高松塚古墳で起きていた異常事態・暗号を読み解く(前半)

会員番号2054 投稿日:2026/10/06 21:25

2054です。本日は2026年10月6日です。9月21日に「天の香具山」について投稿しました。今回は、その続編となります。

前回の投稿(9/21)では、「春過ぎて夏來るらし白妙の衣乾したり天の香具山」の政治的な意味合いについて説明し、天武天皇の長子と言われている高市皇子が、実は「天武の血統ではなく、天智天皇の長子であること」の傍証とした。

今回は、高松塚古墳の被葬者が天武天皇であり、この古墳は高市皇子が「永遠に天武天皇の復活を封じるための呪い」がかけられている点について論じたいと思う。

なお、その根拠については、以下、小林恵子『高松塚被葬者考』現代思潮新社の説明をもとにします。

 

(1)高松塚古墳の謎について

高松塚古墳は、1972年に本格的な発掘調査が行われたことで一躍脚光を浴びた古墳です。この古墳はいくつかの異常な状態が確認されています。

(a)遺骨はあるが、頭蓋骨は頭蓋の小破片すら見つからない

(b)銀製の刀の金具(刀の鞘)はあるが、刀身は見あたらない

(c)銅鏡は存在するが、棺の被葬者の上に置かれておらず、壁に打ち付けられている

(d)玉が埋葬されているが、室内前面に散らばっており、遺骨も棺外に散乱している

(e)壁画は精巧に描かれているが、一部は意図的に損壊されている(北斗七星なし、朱鳥なし、玄武は首から削り落とす)。

(f)被葬者は一切の着衣が見あたらない

 

つまり、高松塚古墳は、首なしの遺体を丸裸で着衣もさせずに狭い棺内に置き、皇帝を表意する北斗七星も記載されず、王権や再生を表象する朱鳥は描かれず、玄武は首を削り落とされ、刀もない状態で安置されたわけです。これを異常と言わずに、何を異常というの?という状態です。

 

高松塚古墳は、鎌倉時代に盗掘にあっているようですが、経済的価値の高い銀や玉は盗られておらず、狭い室内でかがむのが精いっぱいのスペースで、棺から遺体を取り出して頭蓋骨を盗むということは通常、考えられません。

たとえば高橋三知雄氏(『高松塚論批判』p53)のように「頭蓋骨は盗掘の際に失われた」と主張する説もありますが、これは物理的に「あり得ない」。なぜなら、最も散らばりやすく消えやすい「歯」が石室内に23本も残っているのに、最も大きく分厚い頭蓋骨だけが1ミリの破片も残さず消え去るなど考えられないからです。

 

(2)高松塚の頭蓋骨について

高松塚の被葬者は、白骨化した遺骸から顔面頭骨、下顎骨を含めた「頭骨全体」が丁寧に切り離されたと推量されます(『高松塚被葬者考』p125)。

なぜそんな手間のかかる作業をしたのか。それは古代人の死生観に関わります。

古代においては、生から死への「肉体的な死」は、生まれ変わりのための「一時的な死」と考えられ、「永遠の死」とは考えられていませんでした。永遠の死は、魂の宿る頭部が身体から分離、滅失したときにもたらされるという二重の死生観があったのです。

だから同じ「死罪」でも、絞殺と斬首は軽重がありました(参照:『律』第七賊盗律)。絞殺は死体から首はなくなりませんから「永遠の死」は免れますが、斬首は「永遠の死」を意味します。

このような死生観のある世界において、高松塚の遺骸に頭骨がないということは、死者の再生を未来永劫まで否定し、完全に封印するために、頭骨を捨て去られたと結論付けるのが最も合理的です。

 

(3)刀、鏡、玉について

石室内には金銀で飾られた大刀装具(鞘など)が残されているにもかかわらず、刀身(鉄の本体)だけが影も形もなく存在していません。これについても「盗掘によって持ち去られた」と言い張る説(盗掘説)がありますが、やはり不可能です。

