「44」馬賊についての本の集大成。 ”最後の馬賊”と呼ばれた男の動きと自己陶酔者たちの文から、日本軍が、どのように中国満州を侵略したかが分かる。

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副島隆彦です。 今日は、2007年5月21日です。

 ”最後の馬賊”と呼ばれて、その勇猛を今も語り継がれる
小日向白朗(こひなたはくろう)という人物がいる。彼は、日本軍の満州侵略に合わせて、その尖兵(せんぺい)となって暗躍した人物である。

 自分だけは、1982年(昭和58年)まで無事に生き延びて81歳で日本で平安に死んだ。「日本人馬賊王」(二見書房刊)という自伝まで書き残している。 私は、こういう人間たちを絶対に尊敬しない。

 本当は、彼は、中国人との合いの子(混血児)であり、日本軍の隠れ軍属として日本の特務機関の指令でずっと動いたのだ。そして、日本軍は、裏で中国共産党と繋(つな)がっていた。
さらにはこの「日本人馬賊」たちは、戦後は、アメリカ軍に雇われて、謀略人間として生きている。

 以下の文章を冷静に読むと、この小日向白朗が、何度も中国軍に捕まりまがら、必ず助け出されているという奇妙な事実を知るはずだ。 こういう謀略人間たち、というのは、度(ど)し難(がた)い。

 ”阿片王”と呼ばれた上海特務機関の 里見甫(さとむはじめ)と同じような人間たちだ。 大きな歴史に翻弄された人間たち、と言えばそういうことになるが、彼らの陰(かげ)でどれほどの多くの人間たちが裏切られ、無惨に殺されていったことか。

満州の平原を駆けた「日本人の馬賊(ばぞく)たち」というのが、どういう人間たちであったかが、以下の書籍の集大成で概観できる。  副島隆彦拝

(転載貼り付け始め)

小日向白朗(こひなた はくろう)

1900(明治33).1.30~1982(昭和57).1.5

 明治33年1月31日、新潟県に機屋の次男として生まれた。シベリア単騎横断で有名な福島(ふくしま)中尉にあこがれ、中国、チベットを調査しつつドイツを目指そうと17歳で中国に渡る。

 中国では坂西利八郎(ばんざいりはちろう)大佐に気に入られ、中国語、射撃等の訓練に励んだ。20歳で軍事探偵としてチベットのウランバートルを目指す旅に出たが、内蒙古の巴林で楊青山麾下の馬賊(遊撃隊)に襲われ捕虜となる。

 命と引き替えに馬賊の下働きとなるが、初陣で手柄を立て小頭目に取り立てられた。この頃、中国人の父を捜しに来た日中混血児「邵日祥(シャオリイシャン)」という偽名を使っていたが、その容貌の良さから小柄で色白の男前を意味する「小白臉(しゃおぱいれん)」と呼ばれたりした。天性の戦闘センスと、

 中国の迷信を知らないゆえ死者の霊を恐れないことから、楊大攪把(たーらんぱ)の戦死後、住民達の推挙を受け遊撃隊の大攪把となる。

その後、多くの戦いを生き抜き、馬賊世界で強者として名を知られるようになるが、熱河省建平県城で官警に捉えられ処刑寸前を救出される。5ヶ月後、養生中に察哈爾省経棚県城で再び捉えられた。

再度救出されるが、その際に死亡した救出隊の遺体引き取りを巡って、知事と対立。遺体奪取を図り、県城を襲撃し知事以下警官達を処刑したため、さらに執拗な官警の追跡を受けることとなった。

追っ手と罪の意識から逃れようと、千山無量観に住む道教の大長老「葛月潭老師」の庇護下に入り、3年間道教の教えと武当派拳法など体術を修行した。「尚旭東(しゃんしゅいとん)」の名と破魔の銃

「小白竜(しょうぱいろん)」を授かり下山。小白竜は後に彼の通り名ともなる。下山後、天下の豪傑英雄と交わり、また凶悪な土匪「小菊花」を倒すなど、老師の教え「除暴安良」を実績して歩いた。

義兄弟「高文斌」と共に張作霖の奉天軍に入り、張宗昌将軍のもとで第2次奉直戦争等に参加。26歳で奉天軍の少将になるが、張作霖は河本大作の謀略で爆殺される。父を殺された後、抗日、親蒋介石を明確にした張学良と決別し、彼に対するクーデターを計画するが、情報が事前に漏れ、日本軍に拘束されて、昭和4年満州から追放される。(奉天城占領計画事件)

 引き続く日本軍による満州への侵略と虐殺に耐えかね、抗日闘争に立ち上がった高文斌らを見かねて、昭和7年再び満州へ渡る。抗日を叫ぶ同志と祖国の板挟みになって苦しむが、当時まだ強大であった日本軍への武力抵抗の困難さを訴え、英国人人質解放を契機に軍と取り引きし、抗日馬賊組織を満州から北支へ撤退させる。

 南京で蒋介石麾下のテロ組織「藍衣社」と闘争を繰り広げる一方、北支事変後、旧満州馬賊組織を親日義勇軍「興亜挺進軍」として組織する。

 が、その規模の大きさと規律の良さが逆に北支に派遣されていた日本軍に不安を抱かせることとなり、興亜挺進軍は軍に裏切られ、虐殺された。我慢しかねた白郎は、興亜挺進軍部下に解散潜伏を命じた。

 その後も当時「魔都(まと)」とよばれた上海で、日本軍の依頼を受けた対テロ工作に従事したが、昭和19年、軍に対し突然引退を表明して上海を去り、江蘇省に隠遁。

 昭和20年日本の敗戦後、蒋介石率いる国民党軍につかまり、中国を裏切り日本に与したとして、「漢奸裁判」にかけられるが、自分は日本人だと主張して闘争。 主張が通り釈放された後、青幇の同志の手引きにより台湾経由で日本に帰国した。帰国後も政治的裏工作に従事したとの説もあるが、経済的にはあまり恵まれていなかったと言われている。

昭和57年1月5日、東京都小平市の自宅にて、芳子夫人に看取られて静かに息を引き取った。今は、高尾のやすらぎ霊園に眠っているとのこと。当時、中国東北地方では馬賊は完全に姿を消しており、最期の大物日本人馬賊であった白朗の81歳での死によって、馬賊の歴史も静かに幕を閉じた。

