[1831] 社会に壊された人々へ④

松村享 投稿日:2015/11/12 06:29

 松村享です。今日は2015/11/12です。

 東京は、もう何日も雨と曇りです。時間が止まっているようにも感じます。私は、村上春樹の『ノルウェイの森』(村上春樹著 講談社 1987年)を思い出します。陰鬱な雨のうちに、時々、おぼろげな太陽ののぞくような作品だった。秋の終わりの、ちょうど今のような季節の描かれている作品です。

 けれど、晴れようが曇りだろうが、生きるためには戦ってなくちゃいけない。時間は、止まってはいない。戦いのために、『時計』だって発明されたのだ。ユダヤ教やキリスト教やイスラームのムータジラは、秋の風の匂いや、午後の小さな憂鬱など相手にせず、ただただ、『生存』という目的のために突き進んでゆく。それはそれで潔い。

 国家戦略も同じである。雨も風も晴れの日も知ったことではない。時間は止まらない。こんな日常の中で、『時間が止まっているようだ』とか言っているうちに、アメリカの日本占領は、完遂された。歴史というのは、我々の日常のことである。ロマンではない。

 アメリカの戦後日本統治の目的は、「地域共同体を破壊すること」だった。そしてそれは、完璧に実行された。

 小室直樹氏は『危機の構造 日本社会崩壊のモデル』(小室直樹著 中公文庫 1991年)のp163で、日本の村落共同体は、終戦とともに崩壊をはじめたと指摘している。これは、「歴史上もっとも成功した改革」と、マッカーサーが自画自賛する農地改革法のことをいっているのであろう。

 大きくいえばここで、日本の共同体は破壊されたのだ。いったん破壊された。そして、日本人は再び、共同体へと回帰するのである。小室氏いわく、戦後の日本人は、失われた共同体を再編するかのように、会社や官庁などの職場を、地域にかわる『共同体community』としてつくりあげていったのだという。

 上掲書のp157によれば、年功序列(ねんこうじょれつ)や、集団間移動の困難などは、そもそも『共同体community』の特徴なのであって、日本の特徴ではない。アメリカだろうとどこだろうと、『共同体community』においてこそ、年功序列などの現象は見られるのである。

 だから年功序列は、日本企業の特徴ではない。戦前の日本企業には、年功序列はないし、職場の変更もわりあいスムーズに行われたという。

 そして、ここでもまた、共同体を軸とした日本人の信じがたい飛躍が確認されている。戦後の日本企業は、『ジャパンアズナンバーワン』といわれるほどの経済力をもたらした。

 この理解不能なまでの飛躍は、会社という共同体への帰依(きえ)、日本独自の信仰体系が、理由である。ところで『ジャパンアズナンバーワン アメリカへの教訓』(エズラ・ヴォーゲル著 広中和歌子・大本彰子訳 TBSブリタニカ 1979年)の著者エズラ・ヴォーゲルも、日本対策班だ。

 またしても現れた、日本人の古来の信仰を見抜いたアメリカは、日本封殺(ふうさつ)の伝家の宝刀をひき抜いた。『共同体の破壊』こそ、日本を封殺するもっとも効果的な政策である。1990年代のアメリカは、ラリー・サマーズを筆頭に日本を制圧した。

 副島隆彦氏は『堕ちよ!日本経済 アメリカの軛から脱するために』(副島隆彦著 祥伝社 2000年)の中で、サマーズによる日本制圧のあらましを描写している。

 描写の中で、1999年2月19日付けの、ニューヨーク・タイムズ紙の記事が一本、紹介されている。トーマス・フリードマンという記者の『Yanks Invade Japan アメリカが日本を侵略する』という題名の文章だ。日本語訳の方を、こちらに引用しておこう。

(引用はじめ)

『堕ちよ!日本経済 アメリカの軛から脱するために』p45~p46(副島隆彦著 祥伝社 2000年)

Thomas L.Friedman ニューヨーク・タイムズ紙 1999年2月19日 『Yanks Invade Japan アメリカが日本を侵略する』

《日本語訳》

今世紀で二回目だが、アメリカ合衆国は、今や日本を占領した。

アメリカ上陸部隊は、ロバート・ルービン財務長官を最高司令官とし、ローレンス・サマーズ統合参謀本部議長によって率いられている。上陸するや、アメリカ軍は、ただちに日本銀行と大蔵省を占拠し統制下に置いた。