高松塚の石室は「高さ113cm・幅100cm・奥行265cm」という極小空間であり、そこへ約200cmの棺が収められています。大人が這いつくばるのが精いっぱいの暗闇と狭小な空間で、盗掘者がわざわざ大刀を解体し、価値の高い金銀金具を現場に放り出して、重く錆びた鉄の刀身だけを抜き取って持ち帰るなど、行動としてあり得ないからです。

したがって、最初から刀身は納められず、「刀なしの鞘」だけが配置されていたと考えられます。

鏡の配置もきわめて異常です。

斉藤忠氏(『日本古墳の研究』p218)によれば、鏡は単なる装飾品ではなく「尊崇の対象」であり、死者の魂を鎮める呪術的宝器として、被葬者の「胸の上」や「頭のすぐ脇」に面を上にして大切に捧げられるのが通例です。

それが、高松塚では東壁の漆喰にフチがめり込んだ状態で発見され、最初から棺の外に置かれていました。「漆喰が生乾きの処に叩きつけた」(『高松塚被葬者考』p121)ような、異様な状態で放置されていたのです。

さらに、貴重な玉も石室内に散らばったまま遺されていました。もし盗掘者であれば「盗り放題」の宝物です。

学会にはびこる盗掘説に立つと、泥棒は「換金価値の高い金銀金具・鏡・玉を取り残し、価値のない頭骨と重く錆びた鉄の刀身だけを盗んで去った」ことになります。もし窃盗事件の現場で警察の鑑識がそのような報告をしたら、「何言っているの?」と総スカンを食らうような言説が盗掘説なのです。

 

(4)北斗七星について

高松塚の天井には、非常に精緻な星図が描かれています。

そもそも古代における星図とは何か。

それは、中央に北極星や北斗七星を配し、その周囲に天界を28の区画に分けた「二十八宿(にじゅうはっしゅく)」を描いた、プラネタリウムのような天象図です。地上を皇帝が支配するのと同様に、天上も皇帝が支配しているという東アジアの宇宙観を表しています。

中国の「分野(ぶんや)説」においては、天上の二十八宿は地上の国土と直接対応しており、天象に異変があれば地上の該当地方に災害や政変が起こると信じられていました。

したがって、「高松塚のように二十八宿を描く場合は、本来あだやおろそかに描くべきものではない」(有坂隆道『古代史を解くカギ』、毎日選書p19)ということになります。

つまり日本においても、星図を適当に描いたり省略したりすることは、天皇による国家統治の正統性を自ら傷つけることを意味するわけなので、「丁寧に、かつ、精緻に」描く必要があるわけです。それなのに、高松塚では、プラネタリウムの中心であり「天皇の地位」を表象する北斗七星の場所に、ぽっかりとスペースを開けてしまっており、描いていないのです。剥落したからなくなったのではなく、最初から描かれていないのです。

それはどうしてか?

 

星図において北斗七星が存在しない意味が分かれば、おのずと答えが出ます。

有坂隆道は「北斗七星は天帝が用いる乗用車に過ぎないから、あえて描くまでもなかった」(上掲書p19)としますが、そんなはずはありません。古代の当時の人間においては「北斗」は「皇帝=天皇」の絶対的象徴だからです。

その北斗に流星(孛星)が侵入するだけで、「君主が死ぬ」ことを表します(『春秋左氏伝』の文公一四年七月条、『漢書』の五行志・七下之下、『続日本紀』宝亀元年条など)。

その超重要な北斗がわざわざ描かれていないということは、それは「お前(=被葬者)は天皇じゃないんだぞ、わかったか!」という被葬者の全否定のためです。

もう、お分かりでしょう。この高松塚の築造者は非常に手の込んだ「呪い」をかけており、その全証拠が1つの結論にベクトルが向いています。星宿に北斗七星を描かず、刀ももたせず、頭骨を外している。これはすべて「お前は天皇ではない、未来永劫、復活するな」ということです。

そして、この被葬者は明らかに天皇ということになります。なぜなら、天皇になっていない人間に対して、北斗七星を描かないことで、その身分を否定する必要はないからです。したがって論理的に考えれば、高松塚の被葬者は天皇以外にはあり得ないことになります(高松塚被葬者考p129)。

(前半終了、後半に続く)