 異国人でありながら、その国の民間軍事組織の中枢に存在し、侵略軍と現地軍の間に立って、両者の融和に務めた人物。こう書くと、アラビアのロレンスこと「T.E.ロレンス」を連想させるが、彼よりずっと深く馬賊組織や中国の任侠組織「青幇(ちんぱん)」に関わっていながら、なぜか常に日本側に立って行動
してるのが謎。

 常にアラブの立場に立とうとして、祖国イギリスの不正に苦しみ、ついには自己を破壊してしまったロレンスと比べると、人間的深みに欠ける観は否めない。

 白郎も彼なりに苦しんだんだろうけど、彼に従って死んでいった中国人部下達を思うと、興亜挺進軍の後も、日本軍に指揮下にあって活動し立ってのはさっぱり理解できない。当時の皇国教育を受けたものの限界と言えば、そうかも知れないけどね。いっそのこと、共産軍指揮下に入った方がすっきりすると思うのだが。

 事実、彼の満州時代の同志や部下達の多くは、張学良の東北軍がそうであったように、八路軍に入り、朝鮮戦争では中共軍の東北部主力部隊として活躍してるそうです。

もっとも、朝鮮では相当死んでいる。これについては、「堀栄三」の項で紹介した「アメリカ海兵隊」に詳しい。

参考文献

(1)馬賊戦記 朽木寒三著 番町書房

馬賊の捕虜から、若き首領へ。美少女との悲恋を経験したかと思えば経棚県城襲撃時を指揮。官警に追われて道教寺院にかくまわれ、拳法の修行に励み、老師の命を受け社会に害をなす者を始末してまわる。日本軍と組んで裏切られたり、軍閥の軍人になったり、

日本軍と協力して特務工作を行ったりと「波瀾万丈」と言ってもまだ追いつかない日本人馬賊王の若き日を白郎本人の視点で描き、彼を一気に有名にした作品。珍しい写真も

多く、楽しい本。確かに白朗は度胸もあるし、腕も立つ。キャラクターも魅力的なのだが「結局、あんた中国まで来て何がしたかったの?」という感は無きにしも非ずです。

(2)馬賊戦記(上)(下) 朽木寒三著 徳間文庫

(1)の本の文庫版。こっちはまだ古本屋とかで手に入るが、写真がないのが難点。入手のしやすさでは、この本が一番だと思います。著者の朽木氏はこの本以外にも馬賊を主人公にした本(「天鬼将軍伝」や「馬賊と女将軍」など)を書いてます。上下巻で番町書房版の正続に相当します。なお、ペンネームは「口きかんぞ」からとのこと。

(3)馬賊 都築七郎著 新人物往来社

「馬賊戦記」では描かれていない、張宗昌麾下の少将時代以降の活躍が書いてある本。張学良暗殺未遂や「興亜挺進軍」の悲劇、南京、上海での特務工作指揮から漢奸(かんかん)裁判、台湾への脱出など、後半には興味深い記事も多い。しかし前半部は馬賊戦記からそのまま引用した箇所も多く、ちょっとまずいんじゃないって感じ。だもんで、両者の併読を進めます。日本帰国後の活動については、この本にも書いてないんだけど、何か資料が残ってないかなぁ。

(4)闘神-伊達順之助伝 胡桃沢耕史著 文芸春秋

 日本人馬賊の首領として小日向白朗と並び称される事の多い人物。喧嘩で人を殺してしまい満州へ脱出。伊達藩主の血を引くこと、拳銃の名手だったことなどもあり、満州浪人の一人として親日自警団の将官などを務めた。だから、正確には狭義で言う馬賊ではない。

著者の胡桃沢氏は「飛んでる警視」などのポップな作品で有名だが、この作品ではいつもの軽い感じはなく、ちゃんとしたノンフィクションである。冷静に調べると、さほど大きな業績を残していない人物を、共感を込めて上手く書ききっている。

 著者自身、若い頃出会った司馬遼太郎の知識量に打ちのめされながらも、「俺は世界中をこの目で見て回って、生活を実際に体験してやろう!」と決心し、海外辺境で多くの時間を過ごしてきた人物なので、順之助と波長があったのかも知れません。

(5)ある明治人の記録-会津人柴五郎の遺書 柴五郎著 石光真人編 中公新書

 石光真清の所でも紹介した、初期日本陸軍において中国通っていた人物。彼が築こうとした中国との友好関係が、大陸進出を図る軍の若手によって無惨に破壊されてしまった例として、白郎の率いた「興亜挺進軍」の崩壊が引用されている。

 自分たちの味方と信じていた軍により、隊長クラスの同志を惨殺され(生きたまま、井戸に投げ込み生き埋めにしてる)、部下を守るため部隊を解散する際に「今後、信じられるのは八路軍のみ!」と叫ばねばならなかった白朗の無念が胸を打つ。しかし、何でこんな目に遭っても、日本軍と組んでるんだ?自分は殺される可能性がないから良いけど、部下は良い迷惑だぞ。柴五郎氏については、ここへ。

(6)狼の星座 横山光輝著 講談社コミック

 横山光輝が馬賊戦記の内容を元に描いた少年漫画。主人公の名前を『大日向健作』としてある他は、ほぼ馬賊戦記の通り。ネタとしては同氏の『隻眼の龍』や『兵馬地獄旅』の様な、青年向け作品として描いた方がずっと面白く仕上がったと思うが、「少年マガジン」連載ではそれも無理か・・。

 まぁ横山氏は白朗に実際に会いに行って書いているため、あまり無茶が出来なかったこともある。忠実に原作を追っているので、これを読んだら『馬賊戦記』は読まなくて良いくらいです。

