[2647]村人は最初に井戸を掘った人を忘れない

谷口正宏 投稿日:2020/10/16 23:52

初めて投稿いたします。
日本企業で30余年働き、今年から中国企業の顧問を務めております。
たまたま自身の出来事に重ねて中国の故事を調べたところ、日本の歴史の一面にたどり着き、ご紹介したくて投稿しております。

http://www.peoplechina.com.cn/zhuanti/2012-04/20/content_448026.htm

人民日報のページのURLを貼り付けます。
「飲水思源(インシュイスーユェン)」 村人は最初に井戸を掘った人を忘れない、つまり豊かな村の村人は、最初にこの地に来て井戸を掘った=人が暮らせるように水の確保を成し遂げた人を忘れない。の意味です。中国の方は故事成語を使うときに、目の前のことに当てはめる意味ともう少し大きな意味と重ねて使います。1972年日中国交化に向けて当時の田中角栄首相が訪中した際に、同じく当時の周恩来首相が感謝の言葉として伝えたと広く知られています。

ですが上記に貼り付けた人民日報の記事では、トップの政治家ではなく日中国交正常化に尽力した中国や日本の関係の方々を指してこの言葉を用いています。周恩来首相が田中首相に対して、日本に感謝してこの言葉を使ったのか、恩を忘れずに帰ってきたねと田中首相を誉められたのか、当時の日本のメディアには読み取れなかったのかも知れません。

この記事の中にもう一つ、小さなことと大きなこと、2つを重ねて表現する中国の人の事例が見つかったので今回投稿しました。記事の中で日中友好の場に居合わせた米国卓球代表団が周恩来首相の招きに応じて訪中し、毛沢東主席が「小さな球が大きな球を動かした。」と表現したとあります。小さな球はピンポンのボールですが、大きな球は地球、言い換えるとピンポンが扉を開いた世界情勢を指して毛沢東が発言したのでは無いかと思いました。
日中友好のイベントの中で朝鮮戦争以後交流のなかった中米の交流の兆しが芽生え、その後に訪中した田中首相に周首相が貴方は恩を忘れない/貴方の恩を忘れないと伝えた。世界に先んじて公の場で中国を認めた日本を妬んだ欧米諸国によって田中首相は前途を閉ざされましたが、その先見の明により世界に戦後をもたらした功績は大きいと思います。
安倍総理が就任直後に最初の訪問国として中国を選ばれたこと、2009年の平成天皇と習近平副主席との特例会見設定など、日中の政治家は双方を尊重した行為を以後も続けておられます。
表向きは米国重視の姿勢を保ちながらが、メディアに同調表現を流布させながら水面下で過去の双方の恩を返す、もし私の想像通りなら私の将来も明るいのでしょう。