[33]中国の内蒙古から

石井裕之 投稿日:2010/07/06 00:21

中国の内蒙古の石井です。
いよいよ、アメリカの経済が混迷の度合いを色濃くしてきたり、参議院選挙を控えていたりで、非常に緊迫した雰囲気が日本では流れていることでしょう。安穏と内蒙古で暮らす石井からレポート第2段。上海万博ネタや中国思想ネタが続いていますので、それに対するコメントを入れさせてもらいます。
「上海万国博覧会」のよっちんさん。
ドイツ館に関するコメントで、レコードチャイナの記述を引用されています。曰く、中国人の模倣を批判したような記事です。
既に語りつくされているとは思いますが、先端技術や最新のファッション、デザイン等は一朝一夕で成されるものではありません。日本も戦後の高度成長時代に様々な国々の模倣を続けてきたお陰で、今の技術立国という国際的位置を確立出来たのです。今、正に中国は1970年代の日本と同じ場所にいると理解するべきだと思います。しかし、日本がその後20年掛けて熟成した技術を、今の中国人達は恐らく5~6年でモノにしてしまうのではないでしょうか。中国独自の規格なりデザインのモチーフのようなものが出てくるとしたらそれからだと思います。批判するのは気楽で良いものですが、もの凄い勢いでキャッチアップされた後、日本はどうするのでしょう?むしろ私はそちらの方が心配でなりません。
万博会場の所々でオシッコの匂いがする、とのことでしたが、これは日本と中国の習慣の違いです。中国では、乳幼児に対してもほとんどオムツを履かせません。赤ちゃんは、又の下を切り取られた格好のズボンを履かされ、尿意や便意を催すとほとんど所構わずその場でさせます。ですから、片言の言葉が話せるようになると(1歳くらいから)、いわゆる日本で言うところのオムツが外れた状態になります。私の子供は2歳になったばかりですが、オムツどころかオネショもしません。しかしそうは言っても、公共の場では(自分の家でも)あたり構わず用を足している子供をみますから、ちょっとしたカルチャーショックですね。これは地方に行くほど、田舎へ行くほど顕著になるようです。上海の街中の最新のスタイルは少し違うかもしれませんが、万博会場に集まるお上りさんにはいつも通りの習慣なのです。
また、よっちゃんさんの最後の処に、日本が中国に飲み込まれるのではないか、との感想を述べられております。
御承知の通り、アメリカの力が削がれていきアメリカが自分自身のことで手一杯になったとき(すでになっていますか?)日本はだれが守ってくれるのでしょう。戦後の高度経済成長が為されたのも、一つには国防関連の予算をほとんど計上する必要が無かった(アメリカが守ってくれていたから)ことも要因ではないでしょうか。アメリカの力を頼ることが出来ないとなったら、日本は独自に核武装しますか?戦闘機やミサイルを独自開発しますか?アメリカによって、それらの技術を上手に骨抜きにされてしまっているので、今更難しいと言わざるを得ないでしょう。その時、隣国に超巨大経済大国が突如現れた場合、我々日本人の採れる選択肢は非常に限られていると思います。
「和気から正気へ・・・」のジョーさん。
ジョーさんのおっしゃる「和気の思想」は、今の中国人には理解されないのではないでしょうか。以下に理由を書きます。
私は、2005年にこちら(内蒙古)で店舗を構えて50~60人位の中国人を使っていたことがあります。その時には一所懸命に日本式のビジネススタイルや商習慣を社員達に教育しようと随分沢山マニュアルも用意したものです。しかし、どんなに頑張って教育してみても、雇用契約書に条件として明記してみても、月給が50元でも良いところがあれば、その瞬間にオサラバです。名残惜しむような素振りは微塵もありません。どうも根本的に考え方が違うのです。我々日本人の精神構造の中には「for the team!」が刷り込まれています。全体の利益の前に個人を優先させるべきではない(というか、個人は犠牲にすべきだ、の方が適当ですか)、という考え方です。しかし、中国の人は違います。まず個人ありきです。己の利益を最大限追求します。その結果全体が良くなれば尚良かった、という考え方です。日本の中小企業が中国に進出していって中国人にダマされて失敗した、という話を良く聞きますが、根底にあるのはその違いです。繰り返しますが彼等は全体(この場合中国との合弁会社)の利益を考えません、己の利益のみを追求します。しかも、当たるかどうか判らないような商売に対して2年も3年も辛抱に待つ、ということをしません。その瞬間で損得勘定を弾いて行動に移しますから、中国人のパートナーに出資金だけ持って逃げられた、ということになってしまうのです。これを私は「中国人が悪い」と一括りにするのはどうか、と思ってしまうのです。要するに文化・習慣の違いであって、そのことを良く理解せずに安易に考えている日本人にむしろ責任があるのではないでしょうか。こう書くと、「泥棒されたのに、泥棒した方ではなく泥棒された方が悪いのか」というご意見も出てくるでしょう。正にその通りです。厳しい生存競争に勝ち残って行かなければならないのです。生易しいことではありません。成功するのに手段を選んではいられないのです。その辺りの精神構造は、温室育ちの日本人には逆立ちしても理解出来ないのではないでしょうか。中国人と付き合う(ビジネスをする)において、一番大変な部分です(では、私はどうなのか?というのは別の機会に)。
少々道が逸れたような気もしますが、以上のようなことから、中国人の気質の中に「和気藹々(わきあいあい)」は、絶対無いと言えるでしょうし、到底理解してもらえるようなものでもないと思います。彼等は、兄弟の中でも見栄の張り合いを平気でします。まず勝って立場を確立する!これが彼等の至上命題です。「死ぬ時は一緒だ」なんて、逆に気持ち悪いと言うのではないでしょうか。メロドラマと現実くらいの開きがあるように思います。