(7)目撃者が語る昭和史-第3巻満州事変 猪瀬直樹監修 平塚柾緒編集 新人物往来社

 小日向白朗本人が奉天城占領計画事件の真相を語った『秘められた満州事変への導火線』や白郎と作家壇一男との対談『馬賊放談 狭い日本にゃ住みあきた』が掲載されている。

 実は張作霖爆殺時点で、白朗と張学良とは十年来の阿片の飲み友達であったということは始めて知った。近親者の証言だから父が殺された後の学良の激変ぶりに説得力がある。

 父を日本軍に殺されたことで、麻薬とも手を切り、接待抗日の決意を持って南京政府と手を組み、親日派の楊宇霆らを粛正した張学良の行為は、当事者として、まぁ正当つーか果断な態度だと
思うが、白朗はこれに対し『日本人として』激怒しており、十年以上中国で生活している彼の国際感覚の限界性を感じる。

 まぁ、白朗達は『日本人』として海外に雄飛したいのであって、その国の人に立場になって考えるという思考システムを持ってないような気がしますね~。

(8)馬賊社会史 渡辺龍策著 秀英書房

 馬賊を歴史的研究対象として認めさせた渡辺龍策教授による総合馬賊研究書。資料的価値の高い良い本だが、伝統的な中国人馬賊に関しては張作霖と馬占山位しか言及されておらず、正確には『日本人馬賊大辞典』と呼ぶべき内容。まぁ、日本人馬賊の歴史こそが当時記録せねばならなかった内容なので、それはそれでよし。帰国後の白朗からよく話を聞いている

だけあって、白朗に関しては、中国での阿片取引の元締めの頃の話や、帰国後69歳で結婚した話など、他では余り語られていない話もあり興味深い。

(9)馬賊頭目列伝 渡辺龍策著 講談社文庫

 天鬼将軍(薄益三)、江崙波(逸見勇彦)、張宗援(伊達順之助)、尚旭東(小日向白朗)、鉄甲(根本豪)、小天竜(松本要之助)ら日本人馬賊と、馬賊出身から軍閥の大将にのし上がった張作霖、馬占山から成る8名の馬賊の記録。内容は(8)の本とかなり被ってます

 が、こちらの方が読み物として楽しめるように書かれており、確かに読みやすい。まぁ、軽いと言えば軽いんだけどね。ちなみに表紙の人物は、天鬼将軍こと薄益三。

(10)続馬賊戦記 朽木寒三著 番町書房

 長い間捜してた馬賊戦記の続編。奉天城襲撃事件、満州馬賊の北支への移動、天津での藍衣社との死闘、興亜挺進軍の悲劇、日本軍侵攻後の上海での対テロ工作、漢奸裁判、台湾への脱出までが語られる。興亜挺進軍に対する日本軍の扱いは想像より遙かに酷く、「何やってんだ、なんで黙ってみてるんだ、白朗!!」と叫びたくなる。

これ以降、子分がドンドン離れていき、上海では以前なら歯牙にもかけなかったような小物を右腕にしていたりして、その落剥ぶりが痛々しい。まぁ、自業自得だけど・・。さすがにエピソードの豊富さと状況の詳細さでは、他の本の追従を許さないね。

(11)上海の顔役達 沈寂著 林宏訳 徳間文庫

 外国の共同租界であった魔都と呼ばれた頃の上海を、影で支配していた3人のボス達『黄金栄』『杜月笙』『張嘯林』の記録。主人公は杜月笙かな。

続馬賊戦記では3巨頭の一人『張嘯林』の殺害を白朗が命じたことになっているが、この本では、蒋介石のテロ組織『藍衣社』の陳黙が、張が日本軍に秘密を流すのを恐れて殺したことになっている。まぁ、こっちの意見のほうが一般的。文庫とは言え、当時の状況や歴史的背景が理解しやすい、良い本ですな。

(12)上海テロ工作76号 晴気慶胤著 毎日新聞社

日本軍占領下の上海において『藍衣社』に対抗する組織として結成された、テロ組織『ジェスフィールド76号』の正体を76号の生みの親の一人である日本人将校が記録した本。

「龍(RON)」上海編の元ネタ。(10)、(11)の本では、唾棄すべき漢奸、血も涙もない冷血漢と言われている丁黙邨、李士群らを好意的に見ている。特に李士群への評価は絶賛と言って良く、立場によって人の評価というものは大きく異なると言うことが良くわかる。

(13)日本人馬賊王 小日向白朗著 第二書房

 白朗本人による馬賊時代の回想記。馬賊の捕虜になってから興亜挺身隊の崩壊までがメイン。

 内容的には「馬賊戦記(小日向白朗と満州)」とかなり被っているが、有名なエピソード時の白朗の心の動きを知ることが出き、興味深い。特に目新しいエピソードはないが、無量観修業時代の拳法談話や女性との交流は他ではあまり語られておらず、珍しい。執筆(正確には口述)時に撮ったと思われる、和服姿のかなり裕福そうな写真が巻頭に掲載されている。

(14)馬賊-天鬼将軍伝 朽木寒三著 徳間書店

 天鬼将軍伝とあるが、天鬼将軍(薄益三)ではなく、彼の片腕で白龍起とよばれた甥の「薄守次(うすきもりじ)」が主人公。死の直前、2年近くに渡って実際に守次氏に接した著者が、その「気取りとか、飾り気とか、格好つけなどがそもそも要らない」

 人柄を愛情を込めて淡々と描く。この本の中では、やることなすこと全てが失敗に終わるのだが、不思議と悲壮な読後感はない。馬賊戦記に描かれた、着流し姿で白郎の前に現れるエピソードが創作だと言うことや、元々は天鬼(幽霊の意味)ではなく「天魁」だったこと、蒙古勤王軍の敗残の様子など、他の本では知ることの出来ないエピソードも多い。

 もっとつまらない本と予想していたが、馬賊戦記と比べてもそれほど見劣りしない作品ですよ。

(15)馬賊 渡辺龍策著 中公新書

 馬賊組織の誕生から終焉までを、それまで断片的にしか知られていなかった多くの日本人馬賊達からの聞き語り等を元に、初めて総合的にまとめた本。のちの馬賊史観に非常に大きな影響を与えた。初版が昭和39年なので、内容が古い感は否めないが、当時非常にインパクトの大きい本であったろうと感じることは出来る。

 しかし、戦前、戦中にかけて中国での生活が長かったこともあってか、著者の「日本人による中国侵略」という視点が基本的に弱いことも事実。内容的には「馬賊社会史」「馬賊頭目列伝」と被ってるが、この本は古典だから、読んでおくべきなんでしょう。

