副島隆彦（そえじまたかひこ）の学問道場

「２２１４」　原節子と小津安二郎監督（第１回・全４回）　２０２５年８月１２日

　副島隆彦です。今日は２０２５年８月１２日です。

　今日は「原節子と小津安二郎」と題して話す。私は、日本映画はそんなに見てないので、日本映画のことはこれまでほとんど話してこなかった。アメリカ映画を政治映画として捉えた評論本を４冊（文庫まで入れれば６冊）出した。

『アメリカの秘密―ハリウッド政治映画を読む』（メディアワークス、１９９８年刊）
『ハリウッドで政治思想を読む』（メディアワークス、２０００年刊）
『ハリウッド映画で読む世界覇権国アメリカ（上）』（講談社+アルファ文庫、２００４年刊）
『ハリウッド映画で読む世界覇権国アメリカ（上）』（講談社+アルファ文庫、２００４年刊）
『アメリカ帝国の滅亡を予言する 映画で読む世界の真実』（日本文芸社、２０１３年刊）
『副島隆彦の政治映画評論　ヨーロッパ映画編』（ビジネス社、２０１４年刊）


原節子

小津安二郎

　しかし、日本映画には触れたくなかった。私は日本文化と日本大衆の観察の総合プロデューサーだから、どうしても映画論も入ってくる。７０歳を越したら日本の古い映画たちの大作については、やっぱり私なりの目からきちんと評論しておかなきゃいけないと思うようになった。それの第１回に相当するのが、この女優の原節子（はらせつこ、１９２０－２０１５年、９５歳で死）と監督の小津安二郎（おづやすじろう、１９０３－１９６３年、６０歳で死）の性愛ということになる。

　私はこの原節子という女優が、この４０年間ぐらい「永遠の処女」とか、戦後の日本映画界の最高の美人として認められていたことは知っていた。それで、場面場、面の様子は見ている。だけどこの『原節子の真実』（石井妙子著、新潮社、２０１６年）という本は知らなかった。

『原節子の真実』（石井妙子著、新潮社、２０１６年刊）

　私が関心を抱いたのは、原節子が２０１５年９月に９５歳で死んだ。そして私がびっくりしたのは、たしか２０１６年につくられたNHKの、恐らく教育番組だったんじゃないかと思う。それの再放送をNHKのBSで見たのが２０１７年だったと思う。それで気になった。大変な番組だった。そのメモがあるんだけど、どこかいった。

　その番組は２０１６年ではなくて、２００３年の製作だった。小津安二郎の生誕１００年の特別番組でNHKの「小津映画『秘められた恋』」というタイトル。だから２００３年に放送された。それを私が見たのは２０１７年、BSで再々放送された。それで、気になった。

石井妙子

　石井妙子（いしいたえこ、１９６０年－、５６歳）という、有名な女性たちの人物評伝を書くことで名をなしてきた女性評論家、ノンフィクション作家がいる。『女帝　小池百合子』（文藝春秋刊、２０２０年刊）とかも出した人だ。この人は大変すぐれた文章力がある。私も少し読んできた。『原節子の真実』（新潮社）が２０１６年に出ているが、読んでいない。しかし、原節子が９５歳で２０１５年に死ぬまで、石井妙子は何回か鎌倉のお宅に訪ねて、お花を持って行って、でも会わせてもらえなかったと書いている。

黒澤明監督

　結論から言うと、石井妙子は小津安二郎と原節子の性関係をあまり書いてないようだ。それよりは、黒澤明（くろさわあきら、１９１０－１９９８年、８８歳で死）監督が１９４６年作、敗戦の次の年「わが青春に悔なし」で原節子を使っている。ところが次の１９５１年の「白痴」という作品で失敗した。その前の「羅生門」でも京マチ子（１９２４－２０１９年、９５歳で死）ではなくて、原節子を使おうとしていたと書いている。

「わが青春に悔なし」（１９４６年作）

「白痴」（１９５１年）

京マチ子

　しかし私は黒澤が原節子をきちんと描けたとは思わない。この点では石井妙子に反対だ。やっぱり原節子のきれいさ、美しさをきちんと画面のピントを合わせて大きく映し出した業績は小津安二郎にある。これははっきりさせなくてはいけない。

　あと、ちょうど１０年間ぐらい死ぬほど小津安二郎と原節子は愛し合っている。これもほぼ真実だ。なぜなら２００３年に最初につくられたNHKの「小津映画『秘められた恋』」の中では、そのことを小津の助監督として松竹に採用された今村昌平（いまむらしょうへい、１９２６－２００６年、７９歳で死がはっきりとしゃべっている。ほかの脚本家とかもしゃべっている。何でその後も原節子神話みたいなのが世の中にずっと残ったのかが私は気になっていた。

今村昌平

　私は原節子の悪口を言うために今、話しているのではない。だけど、やっぱり彼女の女優としてのすばらしさを引き出したのは小津で、それは①番「晩春」（１９４９年）と②「麦秋」（１９５１年）、③が１９５３年の「東京物語」。これは誰でも知っているんだけど、「紀子（のりこ）三部作」と言われて、紀子の名前で出てくる。それでこの３作を中心に話すしかない。
① 「晩春」（１９４９年）

