高松塚古墳で起きていた異常事態・暗号を読み解く(後半)
2054です。本日は2026年10月9日です。後半を投稿します。前回は、高松塚の被葬者は「天皇」であることを論じました。その続きです。
(5)被葬者は誰なのか(四神像の暗号解読)
被葬者は天皇だとして、一体だれなのか。その手掛かりになるのが石室内の壁画だ。そこには、四神像が描かれている。
まず前提知識だが、四神像とは玄武、朱鳥、白虎、青龍のことである。そして、高松塚の壁四面において、白虎と青龍はきれいに描かれているが、朱鳥はまったく描かれず、玄武に至っては特に入念にかきおこしや墨くまを加えられ、さらに亀蛇の頭部が人工的に損傷を受けた姿となっている。
四神で扱いが違い過ぎる。プロの絵師が精巧に描いているのに、おかしいではないか。ここにも、築造者による明確な意図がある。それは「被葬者は誰か」を示す暗号を埋め込んだということだ。暗号をそれぞれ解読してみよう。
(a)玄武について
まず玄武であるが、五行説での特徴は以下の通り。
■五行説:水徳/方向:北/季節・色:冬・黒/象徴:亀と蛇が一体となった姿
玄武は「水徳」である。ここに大きな意味がある。一般に新羅は「火徳」と解されるが、実は「水徳」も表意する。それは、新羅は秦人の後と称したことがあり、秦が祖としているのは水害を治めたという顓頊(せんきょく)高陽氏(水徳)であるという。
このことから新羅は水徳であるという説がある。そして、『三国史記』の金庾信の記述に、「二十八宿の配当では虚宿は日(太陽)に配され、玄武を神としているが、その宿と角宿(蒼龍七宿の首宿・すぼし)の光りが金庾信に下垂した」とあり、ここに「玄武」とあることから、金庾信の時代、つまり七世紀後半には新羅は玄武水徳意識があったということがわかる。
築造者は、この「玄武」の頭部を徹底して破壊した。頭をちょん切って「未来永劫の根絶やし」にしたのだ。だから、築造者は新羅が大嫌いであることがわかる。その反面、この被葬者は親新羅の人物である可能性を示唆するものである。
(b)白虎について
五行説での特徴は以下の通り。
■五行説:金徳/方向:西/季節・色:秋・白
この白虎は、天智天皇を表す(金、白、白虎)。これがまったく無傷だから、被葬者は少なくとも天智系ではない。そして、築造者(高市皇子)が天智の正統性(白・金徳)を誇示し、称え伝えるために白虎だけを綺麗に残したと推量できる。
(c)朱鳥について
朱鳥は朱雀(すざく)ともいうが、特徴は以下である。
■五行説:火徳/方角: 南/季節・色: 夏・赤
この石室内には、まったく朱鳥が描かれていない。盗掘があったから剥落したのだという意見もあったが、調査技術が発達した後年においても、顔料や線の痕跡すら全くのゼロである。これは、朱雀が守る南方には「天皇の座所」の意味があるから、北斗七星と同様に最初から描かなかったと推量できる。また、天武天皇は漢の高祖から由来する赤帝意識のある人物だったため、これを嫌ったことも一因にあるかもしれず、どちらにせよ、描かれていないのだ。
(d)青龍について
五行説での特徴は以下の通り。
■五行説:木徳/方向:東/季節・色:春・青
高松塚の青龍には特徴がある。それは、大きく首に「✖じるし」が描かれているのだ。これは、天武天皇の追悼寺である薬師寺の青龍にある「✖じるし」と全く同じである。
お分かりだろうか。これは完全に「天武の個人的な目印」なのだ。つまり、高松塚が天武の墳墓であることを端的に物語っている。青龍は天武天皇を表象するのだ。
また、青龍は雷雨をもたらす雲と不可分に結びつくため、「青雲」という表現と関連する。中国では青雲はよく使うが、日本では青雲という表現はあまり使われない。しかし、その使われない青雲が、天武崩時の持統の挽歌(『万葉集』巻二)に見える。
北山にたなびく雲の青雲の星離り行き月を離りて
ここでの「青雲」は天武自身を指す。この歌は、青雲(天武)が星(皇子たち)や月(妻である自分)から去って死者の国に行ってしまったという天武の追悼歌である。つまり青雲=天武となることで、青龍が天武であることが裏付けられるわけだ。だから、高松塚の築造者は、「ご丁寧にも」天武を表す暗号を、壁画内にもう1つ加えている。
それは、青雲である。
高松塚の日月像の下には、朱線上の緑と青の雲状の絵がある。ここにある雲はただの雲ではなく青雲である。侍者の持つ蓋(きぬがさ)の配色が「緑と赤」というのも、これは位階を示しているのではなく、「天武の青竜(青)と漢高祖の赤帝(赤)」を意味し、天武個人の蓋であることを表明しているのだ。
この高松塚の壁画には、このようにいたるところに「暗号コード」が埋め込まれている。五行説と当時の政治情勢が分かっている同時代人であれば、この石室内を見れば、一目で「ああ、これは天武の墓だ」とわかったはずである。築造者はそれを周知のものにしたかったのだから、分かるに決まっている。それがわからないのは、現代人が暗号コードを読み解けないか、古代人の因習に過ぎないと暗号コードを軽視しているからだ。
(6)まとめ:天の香具山の投稿との関連について
以前の投稿において、「春過ぎて~」の歌で天武朝の終焉を祝うような歌を詠めたのは、それが天武の愛妻(鸕野讃良皇女)などではなく、政敵であった高市皇子(天智の長子)だったからこそであると論証しました。
今回検証した高松塚古墳の異常事態、被葬者(天武天皇)に対して何重もの徹底的な「永遠の呪い」がかけられていたという事実も、これでご理解いただけると思います。このような「死者への封印」をするために大掛かりな装置(古墳)を製作するのはやはり政敵(=高市皇子)しか成し得ません。今も昔も政治闘争は激しいものです。高市皇子のすさまじい執着をうかがい知ることができます。

