[1193]米財政「次の崖」に1兆ドルコインの奇策

松尾 雄治 投稿日:2013/01/23 14:25

松尾雄治です。

今日は2013年1月23日です。

FACTA ONLINE 2013年2月号から転載します。

(転載貼り付け始め)

米財政「次の崖」に1兆ドルコインの奇策

年初の合意は単なる先送り。政府の債務天井をたった1枚の巨額プラチナ「政府硬貨」でしのげるか。

これぞ歌舞伎十八番、安宅の関での弁慶の勧進帳というべきだろうか。年末をまたぐ「財政の崖」をやり過ごしたものの、「政府債務の天井」という新たな関所に直面する米国で、とんだ奇策が取り沙汰されている。「額面1兆ドル」のプラチナ・コイン(白金硬貨)という。

「贋金造り」じゃあるまいし、米財務省が円換算で90兆円近くの硬貨を発行するなどと聞けば、正月の悪い冗談とも思える。が、この「1兆ドル」コイン。米国の政府債務が法定上限を超え、政府が窓口閉鎖に追い込まれるような事態を回避するため、中央銀行券を刷るのに代わって巨額「政府貨幣」を鋳造しようという大真面目な話なのだ。

ブッシュ減税の失効と歳出の強制削減が重なり、米経済を腰折れさせかねない「財政の崖」は、年末年始の与野党折衝でしのいだはずではなかったか。何で今ごろ大騒ぎするのか。が、問題は一向に解決していない。

“猶予”たった2カ月

一言でいえば、民主、共和党間で妥協が成立したのは、額にして770億ドル相当の富裕層への増税や、950億ドルにのぼる給与税減税の失効などで、合わせて1700億ドル余りの増税が行われた。一方で、歳出の削減については、ほとんど手つかずのまま。それもそのはず、削減すべき歳出項目として、共和党は社会保障費、民主党は国防費を主張し、平行線だからだ。

両党は歳出削減の中身を決める期限を2カ月先に延ばすことにした。絵に描いたような先送りだ。おかげで、年明け早々に財政面から米景気が腰折れする最悪の事態は防げたものの、別の矛盾を抱え込んだ。歳出が抑制されない分、政府の借金は増えるが、その債務残高が法律で定めた上限に達しかねない。米国はそんな事態に陥った。

債務残高が法定上限を突破すると、米政府はそれ以上の借金は重ねられなくなる。テクニカル・デフォルト(技術的要因による債務不履行)である。その結果、オバマ政権は窓口業務の閉鎖に追い込まれてしまう。2011年夏に大もめとなり、スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)による米国債のトリプルAからの格下げ(現在はダブルAプラス)を招いた悪夢の再来だ。

窓口業務の閉鎖は空ごとではない。1990年代にクリントン政権が経験したことがあり、当時のルービン財務長官は自伝で屈辱感とともに回顧している。オバマ大統領の心中、察するに余りあるが、ことは単なるプライドの問題ではない。

90年代に比べて米経済の地力は格段に落ちている。テクニカル・デフォルトは政府の指導力低下と受け取られ、S&Pなどによる米国債の追加格下げを招きかねない。それがオバマ政権がいま直面するリスクだ。

債務上限は現在16兆4千億ドル。米政府に今後どの程度の借り入れ余地が残されているのか。関係者の話を総合すると、13年1月上旬の時点で残る借り入れ余地は2千億ドル足らずだ。

これから2月にかけて、オバマ政権の綱渡りが続く。財務省の資金繰り担当は歳出項目の見直しに忙しいが、最大の試練は例年2月末に行われている所得税の還付だ。例年通り還付が実施されるなら、2月の20日過ぎには国庫のコメビツが底をつく。仮に還付を1週間遅らせられるなら、債務上限の突破は3月1日まで引き延ばせる。何ともいじましい計算が続いている。

債務上限のカギを握るのは共和党である。「債務上限を引き上げるならば、それと同じ金額だけ社会保障費を削減すべきだ」といって、オバマ大統領や民主党を揺さぶっている。共和党にとっては国民皆保険の導入を狙ったオバマ・ケア(医療保険)は許しがたきバラマキ。最高裁が違憲判決を下さなかった腹いせに、江戸の仇を長崎で討つような議会闘争に出ている。

しゃにむに小さな政府を求める茶会党(共和党の強硬派)には、「財政の崖」回避のためオバマ政権との妥協に踏み切ったベイナー下院議長(共和党の穏健派)らが、歯切れの悪い存在と映る。増税法案をめぐる議員たちの投票行動をみれば、茶会党の苛立ちは一目瞭然である。

今回の増税法案に対する下院の議決は賛成257対反対167。安定的な多数の支持を得られたともいえるが、党派別にみた賛否の分布は、米財政をめぐる国論の分裂を示している。すなわち、民主党の下院議員が賛成172対反対16なのに対し、共和党は賛成85に対し反対151。共和党の下院議員の実に64%が反対に回っている。

先の大統領選で敗れ、政権復帰の展望を失った共和党が、現実路線に戻るどころか、腹立ち紛れに強硬路線に舵を切っているともいえる。かくて、歳出削減の問題を先送りしながら、何カ月かに一度ずつ債務上限を引き上げて急場をしのぐ、場当たりの対応が繰り返されかねない。

FRBから見返り資金

せっかく大統領選で再選されたのに、債務上限問題を人質にとられて、肝心の内外政策を打ち出せない。そんな立腹があるのだろう。オバマ大統領は折に触れ「議会が上限引き上げを拒めば、世界経済は大混乱に陥る」と強調するが、共和党強硬派の耳に届いている様子はない。

いっそのこと、議会に難癖を付けられずに資金を調達できる仕組みはないか。難局打開の秘策として、米紙ワシントン・ポストが持ち出したのが、冒頭の1兆ドルのプラチナ・コインの発行案だ。記念硬貨を想定した連邦法によれば、プラチナ硬貨のデザインや額面は財務長官が決められる。

この規定に基づいて財務省が1兆ドルのコインを発行。米連邦準備理事会(FRB)にある政府口座にこのコインを預金すれば、その見返りにFRBから1兆ドル相当の資金を引き出せるようになる、という寸法だ。苦し紛れの脱法行為だが、米政府は議会との債務上限引き上げ問題で、そこまで追い詰められているのだ。

米国ではせっかく住宅市場が好転してきたというのに、肝心の与野党が蝸牛角上(かぎゆうかくじよう)の争いを繰り返すうちに、消費者や投資家の心理を暗転させかねない。米議会に肝心のときには妥協のできる富樫がいないことが、13年の米経済にとって最大の時限爆弾のようにみえる。

(転載貼り付け終わり)

松尾 雄治 拝