「1327」共和党候補、ロムニーの安全保障政策を知る。最新刊『アメリカが作り上げた“素晴らしき”今の世界』(The World America Made)(ビジネス社刊)の紹介。古村治彦研究員の翻訳で刊行されています。2012年8月27日
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中田安彦です。今日は、2012年8月27日です。
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日本では、残念なことに、消費税法案もあっけなく通ってしまって、政治はいつ解散になるかという「政局」の季節を迎えていますが、アメリカでも4年に一度のお祭がいよいよ本格的にスタートする。
今日27日から、アメリカでは、共和党の大統領候補者指名や有力議員らが集まる、共和党の全国党大会が開かれる。しかし、台風(ハリケーン)の来襲とかで、本格開始は明日からに日程が一日ずれ込むという。共和党の大統領候補者は、元投資ファンド経営者で、前マサチューセッツ州知事のミット・ロムニー候補が指名されることが決まっている。そして、その相方(あいかた)というか、副大統領候補には、共和党下院議員の若手のホープである、ポール・ライアンという政治家を8月の前半に指名している。
民主党も共和党の党大会に前後して、来月の3日からノースカロイナ州で党大会を開く。ここでは、オバマ大統領とバイデン副大統領が正式に正副の大統領候補者として指名を受ける。
しかし、今回の大統領選挙は共和党の候補者選びから始まって、アメリカ国内外で盛り上がりを見せていない。世論調査ではオバマとロムニーの二人は拮抗しているものの、かたや「チェンジ出来なかった黒人大統領」と「中間管理職風情の元経営者知事」という非常に盛り上がらない組み合わせである。米株式市場は大統領選投票日に向けて回復をわざとらしく見せているものの、この相場を米ウォール街が完全にコントロールできるわけではない。
そして、今回の大統領選の最大の焦点は、福祉医療保険の問題であり、アメリカの景気は本当に回復するのかという問題だ。最初の保険問題では、オバマは任期中にアメリカ式の独自のスタイルではあるが、国民皆保険法を成立させた。一方で、共和党の副大統領候補に浮上したライアン下院議員は、福祉(高齢者向けのメディケア)の「効率化」を目指して来た。アメリカでも去年から財政赤字をどのように削減するかが問題になっている。アメリカでも高齢者は公的福祉の恩恵を受けており、これを敢えて削減するようなことを政治家は言わなかった。今回、ライアンを副大統領に指名したことによって、ロムニー候補は、共和党財界と小さな政府主義者たちに向けた政策転換を打ち出している。ロムニーは、基本的には社会政策(アメリカで大きな論点となる妊娠中絶の是非の問題)では、民主党よりのリベラルなスタンスを取る。
ロムニー大統領候補とライアン副大統領候補(右)
そんな中で、今回の大統領選挙で争点から今のところ外れているのが外交安保政策だ。もともと大統領選挙では、外交安全保障政策は単独の大きな争点にならない。しかし、今回のケースでは、ロムニーもライアンも正副大統領候補者が共に外交政策を知らない。オバマ政権の場合、バイデン副大統領は、結果的にはヒラリー・クリントン国務長官に押されて出番がなかったが、外交政策通である。オバマ政権では、「オサマ・ビンラディンの殺害」という象徴的な対テロ戦争の「業績」を挙げたことになっているので、この点でもロムニーは攻め辛い。
オバマはシリア問題に関しても、「アサド政権が化学兵器を使用する場合には容赦しない」として強い姿勢を一応見せている。イスラエルのイラン空爆が投票日までに起きるかわからないが、今のところは先延ばしになっている。ただ、問題は投票日直前に外交安保上の大失策をオバマ政権がやってしまうようなきっかけとなる事件が起きるかどうかである。これはアメリカでは伝統的に「オクトーバー・サプライズ」と言われてきた。この事件が両党の積極的支持層ではない浮動票、インデペンデントの投票動向に影響を与えるかもしれない。しかし、事件は起きてみないとわからない。これはユーロ危機が、9月以降、深刻化してアメリカに波及するシナリオも同様である。
