「167」軽トラが世界中で大人気

副島隆彦です。今日は2016年1月25日です。

今回は、「日本の軽トラ」について話します。軽トラというと、自動車のことに全く興味のない人にはどうでもいいことなんです。特に、田舎暮らしとかいうことを全く考えない人には、目の前に見えません。都会で暮らしている人には、軽トラは見えない。存在しません。最初から存在しないから、一生存在しません。私はまあ、静岡県熱海市で暮らしてるから、まだ農家というか、山林とかが近いから、身の回りで軽トラを見ます。

軽トラ

軽トラックというのは何なのか、おそらく国民の大半は興味関心を持たないんです。ただ実業系の人、飲食業や各種の体を動かす仕事をやっている人たちは、軽トラを使うんですよ。この軽トラがアメリカで、そしてヨーロッパでも大変な人気を博していることを、今日は話します。これも知っている人は知っているんだけど、関係ない人たちには関係ないんですね。私は軽トラを一人で運転したことはありませんが。ただ軽トラの凄さというのが世界的に話題になっている。それはいつ始まったのかっていう問題があってね。

 

■軽トラがアメリカで大人気

最近の有名な出来事です。アメリカのCNNという大きなテレビ局ケーブルテレビ局で、ある番組が放映された。それは、CNNのレポート記者が住んでいる地区で、おそらくニューヨークの郊外だと思う。そのレポート記者の住宅のそばでたまたま起きたことでね。テレビの収録会場で、「こんな小さな車」って軽トラを馬鹿にするんですよ。

みんなワハハって笑って。コメンテーターたちが、「こんな車で何ができるんだ」と笑っていたんです。ところがその番組内で、日本人が自分の軽トラで隣の家の雪かきを始めた映像が映ったんですよ。ドラム缶か何かを割って半分に切ったようなやつを組み立てて、軽トラの前面にくっつけて、雪かきをやるわけです。それでぐいぐい雪を圧していってね。隣に住んでいる老人が顔が出して、「勝手なことをするな」と怒りながら銃を持ち出して、「それ以上家の敷地の中に入ってきたら撃つぞ」とか言うんですよ。軽トラの日本人はそんなこと気にもしないで、一生懸命雪かきをしてあげるんです。

それで雪かきをしてもらった家の老人夫婦がびっくりして「こんなことを何でやるんだ」と。そうしたら、軽トラの日本人は「私の出身の日本の秋田県では、隣近所の雪かきもしてあげるのがルールなんだ」と言ったんです。それがCNN番組になってね。びっくりしたんですみんなで。「こんな小さな車に、なんでそんな力があるんだ」とね。この番組の再編集したものがユーチューブで見れるので、URLを貼ります。

もう一つ、事例があって。アメリカの雪道を走行していた20トンの大きな貨物トラックが立ち往生しました。タイヤが雪にはまって空回りして。そのトラックが車道をふさいだせいでスタック状態になって、後続の乗用車がずらっと後ろに並んだんですね。「どうしようか、困った」と。そこへスーッと脇道を日本の軽トラが走って行ってトラックに近づいて。軽トラには日本人が乗っていたんだけど、その人がトラックにワイヤーをかけて軽トラで引っ張ろうとする。とてもそんな、動くわけがない、できるわけがないよ、というような大きな20トンのアメリカのトラックを引っ張った。そしたら、なんと動いたんですよ。そして20トンのトラックをね、走行できる道路まで戻したんですよ。後ろにずらっと並んでいたアメリカ人たちもそれを見ていて、おおーっと歓声が起きたって。そういうことがあったのね。それで、「これはなんだ?こんな小さな車が、なんでそんな力を持ってるんだ」、ということで噂が広がった。

★youtube100年に1度の大雪の中、救助に現れた軽トラをバカにしたアメリカ人観客たちが5秒後…予想外の展開に絶句した
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■名車サンバー

最初の雪かきの話の、CNNの記者が目撃した日本の軽トラはインプレッサ【インプレッサはスポーティでカジュアルなデザインを持ち、先進的な安全装備や高いユーティリティを兼ね備えている。byAI】だと紹介されていたと思う。他にサンバートラックという軽トラが有名です。これは後に話すけどスバルの車で、ダイハツのOEM(他社ブランドの製品を製造すること)になったんだけど、2024年10月に一旦生産が終了した。調べてみたら、昨年(2025年)2月から、スバルで新型サンバートラックが発売されています。


