[1879]福島原発事故 から 丁度5年が経ちました。感慨深いです。

副島隆彦 投稿日:2016/03/14 09:47

副島隆彦です。 今日は、2016年3月14日です。

 「3.11」の大地震、大津波 、そして福島の原発事故 から5年がたった。 私は、以下の新聞記事を載せようと考えていた。「 福島県民に (原発事故を原因とする)健康影響は確認されず」という記事だ。 

 私は、きわめて不愉快のまま、この3月11日を越した。 あれだけ私たちの学問道場が、原発事故のあと、福島の現地に入って事故原発のすぐそばで活動して放射線量を測定して、真実の報告をした。

 それなのに「放射能がコワい、コワい」の大合唱が起きて、愚かなる恐怖心で自分自身が圧倒され、権力者に扇動されて、そのあとも長く、おのれの知能の低さ、と 臆病者の 大衆の独特の反応を示して、私たちの「現地からの報告」に悪罵(あくば)と中傷(ちゅうしょう)と、嘲笑を投げた。

 私は、この者たちに対して今も奥深いところから怒っている。どうして、あれほど、私たちが真実を現地から伝えて、説得したのに、それを受け入れようとしない者たちが、あれほどにたくさん出たのか。

 以下の記事は、5年たった今、誰一人として、福島の人間たちは、原発から漏れた、ごく微量の放射能によって、発病していないと報告している。

(転載貼り付け始め) 

●「 震災から5年 「県民健康調査」 健康影響は確認されず WBC受診 28万人超」

2016年3月1日 福島民報

http://www.minpo.jp/pub/topics/jishin2011/2016/03/post_13359.html
 
県は体内に取り込まれた放射性物質の量を調べるため、ホール・ボディー・カウ ンター(WBC)を活用し内部被ばく検査を実施している。車載の WBC8台 を所有し、学校や公共施設などを巡って検査している。

 県が実施した平成23年6月から昨年末までの検査結果は【表】の通り。これまで28万848人が受診した。成人で今後50年、子どもで70歳までの内部被ばく累積線量を示す預託実効線量が1ミリシーベルトを超えたのは全体の0・009%に当たる 26人。 99・99%に当たる28万822人が一ミリシーベルト未満だった。

県は「全員、健康に影響が及ぶ数値ではない」とみている。

県内では、県のWBCのほか、平田村のひらた中央病院や福島市の県労働保健センターなど約30施設でWBCを導入している。ひらた中央病院 は、乳幼 児の検査ができるWBC「ベビースキャン」も配備している。
 
ひらた中央病院 乳幼児専用機器を導入 2396人検査、広がる安心感

 平田村の公益財団法人震災復興支援放射能対策研究所は、東京電力福島第一 原発事故後の平成23年からホールボディーカウンター(WBC)による内部被ばく検査をひらた中央病院で続けている。延べ約5万人を検査した。

 乳幼児の 検査ができるWBC「ベビースキャン」も備え、小さな子どもを 持つ親の不安解消に努めている。研究所によると、検査の結果からこれまでに放射線の影響は見られないという。ベビースキャンは25年に導入した。体の小さな乳幼児の状態をより精密に 測定するためで、乳児から身長135センチまでの子どもが対象。導入 時から1月末現在で延べ2396人を検査した。

 対象者は子ども専用の検査衣に着替え、ベビースキャンの中に入る。4分ほどで測定が終わる。検査を受ける人は、ほとんどが甲状腺検査とセット にして受けている。エコー機器で甲状腺の状態を調べ、尿を採取する。小学生以上は採血もする。

一週間程度で結果が出て、再び来院してもらい医師が直接、伝えている。医師が丁寧に説明することで子どもや親に安心してもらえるという。内部被ばく検査は18歳以下を無料としている。研究所はこれまで検査の結果を基に放射線の影響を調べる研究を続けており、定期的に結果を公表 してきた。
 
佐川文彦理事長(56)は「県民や子どもたちに安心感を持ってもらうためにも検査を続けたい」と話す。
 
■昨年12月の県民世論調査 46.8%、前回比0.3ポイント減 「生活で放射線を意識」減少傾向

 福島民報社と福島テレビが震災と原発事故後から共同で実施している県民世論調査では、「普段の生活で放射線を意識しているか」との質問を設け ている。昨年12月に実施した第12回調査で「意識している」と回答したのは全体の46・8%。前回(11回)調査の47・1%に比べ0・3ポイ ント減った。