ただ、ロムニーとライアンは、いま述べたように外交政策については経験がないので、その政策は、すべて外部で起用したアドバイザーに頼ることになる。そして、その外部アドバイザーの一人になっているのが、今回紹介するロバート・ケーガンという保守系の言論人である。他にもロムニー政権のアドバイザーは多数いる。日米関係ではマイケル・グリーンが、経済政策ではグレン・ハバードがいる。この二人はブッシュ政権時代に様々な日本の外交政策に圧力をかけてきた二人である。前者も後者も日本の政権が、環太平洋経済連携協定(TPP)に参加するように言っている。
ロバート・ケーガン
さて、ケーガンのこれまでの主著といえば、日本でも一般家庭にも「ネオコン」という言葉を認知させるに至った、『ネオコンの論理』(Paradise and Power)であるが、前の大統領選挙の時にも『歴史の回帰(Return of the History)』という本を書いている。今回はケーガンのその流れで登場したもので、いまの世界秩序は覇権国であるアメリカが1世紀以上をかけて創りあげてきたものであり、その支柱である「海洋支配」と「自由市場資本主義」もまた、覇権国であるアメリカの普段の努力によって維持されたものであるとう主張をする。
したがって、ケーガンは、多極化する中で、アメリカ以外の国々、例えば中国やロシアが、新しい覇権国になったばあい、世界秩序はこれらの国々の特徴である「権威(専制)主義的国家資本主義」によって再構成される、それでもいいのですか、という問いかけをしているのである。
これを見ると、いま、アメリカがTPPといったルール作り(米主導の自由市場資本主義に基づく)の側面で、これまで作ってきた「自由市場資本主義」の強化を図ろうとしていることがよく理解できる。ケーガンは、アメリカ衰退論を取り上げているが、その結果登場するものが、必ずしもリベラルではない権威主義や国家資本主義だったらどうするのかと主張している。
この議論をケーガンは民主化の理論である、『諸文明間の衝突』などで知られる歴史学者のサミュエル・ハンチントンの編み出した「民主化の波」とそれに対する現在も世界で起きている「(民主化に対する)反動の波」という枠組みを使って、19世紀から20世紀の歴史を振り返りつつ、未来を展望している。
この本は、ネオコンの第一人者として知られるケーガンの著作ではあるが、近年、ケーガンがリベラル系のシンクタンクのブルッキングス研究所の上級研究員であることにより、超党派の政策提言としても読めるものである。ケーガンは、ネオコンとは言われているが、ディック・チェイニーのような凶暴さはなく、ユダヤ系知識人のイスラエル・ロビーにもどっぷりつまっていない。ロビーのお抱えの思想家や知識人は本当は大したことがないのだ。
日本の新聞記者の中には、リチャード・アーミテージのようなゴロツキの軍需ロビーストの出した薄っぺらい「アーミテージレポート」のような、単なる「対日金よこせ文書」を意味もなく重視する人もいる。しかし、ほんとうに重要なのはそのような日本からどうやってカネを引っ張ろうとしている利権屋の政策提言文章ではない。国家戦略やアメリカの自画像を語り、その上でどのような世界をアメリカがデザインするのかを語ってきた。ケーガンやハンチントンのような知識人の本なのである。アーミテージのような歯並びもしっかりしていない、すぐ机を叩く、英語も下品なゴロツキのような勢力は、こういった知識人が出してきた大戦略によって稼ぎ場所を与えられているだけである。
日本の政治家や知識人がアメリカの腹の底を知るためには、このケーガンのような本を読んだ上で、これが思想上、どのように位置づけられるかを一瞬のうちに判断できるようなる必要があるわけだ。その上で、それらの戦略提言が日本の国益のどの部分に影響を与えるかを知らなければならない。いまの日本は、自国にとっての国益の原点となる自己認識もうまくできていないので、アメリカの出してくる戦略に受動的に対応するだけである。
ケーガンの今回のアメリカが作り上げた“素晴らしき”今の世界』(The World America Made)は原著でもかなり薄く、日本語版でも250ページ程度である。同じ主張の繰り返しなので、大枠を理解しておけばスラスラと読める。ケーガンは分厚い本も何冊書いているが、最近はこのような薄い本が主体だ。
