[2173]今こそ姥捨山の復活を 4
2169で(彼らも、国からのカネで生きている)と書いたが「ボケた親の為に、私はいくら払ってると思ってんだ、ふざけるな!」と怒る人もいるかもしれない(勿論、国からのカネ、だけで生きている、とは言っていない)。で『ボケた親の為に子が出すカネ』について。介護保険施設というものは3種類ある。私の勤め先は、この介護保険施設の一つ、介護療養型医療型施設だが(老人病院と呼ばれてきたのは、この医療型施設である。実体は老人ホ―ムだが、病院と呼び、住んでいる人達の事も、老人ホ―ムのように利用者ではなく、患者と呼んでいる。病人でもない、ただの老衰した老人を患者と呼ぶ事が、私は物凄く嫌だが。介護保険制度施行前は、病人でもないボケ老人が、受け入れ先がなく、病院に居座る、という事が多かった。これを業界用語で、社会的入院と呼ぶ。医療型施設は、この社会的入院の名残りだ。病院と老人ホ―ムのあいの子のような中途半端な施設だから、もう何年も前から、国は、医療型施設は廃止すると言って、廃止の時期は、延び延びになっている)、かつては、10年以上入院している、などという人が、珍しくなかった。1ヶ月の入院費は、15万円どころではない。そんな大金を払える人など、その辺にいるわけがない。入院している本人の年金と、介護保険と、あとは家族の負担だろうが「かかったカネは、1千万以上です」と言った家族がいたそうだ。家一軒立つくらいの金額が、軽くかかるだろう。恐るべき無駄遣いだ(これでも安楽死、いや、自然死を否定するのか)。去年の障害者施設の大量殺人から一年たったとかで、その関連の報道で、殺された障害者の中に、姉だか兄だかがいた、という人が、犯人に面会した、という記事を朝日新聞で見たが、その遺族が犯人に「姉は職員さんに迷惑もかけていないのに、何で殺したんだ」と言ったら、犯人は何も答えなかった、と出ていた。私ははっきり言う「職員に迷惑をかけるような人間ではないと言うなら、何であなた、自分で面倒見ないのよ」綺麗事を言って救われる人は、一人もいない。
『俗ニーチエについて 付記』続き
職場でボケ老女が私に「オ―ルドミス!」となつかしい言葉を言った、こういう差別用語も、ボケ老人がいう分には、お咎め無しである、と2166で書いたが、よく考えて見ると、オ―ルドミスという言葉は、言葉としては間違っていない((結婚していない年取った女、という意味だから)。ただしこれは『女は、ミス、ミセスと、結婚しているかいないかで区別されて当然、つまり、男しだいで当然』という立場を肯定するならば、だが。
『ベロ出しチヨンマ』について、もう一つ。過酷な年貢米の取り立てを訴えて磔にされた百姓に、可哀想だと同情したり、或いは、偉いと尊敬したりする、仲間内の百姓など、殆どいなかったろう、「あいつはバカだ」と、同じ百姓にも
嘲笑われただけだろう、と思う(この物語が、実話かどうかは知らないが、多分実際に、こうした話は日本の歴史上、あったと思う)。比べるのもアレだが、以前私が、異常な上司と、その腰巾着(どっちも女。介護業界は、殆ど女で成り立っている)の事を直訴したその後、周りの、影で文句を言っているだけの連中はみんな「何にも変わらない」としか言わなかった(ちなみに私は、直訴後、左遷された。小さな戦いの勲章である)、それと本質的に同じだろう、と。