[726]児玉龍彦氏に対する私の考え

下仲もとゆき 投稿日:2011/09/21 19:29

下仲もとゆきです。

東京大学アイソトープ総合センター長である児玉龍彦(こだまたつひこ)氏に対する私の考えを文章にしました。

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3.11の震災以後、東京大学の児玉龍彦(こだまたつひこ)教授は、京都大学の小出裕章(こいでひろあき)助教と並んで、インターネット上でヒーローになりました。
なぜでしょうか。
共に非現実的で極端なことを言ったからです。

児玉龍彦氏の肩書きは東京大学アイソトープ総合センター長です。その児玉氏による、2011年7月27日に行われた衆議院厚生労働委員会での意見陳述がYouTubeにアップロードされ、インターネット上で8月に話題になりました。
http://www.youtube.com/watch?gl=US&feature=player_embedded&v=eubj2tmb86M

「アイソトープ(isotope)」とは聞き慣れない言葉ですが、「同位体」と訳されていて、「原子核の中性子の数が違うもの」を指す言葉です。その中で「放射線をピーピー出す原子」は「ラジオ・アイソトープ(radio isotope)」と呼ばれています。
自然界にある大半の物質は安定して存在しています。時間がどれだけ経っても、別の元素に変わることはありません。ところが一部の元素には不安定な物質が存在します。それがラジオ・アイソトープです。たとえば水素Hであれば、軽水素、重水素、三重水素の3つの同位体(アイソトープ)があります。このうちラジオ・アイソトープと呼ばれる放射性物質は三重水素です。ウラン238やセシウム137、ヨウ素131などが有名です。ラジオ・アイソトープは放射線を出して、別の元素に変化します。その方が安定するからです。
児玉氏は「人間の身体の中にアイソトープを打ち込むのが私の仕事」と述べています。通常の医薬品であれば、マウスを使ってその効き目を実験します。万が一死んでしまっては困るので、人間を使っての実験は許されていません。しかし、ラジオ・アイソトープは例外的に人間に対して使うことが認められています。微量であれば健康被害がない上、体内に入れたときにどこにいるかがはっきりとわかるからです。ラジオ・アイソトープは多くの医療機関で病気の検査や治療に使われています(アイソトープ | 町田市民病院 : http://www.machida-city-hospital-tokyo.jp/department/radiology/isotope.html )。もちろん研究室でも薬の効き目を調べるために、マウスなどの動物に対してラジオ・アイソトープをガンガン打ち込んでいます。アイソトープ総合センター長である児玉氏は、放射性(=放射線をピーピー出す)物質を扱うプロフェッショナルだと私は理解しました。

7月27日に児玉氏が「私は国に満身の怒りを表明します」と国会議員に対して述べたこの映像は、Twitterやblogなどでものすごいスピードで拡散され、YouTubeで100万回以上再生されました(なぜか今は削除されている)。この意見陳述を文字起こししたものが、幻冬舎新書から『内部被曝の真実』というタイトルで出ました。
http://www.amazon.co.jp/内部被曝の真実-幻冬舎新書-児玉龍彦/dp/4344982290/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1316576887&sr=1-1

児玉氏は、「国が何もしないので、自分たちの判断で南相馬市に行って除染活動をしている。国会は何をしているのだ」と怒りをあらわにしています。科学者が公(おおやけ)の場で、自分の意見を述べるのは珍しいことです。だから児玉氏の16分少々の演説は新鮮味がありました。

