[3125]高齢者の肺炎、「死に方」等についての自身の経験

6227番 今野 投稿日:2021/05/02 16:30

 6227番 今野です。

 高齢者の肺炎について、また、ぼやきに最近副島先生が上げていた「死に方」に関する自身の経験を共有したく思いました。

 もうすぐ父の百箇日ですが、父は昨年3度肺炎で入院し、3度とも大きな病院に救急で運ばれました。私自身も、深夜コロナ疑いの患者が運ばれるERの入り口、また、大抵そばにある通用門から入って行くわけで、そういう時はスクリーンの向こうに言ってください!といわれたり、ICUで医師と話している中で入電があり、「コロナ?空いているなら受け入れればいいじゃ無い」等の会話を耳にしたりで、母も昨年末、現在と入院しており、運ばれる患者が多いことは実感しています。

毎回、発熱や咳き込み、血中酸素濃度見ると一気に下がっており、救急へという流れでした。
三年ほどの両親の実家の通い介護の後に、もう自宅では難しい状態になり、施設にこの一年半(半分は病院ですが)入って貰っていたので、医療職がいたから可能なことです。自宅なら血中酸素濃度が下がっていても、意識は普通にありますのでおそらく救急など考える前に一気に下がっていき、そのままだったでしょう。同居家族が居ても、認知症、寝たきり等であれば通報できません。

2度目の入院では、78%まで下がっていました。これは結構大変な事ですが、普通に院内の電話で話す事ができました。コロナの症状でよく言われた事だったと思います。

バイタルを確認し、CTを撮り、酸素マスクで様子を見ながらPCR検査に出します。結果が出るまでは、ICUの中のさらに個室に入ります。間質性肺炎、つまりすりガラス状の炎症がそこら中にある。
毎回コロナを疑われ、呼吸器循環器系の医者から、説明が感染症医になることもありましたが3回とも陰性。その意味では病院で患者に行うPCR検査はワークしたんでしょうか。

 高齢者の肺炎について、少し経験を共有したいと思います。

いかにもコロナを理由とした肺炎の様に見え、違った訳ですが、何かと言えばいわゆる誤嚥性肺炎です。
父の経過をつぶさに見て老いと肺炎の関係がよくわかったのですが、病名を聞くと、食物が一部肺に流れこむイメージがあるかと思います。

話はもう少し深刻で、老化で、物を飲もうとしても喉仏が上がらなくなる。ゼリー状の食事を用意して貰っても、肺側に落ちて吸引が必要になる状態となる。これが何を意味するかというと寝ている間も唾液が流れて行ってしまう様になるんです。
すると、体の抵抗力があるレベルに落ちた瞬間、それほど問題の無い菌、果ては唾液に含まれる常在菌や大腸菌でも、コロナのサイトカインストームと言われるかの様に肺がみるみるすりガラス状になってしまうんです。わかりますかね。常に憎悪する危険との背中合わせになる。

老人が肺炎でなくなる度に、「突然だねえ、あっという間だねえ」などとよくいう人がいます。新米看護士にも言われるくらいです。私もそう思っていましたが突然ではなく、こういう事は知られていないだけで、とても多いのだろうと感じました。この状態でも意思がしっかりしている人はしています。父がそうでした。

肺炎だけを治す1回目、2回目の大手や某大学病院と違って、(2回目の病院はクラスタ出しちゃいましたが)最後の病院は患者をよく見ていて、最初から誤嚥性で見ていて、リハビリも懸命にやってくれました。私も書籍を漁ってポストイットを貼り散らかした、喉を鍛える本を渡して読んで貰ったりしていましたが、復活はかないませんでした。

復活できなかった際の選択肢は何か。
所謂胃ろうを入れて延命措置だけになるのです。それをやりつつも体も弱っていますので、抗生物質の投与サイクルの合間、肺炎が暴れたらそれで終わり。唾液も日々入っていく。何度も治療サイクルを行うと耐性菌が出てきます。そうなると治療も効かなくなる。

父は認知症もなく最後まで明確に意識がありましたから、延命措置を何度も説得するわけですが、徹底拒否でした。最後は私にやっても良いような事を言っておきながら、帰ったら拒否するという事までして主治医の女医さんと、どうしたものかと一緒に悩みました。お医者さんとしても状態を把握しているので、父の遺志と尊厳を尊重せざるを得ず、説得するなら息子さんのトライだけですと何度もこの厳戒状態で、機会を作ってくれました。
こちらも辛いですが、もうお迎えだと全体で自覚している本人としては無理やり生かされるのはさら辛いのですね。

 人工呼吸器というものについても少しお話しします。

父はかなり低い血中酸素濃度にも関わらず使用しなかったのですが、その選択について医師と話した事です。
1度目はコロナ初期だからか、特に同意書などは呼吸器については無かったかと思います。酸素マスクで安定しているうちにPCRの結果が出て、抗生物質の治療に移り使うことはありませんでした。延命措置に関する承諾だけだった様に思います。

