立花孝志がNHK会長になる日ー1

片岡 裕晴 投稿日:2024/01/17 19:30

(・・・・・もしくは立花孝志が総務大臣になってNHK予算の大幅削減をしてNHK改革をする日)

 

まず、ほとんどの人が知らないことから書いていきます。2023年4月に衆議院議員補欠選挙が行なわれました。
千葉5区では1議席を争って7人の候補者が立候補した中に、政治家女子48党(旧NHK党)から織田三江という女性が立候補しました。
織田さんは立花孝志の意を汲んで『ジャニーズ問題』をNHKの政見放送で流すためだけに立候補しました。
(国政の政見放送は国政政党の党首に編集権があり自らが制作したビデオを流すことが出来る。元ジャニーズジュニアのカウアン岡本氏に立花孝志がインタビューしたものを放送させた)
ここで重要なことは『NHKおよび放送事業者は、国政政党が制作したビデオを(編集することなく)そのまま放送しなければならない』ということです。
つまり、政見放送の時間は(法律によって)NHKはこの瞬間、『公共放送』ではなく『国営放送』となるのです。
立花孝志はこの法律を盾に、何十年にも渡って報道されなかった『ジャニズ問題』を地上波のテレビ画面で初めて報道させたのです。
公職選挙法の政見放送に関する規定は以下の通りです。

【公職選挙法 第150条】(政見放送)
第150条 衆議院(小選挙区選出)議員又は参議院(選挙区選出)議員の選挙においては、それぞれ候補者届出政党又は参議院(選挙区選出)議員の候補者は、政令で定めるところにより、選挙運動の期間中日本放送協会及び基幹放送事業者(放送法(昭和25年法律第132号)第2条第23号に規定する基幹放送事業者をいい、日本放送協会及び放送大学学園(放送大学学園法(平成14年法律第156号)第3条に規定する放送大学学園をいう。第152条第1項において同じ。)を除く。以下同じ。)のラジオ放送又はテレビジョン放送(放送法第2条第16号に規定する中波放送又は同条第18号に規定するテレビジョン放送をいう。以下同じ。)の放送設備により、公益のため、その政見(衆議院小選挙区選出議員の選挙にあつては、当該候補者届出政党が届け出た候補者の紹介を含む。以下この項において同じ。)を無料で放送することができる。この場合において、日本放送協会及び基幹放送事業者は、その録音し若しくは録画した政見又は次に掲げるものが録音し若しくは録画した政見をそのまま放送しなければならない。

2023年衆議院議員補欠選挙千葉5区政治家女子48党の政見放送(2023年4月)
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https://www.youtube.com/watch?v=8R7VEk42_Sw

立花孝志YouTubeチャンネルより『ジャニーズ事務所をぶっ壊したのは【NHK党】と【ガーシー】元参議院議員です』(2023年8月)
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https://www.youtube.com/watch?v=3eNWqf3LYdc

この政見放送をNHKテレビで実際に観た人は十万人程度と思われますが、YouTube動画で拡散された政見放送を見た人はその数十倍いたものと思います。
さらに、この政見放送を取り上げた関連動画やその切り抜き動画、元ジャニーズジュニアのカウアン岡本氏とガーシー議員とのコラボ動画を見た人は数百万人に上ると私は推定しています。
これが何を意味しているかというとテレビ画面で見た人よりも、ネットの端末で観た人が圧倒的に多い、テレビの影響力よりもネットの影響力が遙かに上回っていると言うことです。

2022年11月にガーシー議員とカウアン岡本の対談がYouTubeで配信、2023年に入り英国BBCがジャニー喜多川の未成年に対する性加害のドキュメントを報道し、さらに4月の衆議院補欠選挙で立花孝志編集の(ジャニーズ問題を提起する)政見放送が、NHKの放送で(法の規定により強制的に)流さざるを得ない事態に陥った時に、NHKはすぐさま(その場を取り繕うために姑息にも)『クローズアップ現代』で表面的にさらりと流す程度の内容のジャニーズ関連の放送を渋々行いました。