(16)馬賊夕陽に立つ 渡辺龍策著 徳間書店

「最期の日本人馬賊死す」に白朗が昭和57年に小平の自宅で亡くなったことが記されている。

 ここまで書くなら、亡くなった日も書いて欲しかった・・、というのが本音。戦後、日本で結婚した奥さんは白朗が大馬賊だったことなど全然知らず、最初きかされた時には「馬賊って馬泥棒のことでしょ」とビックリしたらしい。(^^;

題名には「馬賊」とあるが、いつもの馬賊本とは異なり、内容は著者による「我が青春の中国」。父の龍聖氏が袁世凱の学事顧問だったこともあり、袁世凱、西太后といった歴史的人物をも含む実見による人格描写と当時の雰囲気が程良いノスタルジーを持って描かれている。

 城山三郎氏の「粗にして野だが卑ではない」に描かれた石田礼助氏率いる三井物産大連支店で働いたこともあり、当時の三井物産や満鉄で活躍した人物の記載が他の本では見られず、なかなかに楽しい。

(17)彷書月刊 2002年8月号 弘隆社

白黒さんに教えていただいた、特集記事と古本屋さんの目録からなる月刊誌。この号の特集は「馬賊の唄」。興亜挺身軍等で白郎の副官だった野中進一郎氏のご子息野中雄介氏の「小日向白朗と父・野中進一郎」が掲載されており、非常に喜ばしい。

 続馬賊戦記以外ではあまり語られることのない進一郎氏の中国での活躍や、日本帰国後の白郎の動向など他では知ることが出きず、超~貴重。この分量ではまだまだ語り尽くせていない感も強いので、ぜひ「野中進一郎伝」を出版して貰いたいものです。興亜挺身隊の隊旗の写真も驚きですが、一般に「馬賊の写真」とだけ紹介されているものの多くが、進一郎氏の写真だったことにも驚きましたね。

(18)馬賊と女将軍-中島成子大陸戦記 朽木寒三著 徳間書店

 赤十字の看護婦から中国人と国際結婚し、山下将軍らの信任を得て馬賊帰順組織を率いた中島成子の前半生記。

 大部隊を率いる女馬賊の首領“李秀蘭”が投降後、成子のボディーガードとして常に傍に仕えている。成子が白朗の義娘である“徐春甫”を引き連れていたのは有名だが、だと

するとこの“李秀蘭”が“徐春甫”なのだろうか?彼女は白朗と別れた後“李少華”と結婚するが、中国の人が結婚して姓を変えるのも変だし、謎ですねぇ。ちなみに「蒼天の拳」の馬賊編の元ネタの一つでもあります。「蒼天の拳」の馬賊描写はめちゃくちゃだけど、まぁ、あれはあれで良し。

(19)馬賊一代 中島辰次郎著 番町書房

 ハルピンの特学校を卒業直後に馬賊の捕虜となり、そのまま特に日本軍に連絡を取るでもなく、暴れまわってた人物。特務学校では3年半も訓練したようだが、語学以外に何を教えて何をやら
せたかったのかまったく意味不明。

 彼が参加するのは白朗の語る自警団とは違い、本当に略奪 と誘拐が専門の無法集団。すべての馬賊が自警組織ではないこと や、その暴れっぷりと無法非道ぶりを経験者が語るという意味では貴重。

 白朗の義兄弟で東北反満抗日義勇軍の第三軍長“高文斌”も登場。かなり太り気味の人物だったのも意外だったが、ずっと反日活動をやってたのではなく、開封特務機関長渡辺渡少将の懇請を受けて、鉄路警備軍の司令官として日本軍に協力していたのは、超ショック~。

(20)馬賊-天鬼将軍伝-続 朽木寒三著 徳間書店

 前作同様、薄守次の回想の形を取って、満州馬賊を率いて参加したパプチャップ将軍の蒙古独立軍について描かれる。「せっかく調子良く進んでたのに、つまらない戦闘でパ将軍が戦死してしまった」ように書かれることすらある蒙古独立軍である。

 が、実際は袁世凱の死により日本の参謀本部が手を引いてしまった為に、敵地の真ん中で抛っぽり出され、必死の思いで根拠地へ帰還しようとする様が内側から描かれており貴重。川島浪速とパ将軍、天鬼叔父との微妙な関係も他ではあまり見られない。

 当然だが、途中で手を引かざるを得なかった川島への記載はちょっと辛口。今回もまた失敗の記録だが、飄々とした主人公の描写は結構好き。徳間文庫版だと下巻に相当する模様。

(21)王仁蒙古入記 出口王仁三郎著 あいぜん出版

 世界中に現れた(現れるはずの)12人の救世主を統合し世界を一新する為と、日本人の新たな発展の地を確保すべく、蒙古にわたった出口王仁三郎(でぐちおにさぶろう)は、今は亡きパプチャップ将軍の義兄弟でもある「盧占魁(ろせんかい)」の帰依を受け、自らをダライラマと称し、蒙古独立軍の御輿に乗って、大クーロンを目指す。

 「パインタラ事件」として世に知られ、一部(白朗含む)では嘲笑すら受けることのある謎の事件を当事者が記した本。合気道
の創始者「植芝盛平」も王仁のボディーガード兼従者として参加しているが相当下っ端扱い、しかも肩書きは「柔術家」。

 (まぁ当時は合気道として一派立ててないから当然だが。)著者は上野公園(実在の新聞記者)となっているが、王仁の口述によるというのが公式見解。瞬く間に軍勢が集まる様と、駄目と感じたら一瞬で崩壊していく様子が良く分かり、馬賊軍の記録としても貴重か。

 大本(おおもと)系のあいぜん書房が復刻してくれており、新刊で購入が可能。ありがたいことでござる。

(22)馬賊無頼-徳光武久と満州 島村喬著 番町書房

 甘粕の項でも紹介した、日本人でありながら中国側に立って戦った馬賊団の首領。張学思(学良の実弟)直属の馬賊団及びアヘン生産、販売組織を指揮し、日本軍による熱河侵攻作戦時には、日本人を含む部下を率いて日本軍と戦闘を繰り広げ、多くの部下を失うこととなった。