児玉氏はただちに除染をしなければ、高い線量の放射線が土壌や植物から出続け、人間の細胞中にあるDNAが傷つけられ、大勢の人がガンになってしまうと言っています。もちろん、大量の放射線をあびればDNAはバラバラになって死んでしまいます。1999年の東海村での臨界事故では、硝酸ウラニルを製造中にウランの核分裂反応が起きてしまい、目の前で被曝した大内久さん(16~20シーベルト被曝)と篠原理人さん(6~10シーベルト被曝)の2名が亡くなりました。共に作業をしていた横川豊さん(1~4.5シーベルト被曝)は一時白血球がゼロになり危ない状態でしたが、その後回復し退院されました。
「被曝した」とされている人の大半はすぐには死亡していません。ですから、どの程度の放射線量をあびるとガンなどの病気になるのかは議論のあるところです。細胞は傷ついても修復する機能を持っています。トータルで同じ線量をあびたとしても、短い時間で放射線をあびるほど再生が追いつかなくなり、細胞が死ぬスピードが上回る可能性が高まります。福島第一原発の作業員が胸ポケットに線量計を入れているように、実際の積算値を測定するのが一番正確な値になります。私が8月に福島に行ったときには、福島第一原発から20キロ地点の検問所の近くには、いつからの積算値かはわかりませんが、「0.27ミリシーベルト」と空気中の線量の積算値を示すガイガーカウンターが設置されていました。これは積算値ですから正確な数値です。

私は被曝しても問題ない放射線量は、100ミリシーベルトまでだと考えています。なぜならば、それが世界標準だからです。どこの国でも、100ミリシーベルトを切る数値を基準にしているところはほとんどありません。

日本政府は東日本大震災による原発事故のあと、20ミリシーベルトという数字を基準にして、福島第一原発周辺の地域に避難勧告を出しました。
なぜ100ミリシーベルトではなく、20ミリシーベルトを基準にしたのでしょうか。世界標準の100ミリシーベルトを基準にすると、原子力安全委員会や原子力安全・保安院の存在意義がないことが明らかになるからです。それを恐れて、20ミリシーベルトを基準にしたのでしょう。 自分たちの立場を守るために、本来逃げなくてもいい人たちを強制移住させました。これは許しがたいことです。

話を児玉龍彦氏に戻します。

児玉氏がただちに除染しろと言っている基準は何ミリシーベルトなのでしょうか。実は児玉氏は、何ミリシーベルトを基準にするかという議論には乗っていません。児玉氏は国会議員の質疑に対して、こう答えています。

《何ミリシーベルトだったら安全ですかっていう議論は、わたくし現実味がないと思う》
《線量議論の問題を言うよりも、元来自然界にないセシウム137というのが膨大にまかれてガンマーカウンターで簡単にわかるような量に散らばっている。しかもそれが広島原爆の20倍の量、撒かれている事態に対して国土を守る立場から是非積極的な対応をお願いしたいというのが基本的なお願いです。》
http://blog.livedoor.jp/amenohimoharenohimo/archives/65754196.html

このように児玉氏は、基準を議論することには意味がないと述べています。
たしかに、ホットスポットと呼ばれる局所的に線量の高いところの数値をもってして、その土地の線量だとすれば、高い数値の地域ばかりになります。これをやっているのが「週刊現代」などの週刊誌です。特集で各地のホットスポット探しをやり、それを大々的に書いてきました。しかし、たいていのところではホットスポットのような高い線量は出ません。福島第一原発から60キロメートル離れている飯舘村(いいたてむら)で、空気中の放射線の3月の原発事故の最高値は44マイクロシーベルト(毎時)です。8月に私が行ったときには、ガイガーカウンターを地面に置いて測定しても4マイクロシーベルトと、10分の1以下に下がっていました。それでも他の飯舘村に行った人の報告によると、置く場所によっては高い数値が出るようです。
ですから、児玉氏の言うとおり、どの線量を除染や避難の基準にするかということに意味はないという主張はわかります。どの数値をその地域の測定値とするかでもめて、議論の前提にはならないからです(ちなみに、ホットスポットの数値で議論をするのが武田邦彦(たけだくにひこ)氏)。
児玉氏は「しかもそれが広島原爆の20倍の量、撒かれている」と述べていますが、原子力発電所の事故と原子爆弾を比較することはナンセンスです。必ずこの後に、「ヒロシマでは14万人が亡くなった。だからフクシマでも何万人も死ぬんだ」と話が続きますが、そうではありません。過去にこの掲示板で下條氏が指摘しているとおり、計算の仕方が間違っています。広島の原子爆弾では8月6日に14万人、長崎では8月9日に7万人以上が亡くなりました。衝撃波(音速より速い爆風)によって、人間の体が溶けてしまったからです。地面に人間の形が残ってしまうくらいの強い熱と、衝撃波によって大勢の人々が即死しました。しかし、放射線が原因で死亡した人が何万人もいるという話は聞いたことがありません。原子爆弾の恐怖と、放射線の影響が混ざって理解されてしまっているのでしょう。人間は熱や圧力には弱いですが、放射線には弱いとはいえません。児玉氏の言う「広島原爆の20倍の量」とはいかにもミスリード(誤った結論に導く)です。