サンバートラック
SUBARUオフィシャルWd サイト サンバートラック
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【モデルの歴史: サンバーは1961年に初代モデルが発売され、2012年まで販売されていた。スバルが開発・生産していたのは6代目モデルまでで、その後はダイハツがOEMとして生産している。ダイハツ・ハイゼット(7代目以降、ただし8代目のディアスを除く)。ダイハツ・アトレー(8代目のディアスのみ)。
走行性能: リアエンジンレイアウトを採用しており、特に積載物が多い軽トラックにおいて安定した走行性能を提供する。
価格と保証: サンバーは中古車市場で高額で取引されることが多い。byAI】

副島隆彦です。サンバーは(1961年から)2012年まではスバルが作っていた。この軽トラ6代目までかな、大変な人気で。今はアメリカでは、中古車なのに一台がなんと200万円くらいするそうです。しかもアメリカで走っておる日本の軽トラのほとんどは、製造から25年以上経った車です。1990年代の、ボロの中古車ですね。それしかアメリカは輸入できないんです。今は、法的にね。

アメリカの一般道路上を(法的に)走れない種類の日本の軽トラもたくさんあります。小さくて危ないという理由で。ところがアメリカの大きな農場の中で日本の軽トラが使われている。ものすごく便利だということで。この噂がもう3年前から広がっている。今はアメリカ全土に、日本の25年前30年前のボロの軽トラを扱う小さなディーラーたちがものすごい数で出現しているんですね。今もどんどん増えているはずです。最近の新聞記事を貼ります。

(ニューズ記事の転載貼り付け はじめ)
日本から「軽トラ」が消えていく――25年落ちの「スバル」が米国で3万ドル級に匹敵する根本理由
2026年1月22日(木) 7:20配信
米国で異様に熱狂する日本の軽トラック
近年、米国で日本の軽トラックに対する注目度が異様な高さを見せている。もはや実用車の範囲を超え、投資対象として扱われるケースも少なくない。なぜ製造から25年を経た軽トラが太平洋を越え、利益を生む商品として受け入れられるのか――。
その理由は、
・制度
・為替
・文化
・日本の産業構造の歪み
が絡み合った複雑な現象である。かつては国内向けの特殊な規格車として、一部の愛好家しか関心を示さなかった。しかし今や、「JDM」というブランド名で呼ばれる日本製車両の文化的価値が、実用車の領域にまで浸透しつつある。
米国の消費者にとって、軽トラックは合理的で賢い選択肢としても成立しているのだ。
25年ルールが開いた古き軽トラの市場
このブームの核となるのが、いわゆる「25年ルール」である。米国では連邦自動車安全基準(FMVSS)により、基本的には安全基準や排ガス規制を満たさない車両を登録できない。しかし製造から25年以上経った車両はクラシックカーとして扱われ、規制が免除される特例がある。ちょうど2024年から2026年にかけて、1999年から2001年式の日本製軽トラックが、この条件を次々とクリアすることになる。
この時期の日本車は、軽自動車規格が新規格に移行した直後にあたり、安全性や剛性の確保に各メーカーが力を注いでいた。加えてこの世代から電子制御燃料噴射装置(EFI)が広く採用され、米国の整備工場でもコンピューター診断が可能となったことで、維持管理の難易度が下がったことも普及の追い風になった。
米国の愛好家の間で特に人気が高いのは「スバル・サンバー」だ。リアエンジン・リアドライブ(RR)、4輪独立懸架、4気筒エンジンという構成は、軽トラック本来の思想からは外れたものである。通常、軽トラックはコストと実用性が最優先される道具だ。しかしサンバーには乗用車並みの精密な機構が与えられ、所有する喜びを強く刺激する。
米国の目に映るサンバーは、小さく、機能的でありながら質が高い車両だ。実用性と希少性を兼ね備え、いまやコレクターズアイテムとしての地位も築いている。作業車の枠を超え、異国で独自の価値を持つ存在になっているのである。
(転載貼り付け おわり)

日本から「軽トラ」が消えていく――25年落ちの「スバル」が米国で3万ドル級に匹敵する根本理由
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■アメリカは軽自動車「Kei Car」を規制緩和の動き

副島隆彦です。トランプが今いろんなことをやってるけど、この規制緩和はそのうちの一部です。ショーン・ダフィー運輸長官というのがトランプの横にいてね。それでこの2人と、あと何人かが並んで「アメリカの保護貿易の規制を改正する」と。トランプ大統領が日本の軽トラ及び軽自動車のことを「キュート」と言ってね、ちびころでちっちゃくてキュート、かわいいんだと言った。そしてその時、「この車はすごく力があるんだ。今から、その小さな、こういう日本の軽自動車並みの車ををアメリカでも作れるように法改正をする」と言ったんです。これはもう本当に大きな事件と言ってもいいんですよ、実は。自動車業界にとって。

