[161]「野菜が壊れる」集英社新書でTPPを考える

六城雅敦 投稿日:2011/01/18 16:10

会員番号2099番六城雅敦(ろくじょうまさつる)です。

昨今TPP(Trans-Pacific Partnership :環太平洋経済協定)の採択の可否がニュースになっております。簡単に言えば相互に農作物の関税撤廃の可否なのですが、協定締結によって農家の集約が進み、日本の農業の競争力が進み、消費者はより安価な農産物を国内外から購入できるとマスメディアによるプロパガンダが行われています。

あまりにも当たり前な理屈で、私にはどうも腑に落ちません。

肝心の農家の意向を伝えず、マスコミと政府主導で進められる協定の宣伝に極めて懐疑心をかき立てられます。そこで最近読んだ化学肥料に関する本を介して、農業の大規模化を促す、その本意を推測してみたいと思います。

参考文献:「野菜が壊れる」新留勝行(にいどめかつゆき)集英社新書 2008年11月刊

■ 化学肥料漬の農業の現実
この本は化学肥料の多用により土壌の生態系が崩れ農業は危機的な状況に陥っているという警告の書です。ここでいう化学肥料とは窒素を硝酸などの化合物として保持したもので、一般には窒素肥料、硫安、硝酸塩、硝酸アンモニウムと呼ばれています。(本書では硝酸態窒素で統一)
この化学肥料の多用が、土壌に過剰の窒素化合物を高め、このことが地中の微生物から生態系にまで悪影響を引き起こしているというのが筆者の分析です。
前半は窒素過多による土壌汚染で根が痩せてビタミンが年々減少している野菜といった例や化学肥料で育った牧草を牛が食べると異常死してしまう実例で構成されています。畜産業では青草は牛に食べさせないことが半ば常識になっていると記されています。化学肥料で育った牧草は干し草にしないと化学肥料成分が抜けず、牛の胃袋で肥料成分が亜硝酸態窒素という毒性の強い物質となり、ヘモグロビンと結びついて酸欠で牛は死んでしまうのです。
そこまで現在の農業は化学肥料を大量にばらまいて維持しているのです。

■化学肥料の使用は国策!農家は鉄鋼・自動車メーカーの「産廃処分場」

ではなぜ化学肥料の弊害がこれほど知られているにもかかわらず大量に使われているのかという疑問に本書では驚愕する事実が述べられています。
戦前において化学肥料をはじめとする化学工業は爆薬の製造と結びついていました。アンモニアの酸化で硝酸という火薬原料を作るために1942年(昭和17年)日本窒素肥料株式会社(現在のチッソの前身)が中国の河北省に建設されたことが始まりです。戦後は外貨獲得のために、品質の悪い工業製品を急務で改善する必要がありました。当時の自動車で使われる薄板は粗雑ですぐに錆が周り、塗装前には赤さびが浮いているほどだったのす。そこで製鉄課程において石油から作られた硫酸アンモニウムで洗浄しながら圧延する技術が編み出されました。鉄の表面から酸素を奪うことで、塗装時にまで錆びない鉄材がこうして誕生したのです。
しかし硫酸アンモニウムの廃液は硫酸という劇物と化合しているため、そのままでは揮発することが無く、石灰で中和して固形化して埋め立てる必要があったのです。
ただし処理費用は外貨獲得を国是としているため、価格転嫁できない状況でした。そこで「硫安」「硫酸アンモニア」という化学肥料として農業で強制的に使わせる施策が行われたのだと本書でははっきり述べてあるのです。
セメント工業や化学繊維の製造においても大量のアンモニア廃液が発生するのですが、鉄鋼・自動車メーカーに倣えと、どの会社も厄介者であったアンモニア廃液を肥料として販売します。元は産廃であったアンモニア廃液も化学肥料という名目で盛んに輸出するまでになったのです。
時代は変わって、大気汚染が問題になると煙突への脱硫装置や脱窒装置の設置が義務となり、多くの工場では回収した硫酸は化学肥料として農業に投入されていくのです。
このように戦後のひ弱な工業を支え続けたのは、農業であったという事実はほとんど知られていません。
1950年代に化学肥料を農家に強制的に使わせることと併せて、国内でだぶつき気味の硫安の価格維持を目的に「肥料二法」という法律を制定しました。本書では、その実態は国内化学肥料の価格カルテルを認め、輸出においては安値という二重価格を認めるという法律であったという事実を示しています。
すなわち、工業の資本を農家に負担させることを国是としてはっきりさせたのです。

