[706]ミクロネシアのヤップ島で、ヤップ人とフィリピン人と副島先生の『人類の月面着陸はなかったろう論』の話をする

川端優美子 投稿日:2011/09/09 22:11

わたしがこの間、ミクロネシア連邦のヤップ島に行った時の話です。コテージ(cottage カティッジ)にしばらく泊まったのですが、毎日隣にあるレストランで食事をしたりお茶を飲んだり手紙を書いたりと長居していたので、そのまた隣にあるダイヴィング・ショップのヤップ人と仲良くなりました。
ある晩、その人と、その人の友達のフィリピン人の自動車修理工(共に40代男性)と、いい調子でお酒を飲んで、わたしがコンスピラシー(conspiracy 共同謀議)っぽい話を出したら、おもしろい話になったんですよ。副島先生が、外人さんは知っているから根掘り葉掘り聞いてみなさい、とどこかで書いていらしたので、そういう話を出しました(先生がおっしゃったのは白人さんのことだと思うけど、このアジアの人達はどうだろうと思って話してみた)。

その前に、わたしはヤップ島を拠点にして、離島の本当に小さな島(住人300人くらい、ほとんど自給自足)に団体で行ってきたところでした。その島では1986年に大きな台風が来て、マホガニーの柱とヤシの葉の屋根でできたお家はほとんど流されてしまい、今はコンクリートの家が建っています。わたし達は伝統的な、壁がなくて風が吹き抜ける、ヤシのお家に泊めてもらえると思っていたので、がっかりしました。島の人によくよく聞いてみると、その1986年の台風のあとに、なんとFEMA(フィーマ Federal Emergency Management Agency of the United States アメリカ合衆国連邦緊急事態管理庁)がやって来て、台風の後片付けをしてくれて、お金をくれたんですって。「これでコンクリの家を建てなさい」って。そのお金で人々は島の外からコンクリを買って、コンクリとトタンの屋根のお家を造りました。時が経ち、トタンの屋根が朽(く)ちたりしてきて、人々ははっと気付きました。この家は台風には強いけど、お金がないと修理ができない。マホガニーとヤシの家なら、修理する材料は島のどこにでもあるのに。それで、人々は伝統的なお家をまた建て始める相談をしているそうです。

その話を、ヤップ島に戻って、ヤップ人とフィリピン人に飲みながら話しました。

ゆみこ「そしたらFEMAが来たんだよ!それでお金を置いていったんだって!」

フィリピン人「あー、あいつらはこれだもの(と、両手で頭から二本の角を出す)。」

ゆみこ「そうなんさ!FEMAはevi fellows(イーヴル・フェロウズ わりいやつ)だいね!」

ヤップ人「このコはよく分かってる。」

それで、わたしにはマスター(師匠)がいて、コンスピラシーのことを教えてくれるのよ、とか言いました。そしたらフィリピン人が「オー、ユーハブ・センセイ!」とか言ってね。それでわたしが「そう。センセイは、人類は月に行ってないという本を書いて、クレイジー・ブックの賞をもらったんだよ!」と言ったら、身を乗り出して「オウ、ワッツ・ヒズ・ネイム?」と聞くから、わたしは「イッツ・ソエジマ!」と言いました。で、ヤップ人がまた「う~ん、このコはよく分かってる」って。

わたしはこの人たちが世の中のことをよく分かっているので、驚いて、「なんで、そういうこと知ってるの?日本人なんか、ぜんぜん知らないんだよ」と言いました。だって、失礼だけど、フィリピンから流れ着いた元アル中の現自動車修理工ですよ。もう一人はダイヴ・ショップの店員ですよ(素潜りで水深40m行けるらしい)。そしたらフィリピン人が「まあ、日本人は・・・ナイーヴだからねぇ」ですって。そうさな。

後日、学問道場会員の友達に会ったときにこの話をしたら、それはやはり彼らは英語が使えるので、英語の情報をダイレクトに取れるからじゃないか、と言われて、やっぱそうだいねーと思いました。 おわり