[3217]天孫降臨神話について

守谷健二 投稿日:2021/08/10 08:03

守谷健二です。
相も変わらず七世紀八世紀の日本に拘っています。何故なら、この時代に日本史の根源史料『古事記』『日本書紀』『万葉集』が創られているからです。
日本史は、この三つの史料で始まっている。故にこの時代は大事です、きちんと研究しなければならない。ここが土台なのですから。

《葦原の千五百(ちいほ)秋の瑞穂(みずほ)の国は、是、吾が子孫(うみのこ)の王たるべき地(くに)なり。
爾(いまし)皇孫(すめみま)、就(い)でまして治(しら)せ。

行矣(さきくませ)。寶祚(あまつひつぎ)の隆(さか)えまさむこと、当(まさ)に天壌(あめつち)と窮(きわま)り無けむ。》

(訳)葦原瑞穂の国(日本)は、吾(天照大神)の子孫の王であると決まっている国である。爾皇孫(ニニギノミコト)行って治めなさい。皇孫の栄える事は天壌に極まりないことだ。(永遠に続くことを約束しよう。) 

上の文章は《天壌無窮の神勅)と呼ばれ、日本国の主神である天照大神が御孫・瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)に与えた神勅です。これは天皇制の核心部であり、天皇の日本国統治の正統性に絶大な効力を発揮しました。

神々の主神である天照大神が自分の孫(瓊瓊杵尊)を地上(葦原瑞穂の国)の王と決め、天上より地上に派遣し、その子孫の永劫の繁栄を約束しました。派遣したのは息子ではなく孫です。これがこの神勅の肝です。

何故なら、この神勅を孫である瓊瓊杵尊に与える前に、息子である天忍穂耳命(あまのおしほみみのみこと)に同様の神勅を与え天下し(地上に派遣)していたのです。
しかし、天忍穂耳命が途中(天の浮橋)まで来て地上を覗うと「葦原瑞穂の国はいまだ騒擾状態に見えた。」それで引き返し天上に帰ってしまった。

天上の神々は、地上に色々と働きかけ、地上が鎮まるのを待って、孫の瓊瓊杵尊を天下し(派遣)したのです。
子から孫に替わった事情を次回述べたいと思います。