[2176]『ニーチェに学ぶ 「奴隷をやめて反逆せよ」 まず知識・思想から』を読む
副島隆彦先生の新刊『ニーチェに学ぶ 奴隷をやめて反逆せよ!』(成甲書房刊)が発売されて二ヶ月がたった。副島先生がニーチェ本を構想中ということを知ったのは、東日本大震災の翌年の2012年の春にあった、『学問道場 福島原発難民ツアー』の時のことだ。
バス座席でたまたま私の前の座席が、小笠原豊樹編集長だった。後ろからのぞくと「ニーチェ・ブルクハルト・・・」という草稿がちらりとみえた。ニーチェについても書かれているのだなあ、と思い福島の飯館村(いいたてむら―放射能が最も検出された村―といっても原発事故からすでに一年経過していたので、側溝にたまった汚染土でも100マイクロシーベルト・パー・アワー以下だったが)の役場で休憩をとっていた時に、
「副島先生はいま何本原稿を書かれているんですか?」
とたずねてみると、
「八本書いています。」と答えが返ってきた。あの時はびっくりした。
あれから五年が経ち、ついに本ができたんだなあ、と感慨深いものがあります。
この五年の間にあの福島原発事故に関連して、東電の国有化があっただけでなく、今年は東芝が「倒産危機」のさなかにある。
日本のサラリーマンたちは震撼(しんかん)した。
東芝は2006年にアメリカの原発機器大手会社、ウェスチングハウス社(WH社 正式略称WEC)を買収してから、この十年余で一兆円にのぼるといわれる損失額がある、といわれている。東芝はウェスチングハウス(WH)社が経営破綻した2017月4月までに、2300億の粉飾を行ったとされているが、本当はその数倍の損失額だ、とされている(小西康之著『東芝 原子力敗戦』 文藝春秋社 2017年6月刊より)。
この「倒産」劇の本当の責任者・戦犯は経産省の今井尚哉(資源エネルギー庁次長 安倍内閣の現首相秘書官)や国際協力銀行(JBIC)の前田匡史(まえだ ただし)たちだ。かれらは、東日本大震災の直後に日本の「原発パッケージ輸出」を再開させた張本人たちであり、アメリカの手先である。
(この前田匡史という男については、SNSI論文集『放射能のタブー』KKベストセラーズ2011年刊に古村治彦さんが前田匡史氏を「第二の竹中平蔵」として正体をあばいている。また、今井尚哉氏はアベノミクスのシナリオライターであり、今もって首相のブレインである。)
今井尚哉ら経産官僚が描いた「原発パッケージ輸出」の絵に従ったのが、東電や東芝、
三菱重工業、日立製作所であり、なかでも「国策企業」の側面の強い東芝がWH社買収というババをひいた。
ここで、なぜ東芝がWH社買収に走ったかについて、相田英男さんが『今日のぼやき』(1960)で解説されているので引用する。
(今日のぼやき 広報 1960より引用開始)
スリーマイル島原発事故の後、80年代以降ではアメリカの原発の建設はストップしたのですが、WEC(ウェスチングハウス社の正式略称)はその後も新規な技術を組み合わせた改良型の軽水炉の開発を、政府予算の補助等を受けながら地道に継続していたのです。それがAP600というもので、1992年にアメリカの原子力規制委員会(NRC)から型式が承認され、1998年にNRCから最終設計承認(FDA)を取得しました。要するに政府から「図面上はきちんとした軽水炉ができた、安全ですよ」、と認められたということです。WECは更に、電気出力を600メガワットから1000メガワットに増加したAP1000の開発も実施して、2006年にFDAを取得しました。ちょうど東芝がWECを買収した時期ですね。