 戦後、ロシア兵へのテロ組織首領として禁固25年の刑で服役していたが、捕虜交換で中国へ。減刑か釈放かとの期待に反し、禁固40年(事実上の無期刑)とされ無順監獄に満州国の大物戦犯らとともに収容され、日本に帰ることは無かったという。白朗を見ていると「日本人意識」からできないところに歯がゆさを感じる。

 が、この本の主人公のように思想的というより感覚的に中国側に立ち、日本軍と戦うことにあまり矛盾を感じていないかった人物と対峙してみると、これはこれで「おまえも結局何がやりたいんだ?」という感は無きにしも非ず。

 本人も自覚しているが、日中友好の掛け橋というよりは、国民党直属のアヘン団のボスに過ぎない感もあり・・。とはいえ、その経験や視点が貴重な記録であることには変わり無い。表紙は胡散臭いが、かなり読める馬賊本です。

(23)灼熱-実録伊達順之助 伊達宗義著 蒼洋社

 伊達順之助について氏の長男である宗義氏がまとめた著。近親者ならではの情報は思ったよりは少なかったが順之助と伊達家の関係と著者も一緒に逮捕されていた戦後の捕囚生活の描写は興味深い。

 他の文献で描かれる大雑把な順之助のキャラクターのせいか、さほど興味の無かった人物だが、逮捕され押し込められた地下室においても「おれは中国を愛している。いろいろなことがあったがみな中国を思ってやったことだった。おれはこれまで、何回も死ぬ目にあい、それを乗り越えてきたが、今度は死ぬだろう。

 おれが愛した中国によっておれは殺される。それでいいのだ。」と後悔も悲嘆もなく、天真爛漫さを保ったまま、自らの運命を受け入れる姿がイカス。

(24)RON-龍(30) 村上もとか著 小学館

 今、馬賊物と言えば「RON」でしょう。というわけで、この巻は黄龍玉壁奪還を目的とした私兵団を結成するため、伊達順之助の紹介を受けた主人公「龍」が馬賊たちの聖地「千山」で修行に励むとこ。若々しい葛月潭老師とマニアックな太極拳の格闘シーンが印象的。ちょっとマニアックすぎる気もして皆ついてこれてるか、ちょっと心配。(でも良いシーン)久々に剣道の型が出てきて嬉かったりもします。(^^)

(25)キャノン機関 畠山清行著 徳間書店

 馬賊一代の主人公、中島辰次郎(なかじまたつじろう)が戦前戦後にかけて日本、中国、GHQの下での腕利きの諜報謀略部員としての体験をつづった書。馬賊一代の特務学校から略奪馬賊時代までは、本書の冒頭1/4に過ぎず関東軍の腕利き特務、戦後は国民党と米軍の指令下にあり、米国情報部指導による「毛沢東暗殺計画(中島の仲間は中共軍に逮捕され死刑になっている)」。

 謎の列車転覆事件である松戸事件などに関与した経緯が語られる。正直、情報部員としての記録の方が、行動目的が不明な馬賊時代よりはるかに面白く、貴重。馬賊研究で有名な渡辺龍策先生も戦後すぐは「中国国民政府国際問題北京研究所」という国民党配下の情報組織に中島氏と一緒に所属していたというのも興味深い。あまり見ないが、この本はお奨め。

(26)シナリオ 1966年1月 シナリオ作家協会編集

 白朗の英国人少女誘拐救出事件をモデルにした山田信夫氏によるオリジナルシナリオ「馬賊」を掲載。日本軍により中国人の妻を殺され、日本を捨てた日本人馬賊“白狼山”こと中俊介が、関東軍の暴虐に対し、日本民間人殺害を含む徹底抗日で臨むべきか、協定を結んで匪賊掃討をやめさせるかに苦慮する姿が描かれる。

 奉天城占領計画事件による大陸追放や国民党特務の暗躍など、かなり白朗に詳しい人が資料提供時に関与したと思われる。出来は決して悪くないと思うが、このまま映画にしちゃうとやっぱ薄っぺらな感は無きにしも非ず。

 岡本喜八監督が予定されていたようだが、かなり理詰めのシナリオなのである種の破綻が魅力な岡本監督には向かなかったのかも。映画化はされて無いと思います。

(27)馬占山と満州-英雄・烈士となった元馬賊の生涯 陳志山訳 エイジ出版

 馬賊上がりの軍閥として有名なのが張作霖とこの馬占山。日本軍からすると懲りずに、飄々と抵抗を続ける馬賊の親玉としてかかれることの多い馬占山に関しての中国側の正史。

 馬賊云々よりも何度も追い詰められながらも抗日戦闘を続ける軍司令官としての馬占山将軍が描かれる。とはいえ、正直、正史すぎて苦悩等を含めた馬将軍のキャラクターが見えない面があってちょっと残念。

(28)馬占山将軍伝-東洋のナポレオン 立花丈平著 徳間書店

 27)の正史とは異なり、あくまでも馬将軍のキャラクター描写に重点を置く形で書かれた馬将軍伝。呉俊陞の引き立てを受けていた馬が張作霖と共に呉を爆殺した日本軍に対して相容れざる思いを抱いていたこと、その馬ですら嫩江橋の戦い等をへて、黒龍
江省の自治と引き換えに、一時的とはいえ日本軍と手を結ぶにいたる経緯など興味深い。

 個人的にはこちらの方が読みやすく楽しめた。軍閥に関していうと「北京無血開城」他で独特の男気を見せる傅作儀が気になってます。

(29)馬賊列伝-任侠と夢とロマン 都築七郎著 番町書房

「馬賊」や「実録・伊達順之助」で知られる都築氏最初期の馬賊もの。日露戦争時の東亜義軍を指揮し、馬賊の馮麟閣が軍閥として世に出るきっかけを作った辺見勇彦から始まり、彼が面倒を見た「天鬼」薄益三、「鉄甲」根本豪、小日向白朗など時系列に沿って日本人馬賊たちが紹介される。