② 「麦秋」（１９５１年）

③ 「東京物語」（１９５３年）

　もうはっきりしている。決着がついたっていうぐらい、この３作はすばらしい。特に３作目の「東京物語」が戦後の映画の最大級の作品ということに、この３０年ぐらいで決着ついたんだと思う。ところが「羅生門」（１９５０年作）が世界的にはカンヌ映画祭で賞をとって有名だ。けれども、私は日本国内のいわゆる映画好き、英語でtheater goer（シアター・ゴアー）っていうんだけど、とにかく映画大好き人間たちの間での評価は、もうこの「東京物語」が断トツに強い。私はその理由もよく分かる。

「羅生門」（１９５０年作）

　広島県の尾道という海辺、昔は栄えていたんだろうけど、造船業とか大変栄えた町、今はもう寂れていると思うが、そこから出てきた親が東京にいる子供たちのところであまりいい思いをしなくて「もう、行くとこないわね。帰りましょう」っていう話なんだけど、その前に熱海に行く。熱海で一泊泊まって、大変人気のある熱海というところにも来た。海辺で笠智衆（りゅうちしゅう、１９０４－１９９３年、８８歳で死）と東山千栄子（ひがしやまちえこ、１８９０－１９８０年、）というばあさんと２人で宿無しになっちゃったと言いながら尾道に帰っていく。尾道での様子とかも映る。そこに原節子が孫の形で出てくる。とにかく「東京物語」が最高傑作。だから、私もそれに賛成する。これを中心に話さなきゃいけない。

「東京物語」の笠智衆と東山千栄子

　そうすると、１９４９年の「晩春」で松竹として小津安二郎監督につくらせると決まって、初めて原節子と出会った。小津安二郎の顔がポーっと赤くなったと横にいた人が話している。それ以来もう本気だ。その時期、小津安二郎が大変な映画監督として女優たちに評判が高かった。ギャラが半分でもいいから、私は小津先生を尊敬しているから出ますと女優たちがこぞって言って小津映画に出たがった。そういうときに「晩春」はできた。このとき小津安二郎が４６歳で原節子が２９歳。年の差は１７歳差だ。

「青い山脈」（１９４９年作）

　原節子は同じ１９４９年に２９歳で、「青い山脈」というので女学校の先生役で出ている。これが大ヒットした。私なんか生まれる４年前だから面影というか、残滓（ざんし）というか、そういう意味でしか知らない。テレビでちらっとその光景、女子学生や男子学生たちが自転車に乗って――きれいごとなんだけど――きれいな感じで、みんなで走っている、みたいな様子とかが映っていた。それで、大ヒットした。原節子は、それの教師役で既に大人気が出ている。戦後まだ東京は焼け跡だらけのはずだ。復興していく途中だ。

　私が言いたいのは、大事なのは、YouTubeが出現して、大きく状況が変わった。私はYouTubeなんてあまり見ないんだけど、去年そのNHKの番組をみて、原節子のことが気になった。そしてYouTubeを見てみたら、前述したNHKの「小津映画『秘められた恋』」の動画があった。私はびっくりした。NHK BSで見てから既に５年ぐらい経っている。何がびっくりしたかというと、ほんとの真実がもう語られているじゃないかということだ。

佐野史郎

　佐野史郎（さのしろう、１９５５年－、７０歳）というペラっとした顔の俳優が、NHKの「小津映画『秘められた恋』」の進行役。副島は佐野史郎と似ている、朝鮮人の顔をしていると言われた頃があった。これは、ほんとだ。私もそう思う。向こうは目の細い感じのペロっときれいな顔だ。

　そのことは、もういいんだけど、NHKが既にこの段階でかなりのことを、この番組で暴き立てている。それでYouTubeでそれを見てから「原節子」と入れるだけでワーっと３０～４０本、YouTube番組が出てくる。その何本かは「晩春」とかそのまま、まるまる映画を見せてくれる。もう参っちゃうぐらいかなり出る、ほかの「東京物語」でもそうだ。全編見せてくれるのもあると思う。もうそういう時代になってしまった。恐らくこの５年間ぐらいでそうなった。いくら何でも１０年前はなかったと思う。

　ということは、これをみんなが鑑賞できる。困っちゃったなというか、全てが暴かれている。ほかの女優たちもみんな、私生活のことも。なぜならYouTubeにアップロードしている人たちがただの素人じゃない。テレビ番組関係者みたいな人たちだ。あるいは映画時代からつき合っていて、その記録を残していた人たちが、アップロードしている。それがすごいことだ。

　例えば１９７０年代に原節子が引退した後の松竹の大船撮影所の中を、ずーっと映して、いろんな、まだ現役の大道具係や資材係の人たちまで出てきて、ずっと戦後の映画を語る番組とかまである。どういう茶わん使っていたとか、小津が赤いポットとか、赤い置物とかをものすごく大事にしたんだ。映像がカラーになったときに確かに印象深い。

　小津が偉いのは、ローアングルといって、宮川一夫（みやがわかずお、１９０８－１９９９年、９１歳で死）というカメラマンだが――今は映像監督とかいうんだけど――カメラマンと低い低いアングルから、畳の上を描くときに、もう畳すれすれから上に見上げるように映す。そうするとものすごくリアリズムが出た。ほかの映画監督との違いはそこだ。

「秋日和」（１９６０年作）から

宮川一夫

　だから、日本家屋の中で、日本人はご飯ばかり食べているから、ちゃぶ台がちょっと大きくなって、長四角の縁台を囲んで、何か話しているに決まっている。その様子も低いアングルから撮るとものすごくリアリティがある。とにかく徹底的に画質を正確にしている。これが小津の偉さだ。だから、原節子の顔の表情の細かいところをぴたっと合わせている。それがほかの映画監督との違いだ。

（つづく）

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