[1614]日本の読書人階層の結集である伊藤律生誕百周年シンポジウムに行ってきた感想③

津谷侑太 投稿日:2014/06/07 04:18

津谷侑太(つやゆうた)です。今日は2014年6月7日です。

3月6日に重たい掲示板に投稿した文章の続きの報告文です。

前回から間が空いたので説明します。戦前の日本の中枢に入り込み、スパイ活動をしていたドイツの外交官・ゾルゲ。そのゾルゲの下で働いていた評論家の尾崎秀実(おざきほつみ)を友人の伊藤律が警察に密告し、尾崎は逮捕され、死刑となります。しかし、この伊藤律は警察のスパイというのは嘘ででっちあげでした。

 本当のスパイは伊藤はスパイだと証言した川合貞吉(かわいさだきち)です。伊藤と日本共産党指導者になるのを競っていた野坂参三(のざかさんぞう)は中国に伊藤を拉致監禁し、自分は日本に帰国しました。尾崎秀樹(おざきほつき)、松本清張らと野坂らは伊藤律はスパイだったとの大嘘を日本中に出版物などで宣伝工作しました。そのため伊藤律=裏切り者のイメージが定着しました。

 これに伊藤律に取材し、スパイ説が嘘であると気づいていた渡部富哉(わたべとみや)氏が1993年6月、『偽りの烙印―伊藤律・スパイ説の崩壊』(五月書房)を書いて、副島先生や篠田正浩が衝撃を受けたんです。副島先生の属国日本論はこのあとの出版ですが、渡部氏の前掲書が紹介されています。

 つまり、流れが変わったんです!もう伊藤律スパイ説を唱える者たちが大手を振って歩く時代は終わったんです。副島先生の属国日本論を読んで、日本国内の空気が変わってきた。伊藤律をスパイ扱いしたおかしな者たちの責任が追及されはじめた、ということです。

 ではシンポジウムの続きを書いていきます。

 そして篠田正浩監督の講演のあとは岐阜県瑞浪市(みずなみし)市議会議員で井澤議員が司会でパネルディスカッションがはじまりました。井澤議員は軽妙な感じの司会ぶりでさすが政治家の方だな、と思いました。

 パネルディスカッションの参加者は旧制恵那(えな)中学後輩の加知弘至(かじこうじ)氏、在野の研究者・渡部富哉(わたべとみや)氏、篠田正浩氏、愛知大学の鈴木規夫(すずきのりお)教授、伊藤律の次男・伊藤淳(いとうじゅん)さんでした。

 加知氏は伊藤律の旧制中学時代のエピソードが紹介され、抜群の成績で秀才として地元では有名だったらしいです。何で官僚や学者など、何でもなれたのに共産党に入ったんだ・・・と中学時代の伊藤律の先生は残念がっていたそうです。

 渡部富哉さんは現在は野坂参三の本を書こうと構想中らしいです。石堂清倫(いしどうせいりん)や埴谷 雄高(はにわゆたか)ら左翼言論人の大物たちから「野坂の本を書いてくれ!」と言われたのにまだ書いてない。今度こそ書く!と力強く宣言していらしゃって、会場からは万雷の拍手でした。しかし、石堂や埴谷 雄高も野坂が大嫌いなんですね。左翼言論人たちの間では野坂は好かれているのかと思っていましたが。

 私が最近読んでいる田中清玄自伝(1993年9月、文藝春秋)でも田中清玄(たなかきよはる、せいげん)という実業家で昭和の政財界を操った人物が野坂についてぼろくそにこき下ろしています(笑)
やはり事情通たちの間では野坂参三は要注意人物だったのでしょう。

 ちなみに田中清玄といえば、副島先生の『日本の秘密』で学生運動のパトロンだった事実が暴かれていますね。最近では孫崎享(まごさきうける)さんが『戦後史の正体』という本で田中清玄について触れています。

 話を戻すと渡部さんは八十四歳というのに意気軒昂(いきけんこう)で矍鑠(かくしゃく)としていました。どんな困難が来ようとも弾き返す!地底のド迫力の勢いが渡部さんにはありました。「おお、これが副島先生がおっしゃっていた言論人の姿か。凄まじいな」と私はただただ迫力に圧倒されました。渡部さんの周りに井澤議員、鈴木教授など、たくさん人が集まるのも納得です。

 井澤議員はゾルゲファンということで若いころに渡部氏に会いに行って、そして伊藤律の名誉回復を地元・瑞浪で開きたいと思っていたそうです。今回は二十年ぶりにその夢がかなったのだとか。

 会場には私よりも若い二十歳そこそこの中国人の大学生が招かれていました。彼は現在、中国で伊藤律の研究をして、論文を執筆しているそうです。中国国内で伊藤律は知られていないそうですが、これからは日中友好の架け橋として再評価される存在に伊藤律はなっていくんでしょう。

 シンポジウムには高齢の方が多く見られました。五十代、六十代、七十代、八十代の人たちです。皆さん、ゾルゲ・尾崎ファンなんでしょう。もしかしたら、共産党を伊藤律が動かしていた頃を知っていた方も居たのかもしれません。ゾルゲ・尾崎ファンの世代ももう終わっていくのでしょう。

 残ったのが竹田恒泰(たけだつねやす)氏らに煽動された反中国・韓国に凝り固まった十代・二十代のネトウヨ世代というわけです。瑞浪の商店街では竹田恒泰氏がゲスト出演したラジオが丁度流れていました。

 そしてシンポジウムの話を聞いているうちに私は、二・二六事件の真相により一層迫ることができました。その成果の一つが今日のぼやき「1450」【昭和戦前史の謎を暴く】「二・二六事件」は、木戸幸一が仕組んだ~本当に狙われたのは最後の元老・西園寺公望(さいおんじきんもち)だ~ 津谷侑太・筆 2014年5月17日に掲載されております。

 講演会が終わったあと、私は控え室に直行しました。そして、鈴木規夫教授にお会いし、学問道場の重たい掲示板にシンポジウムの報告文を書いても良いですか?とお尋ねしました。そうしたら、鈴木教授は寛容にも許可してくださいました。

 以上で報告を終わります。

 ああ、それとこれを見た方で伊藤律の共産党時代を知っている方はおられますか?もしくは野坂参三の共産党時代でも構いません。重たい掲示板に書き込むか、もしくは私のメールアドレスにご一報ください。

津谷侑太拝