 執筆の勧めや資料提供を渡辺龍策(わたなべりゅうさく)氏から受けていることもあり、渡辺氏の一連の著作と重複する点も多いが、確度の低い情報が除かれており、脱線が少ないのがよい。稗史としてしっかり書こうとしている為、辺見勇彦や張作霖の履歴など歴史背景の把握はしやすいですね。その分キャラクターの面白さが減ってますが、それは「馬賊戦記」や「馬賊-天鬼将軍伝」など、朽木先生の著作でフォローすれば良いです。

 張学良に見捨てられ、苦闘の後、日本軍の捕虜となって命を助けられた白朗の義兄弟“高文斌”が馬賊の終焉に思いをめぐらすラストは中々です。

(30)オレは馬賊だ 壇一雄著 同光社版

「夕日と拳銃」で伊達順之助を描いた壇一雄氏の短編集。白朗を主人公にした同名の漫画が少年マガジンに連載されていたようなので、その原作かと思ったが違った。

 読み始めるとすぐに分かるが、主人公は白朗と一緒に奉天城襲撃を実行しようとした「鉄甲」こと根本豪。山地を拓いて麦や雑穀を作ってカツカツの生活を送っている晩年の彼が、馬賊に憧れて日本を飛び出し、九陽山配下の馬賊になるまでを語る。

 一人称なので、感情移入がしやすく楽しく読めるが、めっちゃ中途半端なところでいきなり打ち切られてるのが悔しい。

(31)もうひとつの満州 澤地久枝著 文春文庫

 満州国で勇名を馳せた共産匪(中国側からみれば共産系の抗日の英雄)である、東北人民革命軍第一軍司令「楊靖宇」の活動と満州国警官隊に追いつめられて死を迎えるまでを、満州からの引揚者である著者が郷愁を込めて描く。

 分散して存在していた集落を拠点や補給地として存在し得た馬賊や匪賊(と呼ばれる集団や組織)が、満州国の押し進めた「集団部落(散見していた家屋を一カ所に集め、周囲を高い壁で囲った防衛力を持った集落)」と、追跡を容易にする警備道路の整備により、隠れ家と補給地を失い、衰退消滅していく過程がよくわかる。

 自己の経験や立場から視点が中国側にも日本側にも立ちきれないのはわかるが、出会う場所が異なれば、そのキャラクターから考えてよい友人になったかもしれない楊司令と彼を討った岸谷隆一郎の対峙など、もっとタフに書きこめた素材が若干センチメントに流れてしまっているのは残念。

(32)岸谷隆一郎 岸谷隆一郎刊行会編 岸谷隆一郎刊行委員会(非売品)

「もう一つの満州」で揚司令を追いつめ、ついには打ち倒すことになった通化省の警備主任(警察長官)。中国側からは「楊司令を殺害した東洋鬼」と切り捨てられている。

 が、なかなかどうして立派な興味深い人物。匪賊掃討の名を借りて、無故の住民を殺害して廻る関東軍から住民の生活と生命を守るべく、居住地と耕作地の移動といった非常に困難な経済問題を含む「集団部落」への移動を(住民の不満を知った上で)最前線に立って押し進めた。

 また投降者を処罰するのではなく、自らの警察隊に組み込み治安の回復に尽力。後には熱河省の次官としても同様の成果を上げるとともに、治安回復後、治安紊乱の罪で捕らえられていた人達に恩赦を与えて一斉に釈放するなど、彼流の王道的政策を断行した。

 彼の治世が現地の人にも評価されていた為、熱河省においては終戦時に日本人への報復襲撃等が他の地域と比べ少なかったともいわれる。

 青森の鍛冶屋の息子が青春期の無頼(愚連隊の親玉をやってたらしい)を経て、己の能力を賭けるに値する「新しい国を作る」という夢を得て、住民の幸福を自らの幸いとする牧民官に成長し、多くの部下や住民(中国人含む)から慕われた。甘粕も一目置く、満州国の有能者であったが、敗戦の報を受けた。

 満州国の死をみとるに忍びず、妻子と共に自らの命を絶ったことは、彼の能力が戦後の日本にとっても有益であったろうことを思うとその心情は理解できるものの、非常にもったいない。また、この人物が満州国の官吏であったというだけの理由で、否定され、忘却されてしまうのは、日本人として残念に思う。

(33)赤い夕日の満州で 秋永芳郎著 芸文社版

  大正時代に青年期を送り、奉天の大和ホテルのボーイとなり、2年間の消息不明後、興安嶺(こうあんれい)のソロンで死体となって発見された友人を持つ著者が、戦後、白朗から馬賊談義を聞いたのを契機に記した馬賊小説。主人公を拓大生とおき「白朗と銀鳳が上手く行っていれば」という誰もが思う願望を軸に構成されている。

 主人公が能天気、日本軍の描写が甘すぎとは思うが、著者の目的が亡くなった友人を含む当時の青年が抱いていた旺盛な雄飛精神の描写にあるのでそれはいいっこなし。(侵略思想ではないが、自らを客観する視点が欠けているのは事実としても)表紙の折り返し部に白朗の推薦文あり。

 昭和40年当時、白朗は同士とともにアジア民族研究所を設立し、活動中だったとの事です。

(34)黒い落日-ある支那浪人の生涯 秋永芳郎著 東都書房

 主人公、工藤鉄三郎(のち工藤忠)は、日露戦争時、鉄道爆破を目指したものの果たせず、スパイとしてロシア軍に銃殺された民間烈士、横川省三、沖禎介らとの親交から始まり、馬賊群に参謀として参画した支那浪人。革命党支援などを経て、元清朝高官升允(しょういん)との出会いから清朝復壁運動に注力、升允の死後、溥儀の信任を得て満州国への溥儀引き出しに成功。

 満州国侍衛官長として、溥儀に仕えた。清朝復壁にかけ、育ちのせいもあり猜疑心の強い溥儀に信頼された人物として、描かれている。最初は特に思想は無いが、止むにやまれぬ思いで国を飛び出した、支那浪人に憧れる当時の若者の感じは良く出ている。厳密には馬賊ものではないが、かなり面白いです。

