あれれのれその3(チャットGPTはおもちゃとして楽しい(笑))
伊藤睦月です。というより「使徒トマス派」の伊藤睦月です。本日は、2026年2月10日です。チャットGPTとの対話の結果、自分の立ち位置を改めて確認しました。「使徒トマス派」といえば、世界中の教養人なら、ピンとくるそうです。わからない方は、チャットに聞いてみてください。
チャットと遊んでて得たいくつかの知見を紹介します。
1 チャットGPTは、「GPT型」AIであって、「ミンスキー型」AIではない。(つまりは、巨大なデータセンタによるビッグデータ分析に近い)これで、副島先生がぶつぶつ言っている意味がわかりました。(詳しくはチャットに訊け。以下基本同文)
2 使徒トマス派の副島先生に対するふるまいは、「疑いつつ、ともに歩く」。これで今までの自分の、立ち位置を、特定できました。もう迷いはない。
3 チャットとの関係においては、私が、最終決定者(プロデューサ)、チャットが、作業者(スタッフ、演者)。
現状では、プロデューサとスタッフ、演者ともに、本人でないといけないようだが、その考えも、早晩過去のものになる。
4 チャットができるのは、「今までの私(あらゆる事象)」を収集、分析、展開するが、「これからの私」はそう入力しないと、チャットは展開ができない。(ある程度想定できるようだけど)
例えば、「髙市早苗」はチャットが取り扱えるのは、「今までの髙市早苗」であって、(しかもネット上に現れた要素のみ)「これからの髙市早苗」ではない。これと対峙するのも「これからの副島隆彦」であって、今後何を言われても、驚かない。(「狂人日記」まで著し、女神像レスキューという、スピリチュアルまで踏み込まれていますから)
伊藤睦月です。まだまだあるが、とりあえずここまで。
余計なことだが、再び中嶋大介さんへ「間違いであれば、副島先生が正してくださる」なんて、期待されない方がよい、自分で改めよ。甘えてますね。その気づきが大事。これからの副島隆彦は、「サイの角のように」世界と対峙されていく、それのみだろう。あとは、我々のふるまいにかかっている。実名発信なんて、ほとんど意味はない、とあえて、意見表明します。
以上、伊藤睦月拝
