[1774]時計から見るイスラーム思想史⑦バグダードのウォール街化

松村享 投稿日:2015/04/23 08:06

 松村享(まつむらきょう)です。今日は2015/04/23です。

 前回は10世紀バグダードの衰退、そのきっかけは、シルクロード中央に位置するサーマン朝(874~999)が、銀を独占したことに起因する、という話でした。

 今回7回目は、衰退期バグダードで幅を利かせはじめるユダヤ人の話です。

○バグダードのウォール街化

 さて10世紀の、衰退期バグダードである。 

 『イスラム世界の人々ー4海上民』(家島彦一・渡辺金一編 東洋経済新報社 1984年)に掲載されている、湯川武氏の『ユダヤ商人と海ーゲニザ文書からー』という論考がある。こちらの論考で、当時の貴重な文献である『諸道と諸王国の書』という地理書が紹介されている。

 この地理書は、ペルシア生まれのイブン・フルダーズビフという人物によるものらしい。911年頃に没したとされるので、おそらく9世紀~10世紀に著されたものだろう。こちらの地理書には、ユーラシア全域で活動するユダヤ人の様子が活写されている。

 当時のユダヤ商人はラーザニーヤ商人と呼ばれ、アラビア語、ペルシア語、ギリシア語、フランク語、スペイン語、スラブ語など話せたという。おしもおされぬ国際人だ。インド・中国にまで出むき、中国の広東には、ユダヤ商人の居留地まであったというから驚きだ。

 さて、このような状況下で、サーマン朝による銀の独占が行われたのだ。ネットワーク内で銀が不足する。ここでバグダードを中心としたユーラシア交易は危機に瀕し、否応なく金融技術を駆使することとなるのだ。

引用開始ーーーーー『イスラム・ネットワーク』p109 宮崎正勝著 講談社選書メチエ 1994年

金、銀の産出量は帝国経済の規模には追いつけず、
都市部における金融業が、一層発達することになった。

バグダードには多くの銀行が設けられて、
そこで振り出された小切手は遠くモロッコで現金化できたとされるし、

バスラでは商人たちがことごとく銀行に口座を設け、
スークでの取引には全て小切手が用いられたといわれる。

ーーーーー引用終わり

 松村享です。

 上記のとおり、10世紀バグダードに銀行街ができあがる。バグダードのみならず、バスラにも銀行があった。バスラとは、交易ネットワークの中心バグダードから伸びる4つの主要交易ルートのうち、最も重要なルートに位置する街である。ルートの名称もずばり、バスラ道だ。

 なぜ重要かといえば、バスラの目と鼻の先が、ペルシャ湾である。ペルシャ湾から、インドや中国にまで交易船が出航する。大ユーラシア交易の大動脈が、ペルシャ湾であった。

 バスラが金融街化したとはつまり、ペルシャ湾から始まる大ユーラシア交易のネットワークそのものに、金融技術が張り巡らされたのだと考えてよい。そしてこのネットワーク上で多彩な商業活動を行っていたのが、ユダヤ人である。

 ダニエル・パイプスという人が『アラブの地のユダヤ人ー歴史と原点資料集』と題して、ネット上で記事を公開している。そちらの記事によれば、バグダードの加護を受けた9世紀、10世紀がユダヤ人のブルジョワ革命期であり、10世紀から13世紀までが、ユダヤ人の『最高の年』であったという。

 10世紀、恐慌にあわせて金融技術が幅をきかせるようになった。だからユダヤ商人が活動するユーラシア・ネットワークがそのまま、金融の時代に突入した。この時代の流れはバグダードのカリフの宮廷にまで押し寄せる。

引用開始ーーーーー『ユダヤ人の歴史』ポール・ジョンソン著 p296~297 徳間書店 1999年

10世紀以降(※引用者より。銀不足の恐慌以降、ということ)、
特にバグダードにおいてユダヤ人はイスラムの宮廷のための銀行家となった。

これらの銀行家たちはユダヤ人の商人から預金を受領し(※引用者より。ユダヤ民族資本の集中が起こった)、カリフに多額の金を貸し付けた。

ーーーーー引用終わり

 松村享です。

 このようにユダヤ資本は、世界の中心バグダードに入りこんだ。上記引用文の最後に、『カリフに金を貸し付けた』とある。著者のポール・ジョンソン氏は、重要な一文を書き忘れている。私は、新たに文章を書き足さねばならない。

 銀行が権力者に金を貸し付ける利点は、ただひとつ、徴税権の取得にある。宮廷が、お金を返済できないことなど、本当は初めからわかりきっている。

 だから徴税の権利を担保にする。徴税権さえあれば、帝国中から税金を集めることができる。そのうちの一部は、宮廷ユダヤ人のものだ。徴税権を握る者こそ、本当の権力者である。つまり、10世紀から13世紀までの『ユダヤ人の最高の年』は、バグダードの最高権力を手にしたことに起因する。

 そして、ユダヤ人たちがユーラシアの四方八方に散らばりながらも、一民族として統一されるのもまた、まさしくこの10世紀なのだ。サアディア・ベン・ヨーゼフ(882~942)が、ユダヤ人を統一するのである。(続)

松村享拝