それでもここまでは、まだ何とかわかる話です。

私が問題だと思ったのは、次の発言です。

《第三番目、国策として土壌汚染を除染する技術を、民間の力を結集して下さい。これは例えば東レとかクリタだとかさまざまな化学メーカー。千代田テクノルとかアトックスというような放射線除去メーカー、それから竹中工務店などさまざまなところは、放射線の除染に対してさまざまなノウハウを持っています。こういうものを結集して、ただちに現地に除染研究センターを作って、実際に何十兆円という国費をかかるのを、今のままだと利権がらみの公共事業になりかねない危惧を私はすごくもっております。》
http://blog.livedoor.jp/amenohimoharenohimo/archives/65754131.html

《この数値が安全この数値がどうということではなしに、行政の仕組みが一生懸命測定をしてその測定に最新鋭の機械を投じて、除染に最新鋭の技術をもってそのために全力でやってる自治体が、一番戻るのに安心だと思います。》
http://blog.livedoor.jp/amenohimoharenohimo/archives/65754196.html

《それでですからわたくしが申し上げたいのは、放射線総量の全体量をいかに減らすか。これは要するに数十兆円かかるものであり、世界最新鋭の測定技術と最新鋭の除染技術を直ちに始めないと、国の政策として全くおかしなことになるんです。》
http://blog.livedoor.jp/amenohimoharenohimo/archives/65754196.html

児玉氏はなんと、放射線の測定と除染のために、国に数十兆のお金を出せと要求しているのです。国家予算並みの規模の額を除染活動のために要求しています。児玉氏のこの主張には呆(あき)れました。国に自分たちの活動の必要性を認めさせられれば、お金がいくらでも取れると思っているのです。

「シーベルトを0にせよ」と言い放った小出裕章氏と同じ、科学者の一番良くないところが出たなと感じました。すなわち、言っていることの現実性のなさです。たしかに、老人(社会保障:年金50兆円、医療30兆円、介護・福祉20兆円)に100兆円、アメリカ(米国債、駐留軍等)に30~50兆円、公務員(国家8兆円、地方22兆円)に30兆円のお金を毎年使っていることを考えれば、数十兆円という額は非現実的とはいえないかもしれません。リーダーシップを発揮するという意味では、全体の額を示すのは必要なことです。しかし、一人の科学者が言うことではないと思います。理科系の予算の配分権を持っている文部科学省の役人に、こうした話をずっとしてきたのでしょう。それが通ってきたから、児玉氏は国会でも堂々と述べることができたのだと思います。

そもそも、気になるところに水をまいて線量を下げる除染をすることに意味があるのかどうかさえわかりません。NHKのドキュメントによると、ボランティアで福島に行き、放射線を少なくするために丸一日かけて雨どいを洗ったりしている人がいるそうです。水を流したり植物を刈り取ったりして、「放射能が半分になった」と喜んでいました。
その人には申し訳ないですが、半分になったからといって、何がどう変わるというのでしょうか。放射線量を半分にしなくても、元々健康被害はないでしょう。作業をしても、刈り取った草は放射性物質を含んでいるので、燃やすに燃やせません。結局、庭の隅に行き場のなくなった何十ものゴミ袋が並ぶことになります。捨てられないゴミ袋が庭に大量に並んでいるのは気分の悪いものです。自己満足でやっていると批判されても仕方がないでしょう。