2度目は、血中酸素濃度がかなり下がっていましたが、家族として使う使わないの承諾がありました。私は当然使うものだと思っていたんですが、医師によると「入れてしまうと取れない。もし亡くなるとした場合、本人は苦しみながら、最後まで口が塞がれ会話も食事もできず、動けないまま。病院としてはそのまま可能な限り活かし続ける。寛解せずに抜くことは殺人になってしまう。結果的に亡くなるまで入ったままの方も多い」「状態を見ると、経験から言って医師としては勧めることはできないが、ご本人とご家族の決断です」という事でした。

そういう機器なのです。

この時は、父を遠目に見ながら院内電話で話すと、「俺はもう十分生きた。さっき医者にも言ったが使わないでくれ」と。酸素マスクで通し、肺炎の治療が進んでそれも外れましたが、体調自体は入院ごとに落ちて行きます。

3度目の入院時やはり2度目で確認をしていましたので、使わない選択をしました。肺炎の話で書いた様に。嚥下が復活できない、かつ延命拒否、肺炎が憎悪したらそこで終わりという頭を抱える様な状況で、父は医師の予見からすると結構頑張っている状況でしたが、伸びるほどに、今度は急性期病院なので余命いくばくか、という状態で頑張っている患者は「慢性期」と判断される訳です。療養型を探さねばならず、探して家族面談に行く訳です。

深く状況をワーカーさんと話していくと、「積極的な治療ができないので、今の状態だと、もしかすると先方から移して程なく、という事もありえます」「回復されてここを出る方はまずいません」と言われ、申込書に半分記入しつつ、どうしても手は止まりその日は決めかねました。その病院の方も、1時間半近く時間を使ってくれましたが「今決めなくても良いんですよ、お気になさらずに」と、言っていただけました。

一方で、母も入院している私の負担や、父を危ない状態では移さないように(つまり病院で見とれれば見とるという意味なのですが)裏で配慮してくれる今の病棟の方、先生に、感謝しつつ悪いなと思いながら病院に行き、父の弟に送って貰った実家の雪景色の写真を、本人に見せて渡してもらう様にお願いしました。父はその日それを見て、弟がいるんだと看護士に話したそうです。

翌日、父は他界しました。
駆けつけるとスパッと逝ったなと良くわかる顔でした。実際、心停止(心不全)であったようです。私にとって立派な親父でした。

 皆さんにわかって欲しいのは、70後半以上の方々で、抵抗力が弱まっている方は同じような状況の方も多いという事です。私の個人的な考えですが、人工呼吸器は若く力のある方が、復活する可能性がある際に使うものだと思います。そうでないと入れたが最後、2度と話すことも、食事もできずに栄養の補助と共に死を引き延ばすだけの装置になる事もあるというのは上に書いた通りです。

息子の私からしても、今宝となっている、この間話した多くの事や、最後実家から送ってもらった果物を小さく切って、口に含ませて大層喜んだ事など(結局吸い取っちゃうんですが)、一切がなかった事になります。何ヶ月も苦しませるだけ、意思疎通も出来ない選択をしなくて個人的には本当によかったと思っています。

サイトカインストームの肺炎と、他の肺炎ではおそらく治療が違うと思いますが、後者の場合、それ自体は抗生物質で肺炎を治せるかだけであり、おそらく膨大にいるだろうと想像される喉の機能が戻らない状態での誤嚥性肺炎を持つ高齢の方の場合、つまり抵抗力、体力が戻らない父のような方についてはですが、これはほぼお迎えが来ているに近い方も多いだろうと思いました。かつ、この状態で父の様に意思と論理性を持って会話でき、判断を行える人は非常に珍しく、この病院にきて見たことが思いつく限りでは無いとの主治医の話でしたので、おそらく認知症他判断がもう難しい方が殆どだと思われます。

 長くなりましたが、皆様のコロナ議論の寄与するものでもないお話ですが、今高齢の方がコロナで圧倒的に多く亡くなっているという数字がある中、それはどういう状態だったのか、それを想像するにあたって少し実感を伴っていただけるのではないかと思い、書かせていただきました。

もしコロナの感染による肺炎とされた場合、逆に普通の抗生物質治療は行なわない様にも聞いています。そうすると本人が頑張るしかない中で血中酸素低下が続いて、結局本人、家族の意思確認も出来ないうちに、人工呼吸器シフトのタイミングが来て、栄養が足りないですから何らかの投入とセットになるようにも想像が出来ます。もちろん医療の心得はありませんので想像です。

ただ、少なくとも、コロナかどうかというのは、父とのこの最後の1年において、多くの要素のたった一つでしかありませんでした。

お別れは悲しい事ですが、話すべき事をよく話しておき、なるべく自然にお迎えが来るまで、一番良い形を整えておくという事、これが最も肝要であるだろうと思います。

6227 今野 拝