(35)大陸浪人 渡辺龍策著 徳間文庫

 壮士、大陸浪人、支那浪人という切り口で、大陸雄飛にかけた時代の精神を、綿密な歴史記述と他の本ではあまり取り上げられない人物(金子雪斎、相生由太郎ら)のエピソードで伝える。渡辺先生の本も相当読み、重複も多かったので途中で挫折していた。

 が、「黒い落日」で支那浪人という切り口に興味が出てきたので再読してみると、中々侮れない内容。玄洋社系の記述など、記述が専門的過ぎて多くの人が投げ出したくなると思うくらい、当時としてはかなり真面目で綿密。

「馬賊夕日に立つ」よりは100倍面白いです。袁口さま、進呈いただいた本ようやく読み終えました。ありがとうございました。

(36)馬賊王小白竜 父子二代-ある残留孤児の絶筆秘録 小日向明朗著 近藤昌三訳 朱烏社

 白朗と白朗にとって二回目の結婚相手である張孟声の間に上海に生を受け、父の日本への帰還後は文化大革命の混乱の最中、日本人の子というだけで過酷な迫害を受け続けてきた著者が、日本への永住後、死病を得た床の中で記した父子二代の記録。

 馬賊時代の記載は怪しいが上海時代から白朗が帰国するまでの
記録は、同じ時と場所で生活していたご母堂の話が主と思われるだけあって詳細かつ貴重。他著では全く語られることの無い白朗の結婚履歴や女性関係の情報や、小日向白朗二代目を継いだ田端良雄という人物がいたことも初めて知った。

 母子共に周囲の迫害の中、白朗の日本渡航の経緯を秘し、中国に帰国する日をずっと待ち望んでいたことを思うと、ちょっと切ない。明朗氏は平成10年7月に日本に帰国され、平成15年に骨癌の為に亡くなられたが、開放政策の最中では会社経営者として経済的に満たされた生活を送っていた時期があったことを知る事が出来たのは嬉しかった。

(37)少年マガジン1969(昭和39)年51号 講談社

 中薗栄助著、依光隆絵による「おれは馬賊だ-大陸の冒険王小日向白朗物語」 を掲載。少年マガジン掲載なので漫画とばかり思い込んでいたが、戦前からの講談社系少年誌の系譜を引くイラスト満載の小説。

 全12回の11回目だが、楊頭目が死に白朗が頭目になった回であり思ったほど話は進んで無かった。まぁ少年誌で字も大きいしね。著者の中薗氏は元々純文学志向の人であったが、戦時中、独立闘争に尽力した中国人友人の死(憲兵隊に殺されたとされていた)を契機に、中国への愛惜を底に秘めた国際謀略ものへ手を染める様になって行ったと聞く。

 イラストの依光氏は後に斎藤実氏の「太平洋漂流実験50日」も手がけている。雑誌としては看板漫画の「8マン」を筆頭に、漫画雑誌への移行が進んでいる時期。他の掲載作品の中では、ちばてつや氏の「紫電改のタカ」が現時点で読んでも飛びぬけた完成度の高さを誇る。

(38)匪賊-中国の民乱 川合貞吉著 新人物往来社

 今更ではありますが、野中進一郎氏と共に「日本人馬賊王」の共著者の一人である川合貞吉氏による中国の歴代主要民衆蜂起事件の組織と背景について、匪賊や秘密結社といった視点から言及した著。

 著者自身が当時の日本人の視点からすれば最新の匪賊というべき戦前の中国共産党に参加していたこともあり、今読んでも中々面白い所のある作品です。

(39)荒野に骨を曝す 杉森久英著 光文社

 伝記作品で著名な著者による主として戦前、戦中に大陸で活躍した男達の列伝。人選は根拠があるような無いような感じではあるが、白朗もその中の一人として描かれる。白朗に直に会って話を聞いた事があるにもかかわらず、内容は「馬賊戦記」や「日本人馬賊王」からの引き写しのみでちょっと残念。

 正直あえて読むまでの事は無いと思います。個人的には大杉栄の遺骨奪取事件に図らずも参加したことから、あれよあれよという間に大物国士に祭り上げられちゃう寺田稲次郎氏の話が面白かったです。

(40)支那馬賊物語 夏目一挙著 東京南光社

 昭和11年発行の中学生以上を対象にした馬賊物語。とはいえ、著者は通訳か特務として大陸での活動経験もある人のようで、馬賊用語にはいちいち中国語読みのルビがふってあるなど、意外としっかりした内容の馬賊本。

 内容は川合貞吉氏の「匪賊」に近い感じです。支那を旅行した際に実際に襲われたエピソードや匪賊に誘拐されたときの心得が大真面目に書いてあるのが、日中戦争が続いているのを実感として感じさせます。

(41)馬賊戦記-小日向白朗 蘇るヒーロー(上、下) 朽木寒三著 星雲社

 あの名著「馬賊戦記」が、21世紀の世に新装改訂復刊!!新刊
により、書店やネットなど、古書に縁の少ない一般の方でも容易に手にとることが出来る様になったのは、実にありがたい。これまでの新装版と異なり、今回は朽木先生が始めて本文にも手を加えているとの事。

 新たに大量の写真を追加されており、千山・無量観の葛月潭老師や白朗の夫人達の姿を知る事が出来るのも貴重。入手必須だ。

(42)阿片王-満洲の夜と霧 佐野眞一著 新潮社

 ジャーナリスト出身ながら、その人脈と中国社会への精通、無欲にして大器量を持つことから、満洲産の阿片販売を取り仕切っていた怪人物「里見甫(さとみはじめ)」の生涯を描く、と銘打ちながら、殆どの人が興味ないであろう里見の縁者であった女性探しに脱線しちゃうある意味迷著。正

 力松太郎を描いた「巨怪伝」が大傑作だった事も有り、もっと里見の戦中、戦後の活動について書き込んでくれると信じていた
だけに大ショック。貴重な情報も含むが散漫な感は否めない。

 白朗は、趣味の無線技術に目をつけられ、奉天特務機関長土肥原賢二に脅迫同然に特務入りさせられた同じく三条出身の木原氏
の回想の中に登場。土肥原の配下として、白系ロシア人社会、ソ連極東軍の動向を探る特殊任務についていたとのこと。