以下に、もくじと副島隆彦先生の序文を載せます。分厚くないうえに、読みやすい語り口で書かれているので、是非一読ください。
(貼り付け開始)
アメリカが作り上げた“素晴らしき”今の世界 目次
副島隆彦による序文 …… 3
はじめに
アメリカが世界を現在の形に作り上げた …… 17
世界秩序は永続しない …… 19
アメリカの衰退は世界に何をもたらすのか? …… 23
第1章 アメリカの存在しない世界はどうだったろうか
各時代の最強国が世界秩序を作り出してきた …… 26
戦争を正当な外交政策と考えるアメリカ人 …… 28
アメリカ人は民主政治以外の体制が許せない …… 32
アメリカは嫌々ながら他国に干渉している …… 35
アメリカの行動が世界に対する不安定要因となっているという矛盾 …… 38
首尾一貫した外交ができない国が作った世界秩序 …… 40
第2章 アメリカが作り上げた世界
ヨーロッパが嫌がるアメリカを引き込んだ …… 44
アジアから戦争をなくすことはできなかった …… 48
人間は脆弱な民主政治よりファシズムを求めた …… 51
第二次大戦は民主政治の勝利ではなかった …… 56
20世紀末に突然、巻き起こった民主化の第三の波 …… 58
首尾一貫しなかったアメリカの方向転換 …… 60
カーター、レーガン、ブッシュ政権の積極的な関与 …… 64
ソ連の崩壊と東欧・中欧で起こった民主化の津波 …… 67
19世紀半ば、仏英は他国の自由主義者たちを見捨てた …… 69
追い落とした独裁者たちの後に民主主義政権が成立するとは限らない …… 73
覇権国が望まなければ国際秩序は強化されない …… 76
19世紀、イギリスが作り上げた世界 …… 79
アメリカが覇権を握り、世界に史上最高の繁栄をもたらした …… 81
自由市場経済は強国のためのシステム …… 84
大国間の戦争は今後起こりうるか? …… 89
国家指導者たちは野心と恐怖心から非合理的な行動をする …… 93
アメリカが大国間の平和を維持してきた …… 97
軍事力行使は世界秩序維持のための奉仕活動 …… 102
アメリカの軍事力行使を止められる国はない …… 106
同盟国や国連の反対などアメリカは意に介さない …… 110
世界各国がアメリカの軍事力を受け入れる理由 …… 114
アメリカによる中国包囲網 …… 118
紛争の火種は世界各地に存在している …… 120
現在、戦争は現実的な選択肢ではない …… 122
第3章 アメリカ中心の世界秩序の次には何が来るのか?
アメリカ衰退後、世界は多極化するのか? …… 128
民主化の波を阻む大国、ロシアと中国 …… 132
新興大国は自由経済を守れるのか? …… 137
次の超大国・中国の問題点 …… 143
中国は世界秩序の維持という重責を担うのか? …… 146
多極化した世界が安定する保証はない …… 151
中国とロシアは脅威となるのか? …… 154
超大国へと急成長する国が戦争を引き起こす …… 158
民主主義国家と独裁体制の大国の協調できるのか? …… 162
結局、国際ルールで縛れるのは弱小国だけ …… 165
覇権国の軍事力によって維持されてきたリベラルな秩序 …… 169
現行の国際ルールは覇権国の衰退とともに崩壊する …… 172
国連が直面する「ゆっくりと起こっている危機」 …… 176
第4章 結局のところ、アメリカは衰退に向かっているのか?
大国の衰退はゆっくりと進行する …… 180
経済力、軍事力ともにまだアメリカが優位を保っている …… 185
友好的な新興国の急成長はアメリカに利する …… 189
覇権国が常に世界をコントロースできたわけではない …… 192
力を誇示するアメリカは憎悪の対象となった …… 197
冷戦下の世界で反アメリカ主義が世界を席巻した …… 202
アメリカは中東をコントロールできなかった …… 204
70年代の失速と90年代の勝利 …… 208
二極化、多極化した世界こそ不自由な世界という皮肉 …… 213
中国が覇権国となるには、アメリカとの競争に勝たねばならない …… 218
覇権国の地位を維持するコストと利益 …… 221
アメリカの最大の懸念は財政危機 …… 226
それでも世界はアメリカのリーダシップと関与を必要としている …… 230
第5章 素晴らしき哉、世界秩序!