◆◆嘘を隠せなくなったのは何故か◆◆

このように2003年の最高裁でジャニー喜多川の性加害の有罪判決が出たにも関わらず、20年間もテレビ、大手マスコミがこの問題を取り上げることなく、忖度と無視が続いていたこの問題は、2023年に海外からの報道とYouTubeを通して広く日本国民に知られる様になりました。

20年間も隠し続けてきた嘘が隠せない状況がどこから生まれて来たのだろうか。

その変化の原因の根本は多くの国民がスマートフォンを手にしたことにある。

その結果YouTubeなどを通してテレビ局が編集しない真実の映像を見ることが出来るようになった。

そればかりか自らがスマホで動画を撮影し、それをネットを通して実に簡単に全世界に配信できるようになったのです。

ここで昔の記憶をたどると、私が小学校五年生の時(1957年)我が家に初めて白黒テレビがやって来ました。(まだ近所の家にはテレビがなかった)

夕食後、隣家の人たちも集まってきて『事件記者』(NHK)や『日真名氏飛び出す』(民放)などの刑事事件もののドラマを居間の電灯を消して、まるで映画館の中のように暗くして、白黒の画面を皆で楽しんでいました。(そんな時代があったのです)

この頃、個人のレベルで映像を撮るなどという発想はまずなかった。ましてやその映像を自ら放送して誰でも観てくれるなど考えられなかった。

高価な機材や設備や運営するスタッフを考えれば、そんなことは大資本を持つテレビ局しか出来ないことは明らかであった。

ところが、今ではスマホ一台があれば、ビデオを撮影し、自らが放送局となって世界中に配信が簡単に誰でもできるのだ。

そして、そのことによってテレビが社会を動かしていた時代にはあり得なかった様な事が可能となったのです。

このことの代表的事例は『立花孝志ひとり放送局』である。

元NHK職員で週刊文春にNHKの不正を暴く告発記事(2005年)を書いたにもかかわらず、テレビ新聞がすべて無視しを決め込んだ為に不発に終わったのだが、その立花がスマホとYouTubeでの発信でNHKに対抗できると気付き、自らカメラマンとインタビュアーとプロデューサーとキャスターと放送局を一人でこなし、何のバックも資金力も無い、ただの大阪のオッサンが数年のうちに国政政党の党首(2019年)にまでなったのです。

いま、我々は大きな変革の時代の真っただ中にいるのです。

◆◆500年前にも同じような大変革があった◆◆

我々は何百年前の昔のことを歴史の本を読むことによって、過去の出来事をイメージし理解することが出来ます。しかし、その渦中にいる現在において起こっていることを解釈し歴史の中に位置づけることは難しいかもしれない。

ここでさらに時代を遡り概観してみると、1445年頃、ドイツのグーテンベルグが活版印刷機を発明しました。そして聖書の印刷を始めました。1517年マルチン・ルターがローマ・カソリックを批判してキリスト教の宗教改革運動を始め、キリスト教の教典である 聖書 を重視しました。

活版印刷技術の発明以前の聖書は一字一字を手で写す写本か、1ページごとの木版印刷で作られていました。それはとても高価なもので一般庶民が聖書を持つことなどととても出来なかったでしょう。

また、カソリック教会では神父だけがラテン語やギリシャ語で書かれた聖書を読むことが出来、一般の信者の多くはそもそも文盲であり、神父の読む聖書の言葉とその解説をありがたく聞く以外無かったのです。 

