが、「ラチェット規定」だ。ラチェットとは、一方にしか動かない爪歯車を指す。ラチェット規定はすなわち、現状の自由化よりも後退を許さないという規定である。

 締約国が、後で何らかの事情により、市場開放をし過ぎたと思っても、規制を強化することが許されない規定なのだ。このラチェット規定が入っている分野をみると、例えば銀行、保険、法務、特許、会計、電力・ガス、宅配、電気通信、建設サービス、流通、高等教育、医療機器、航空輸送など多岐にわたる。どれも米国企業に有利な分野ばかりである。

 加えて、今後、韓国が他の国とFTAを締結した場合、その条件が米国に対する条件よりも有利な場合は、米国にも同じ条件を適用しなければならないという規定まで入れられた。もう一つ特筆すべきは、韓国が、ISD(「国家と投資家の間の紛争解決手続き」)条項を飲まされていることである。

 このISDとは、ある国家が自国の公共の利益のために制定した政策によって、海外の投資家が不利益を被った場合には、世界銀行傘下の「国際投資紛争解決センター」という第三者機関に訴えることができる制度である。

 しかし、このISD条項には次のような問題点が指摘されている。ISD条項に基づいて投資家が政府を訴えた場合、数名の仲裁人がこれを審査する。しかし審理の関心は、あくまで「政府の政策が投資家にどれくらいの被害を与えたか」という点だけに向けられ、「その政策が公共の利益のために必要なものかどうか」は考慮されない。その上、この審査は非公開で行われるため不透明であり、判例の拘束を受けないので結果が予測不可能である。

 また、この審査の結果に不服があっても上訴できない。仮に審査結果に法解釈の誤りがあったとしても、国の司法機関は、これを是正することができないのである。しかも信じがたいことに、米韓FTAの場合には、このISD条項は韓国にだけ適用されるのである。

5. ISD条項のせいで国家主権が侵される事態が次々起こっている

 このISD条項は、米国とカナダとメキシコの自由貿易協定であるNAFTA(北米自由貿易協定)において導入された。その結果、国家主権が犯される事態がつぎつぎと引き起こされている。

 たとえばカナダでは、ある神経性物質の燃料への使用を禁止していた。同様の規制は、ヨーロッパや米国のほとんどの州にある。ところが、米国のある燃料企業が、この規制で不利益を被ったとして、ISD条項に基づいてカナダ政府を訴えた。そして審査の結果、カナダ政府は敗訴し、巨額の賠償金を支払った上、この規制を撤廃せざるを得なくなった。

 また、ある米国の廃棄物処理業者が、カナダで処理をした廃棄物(PCB)を米国国内に輸送してリサイクルする計画を立てたところ、カナダ政府は環境上の理由から米国への廃棄物の輸出を一定期間禁止した。これに対し、米国の廃棄物処理業者はISD条項に従ってカナダ政府を提訴し、カナダ政府は823万ドルの賠償を支払わなければならなくなった。

 メキシコでは、地方自治体がある米国企業による有害物質の埋め立て計画の危険性を考慮して、その許可を取り消した。すると、この米国企業はメキシコ政府を訴え、1670万ドルの賠償金を獲得することに成功したのである。

 要するに、ISD条項とは、各国が自国民の安全、健康、福祉、環境を、自分たちの国の基準で決められなくする「治外法権」規定なのである。気の毒に、韓国はこの条項を受け入れさせられたのだ。

 このISD条項に基づく紛争の件数は、1990年代以降激増し、その累積件数は200を越えている。このため、ヨーク大学のスティーブン・ギルやロンドン大学のガス・ヴァン・ハーテンなど多くの識者が、このISD条項は、グローバル企業が各国の主権そして民主主義を侵害することを認めるものだ、と問題視している。

6.ISD条項は毒まんじゅうと知らず 進んで入れようとする日本政府の愚

 米国はTPP交渉に参加した際に、新たに投資の作業部会を設けさせた。米国の狙いは、このISD条項をねじ込み、自国企業がその投資と訴訟のテクニックを駆使して儲けることなのだ。日本はISD条項を断固として拒否しなければならない。

 ところが信じがたいことに、政府は「我が国が確保したい主なルール」の中にこのISD条項を入れているのである(民主党経済連携プロジェクトチームの資料)。

 その理由は、日本企業がTPP参加国に進出した場合に、進出先の国の政策によって不利益を被った際の問題解決として使えるからだという。しかし、グローバル企業の利益のために、他国の主権(民主国家なら国民主権)を侵害するなどということは、許されるべきではない。

 それ以上に、愚かしいのは、日本政府の方がグローバル企業、特にアメリカ企業に訴えられて、国民主権を侵害されるリスクを軽視していることだ。

 政府やTPP推進論者は、「交渉に参加して、ルールを有利にすればよい」「不利になる事項については、譲らなければよい」などと言い募り、「まずは交渉のテーブルに着くべきだ」などと言ってきた。しかし、TPPの交渉で日本が得られるものなど、たかが知れているのに対し、守らなければならないものは数多くある。そのような防戦一方の交渉がどんな結末になるかは、TPP推進論者が羨望する米韓FTAの結果をみれば明らかだ。

 それどころか、政府は、日本の国益を著しく損なうISD条項の導入をむしろ望んでいるのである。こうなると、もはや、情報を入手するとか交渉を有利にするといったレベルの問題ではない。日本政府は、自国の国益とは何かを判断する能力すら欠いているのだ。

7. 野田首相は韓国大統領さながらに米国から歓迎されれば満足なのか

 米韓FTAについて、オバマ大統領は一般教書演説で「米国の雇用は7万人増える」と凱歌をあげた。米国の雇用が7万人増えたということは、要するに、韓国の雇用を7万人奪ったということだ。

 他方、前大統領政策企画秘書官のチョン・テイン氏は「主要な争点において、われわれが得たものは何もない。米国が要求することは、ほとんど一つ残らず全て譲歩してやった」と嘆いている。このように無残に終わった米韓FTAであるが、韓国国民は、殆ど情報を知らされていなかったと言われている。この状況も、現在の日本とそっくりである。

 オバマ大統領は、李明博韓国大統領を国賓として招き、盛大に歓迎してみせた。TPP推進論者はこれを羨ましがり、日本もTPPに参加して日米関係を改善すべきだと煽っている。しかし、これだけ自国の国益を米国に差し出したのだから、韓国大統領が米国に歓迎されるのも当然である。日本もTPPに参加したら、野田首相もアメリカから国賓扱いでもてなされることだろう。そして政府やマス・メディアは、「日米関係が改善した」と喜ぶのだ。だが、この度し難い愚かさの代償は、とてつもなく大きい。

 それなのに、現状はどうか。政府も大手マス・メディアも、すでに1年前からTPP交渉参加という結論ありきで進んでいる。11月のAPECを目前に、方針転換するどころか、議論をする気もないし、国民に説明する気すらない。国というものは、こうやって衰退していくのだ。(了)
ダイヤモンド・オンラインの京都大学の中野剛志準教授の記事
http://diamond.jp/articles/-/14540

(転載貼り付け終わり)

副島隆彦拝