[2381]最後の晩餐

会員番号5746 投稿日:2019/01/08 14:06

あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。
「最後の晩餐」に関するぼやきの1797を読んでから、あれやこれやと思いを
馳せています。

私は大学と大学院での7年間、西洋美術史を専攻しており、しかも専門は
レオナルド・ダ・ヴィンチでした。私が通っていた当時の大学の文学部哲学科・
西洋美術史のコースには、日本でルネサンス、しかもレオナルド・ダ・ヴィンチ
の権威と言われた年老いた教授がいました。
大学では、点数を取るための受験勉強ではなく、「学問とはなんぞや」という
ことを純粋に追求してみたいと思っていた私は、たまたま進んだ自分のコース
に、その分野では日本で右に出る者がいない、というその教授になにがなんでも
食らいついて、「学問というものの切れ端」にでもいいから触れてみたい、
1つのテーマを深く掘り下げて究めていくことの醍醐味・興奮を味わいたいと
願っていました。

しかし私の純粋な願いは、すぐに打ち砕かれました。その教授はレオナルドの
鏡面文字を授業の中ですらすら読んでいましたが、なんというか「(悪い意味
で)アカデミズムのおめでたい、無垢な世界」にいただけで、レオナルドの
生きた当時の政治背景、教会の思想、レオナルドの内側からほとばしり出て、
留まることを知らなかった好奇心の激流などからはほど遠いところで、こちょ
こちょと素描の指の角度などを何年も眺めているオタクでした。

当然に退屈さを感じた私は、何につけ言うことを聞かなかったので、その教授
からの覚えがすこぶる悪く、私ほど嫌われた学生はいなかったろうなぁと、今
でも思います。大学4年の時に、大学院に進みたい、(あなたとは関係のない
ところで、自分で勝手に)レオナルドの研究を続けたい、と申し出た時には、
「なぜ君は結婚しないんだね?」と言われました。(←今ならこれだけで訴え
られそうですが、当時はこんなことは当たり前でした。)
それは体よく「さっさとここをやめて、出て行け。」と言われたわけですが、
私は大学院進学の試験を自力でパスして、以降は好き勝手に勉強していました。

元々完成品の少ないレオナルドですが、その準備段階、研究途中で描き遺した
素描は、どんな小さなつまらない紙片でも、世界中の美術館に厳重に保管され
ています。私は修士論文を書く前に、一人でローマ、ミラノ、ヴェネツィア、
パリ、ロンドンの美術館・研究機関を巡り、できる限りレオナルドの素描を、
自分の目で見て回りました。
それから25年ほど経ちますので、私の勘も大分鈍りましたが、レオナルドは
画面の中に「静寂なシーン」は残しません。いつも「劇的な、見る者の度肝を
抜くような、しかしそれはわかる人にしかわからないドラマ」を埋め込んでい
ます。
それは、かの有名な「モナ・リザ」しかり、他の大半の未完成の絵もそうです。

背景の水の流れ、木々の姿にすら、彼は自然の中の真実を埋め込んでいます。
「最後の晩餐」も、確か窓の外には不思議な自然の風景が描かれています。
恐らく描かれた頃から、ほとんど霞(かすみ)がかっていた筈なので、多くの
人はその手前の人物描写に目を奪われますが、あの絵は背景の全体を貫く透視
図法の中心点が、真ん中の窓だったか、イエスの頭部だったかにあり、レオナ
ルドは教会の壁に、あの絵の色を塗り始めてもなお、ずっと頭の中で試行錯誤
を続けていた筈です。
彼の頭の中で、絵画の構図は立体的に(正に3Dで)生まれ、その3Dの状態
のまま、(今ならコンピュータを使って360度回転させるように)彼はすべて
の登場人物・情景を頭の中で回転させることができました。

その脳の中の画像は、日々変わります。そうした推敲・熟考の跡は、多くの
素描に残っていて、だからこそ彼の場合、どんな殴り描きの紙片でも、貴重な
史料になり得るのでしょう。でもその紙片に込められたレオナルドの(生まれ
るのが500年早かったと言われる)破天荒な発想・思想と見る者への挑戦は、
今だに解き明かされておらず、世界中のレオナルドの研究者は、近年どんどん
細分化された技術的な分析に偏っており、副島先生ような、大きな時代と思想
背景から捉えようとする動きはありません。