★youtubeトランプ大統領 日本の小型車「とてもキュート」アメリカでの生産・販売の承認を指示(2025年12月5日)
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これは事実ですからね。だからトランプが運輸長官と一緒に発表したということは、もうアメリカ議会でも法律を改正して、日本の軽トラをアメリカでも作るということが始まる。でも実際に作るのはどうせ日本の自動車会社でしょうね。

 

■軽トラに歴史あり

そのサンバーという軽トラが4WDなのは当たり前だけど、さらに引っ張る力がものすごいってことは、ちょっと改造してるかもしれない。こういう番組がたくさんあって、YouTuveにも載っている。だから日本の軽トラがね、ものすごいブームになってるんです。あまり関心がないのは日本人だけ。

日本で軽トラというと、第一の基本は「田舎の農民、百姓たちが乗っている車」ということ。あと小さな大工(だいく)業をやってる人とか土木作業をやってる人は、田舎ではほとんどの人が軽トラを1台持っています。これが非常に便利なんですね。それでまあ、山道って言ったって、そんなオフロードのすごいところは行かないけども、急斜面でもね、農道からちょっと外れた泥んこだらけの田舎道を、日本の軽トラはガーッと上がっていくんですよ。私はそういう様子をたくさん見ました。福島に行った時【2011年の福島原発事故のあと、「副島隆彦の学問道場」の活動として、2013年6月まで現地に田村市都路(みやこじ)に福島復興活動本部を置いて活動した】もたくさん見ました。

軽トラといのは壊れないうえに、ものすごく便利なんです。これは当たり前の真実です。軽トラは1960年代ぐらいからあると思うんですが、最初は330ccのエンジンだったと思う。今は軽自動車規格の排気量660ccが主流ですね。

今、日本で軽トラを作っているのはスズキのキャリイというのが有名。あとはダイハツと、ダイハツのハイゼットトラックをトヨタがOEMで作っている。昔、日本の復興期にミゼットという三輪自転車があった(1957年~)。1990年代にミゼットⅡ(1996~2001)が話題になったけど、今度は軽自動車よりもさらに小さい車として「ミゼットX」って。ああ、これはEVか。EV車に出来るのはせいぜいがこのサイズの車じゃないの。

スズキのキャリイ


ミゼットとミゼットⅡ


ミゼットX(ジャパンモビリティショー2025での、コンセプト・カー)

たしかホンダが、軽トラを作るのをやめた。それとスバル、富士重工がやめたけど、去年から再販した。【スバルは、かつて「富士重工業株式会社(ふじじゅうこうぎょう、略称:富士重工)という社名で自動車のブランドとして使われていたが、2017年4月1日付で社名を「株式会社SUBARU(スバル)」に変更した】

前にも話したけど、富士重工が2012年まで作っていた第6代目サンバーというのがものすごく人気があってね、他の軽トラよりも力が強いんだって。坂道、泥道を上がっていったりする力がね。赤帽さんという小さな引っ越し業をやっている人たちの、横の全国的なチェーン店があって、赤帽さんの車としてサンバーが使われています。そのサンバーが今でも、中古車として日本国内でも人気があるそうです。そんなにすごいのを作っていたのに富士重工はやめちゃった。けど昨年新型を出して復活した。だから日本の軽トラの歴史というのもあるんですが。

「赤帽サンバー」【赤帽サンバーとは、1980年代からスバルが開発した特別仕様の軽トラックで、主に引っ越しや小口運送を行う「赤帽」組合のために設計されています。赤帽サンバーは、強化されたブレーキやシャシー、専用エンジンを搭載し、移動中の仮眠を快適にするための収納式ハンドぶれきーレバーなど、配送のプロの要望に応えた設計が施されています。また、赤帽サンバーは廃ルーフやフェンダーミラー、紅白塗装ボディなどの特徴を持ち、組合員専用の特注グレードとして提供されています。byAI】

副島隆彦です。その他の事例もいっぱいあって、その日本の軽トラがどんなに小回りが効いて、ちょっとした荷物運びにものすごく便利で、しかも力があるということに、世界が驚いているんですね。URLをいくつか貼りますので見てください。

★youbute日本の軽トラは狂ってる!アメリカのパトカーとカーチェイスして余裕で逃げ切る軽トラ
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そしてなんと、軽トラのレースというのがあるんですね。これは日本ですよ。これはどこのレース場でやっているんだろう。そんな大きいところじゃないですね。改造した軽トラでレース(race 速さを競う競争)をやって、ドリフトって言うんだけど、横にさーっと滑るようにコーナーを曲がっていくんです。恐ろしく危ない技術なんだと思う。ドリフトは、腕前の良い運転手じゃないと車がひっくり返って転がります。