(43)狼の星座 横山光輝著 講談社

「狼の星座」のオリジナル単行本版。巻頭の著者の言葉に“主人公建作を通して、語りつがれてきた馬賊のエピソードを盛り込み、馬賊の姿を浮き堀にしたいと思っています。」と記されており、馬賊戦記だけが元ネタではないことを示している。

 ちなみに、少年マガジンの連載開始号は“天才バカボン“の週間連載最終号。少年マガジンという雑誌のカラーの移り変わりを感じさせる。雑誌での連載開始時には夕日の原野を背景に騎乗した建作のかっこいい見開きカラーがあるが、これが単行本には出てこないのはもったいないなぁ。

(44)「はいからさんが通る-花の東京大ロマン」 大和和紀著 講談社

 かつて一世を風靡した大人気少女漫画。大正の世を背景に、明るく元気である意味けなげな主人公“紅緒”とその婚約者で美貌の伊集院陸軍少尉の波瀾万丈なロマンティックコメディ。

 少尉の元部下の満州馬賊が登場すると知って入手。ちなみに、馬賊ネタの資料は作品中に示されるように、当時、少年マガジンで連載されていた「狼の星座」から。

 「馬賊戦記」と「馬賊」位は読んでるかなぁ・・といった感じ。なっているなるほど人気があっただけあって、おっさんのおいらが読んでも漫画として十分おもしろい。他の漫画では成功した試しのない大正時代、しかもシベリア出兵が転機でラストが関東大震災という難しい設定と思うのだが、違和感を感じさせずに描ききってるのは凄いよなぁ。

(45)はいからさんが通る-「馬賊恋しや少尉どの38話」 日本アニメーション株式会社

 アニメ「はいからさんが通る」の絵コンテ。シベリアでの少尉の死を信じることができない紅緒が、日本兵の馬賊が満州にいるとの噂を聞き込み、もしや少尉ではと思いこみ、取材と称して満州に乗り込む回。

 実際は少尉ではなく元部下の鬼島軍曹だったわけだが、最初は正統派の自警団じゃない、奪う、犯す、殺すの三拍子揃った略奪馬賊だったが、後で喧嘩っ早いが義理堅い良い人になってたり、シベリアから満州までって凄い遠いんですけど、とかは言いっこ無し。かなり劇的に話が進む回で、漫画もだが、絵コンテで読んでも、十分に面白い。この鬼島軍曹のキャラクターが当時の女の子達のロマンティックな馬賊像に与えた影響って大かったんだろうなぁと、真面目に思う。

(46)緑の笛豆本第六集-馬賊 水曜荘主人著 緑の笛豆本の会

 煙草の箱と同じくらいの大きさの豆本だが、他書からの引用ばかりという訳ではなく、著者自身が伊達順之助と会ったときのエピソードを記すなど、結構楽しめる本。プロの物書きの方ですので、ある程度安心して読めます。

(47)緑林 中野朝正著 対満支時局史編纂所

 昭和13年発行、いきなり中国にやってきた白朗に訓練を施した後援者であり陸軍を代表する支那通坂西少将が題字を書いている事からもわかるように、日本人向けの馬賊啓蒙書。著者の中野氏は他にも馬賊関連の著作があるようだが、元自警団員というわけではなく、色々と情報を集めてまとめている模様。

 個々のエピソードの記載が無く、アカデミックというか分類学的に記載してある為、正直読むのが辛いのは啓蒙書としてはどうかと思うが、1/3を馬賊の隠語事例に当てていたり、中共軍につい
て言及していたりしており、ロマンチックだが役に立たない他の馬賊書と一線を画そうとしている志は買おう。

(48)邊見勇彦馬賊奮闘史 邊見勇彦(江崙波)著 先進社

 西南戦争薩軍の勇将、邊見十郎太を父に持つ勇彦は陸士の受験に失敗してプラプラしていたが、姉の恩師、下田歌子女史の激励を受けて一念発起し、中国に渡る。

 出版社で代金回収係を勤めながら中国語と豊かな弁髪を身に付けた勇彦は、日露の開戦に際し、自ら志願して喬大人こと橋口勇馬中佐の指揮下に入り、田氏率いる義勇部隊(馬賊隊)の監督として、戦場に身を置くこととなる。

 満州義軍らと並ぶ日露戦役時の第三馬賊部隊としての戦地での奮闘、終戦直前に起きた田氏義勇部隊の崩壊、後の軍閥“馮麟閣”の監督官としての交流など、貴重な情報が満載。厳密に言うと馬賊(=自警団員)では無く、日本軍の軍属ではあるが、後に白龍起こと薄守次らの面倒を見た日本人馬賊第一世代の奮闘を知る事が出来る。ちょっと編集者の手が入っているような気もしますが、文章のテンポも良くかなり面白い作品です。

(49)特集人物往来-日本の黒幕(昭和32年2月号) 人物往来社
 雑誌「人物往来」の日本の黒幕特集した号で、小日向白朗の「秘められた満州事変の導火線」を掲載。張作霖の爆殺前後の情勢を記し、十年来の阿片飲み仲間である張学良が易幟を断行、楊宇霆らを暗殺した事に憤慨し、義兄弟同然の中であった学良に痛撃を加えるべく計画した“奉天城占領計画事件”の顛末を語る。

 阿片と女に身を持ち崩していた学良が、阿片を絶つ苦しみを乗り越え、“国民党は敵ではあるが仇ではない。父の仇である日本軍とは決して倶に天を載かない」とまで告白しているにも関わらず、終始、日本人としての視点で行動する白朗。

 この辺の行動が時代の限界とはいえ、いまいちしっくりこない所です。日本政府、関東軍、白朗共に、漢郷こと張学良を根性無しの青二才と見くびっていたという訳でしょうか。

 学良の楊暗殺の背景に、楊等が張作霖爆殺に協力していたのではないかという疑惑があったのではないか、という指摘は面白いと思います。

・満日中戦争時代の父・野中進一郎:続馬賊戦記でも活躍する「野中進一郎」氏のページ。必読!

・日本人馬賊王-小日向白朗:「白朗研究会」佐藤海山氏の白朗オフィシャルページ。写真資料が凄いです!

(転載貼り付け終わり)

副島隆彦拝

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