衰退という選択と覇権の移譲に対する条件 …… 234
アメリカのハード・パワーとソフト・パワー …… 238
アメリカ国民にとって現在の世界秩序は必要か? …… 241
訳者あとがき …… 245
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副島隆彦による序文
ネオコンによるアメリカの軍事・外交政策への痛烈な提言書
本書は、アメリカのネオコン派 NeoConservatives の論客ロバート・ケーガン Robert Kagan(1958~)の最新刊の翻訳書である。
ネオコンサヴァティブとは、オバマ政権の前のジョージ・W・ブッシュ(1946~)政権の時にアメリカの外交・安全保障政策を大きく動かした過激な政治思 想集団である。ネオコン派は、ユダヤ系の凶暴な政治知識人の集団である。彼らは、若い学生の頃は、「ソビエト打倒、世界同時革命」を唱えた過激な左翼活動家(トロツキ主義者、Trotskite<トロツカイト>)だった者たちだ。学歴としても超秀才の頭脳たちである。彼らが成長して、アメリカの対外政策、軍事路線を動かす政策集団になった。
以上のことは、本書のようなアメリカ政治分析の本を手に取るほどの学力の人々にとっては、すでに理解しているべきことである。ネオコン派はブッシュ政権 (2001~2008)の終焉と共に消え去った、はずだったのだ。ところが、そうではなかった。どっこいネオコン派は生き延び副ていた。ネオコン派は、オバ マ政権の中にも密かに潜り込み、他の政治集団の思想、行動にまで影響を与えていたのである。この本は、そのネオコン派の主要人物で代表格の一人であるケー ガンによって書かれたものだ。しかも、大統領選挙の年であるこの2012年に入って決意も新たに、世に問うたものだ。華麗なるネオコン派の復活である。
本書の原題は、TheWorldAmericaMade「ザ・ワールド・アメリカ・メイド」である。アメリカ保守エリート白人層の中でも、とりわけネオコ ン派が持つ独善と傲慢がよく表れているよいタイトルだ。この「アメリカが作り上げた今の世界」というタイトルそのものが、「現在の世界体制はアメリカが作 り上げたものなのだから、これからもアメリカが世界を支配する権利と義務を負っている」という考えを正直かつ露骨に表明している。さすがは現代ユダヤ思想 家たちの比類なきずうずうしさである。だから本書『アメリカが作り上げた“素晴しき”今の世界』は、アメリカの軍事・外交政策への包み隠しのない最新の野 心的な提言の書となっている。
私は、アメリカの強烈な思想派閥であるこのネオコン派に日本でいちばん早く注目した。拙著『世界覇権国アメリカを動かす政治家と知識人たち』(講談社+α 文庫、1999)の中で、ネオコン派について詳しく紹介した。これ以上詳しい、かつ分かりやすいネオコン理解は日本に今もないと自負している。
すでに述べたとおり、ネオコン派は、ジョージ・W・ブッシュ George W. Bush 政権の外交政策を牛耳った集団である。この年に出発したばかりのブッシュ政権は、のっけから911事件(2001)を合図にして、アフガニスタ ンとイラクに侵攻した。「戦争で経済を立て直す」という、まさしく戦争経済 War Economy(ウォー・エコノミー) の戦略図のとおりである。まさしくこれがネオコン戦略である。金融・経済面でかげりが出てじり貧になったアメリカは、その優位な軍事力に ものを言わせて挽回しようとしたのだ。政権内のディック・チェイニー Dick Cheney 副大統領(1941~)とポール・ウォルフォビッツ Paul Wolfowitz 国防副長官(1943~)を筆頭にして、これらの強烈な政策を実行した。ブッシュ大統領自身は、気のいいボンボン息子であり、ただの お飾りだった。ブッシュ政権の外交政策の華々(はなばな)しさで、ネオコン派が「口先だけの知識人政策官僚ではない」まさしく狂暴な革命家集団であることが満天下に示 された。
ケーガンは、ブッシュ政権に閣僚として入らなかった。ネオコン派の論客として政権を外側から支えた。
ネオコン派の中でも静かな影響力を持つ人物である。ネオコンはこのようにして力を温存したのだ。