■政策から垣間見える「農家は資本回収システムの末端に過ぎない」事実

国を挙げて工業産廃の最終処分システムとして機能したのが、ご存じ農協です。農協の前身は戦時中の「農業会」でした。国による食料の一元管理・統制を目的に作られた組織は、戦後も農林水産庁の下部組織として現在でも存続しています。
農協による農家の統制は、本書で記されていますが、ここでは割愛します。早い話、農協指定の肥料(化学肥料)を使わなければ成果物は引き取らないし貸付もしないという強制が露骨に行われているのです。
農業の大規模化という前に、現実には減反政策をはじめ、化学肥料(産業廃棄物)の強制割当を強いられている農家の苦しく重い負担を考えなくてはならないのです。
政治家にとってはまさに票田である農家は、資本家にとっては資本の回収先という面があることを知らなくてはなりません。こうしてみると、TPPと農業の大規模化という政策が違う意味に見えてくるでしょう。
農業人口を減らすことと耕作面積を統合することで、恩恵をもたらす立場は誰でしょうか。
実際にTPPにより農作物の自由化が進むと、離農者が増え、結果、大規模農業への転換の推奨と進むことをアメリカの手先である官僚達が予想し推し進めているのです。
そして農業人口の低下、結果機械化、画一化が進み、まさに農業の「夢の工業化」が達成するとしましょう。その工業化された農業は、最終的にはモンサントやカーギルといった寡占企業、その他化学メーカー、農業機器に至る供給元(サプライヤー)の巨大市場となり得るのです。

■アメリカの大規模農家には未来はない。つぎは日本の農業が狙われる

TPPや大規模農家政策を進める官僚と政治家の脳裏には、アメリカのような巨大トラクターで耕作されている風景を想像しているはずです。日本にも米国の風景に見られるような巨大な耕作基地を夢見ているのでしょうか。
ところが一方のアメリカ式農業の実際は日本の産廃処理方式を見習い、なんと有機農法の禁止法案を昨年に提出しているのです。

その名は「食品安全近代化法」という法案で昨年11月30日にアメリカの上院で可決されています。全米の農家をFDA統制下に置き、種子や肥料の流通も管理するという恐ろしい法律なのです。この法案の建前は消費者の安全を守り、農作物の輸出力を高めるというもので、FDAに強大な権力を認めるという趣旨です。
現実には米国式の巨大な農地と機械化による大量生産は、そのままモンサントやカーギルといった寡占企業に搾取される仕組みでしかない。そのため米国の農家も搾取される側に過ぎず、さらにオバマ政権では社会主義体制的な農業生産システムにまで体制を整えようとしているのです。

まさに日本の戦時中の農業会そのままではないでしょうか。

だんだんTPPと大規模農家への転換政策の恐ろしさが見えてきたのではないでしょうか。日米の為政者にとって農業政策における農家は単なる生産者ではないのです。巨大資本家による工業生産物の潜在的な優良消費者であり、国家間の重要な攻略目標なのです。

■大規模農家政策は絶対阻止すべし

このように大規模農家政策は、より強化した統制経済への布石として強く進める勢力がいると考えるとニュースの動きが見えてきます。もし実現されると、結果的には国土は産廃処理場となり、新留氏が訴える不毛な耕作地がますます広がることになるのです。
大規模化でも生産コストは下がらないのです。なぜなら飛行機で種まきするような米国と違い、日本では機械化は現状からはそれほど向上しません。アジアと比べてトラクターやコンバインの普及率はある程度の水準です。旧来の牛馬や手作業による農作業を行っているわけではないので、規模の効率化などしれたものでしょう。
生産コストの現況は、農協(農水省)による強制的な購買システムであり、規模にかかわらず搾取の構造が変わらない限り、低い生産性による無用なコストは農家と消費者に転嫁され続けるのです。よって状況が最悪になるだけであり、ますます農家、我々消費者にとっては悪弊がはびこる結果が予想されるだけなのです。

以上、私がTPP締結と大規模農家政策に断固として反対する理由です。