[1499]柿本人麻呂の正体を暴くⅨ
「石川の貝」とは「石川郎女」のことである。
今日今日と わが待つ君は 石川の 貝に(或は云う)交りて ありといはずやも(224)
今日おいでになるか、今日おいでになるかと、私がお待ちしている貴方は、石川の娘(郎女)と、よろしくなさっていると言うではありませんか。
直(ただ)の逢ひは 逢ひかつましじ 石川に 雲立ち渡れ 見つつ偲はむ(225)
直接お逢いすることは、不可能なことです。石川に炊事の煙りを立ち昇らせてください、それを見てお偲びいたしましょう。
人麻呂は、石見国で死んでなどいない。石川郎女と出逢い、新たな愛の生活を出発させたのである。あの世の妻は、人麻呂を許し、新生活に祝福を送っている。
石川郎女は、万葉集の中心ヒロインである。しかしその素性は、人麻呂同様秘密のベールで覆われている。しかし、考えればこれは当然で、人麻呂を秘密のベールで覆い隠した以上、その相方である石川郎女も、秘密のベールで覆い隠す必要があったのだ。人麻呂の正体が謎の中にあるのは、万葉集の編者たちが意図して人麻呂を秘密の中に置くことに決めていたからである。これは(207)~(225)までの歌の題詞の不自然さに如実に表れている。題詞は、本当のことを述べていない。編者たちが、何故こんな選択をしたのか、後々明らかになるだろう。
さて、石川郎女を検証しよう。彼女が『万葉集』に登場するもっとも有名な場面を見てゆこう。
大津皇子、石川郎女に贈る御歌
あしひきの 山のしづくに 妹待つと われ立ち濡れるし 山のしづくに(107)
石川郎女、和(こた)へ奉る歌
吾(あ)を待つと 君が濡れけむ あしひきの 山のしづくに ならましものを(108)
この二人の相聞歌は、万葉集の中で最も鮮やかで艶やかな場面です。しかし、二人の逢瀬が公けになったことは、当時の王朝に衝撃を走らせた。何故なら、石川郎女は皇太子・草壁皇子の寵愛を一身に受けていた女性でした。
大津皇子、密かに石川郎女に婚(あ)ふ時、津守連通その事を占へ露はすに、皇子の作りましし御歌
大船の 津守の占に 告(の)らむとは まさしに知りて わが二人寝し(109)
日並皇子尊、石川郎女に贈り賜ふ御歌(郎女、字を大名児といふ)
大名児を 彼方(をちかた)野辺に 刈る萱の 束の間も われ忘れめや(110)
皇太子の愛する女性(石川郎女)を、大津皇子が奪った、と言うのだ。
次回は、この事件の顛末を検証する。