ところが、彼らの計画は狂った。アメリカはアフガニスタン戦争(2001~)とイラク戦争(2003~)という泥沼に足を取られることになった。そして、 ブッシュ政権の後半、ネオコン派に対する批判がアメリカ国内で大きくなった。「バグダット(イラン)─カブール(アフガニスタン)イスラエル(エルサレム)枢軸(アクシス)」でアラブ・イスラ ム世界に巨大な楔(くさび)を打ち込んでイスラム教徒に歴史的な大打撃を与えようとした世界戦略は、ここで一敗地にまみれた。
現在でも、アメリカ国内におけるネオコンに対する警戒感は強い。共和党のミット・ロムニー候補の外交政策アドバイザーにまでネオコンと関係が深い人物が多い ので心配だという論調が見られる。アメリカの軍事力で世界を管理しつくせる、などまさしく幻想だった。ネオコン思想は現実の前に敗北した。ところがそれで もネオコンは生きている。
ネオコンは生き延び、オバマ政権の中にも密かに潜り込んでいる
今年2012年は、アメリカ大統領選挙が行われる年だ。アメリカの大統領選挙は、まず民主党 Democratic Party(デモクラティック・パーティー)と共和党 Republican Party(リパブリカン・パーティー)が、それぞれの候補者を決める予備選挙 Primary(プライマリー)と党員集会 Caucus(コーカス)を全米各州で行った。そして、両党の全国大会 National Convention(ナショナル・コンヴェンション)で候補者が決まり、本選挙となる。今年は、共和党全国大会はフロリダ州タンパで、8月27日から30日まで、民主党全国大会はノー スカロライナ州シャーロットで、9月3日から6日まで開催される。そして、11月6日に投票が行われる。
今回の大統領選挙は前回に比べて低調である。盛り上がりに欠ける。前回の2008年の大統領選挙は、8年間続いた共和党のジョージ・W・ブッシュ政権への 不満から、共和党から民主党への政権交代の期待があった。私、副島隆彦は、本命視されていたヒラリー・クリントン Hillary Clinton(1947~)ではなく、バラク・オバマ Barak Obama(1961~)が民主党の大統領選挙候補者 Presidential candidate(プレジデンシャル キャンディデイト)に2004年に彗星のごとく(仕掛けられて)登場したので、この新人がアメリカの大統領になると予測し、的中させた。
バラク・オバマ大統領は、現職(インコンベント)の2期目を目指している。オバマ大統領が所属する民主党では、他に有力な対抗馬が出ないので、各州の予備選挙や党員集会は シャンシャン大会で、オバマを民主党の候補者として承認しつつある。このままオバマの健康に何事も起きなければ、彼が民主党の大統領選挙候補者となる。果た して、そう簡単にことが進むか。
一方、共和党は多くの候補者たちが立候補を表明し、予備選で争ってきた。本命視されてきたミット・ロムニー Mitt Romney 前マサチューセッツ州知事(1947~)が共和党の候補者に内定した。現在、オバマとロムニーとの間で舌戦が展開されているが、両候補が直 接激突する討論会は10月に予定されている。アメリカのマスコミは接戦を演出しているが、前述したとおり、選挙戦自体は低調で、盛り上がりがない。なぜな ら、ほとんどオバマ再選が予想されているからだ。それでも何かが起きるだろう、としか私はここでは書かない。
オバマの政策が、まだまだ米議会で攻撃に晒(さら)されている。オバマ民主党が作った(法案を可決した)健康保険(の皆保険、強制加入税金化)制度(オバマ・ケ ア・アクト)が、この6月28日に最高裁で僅差(きんさ)(5対4)で合憲とされた。これ以外にもオバマ訴追の動きが米議会内にある。
そして何と本書の著者ロバート・ケーガンは、現在、共和党のロムニー候補の外交政策のアドヴァイザーを務めている。ケーガンは、前回の2008年の大統領 選挙で敗北したジョン・マケインの外交政策アドバイザーをしていた。訳者の古村治彦研究員によると、ケーガンは、驚くべきことに同時にヒラリー・クリント ン国務長官が国務省内に設置した超党派(バイパーチザン)の外交政策委員会(フォーリン・ポリシー・コミティ)の委員にも選出されているという。ケーガンは共和党、民主党の両方とつながっているのである。この 点が強く注目に値する。ネオコンとはこういう連中なのである。「思想的こうもり集団」なのである。
