[3529]アメリカ覇権の崩壊。

土井としき 投稿日:2023/03/15 12:52

戦後直ぐ、マッカーサーが、何故か立憲君主制の憲法を作った意味が気になります。何を大事にし、何を反省することなのかです。過去を顧みて、現在のアメリカの金融破綻は、単なる金融危機では治まらず「アメリカ覇権」の崩壊をもたらすと思うからです。

そこで今、福沢諭吉の『西洋事情』の「政治に三様あり」からも学ぶべきだと感じます。
福沢諭吉は、西洋近代の事情のConstititution=を「国律」と訳していました。明治憲法より早く、「憲法」constitutionを「国律」と翻訳していたのです。

つまり福沢諭吉は、明治初期に、国律=憲法を「国家が個人を律するのでは無く、個人が国家を律する法律」だと指摘していました。
憲法より国律の方が、翻訳としては、的を得ている気がします。

明治維新は言うまでもなく戦後憲法も、国民主権を大切にしない政治社会です。
だから、今からでも遅くないので、constitution「憲法」ではなく「国律」の方が、立憲主義に相応しいと思われます。翻訳の意味が正確なほど、日本人の感性が正しく刺激するのではないでしょうか?

アメリカ経済破綻の現在、海外に借入債務の無い日本経済を、正しく導くような日本国民が求められます。サ−ビス経済化を資本主義を超える(新しい資本主義では無い)には、非正規雇用の賃金水準を上げて、消費を刺激することがスタートではないでしょうか?

そして、憲法を国律として、国が守ることを国民が監視=律することが大事なのでしょう。

これは、日本型馬鹿なエリートを律する大衆が生起するかどうかに関わります。
そして、たかだか二百年そこそこの西洋近代を反省して、プレモダン=アジア社会から、第一次産業以前=言語以前の社会、つまり縄文時代を視野にする試行が時代の先取りのように感じました。