余談:天の香久山の解釈について
2054です。本日は2026年9月21日です。
下條氏の投稿その1の引用箇所に「衣ほすてふ天の香具山」という万葉集の有名な歌が載っていた。この、教科書に載るような有名な短歌「春過ぎて夏來るらし白妙の衣乾したり天の香山」について考察します。
まず、この歌は、持統天皇の歌とされており、その内容は一般に「春が過ぎて、いつの間にか夏がやって来たようだ。夏になると白い衣を干すという天の香具山に、真っ白な衣が干されているよ」という、実にのどかで平凡な風景をうたった歌とされている。それだけなら、「つまらない絵画のような歌」というだけですが、この歌の真意はそのような情緒的なものでありません。実にドロドロした政治的な意味合いを持っています。たとえていえば「暗号」です。
このことは小林恵子『本当は恐ろしい万葉集』(祥伝社黄金文庫)p174~176に詳しい。私の見解は、小林説に基づいているだけだが、以下紹介したいと思います。
まず前提として持統天皇は鸕野讃良皇女(うののさららのひめみこ)という女性ではない。高市皇子である。そして、高市皇子は天武天皇の長子とされていますが、間違いだ。彼は天智天皇の長子(庶子)である。このことを前提にします(通説と異なりますので、異論はあるかと思いますが、とりあえず、私の仮説に立って、お付き合いいただきたいと思います)。
春過ぎて夏來るらし白妙の衣乾したり天の香具山
春過而夏來良之 白妙能衣乾有 天之香來山
万葉集だけとは限らないが、この時代は五行説の知識がわからないと歌に込められた「暗示」を読み取ることができない。この歌に必要な情報を分解すると以下の通りになる。
(1) 香具山は高市皇子の邸宅のあったところでので、高市皇子を表象する。
(2) 「春」は五行思想でいう天武天皇の季節、「夏」は木徳の次にくる火徳の季節で、大津皇子を指す。
(3) 高市皇子は土徳の人で、かつ近江朝の「水徳」も自認している人物です。
(4) 「白」は天智朝の色です。天智天皇は「金徳」、季節は「秋」です。
五行説から考えると、この歌はきれいに「木・火・土・金・水」が登場し、東西南北の中央に「土(=中央=香久山)」がきています。この短い文字数でよくもまあ計算できたものだと感心します。高市皇子(持統)は「おれが中央だぞ」と自慢しているわけです。そして、意訳すると、天武朝の春は過ぎて(=天武はいなくなった)、夏が来た(=大津皇子朝となった)が、ついに白い天智朝の秋である私(=天の香久山、高市皇子)の天下になったぞ!という、政治的な勝利宣言の歌になっているのです。
さらにこの歌で重要なのが「香久山」に「天」がつくことだ。香具山はすべての歌で「天の香具山」と歌われているわけではない。この事実は無視できない。
「天の香久山」と初めて詠んだのは舒明天皇です。高市皇子の父は天智天皇、その父は舒明天皇です。舒明→天智→高市(持統)という血統を示すためにも「天の香久山」と詠む必要があり、また、「天」のつく香具山の歌の場合は、歌った人物が倭国の主、つまり天皇になったという即位宣言の意味も込めたものと解釈できます。つまり血縁と即位を兼ねた「ダブル・ミーニング」なのだ。
高市皇子=持統天皇という前提に疑問をお持ちの方もいると思います。しかし、その疑問の持たれている方にあえて問いたいと思います。五行説は、当時の知識人であれば当然知っている学問的基盤です。「ああ、この歌は表は牧歌的だけど、裏はこんな意味だね」と誰もが分かるはずです。もし天武天皇の配偶者(あるいは別の人、つまり天武派)であれば、夫である天武の時代の終焉を祝うような歌を詠うはずがありません。それは政敵だからこそできることではないでしょうか。
このような「裏読み」は私はワクワクします。もし学問道場の諸兄諸氏の皆様も興味がわきましたら、『本当は恐ろしい万葉集』(祥伝社黄金文庫)をお読みいただければ幸いです。
以上です。