このAP1000という原子炉は安全性も高く、軽水炉の弱点だった電源が失われた際のメルトダウンが起きないとWECが主張したので、非常に注目されていました。日本や中国のコピー原子炉でなくて、本家本元のWECの技術者達が、20年の時間を掛けて熟成させた原子炉のため「それは素晴らしいだろう、ぜひ使いたい」、という国や電力会社が大勢現れたのです。
(引用終わり)
田中進二郎です。以上の相田英男氏の解説でもわかるように、経産官僚や東芝にWEC(ウェスチングハウス社)に対する期待があったことはわかる。しかし、東芝は原発事業とは別に、2005年ごろからパソコン事業で組み立てメーカーにパソコン部品を実際の4~8倍の値段で売りつけて、それを収益として計上するという粉飾に手を染めていたことが分かっている。(これによる利益水増しは654億円―2013年度だという。)
また、上記の『東芝 原子力敗戦』のなかで、著者・小西康之氏は「東芝が買収した時点でウェスチングハウス社は死に体だった」と書いている。それは、WECがスリーマイル島原発事故以来、30年間米国内の原発を新設せず、現場の仕事から遠ざかっていたためであり、東芝がWECを買収した6600億円という金額の半分以下の価値しかもともと、WECにはなかったのだ、という(上書P44)。
このあと、十年にわたり、不正な会計処理が西田厚聰社長(任期2005~2009年)、佐々木則夫社長(2009~2013年)、田中久雄社長(2013~2016年)の三社長の指令のもと行われていった。小西康之氏によると、東芝19万の社員のうち「粉飾」に関わった人間は2000人余であるという。
ここまで副島隆彦先生のニーチェ本とは外れた「東芝倒産危機」の話をしてきた。
しかし、このことが無関係な話だとは私田中は思わない。
『ニーチェに学ぶ 奴隷をやめて反逆せよ!』は完全に奴隷化したサラリーマンばかりになりつつある日本人に向けて出された一撃であり、単なる思想書ではないはずだ。
実際、副島先生は東日本大震災以後、GE(ジェネラル・エレクトリック社)やウェスチングハウス社を批判せず、東電や政府だけ批判して事足れりとする広瀬隆氏ら反原発論者たちの姿勢に抗議されていた。おそらく今回の東芝の倒産危機についても予知されていたであろう。経産省は「国策企業」の東芝をつぶしておきながら、自分たちはアベノミクスのブレインのままで居座るつもりだ。彼らはアメリカのコンサルタント会社・デロイトトーマツと深く通じていて、本当は東芝にアメリカの原発会社の負債を肩代わりさせるために、旗振り役を演じた。そして頃合いを見計らって、東芝の失敗に話をすりかえていったのだろう。
東芝の現場社員はかわいそうだが、日本のサラリーマン全体があまり変わらないように見える。責任感と判断力とやる気をなくしていっている。また小西康之氏は『東芝 原子力敗戦』の巻末で、東芝の社内でみんなが粉飾に手を染めていったのは、ナチス・ドイツでユダヤ人を強制収容所送りにした親衛隊員たちと同じだ、という。親衛隊中佐として、ユダヤ人移送を指揮したアドルフ・アイヒマンについて、ユダヤ人女性の哲学者・ハンナ・アレントが「完全な無思想性が、アイヒマンをあの時代の最大の犯罪者にした最大の要因である。」と語った。(『イエルサレムのアイヒマン 悪の陳腐さについての報告』 みすず書房刊)これが、ナチス党員を悪魔とみなすユダヤ人社会に物議をかもした。
ハンナ・アレントはハイデッガーの女弟子であり、愛人だった。だからハイデッガーからもニーチェ哲学を学んでいた。ニーチェは、リヒャルト・ワーグナーと取り巻きたちが反・ユダヤ主義の色合いを濃くしていくことに嫌悪して、ワーグナーと袂(たもと)を別った。
副島隆彦先生の『二ーチェに学ぶ…』を読んですぐに、サラリーマン奴隷をやめることは至難であるにせよ、二読三読するとヒントが隠されていることが分かる。
田中進二郎拝