過去の調査で「意識している」、「意識していない」と回答した人の割合は【グラフ】の通り。「意識している」は平成24年4月の第一回から第9回まで60%台、 50%台と徐々に減少してきた。昨年6月の第10回以降は40%台で推移 してる。

 一方、「意識していない」は第一回から第8回までは20%台で推移。第9回で30%台となり、第12回では44・4%となった。
 
■24年から回復傾向 県内の合計特殊出生率
 合計特殊出生率は原発事故などの影響で事故後、マイナス傾向にあったが、平成24年以降、回復傾向にある。26年は事故前の水準を超える1・ 58で、東日本で最も高かった。

 20年以降の本県と全国の合計特殊出生率の推移は【グラフ】の通り。事故前の22年は1・52だったが、23年が1・48、24年は1・41まで下がった。一方で25年は1・53まで回復。上昇幅は25年から 2年連続で全国最大となった。
 
■2年連続で増加 県内の里帰り出産件数
里帰り出産件数は原発事故発生後、減少傾向にあったが、平成24年以降、回復傾向にある。県産婦人科医会の調査で継続回答している25医療機関で扱った里帰り出産件数の推移は【グラフ】の通り。

 平成22年は2290件だったが、事故後の23年は1476件、24年は 1246件にとどまった。一方、25年は1659件、26年は1704件と2年連続で増加に転じた。
 
■東大大学院理学系研究科教授 早野龍五氏に聞く 結果認識に差異ケア大切
原発事故を受け、県内では県民健康調査や子どもの甲状腺検査が行われている。放射線の健康影響を調べている東大大学院理学系研究科の早野龍五 教授(64)に聞いた。
 
- 外部被ばく線量を推計する県民健康調査の問題点は。

 「回答率が低いことが課題になっているが、原発事故から5年近くが経過し、今の段階では当時どのように行動をしたかを答えることは難しいと思 う。携帯電話の衛星利用測位システム(GPS)のデータが活用できれば個人の行動 を追い掛けるには有効だ」
 
- 甲状腺検査の結果についてどう考えるか。
 
 「検査はまだ二巡目の本格検査の途中であり、結果について放射性物質の影 響だと確定的に言う段階ではない。もし、原発事故との因果関係を問う なら、甲状腺がんと疑われる人が受けた線量を把握することが大切になる。検査を始めた以上は甲状腺がんと診断された子どものケアは重要だ。家族に 丁寧に説明し、経済的に不利にならないようにする必要がある」
 
-県内各地で内部被ばく検査などを行ってきた。
 
「平田村のひらた中央病院など県内3病院で内部被ばく検査を受けた乳幼児ら全員から放射性セシウムは検出されていない。県内では、計測して放 射性物質が検出されないことと、人々が結果に納得するということのギャップをどのように埋めるかが大きな課題になっている。私は科学者の活動とし てデータを取り分析して発表してきたが、それだけでは人の心に届かないと感じたことが数多くあった。人々が検査結果に納得し、本来の生活を取り戻 す方向にいけば役に立つと思うが、必ずしも全てがそうなるとはいえないので難しい」
 
-国や県はどのような役割を果たす必要があるか。
 
 「放射線への不安を抱える住民を支援する相談員制度は、ギャップを埋めるために重要な取り組みだ。自治体は、相談員として住民の間に入ってい る保健師らを支え、地元のニーズに応えていくことが必要だ。私のような科学者は相談員が困ったときに後ろから助言できるような立ち位置にいたい」
 
-福島高スーパーサイエンス部の生徒の研究などに協力している。
 
「福島の将来を考えると、県内の若者が自信を持って自分が置かれた状況を 説明できることが大切になると思う。私から教えるのではなく、何かを 知りたいという生徒の自発的な思いを応援していきたい」
 
はやの・りゅうご 岐阜県出身。東京大大学院理学系研究科修了。同大理学部物理学科准教授を経て、平成9年から同大学院理学系研究科教授。専 門は原子物理学。コピーライターの糸井重里氏とともに、対談形式で放射能の知識を伝える「知ろうとすること。」(新潮文庫)を出版した。64歳。