普通にドリフトなんかもやったら、車が傷むでしょう。でもそういう特殊な、改造した軽トラに乗ってる人たちはもうお互いに知り合いでね、レースで優勝するおじさんなんかも、それこそ、そういう仕事をしている「専門の人たち」ですね。

★youtubeこの73歳庭師、只者ではなかった…『軽トラレース』の熱き戦い “魔改造”レベルのマシンは最高時速150km

だから結局、軽トラの人気って凄まじいんですよ。そのことを私がいくら言っても、軽トラか自分の人生に関係ないという人たちにとっては意味を持たないんだけどね。田舎暮らしなんか興味もないという人たちには。

もう都会の若者は、20代30代40代の人たちでも車を持っていませんから。昔はまだちょっとは、車というのに憧れてたんだけどね。1回や2回、自分の車を買ったことがある人もいると思うけども、都会は駐車場代が高くて。都会からちょっと外れた場所でも、駐車場代が月に3万円も5万円もかかりますから。アパートの賃料家賃以外にね。とても出せない。だからもう車を所有するのを諦めたんです、この10年でね。みんな「電車で充分(じゅうぶん)」というのが、都会暮らしです。これがもうはっきりした。

ただ、ちょっと田舎で暮らしてる人は、女の子たちでもみんな自分の軽自動車持っています。これは30年前から始まった文化ですね。地方の女の子2人組の、どこか長野県くらいから軽自動車で、熱海に観光旅行で来ている人たちっているんです。新幹線とか鉄道で来るんじゃなくてね。へえ、すごいなと思いますが、考えてみると一番楽ですね。たった200キロ300キロ飛ばしてくるだけですから。荷物も積めますし乗り換えもないしね。

今日は話さないけど、車中泊という問題も非常に重要なテーマになっていて。道の駅とかに駐車して車に寝泊まりする「車中泊ブーム」が今も起きていて。「ホームレス一歩手前」だと、車中泊なんか寒くて寒くて、みっともないことするもんじゃない、危ない、という問題もある。けど軽トラは人間がちゃんとゆっくり寝れるぐらいの長さがありますからね。軽トラを改造して上に箱をのっけてキャンピングカーにしちゃうというのもあります。

軽トラのキャンピングカー

さっきの話に戻ると、とにかく世界中で日本の軽トラが見直されている。あとは燃費の問題も当然あるんですね。おそらくあれだけ軽いとガソリン1リッターで20キロ近く走るんじゃないか。燃費がやっぱり大事ですからね。

だから私も去年の10月ぐらいから、「軽トラに乗ってみたい」と言い出したんです。軽トラで、山道みたいなところに走ってみたい。オフロードというほどでなくていいんです(とても無理だよ。私には)日本の若者のファッションとして、軽トラの荷台にサーフボードや荷物を乗っけて走るというのが、もう流行っているようです。

私が軽トラ人気についてピンと来たのはね、7年くらい前だったかな。岩城滉一(いわきこういち 1952年生まれ、現在74歳)という、元はやっぱりヤンキーというか暴走族みたいな俳優がいる。今はかっこいいおじさんですけども。この岩城滉一が、何かのテレビ番組で、「品川にあるクレー射撃場に通うのに、軽トラが一番いい」と言っていた。クレー射撃というのは、素焼きの皿をパーンと上に放り投げてそれを三段銃で撃つスポーツですね。「カーキチ」という言葉があるけど、彼らは車大好き人間たちですから、車の事は何でも知っている。スポーツカーから高級車からオフロードの車までね。で、そのカーキチが、「日本の軽トラがものすごくいい」と言ったのをちらっと見て、あれでピンときていた。

岩城滉一と愛車キャリイ

まあだから田舎に行けば、軽トラなんてそこらの農民たちが乗ってるただの作業用の車なんだけど。さっき言った富士重工(スバル)は、戦前の戦闘隊の隼(はやぶさ 正式名称は零式艦上戦闘機)を作っていた。当時は中島飛行機【1917年創業、航空機の製造を中心とした事業を展開した。第一次世界大戦後、日本政府は航空機の国産化を推進し、中島飛行機はその中心的な存在となった。特に、第二次世界大戦中には軍用機の製造で名を馳せた】と言っていた。戦後に民間企業になって、富士重工になったんです。工場は埼玉の方にあるんですけど、技術を持っているんですよ。だから軽トラのシャフトが強いというかね。