【これは1980年代にパソコンが出現した後、印刷業界が大混乱し、1990年代後半にインターネットが普及し始めた頃の我々の時代に対応して考えると興味深い。この結果、印刷業界は構造が一変します。活字から光学レンズを使った写真植字を経て電算植字に変わり、DTP(卓上印刷=Desk Top Publishing)が専用機からパソコン(アップル社のMacintosh)に置き換わります。(さらにこの後、2007年にMacintoshの操作思想を受け継いだ初代iPhoneが発表されてから急速にスマホが普及し始めました。)鉛の活字は不要となり、写真植字になったため、活字職人や版下制作者は失業する羽目に陥りました。パソコンが出現する以前なら、習字がうまく、ソロバン一級の実力があれば、家が貧しくて大学進学を諦めた高校生は、地元の中堅企業に立派に就職できました。会社の行事で必ず必要な案内の張り紙の文字を綺麗に大書出来ること、伝票の束の金額を正確に早く計算できることが必要だったからです。また、版下職人の重要な仕事の一つは、グラフを作ることです。棒グラフ、折れ線グラフ、円グラフ、これらを烏口(からすぐち=先端の二枚の刃を調整することで0.1ミリの細線から1ミリ以上の太線を自由の引くことが出来る製図道具)の先に含ませた墨と定規とコンパスを使って作成しました。何年もかけてかけてて習得したこれらの技術はパソコンと出力機があれば数値を入力するだけで、簡単に処理できるのです。数年、場合によっては十年以上の努力はパソコンの出現によって、ほとんど無価値になってしまいました。】

500年前起こったこと。活版印刷の発明と宗教改革が手を携えて活動した結果、聖書が安価に作られたことで教会に独占されていた聖書が一般に普及し始めたのです。21世紀の現代、一人一台のスマホが普及したように、500年前のこの時代にヨーロッパでゆっくりとではあるが、一家に一冊の聖書が広まり、人々に読まれるようになっていったのです。

その結果、何が起こったのか。中世のヨーロッパでは人口の90%が田舎に住みほとんどの人が字の読み書きが出来無かったようです。

それが18世紀初頭(1700年)にはプロテスタントの多い地域の男子では50%が読み書きが出来るようになったと言われています。

何百年も以前の識字率の調査をすることはなかなか難しいことでしょうが、イメージとしてはラテン語やギリシャ語の高価な写本聖書が各国語で安価に印刷されるようになった結果、聖書を代表とする書物が広く一般に広まり、同時に字の読み書きが出来る人口が急速に増加したと言うことです。

識字率の高まりは印刷技術の発明と聖書の普及により確実に増え、18世紀後半から19世紀にかけての産業革命という巨大な構造物を構築するための土台と基礎がこの時代に着実に踏み固められ、張り巡らされていったのです。

【中世のローマ・カソリック教会と聖書と神父の関係は、現代におけるテレビ局とテレビの映像とプロデューサーの関係に比較して検討するとなかなか興味深い。教会の権威が難解なラテン語と高価な写本聖書に守られ神父が教会に都合のいい解説(免罪符の発行など)をしたように、放送局は国の認可権に守られた電波と映像を制作するための高価な機器や設備に守られ、テレビ局とスポンサーに都合のいい編集が可能でした。普通の人はその領域に立ち入ることが出来なかったのです。しかし、活版印刷機が聖書を安価に大量に出版したように、一人一台のスマホの登場とインターネットが映像の制作と発信を放送局をもしのぐ質と圧倒的な量によって、明らかに勝りつつあります。映像を伴う個々人の発信がマスコミの報道を圧倒する状況が世界を変えてしまいそうです。】

◆◆立花孝志の躓きと次の一手◆◆

『ゆ党』という言葉がマスコミで使われ始めたのは2015年ぐらいからかと記憶しています。与党でもなく野党でもなく、是々非々で法案や政策に対して政治的立場を決める政党という意味で、『や』と『よ』の間にある『ゆ党』はなかなか上手いネーミングだなと思いました。一方、野党として明確に反権力の立場を表明しない、いい加減な政党という揶揄(やゆ)の意味を込めた皮肉で使われるのが一般的です。

ところが、立花孝志は本気で『ゆ党』という政治団体を立ち上げ、来る衆議院選挙に立ち向かおうとしています。立花の『ゆ党』は『YouTuber党=略称ゆ党』なのです。

国政選挙に対する立花孝志の大きな戦略を一言で言うと、選挙に関心が無くこれまでの選挙の投票に行ったことの無い層をターゲットにして、選挙ごとに戦術を決めていくということになります。 (つづく)

(2024年1月17日 投稿)