(転載貼り付け終わり)

副島隆彦です。 このように 福島県が資金を出している医者たちの調査で、事故の放射能の影響での発病者は誰もいない、と報告が出ている。甲状腺肥大の人もいない。

 5年たって、これだ。 5年前にも、4年前にも、 「福島では、10万人が甲状腺がんで死ぬ」とか言いふらし続けた者たちがいる。 今は、口を拭(ぬぐ)って何も言わないのか。あるいは、「いや、10年後になってみないと分からない。安全だ、という人間たちは犯罪的だ」と、反論するのか。

 どっちが福島の人間たちに対して、犯罪的か。「福島の人たちから、多くの甲状腺がんの発病者が出る。福島に近寄ってはいけない」と、実名で書いた者たちを、私たちは、記憶していなければいけない。 民衆の側が犯した、この大きな誤謬(ごびゅう)と迷妄(めいもう)を、簡単に忘れ去ってはいけない。

 私、副島隆彦が今も不愉快なのは、あの 3.11のあとの福島原発の事故に対して、私たちの学問道場が現地で活動して、「もう安全です。誰も死にません。発病しません」と、翌月の4月に報告したことで、 「もう、副島隆彦の言うことは信じない」と、恐怖心を露(あら)わにして、学問道場の会員を止(や)めた人が、1000人ぐらい出たことだ。

 広い世の中の、他の人たちのことは、どうにもならないことだから、私は何も言わない。だが、私たちの学問道場の会員であって、私たちの現場からの決死の覚悟の報告を、文章や写真や、動画で、自分で、毎日、見て読んでいた者たちの中から、「放射能コワい、コワい」の愚か者たちが大勢出た。このことが私は残念でならない。

 私、副島隆彦の現地からのコトバに、耳を傾けることをせずに、それまでの、私の本や文章への信頼を、一気に失って、「もう私はこの人の言うことを信じない。学問道場をやめる」として居なくなった。そういう人が1000人も出た。

 私は、このことを今も深く無念に思っている。慙愧(ざんき)の念に堪(た)えない。せめて、「もしかしたら、副島隆彦の言うことが正しいのではないか」と、自分の判断をためらい、保留する、ということをしてくれたら、どんなに有り難いかったか。

 普通とは違うことを言う、この人の意見に耳を傾けてみよう、という態度こそは、本当に優れた人間が取る行動だ。今も会員でいる人たちには、その人間としての余裕がある。この一点が、人間として素晴らしいことなのだ。
 私は、困った時、悩んでいるときに、そういう 「ひとまず判断を保留して、戸惑いながらも、もう一度、自分の頭を整理して、考え直してみる」という、生き方の態度を身に着けられる人を尊敬している。そういう人間を育てることを、この学問道場の 教育方針の一番大事なところに置いている。

 「いや、待てよ」と、世の中の大半の人が、たいして考えもしないで、即座に行ってしまう方向に行かないで、「いや、そうではないのではないか。この人の言っていることは、筋が通っている。真剣に訴えている」 と、じっとその場で、立ち止まって、ひとりで考えることだ。それが真に賢明な人間のすることだ。 そういう人間たちを育てるために、私は、この学問道場を16年間やってきた。 そして、そのために今もここに多くの優れた人々が集まっている。

 ですから、5年前の原発事故のあとの私たちの活動をきっかけとして、会員をやめた人で、自分の今の考えを、正直に表明できる人は、この 重たい掲示板に、書いてほしい。そして出来れば会員として戻ってきてほしい。 愚か者になる為に、私たちはここに集まっているのではありません。 

 チョロチョロした金融情報を知りたい、というだけの、ネズミのような人間たちのために、この私たちの学問道場があるのではない。

 そうではなくて、「いや、そうではないのではないか。真実は逆なのでは。もしかしたら、この少数者の意見の方が正しいのではないか」と、自分の考えを深くする者たちがひとりでも増えるようにと、私たちは集まっているのだ。 私たちには、自分勝手な思い込みや、付和雷同や、「長いものには巻かれろ」や、「仕方がないんだよ。世の中はそんなものだよ」 の、背骨が折れた人間たちの生き方を拒絶する だけの強さを持っている。