私はそれを「隠されたヨーロッパの血の歴史」と「隠された歴史 そもそも
仏教とは何ものか?」を読んだ時に知りました。
日本の大学には美術史や思想史を教える人はたくさんいます。ですが、どの
学会に出てみても、歴史を大きく捉えた視点、思想的背景、当時の宗教が民衆
の心をどのように縛りつけていたのか、を生々と加味し、噛み砕いて理解しよ
うとする視点は、皆無です。
日本の西洋美術史家なんて、皆「我々は政治的なところからは離れているべき
だ。そこを授業や研究で触れてはいけない。」ぐらいの信じ込みで、敢えて
目も心も閉ざしています。
副島先生の真実暴き系の考え方からしたら、「なんじゃ、それは。それじゃ
怖い物を見たくない子供と同じじゃないか!」となると思いますが、実際の
ところそうなんです。

実社会(浮世)から隔離されたアカデミズムという空間にいる学者たちは、
皆「真実を暴く」というところの対極にいます。それは、それだけは知りたく
ない、知ってしまったら自分の脳の中が崩壊して整理がつかなくなる、心の
弱い連中が、大学教授になるからです。
私は大学院卒業後も、しばらく幾つかの美術史学会に所属していましたが、
そのあまりに古く閉鎖的で、つまらない体質に、「ここで学ぶものはないわ」
と思って、やめてしまいました。

ですから先生が、
「こんなことも、長年、分からないようでは、西洋美術の評論家、学者なんか、
全部、まとめてゴミ箱に、捨てるべきだ。」
「なぜヨーロッパで、たったひとりの有識者も、有名な美術家も、この大きな
真実に気づかなかったのか。あなたたち、西洋の知識人、文化人たちの目は、
本当に節穴だ。」
とおっしゃるのは、全く真実で、言い返せる人など、だーれもいません。
人の世の真実も、恐ろしい悪魔の正体も正視できずに、何年も書物の隅をつつ
いたところで、なんの発展もないのです。くっだらない論文ばかりが、積み上
げられるだけで。

イエス様に奥様がいた、その人は弟子でもあった。
こんなシンプルな事実が1500年間も封印され、奥様はカトリックによって、
事実無根の虚像を作られました。イエスの解いた愛ではなく、自分たちの権力
と富を安定させたい大嘘つきによって。
日本に仏教が伝えられた時、最初に天皇のまわりで声明(しょうみょう)を
唱えていたのも女性です。それがすぐに日本でも「女はけしからん・汚い」と
いうことで、仏教の聖なる祭事から排除されました。
一体、男たちというのは、なぜにそうまで女を悪くしたいのか、女を排除した
いのか。
そういうことをすればするほど、自分たちの愚かさが誇張されるだけなのに。
もっと言えば、男だ女だという「性差」にそこまで縛られたがる、男、という
ものの頭の構造が、私にはわかりません。
 
どんなに力を使って、どんなに嘘の話をたくさん作って、女を悪者にしたとこ
ろで、男は聖者にはなりません。時がたち、真実がこぼれ出てきて
「アホか・・」と言われるだけです。
イエスの解いた人間愛も、ゴータマ・シッダールタの行きついた解脱の世界も、
性の違いなど越えたところにある、「人の心のあり方」だった筈です。
もし彼らが今、もう一度この世に降りて、苦しむ人々に言葉を投げかけるなら、
そこに男だ女だはありませんよね。
ローマ教会が権勢をふるったルネサンス当時、教会の嘘なんかとうに見抜いて
いたレオナルドは、彼の活動のすべてを通して、それをわかる人にはわかる形で
伝えていたんでしょうね。彼は晩年、フランスに逃げていくんだけども、それ
も仕方なかったんだと思います。

なお、私が上記で書いた「大学教授」というのは、あくまでも私が直接見知って
きた文系の教授に限ります。私は理系の教授たちが、真実に対してどのような
姿勢で、どのような心のあり方でそれぞれのテーマに対峙しているかは存じ上げ
ませんので、もしこれを読み、不快に思われた(上記には該当しない)大学教授
の皆様には申し訳ありません。