アメリカの貿易赤字は年額換算でついに過去最高の三五〇億ドル(三・五兆円)にまで膨張した。この事実がわかった三〇日後に、この侵攻作戦は敢行された。

アメリカの巨額の貿易赤字を憂慮して、投機家のジョージ・ソロスは、米ドルの二五%の暴落を見越して投機を仕掛けた。ソロスは、米ドルを大量に売ってヨーロッパのユーロ通貨を買い込んだ。

他の投機家たちもソロスの動きに呼応して米ドルを売り込んだ。さらには、米国債をも投げ売った。そのために、たった一晩で、アメリカの金利は一二%に跳ね上がった。・・・

サマーズ将軍は、ハーバード大学の経済学者だったのだが、彼は自ら手を下して、榊原英資財務官(大蔵副大臣)に対して再教育(洗脳教育)を施した。

噂によると、在日アメリカ大使館の中の一室で、榊原英資は拷問を受けた。彼は、まぶたを閉じられなくするために額にテープを貼られ、休むことも許されずに、ずっと大声でマネタリスト政策を日本で実行しつづけるように、ミルトン・フリードマンの文章を読み続けることを強制された。榊原が閉じこめられた部屋からは、恐ろしい叫び声が聞こえた。

(引用終わり)

 松村享です。

 続けて副島氏は、サマーズが1998年7月にハーバード大学で講演した際、講演会の主催団体から、マッカーサーの代名詞であるコーンパイプのレプリカを贈呈されたのだと記述している。

 コーンパイプは、日本占領の象徴である。副島氏は、幕末のペリー、戦後のマッカーサーにつらなる人物としてサマーズをとらえている。日本は、ペリーに衣服を破かれ、マッカーサーに肉体を奪われ、サマーズに脳を乗っ取られたと考えていい。三度にわたって、日本人は徹底的に引き裂かれた。

 つい最近のことだから、誰もが覚えているだろう。「年功序列や終身雇用制は古い」というプロパカンダが、一時期、流行った。ホリエモンとかのあの時期だ。私は、高校生か、高校を卒業した頃で、へたくそな反逆の時期で、これらのプロパガンダを、鵜呑み(うのみ)にしていた。

 「年功序列や終身雇用制は古い」。これこそ、日本封殺の伝家の宝刀(でんかのほうとう)なのだ。文化人類学者・ジェフリー・ゴーラーがつくりあげ、ラリー・サマーズが引き継いだ、共同体破壊の伝家の宝刀である。

 日本人の信仰である共同体は、またしても破壊された。いま問題の『ブラック企業』などという言葉は、温和な共同体の中からは出てこない。共同体の、人間味のある職場であれば、ぶつくさ言いながらも残業くらいする。人間味を完全に喪失したブラック企業は、ただの機械として、冷たく激しい圧力として、社員をすりつぶしている。

 なんにも知らない、理解していないにもかかわらず、合理主義rationalismなどとキリスト教圏の真似をしているから、ブラック企業が生まれる。哀しい猿真似である。キリスト教をわからない以上、合理主義rationalismは実行不可能である。

 「合理ratioは正義justiceである」などといったって、日本人には、理解不能だろう。キリスト教の言葉は、私たちには届かない。わからない。苦しみを共有できない。

 キリスト教の裏側には、古代ギリシャにまでさかのぼる、人類の痛切な苦しみがあるのだ。このことも、私は近いうちにまとめる。日本人が、腑に落ちるように書く。それは、私にとってのルネサンスだから。

 だから、A型の人間(日本人)にB型(キリスト教)の輸血をしても、体が壊れるだけなんだ。ボンボンの日本人には、どうしたってわからない。キリスト教を理解していないから、ブラック企業が生まれるのだ。

 だから、現代日本人は、アメリカから、マネー(女神ムネモシュネ)にもとづく幻想空間=『社会society』を移植されつつも、あるいは、こぞって猿真似しつつも、古来の信仰である『共同体community』とのはざまで、板挟みになっている、という状態なのだろう。

 社会、あるいはマネーとは、存在論Ontologyなのである。存在論Ontologyは、神学Theologyの概念だ。日本人が無縁で当然だ。

 社会に疲れた現代日本人は、いまやネットの中に友人を求めている。これはいいかえれば、キリスト教(社会society)と日本教(共同体community)の矛盾でもある。『日本教』とは、山本七平氏による造語で、小室直樹氏によって練磨(れんま)された学術用語 technical termテクニカル・タームである。

 キリスト教は、Godの激しい光は、我々には眩しすぎる。現代日本人は、このあまりに激しい光の中で、自分が混乱していることにも気づいていない。(続)

松村享拝