 実は、「3・11」(3月11日)に、原発事故と放射能漏れが有ったのではない。その3日後の 今日3月14日に有ったのだ。 こういうことも大方の人は忘れている。

 福島第一原発の1号機の爆発事故が起きたのは、大津波(午後2時半)を被(かぶ)った翌日の、3月12日午後3時36分だ。この事故のことは、政府とか権力者たちしか知らない。菅直人首相が現地上空にヘリコプターで行った。 

 私たち国民が大きな異変に気づいたのは、その翌日(13日)には何もなくて、その次の14日の午前11時01分 だ。 つまり5年前の今日だ。このときに、あの3号機の事故が起きて、小さなきのこ雲が原発の真上に上がった。あのとき、広島・長崎の原爆のきのこ雲とそっくりだ、とすべての人が感じて、青ざめた。 この映像は世界中に流された。繰り返し繰り返し流された。

 それで、「放射能コワい、コワい」の恐怖心に自分の脳をやられた人間たちが、大挙して出現した。頭の悪い人間たちは、6月になってから、急に「きゃー。こわーい」と騒ぎ出した。 ある事柄(ことがら)を、脳が受容するのには個人差があって、時間がかかるのである。 もっとすごい人間になると、1年たってから「キャーキャー」と騒ぎ出した。特に女たちが、( 「私たちは、子供を産んで、子宮で考えているのよ」という思慮の足りない、典型的な女たち )がいた。 私は、これらの国民行動の証拠のすべてを、自分の手に入る限り資料として、溜めて持っている。

 以下に、ここの「今日の ぼやき 」の 当時の、原発事故の直後に、私たちが、現地から報告した文章 9本を載せます。 今からでも 読み直してください。

 (転載貼り付け始め)

 今日のぼやき 「1218」番  私たちの「福島復興活動本部」ができまして、事務所開きのお知らせです。皆さん、いらしてください。それと、副島隆彦先生の最新の 「原発 報告文 16」を後ろに載せます。 2011.5.16 

「1216」番 【動画】副島隆彦からの緊急提言(全編版。文字起しテキスト付き)。動物たちの殺処分だけでなく、福島の住民たちに対する、恐るべき政治的殺処分が行われようとしている。2011.5.8

「1215」番 【動画】副島隆彦からの緊急提言。動物たちの殺処分だけでなく、福島の住民たちに対する、恐るべき政治的殺処分が行われようとしている。東電原発事故の責任者たちを追求せよ。2011.5.1

2011年04月分
 「1214」番 【動画】4月12日の福島県調査・取材時の動画を記録として載せます。2011年4月30日

「1210」番 【写真を追加】 副島・中田・古村で12日に福島県内の浜通り、中通りの各地を取材してきました。その時に収録した、副島隆彦先生の現時点での状況評価と提言を動画でお伝えします。あと、現地の写真を貼り付けます。2011年4月13日

「1209」番 【動画】 2011年3月28日・29日、福島第一原発に最大限近づいて観測した際に撮影した動画を載せます。2011.4.12

「1207」番 原発の避難者の皆さん、子供もつれて自分の家に帰りましょう。もう、大丈夫です。安心してください。と、私は、言い続けるしかない(報告文 10)。 副島隆彦 2011.4.1

2011年03月分
 今日のぼやき 「1204」番 明日からまた弟子たちと福島に行きます。原発の放射能の測定を続けます。四ツ倉海岸に活動拠点を作ります(報告文 9)。 2011.3.27 副島隆彦

「1202」番  強運により、原発事故の凶悪事(強度の放射能汚染)から日本国民全体が、逃れることができました。 2011.3.20

(転載貼り付け終わり)

副島隆彦です。 よしなお君。 上記の 9本については、会員以外の人にも読めるように、規制を解除してくれませんか。

 人間は、大いにためらった後に、よくよく考えたあと、自分の考えを変える、ということをしていい。そうするべきだ。それが人間の成長だ。その場合は、正直に、「以前とは違って、今は、自分はこのように考えている」と周囲に堂々と言うべきだ。そういう人間になるべきだ。 そのためにこそ、私たちの学問道場はあります。

副島隆彦拝