キ43  一式戦闘機「隼」

スズキのキャリイが、軽トラでは一番売れているそうです。スズキには一昨年亡くなった、鈴木修(すずきおさむ 1930-2024)という人がいて、この人は自動車業の天才でした。今でも、インドの自動車産業の一番大事な国民車は、このスズキが作っている車です。一時期、インド政府がスズキに「自力でやるからもう帰っていい」って言った時期があって。スズキは「じゃあ帰るよ」って言ったんですけどね。結局、インド人だけではできなかったんです。

 

■世界のスズキ

インド(1982年に進出)だけじゃなくて、ブラジルでもそうだと思う。中国でもね。日本の軽自動車は強いと思いますよ。それから、ハンガリーというヨーロッパの国でも、スズキの車が国民車みたいに言われています。ハンガリーは1992年に社会主義体制から外れて、西側の自由体制に入った。その時にスズキが急いで行ったんですね。それで工場を建てて。だからスズキの自動車はすごく強い。スズキだけじゃなくて、日本車は壊れないしね。

2000年代にはドイツのメルセデスベンツやらBMWとかの大きな工場もハンガリーにできて、生産競争が激しくなったんだけど、スズキは強かった。やがてEUになって。EUが「EU国内で部品も作れ。作らないのなら生産許可を出さない」、となったことがある。その時スズキは「なら、EU圏内で全ての部品を調達する」と決断して、耐えたんです。だからハンガリー人はスズキの自動車が大好きなんですよ。こういう事実もある。

鈴木修さんは、やっぱり天才的経営者でした。私は40年前に、何回か見かけたことあるんだ、この人を。東京駅とか箱根のホテルでね。幹部たちがたくさんついていて、周りからいかにも尊敬されている様子で、私は「ああ、このひとは偉いんだなあ」と、その時すでに思った。鈴木修さんは、「人間にとって自動車というのがどのような役割を果たすか」、というのを知っていたんですね。

30年前、スズキはアメリカのGM(ゼネラルモーター)と組んでいた(1981年にGMと業務提携)んです。トヨタとは大ゲンカをしていた。「トヨタに潰されてたまるものか」とね。でも10年ぐらい前に、鈴木修はヨタヨタしながらトヨタ企業に手を差し伸べて、「よろしく頼む」と言ったんです。別にスズキはトヨタの子会社になる気もないんだけど、「潰さないでくれ」っていう感じもあって。トヨタもスズキの強さを知っているんですね。軽自動車のすごさを。そういうことがあった。


スズキ会長の鈴木氏(右)
トヨタ自動車社長の豊田章男氏(左)と握手を交わすスズキ会長の鈴木修氏。写真は2016年の業務提携時のもの。(写真:トヨタ自動車)

その前にスズキはGMと大喧嘩してね。裁判までやったりして、一歩も引かなかったんです。だからスズキの歴史っていうのがあって、それはそれで本当はもうちょっとみんながわかるようにスズキの業績っていうのをしゃべらなきゃいけないんですけど、今日はやりません。

それからスズキには、ジムニーっていう人気車がある。小さなジープみたいに四角い車。オフロード車みたいにして乗る人たちがいますね。これの軽自動車が30年ぐらい前かな、高速道路を走っていて風の力で横転したんです。ジムニーは時速100キロぐらいで走っていたんだと思うんですけど、車高を高くしていたのかな。ジムニーの一番新しいのが出て、四角い小型戦車みたいな形で、やっぱりものすごい人気がある。納車が一年待ちだって聞きました。だからジムニーというのは面白い軽自動車なんですよ。多少の問題があっても、それでも世界中で愛されているようです。

ジムニー

 

■(日本人は無自覚だけど)軽自動車はすごい

だからそういう話があってね。「軽自動車とは何か」というのを、もっと技術というか、何が組み込まれているか、何がそんなすごいのかって。その話は今日はしませんが、世界的に見直されているということです。今からきっと何百万台も、アジア・アフリカ・中南米も含めて、日本の軽自動車が軽トラも含めてまだまだ売れますね。すごいことになると思いますよ。

そのことを、日本人が一番無視しているんですよ。日本の漫画アニメゲームをね、私もそうだけど大嫌いだっていうか、バカにしていたわけです。「あんなもの、低能の若者たちがやってるくだらない文化だ」って思っていた(いる)わけね。ところが今や、世界を席巻していますから。ヨーロッパの首脳というか政治家になった連中も、少年時代に日本のアニメや漫画を見ているんです。日本のアニメや漫画のことを、なんでも知ってるみたいです。

それと同じくらいの変な力を持っちゃったのが、日本の軽自動車、軽トラですね。だから軽トラのすごさに関しては、とりあえず紹介したYouTubeを見てください。以上、おわり。

 

終わり

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