本書の著者ケーガンが上級研究員であるブルッキングス研究所 Brookings Institution(純然たる民主党系のシンクタンク)の所長はストローブ・タルボット Strobe Talbott(1946~)である。タルボットは、ビル・クリントン Bill Clinton(1946~)元大統領がローズ奨学生 Rhodes Scholarship としてオックスフォード大学に留学した時のご学友で、クリントンの側近中の側近である。クリントン政権時代は8年間にわたり国務副長官(ステイト・ヴァイス・セクレタリー)を務め、政権を支えた。
ビル・クリントンの側近と言えば、現在、オバマ政権の国防長官(ディフェンス・セクレタリー)をしているレオン・パネッタ Leon Panetta(1938~)も忘れてはならない。パネッタは、連邦下院議員を務めた後、クリントン政権の行政管理予算局(オフィス・オブ・マネイジメント・アンド・バジェット)の局長、そして大統領首席補佐官(チーフ・オブ・スタッフ)を歴任した。行政管理予算局(OMB)の局長というのは、日本でいえば、まさしく財務省のトップの事務次官と主計局長に相当する。国家予算のすべての数字を握っている最高責任者だ。彼が今もオバマ政権で国防予算の削減に血だらけの大ナタを振るっている。
「アメリカはこれからも世界を支配し続ける」という高らかな宣言
訳者あとがきも読んでください。オバマ大統領自身が、まさしく本書の内容である「アメリカは衰退などしていない」という箇所のケーガンの主張を特に褒めた。そ して、今年の一般教書演説 State of the Union Address(ステイト・オブ・ザ・ユニオン・アドレス)に、その箇所を取り入れている。オバマ大統領の、このような自分への理解ある態度に対して、ケーガンは素直に喜んでいる。つまり、オバマ までもがネオコン的な、対外的な軍事強硬派になってしまっている、ということだ。
オバマ政権のこの4年間の外交を見てみると、初期の現実主義的な姿勢(CFR<シーエフアール>=米外交問題評議会のリアリズム)から、ヒラリーを中心とする人道主義的強硬 介入派に肩入れして、諸外国への介入の度合いを強めている。とりわけ「アラブの春」を画策している。外国への介入主義(インターウェンショニズム)という点で、今のヒラリー派はかつてのネオコン派と同じことをやろうとしているのである。
私たちが訳した『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策Ⅰ・Ⅱ』(講談社、2007年)の著者の一人、スティーヴン・ウォルト Stephan Walt ハーバード大学教授(1955~)は、オバマ政権のこの外交姿勢の変化を指摘して、「オバマは、ジョージ・W・オバマになった」と評している。 また、本書の訳者の意欲的な最新作『アメリカ政治の秘密』(PHP研究所、2012年5月刊)でも、オバマ外交の変質が精密に取り上げられている。日本では 最重要論文である。
現在のアメリカは、景気が更に後退し、「中国に追い抜かれてしまうのではないか」という重苦しい雰囲気に包まれている。こうした中で、アメリカの衰亡(ダウン・アンド・フォール)を否定 し、「アメリカはこれからも強力であり、世界を支配し続ける」という宣言をケーガンは本書ではっきり行っている。その主張をオバマ大統領が賞賛している。 これが今のアメリカの“ぶれない決意”なのである。
そして、ネオコンは死なず、である。その軍事強硬派としての一貫した姿勢は、大変にしぶとい。世界中からだけでなく、アメリカ国内でも大変に嫌われている にもかかわらず、今もアメリカの外交政策決定に影響力を保持している。その象徴たる人物がまさしくロバート・ケーガンなのである。
彼は共和党でありながら同時に民主党にも関与する、両方に軸足を置いているヌエ的(あるいは二双面<ヤヌス>神的)な人物である。共和党と民主党の双方を中間点で取 りむすんでいる(かつネオコンのままである)というケーガンのこの特異な政策立案者(ポリシー・プランナー)としての顔が、今のアメリカ政治の生態を観察する上で、私たち日本人に 重要な多くの示唆を与える。そうすれば、これからの数年のアメリカ外交がどのように行われるかをさぐり当てることができる。読者諸氏の慧眼(けいがん)とご高配を賜り たい。
2012年7月
副島隆彦
(貼り付け終わり)
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