チェルノブイリの原発事故後のデータでは、大人のガンが増えたというきちんとした証拠はありません。子供についても、甲状腺ガン以外は、増えたというきちんとしたデータはありません。

『チェルノブイリ診療記』(新潮文庫)という本を出している、長野県松本市長の菅谷昭(すげのやあきら)氏という医師がいます。(すげのや昭 公式ホームページ: http://www.sugenoya.com/ )菅谷氏はチェルノブイリの事故後にベラルーシに行って甲状腺ガンの治療を行いました。WHO(世界保健機関)、IAEA(国際原子力機関)、EU(欧州連合)の三者が共同声明を出しており、「チェルノブイリの事故と因果関係がある疾患は、小児性甲状腺ガンのみである」と公式に発表しているそうです。ウクライナやベラルーシでは1986年のチェルノブイリ原子力発電所事故のあと、現在までの25年間で甲状腺肥大を起こした小児性甲状腺ガン患者が6,000人、そのうち甲状腺ガンでは15人しか亡くなっていません。死亡率0.25%です。
『チェルノブイリ診療記』を読めば、チェルノブイリの事故によって何千人、何万人もの子共たちが亡くなっているわけではないことがわかります。小児性甲状腺ガンだと診断された6,000人には、元々ガンだった人が含まれているかもしれません。特別に放射線をあびなくても、人間はガンになります。それにこの数字は病院に診察に来る人が増えた状況で計られたものです。普段であれば別の原因で死んだことにされる人が、原発事故が原因で死んだことにされている可能性があります。他の国と比べてガンの発生率が高くなったとは言えないのです。

それにもかかわらず、「とにかく測定と除染をせよ」「シーベルトを0にせよ」などという極端な主張をする者がインターネット上で人気が出てしまいます。週刊誌もその後を追って、扇動的な記事を書き散らします。たしかに児玉氏の「洗い落とせば問題は解決する」という主張は非常にわかりやすいです。「南無阿弥陀佛と唱えれば極楽浄土に行ける」という浄土宗の念仏信仰と似た単純明快さを感じます。わかりやすい主張のほうが、熱烈な支持者が生まれやすいです。しかし宗教はともかく児玉氏や小出氏の主張に関しては、チェルノブイリのデータが出ている以上、過去の事実から目をそむけていると言わざるをえません。

児玉龍彦氏は東大のアイソトープセンターで働いており、治療・診断行為として日常的に人間に対して放射性物質を打ち込んでいる人です。普段自分が扱っている放射性物質の量を基準にして、福島第一原発からまき散らされた量を考えているのでしょう。意図的に人体に打ち込んでいる放射性物質の量は、体内のどこにいるのかがわかればいいだけなので、本当に微量のはずです。児玉氏は自分の日々の経験から、今回の原発事故では「多くの地域が高濃度で汚染されてしまった」「ただちに除染しなければならない」と勝手に信じこんでしまったのだと推測します。専門家が自分の専門分野にとらわれてしまい、現実性のない判断をしてしまいました。

私は理科系の人間です。私も児玉龍彦氏と同じように、理科系の人間がおちってしまう間違った判断をしてしまうことがあります。児玉氏を反面教師として、このたび学びを得ました。愚かな判断をしてしまいがちな私に対して、いつも正しい判断を示してくれる副島隆彦先生に感謝しています。
児玉氏が「数十兆円出せ」と言っていることは、小出裕章氏の「シーベルトを0にせよ」というヒステリーに近い非科学的な主張でない分だけはまともです。しかしそんなお金が出るわけがなく、非現実的な主張をしているという意味で大差はないと判断します。

今回、児玉龍彦氏に対する私の考えを書いていて思ったことは、「過剰な潔癖症を他人に強いているオジサン」だということです。それを女性がまともに受け止めてしまって、「放射線で汚染されてしまった私は結婚できないのではないか」「何かのときに、福島県出身だということがわかったら断られるのではないか」と不安になっています。除染を強く主張したことによる反動です。この点は児玉龍彦氏が責められるべきことです。(了)