[2409]ようやく、やっとのことで米中貿易戦争(トレイド・ウォー)の全体像が、見えてきた。2か月掛かった。(2)

副島隆彦 投稿日:2019/06/09 10:18

 昨日、私が、読んだのは、「金日成は 4人いた」(李英命 著、りえいめい。韓国の立派な学者。成甲書房から2000年に復刊 )という、1978年に書かれた、執念の本だ。世界大戦が終わって、1946年に平壌(ピョンヤン)に、現れたのは、ロシアが作って仕立て、ニセの金日成で、本物の、朝鮮民族の英雄の、抗日パルチザン戦争を戦った人物は、1907年から、続けて4人いた、という、事実証明の、素晴らしい本だ。この本の紹介を、私は、近くやります。

 トランプも、今のまま、いいように北朝鮮の核兵器問題を扱っていると、困ったことになるだろう。
 この“北の核”を、真に操(あやつ)っているのは、本当は、アメリカ国内の宗教政治勢力なのだと、もっとしっかり知って、対処しないと、自分のいる首都のワシントンDCが危なくなるだろう。北朝鮮のICBMは、一万キロ飛ぶのだ。 トランプという、この泥臭い限りの、ニューヨークの マフィアの大幹部あがりの大統領でも、まだ甘いんだよ。

 私、副島隆彦は、今、自分の人生の最後に向かって、大きな「北アメリカ史」の歴史本を書こうと、着々と準備をしている。私が、アメリカ研究(アメリカン・スタディーズ American studies )の日本における最高理解者として、北アメリカの歴史の全体像を書いて、日本国民に与えなければいけない。そうしないと、日本人のアメリカ理解の、現状は、どうにもならないぐらい低劣なのだ。日本人の知識層で、誰ひとり、きちんとアメリカ合衆国のことを、大きく正しく理解している人間がいない。

 今の低能と、低知識状態では話にならない。 アメリカ政府が、日本人の真のアメリカ研究を、封殺して、抑圧しているのだ。 今の日本のアメリカ研究学者(私よりも、5歳から10歳ぐらい上の人たち。東大教授が多い)では、全く、話にならない。 

 彼らを、今度こそ、徹底的に、教育してやる。私の大著 「世界覇権国アメリカ を動かす 政治家と知識人たち」(元は、1995年、筑摩書房刊)で、彼らが20年前に受けた 衝撃だけでは、足りなかったようだ。

 どうして、アメリカ人は、この大きな歴史の法則 が、分からないのか。 下から、激しく追い上げてくる 勢力の方が、勝つのだ。 威張り腐って、「自分たちは、世界覇権国(せかいはけんこく。the hegemonic state  ザ・ヘジエモニック・ステイト )だぞ。アメリカ帝国に、逆らう気か」と、居丈高になっている。せり上がってくる 次の世界帝国である、中国に、アメリカは、負けるのだ。

 この大きな真実(トルース truth) と、大きな歴史(人類史)の法則が、分からないようでは、優れた頭脳をした人間とは言えない。 日本で、このことを、もう、25年も言い続けて、書き続けたのが、私だ。 この私の、言論人としての強さを、分かる人は、分かる。分からない馬鹿は、狂った政治宗教を脳の中に抱えたまま、自滅してゆけ。

 アメリカは、このアップルへの追加関税の問題が出てきたら負けだ。その前に、矛を収めて、停戦、休戦(シース・ファイア cease fire  )しなければいけない。 いや、本当は、シース・ファイア(停戦)ではなくて、 stale mate 「 ステイル・メイト」 だ。そのように、アメリカの有識者の、一番、頭のいい者たちの間で、目下、このことが言われている。そのような英文記事がどんどん出ている。  

 ステイル・メイトといのは、膠着(こうちゃく)状態のことだ。攻め手も、守り手も無くなって、もうどうしたらいいのか、分からない、という状態だ。将棋で言うところの「千日手(せんにちて)」というやつである。今、アメリカ(トランプ)は、この手詰(てづ)まり状態に入った。 ここで、トランプはぐちゃぐちゃと、まわりの目を逸(そ)らしながら、煙に巻きながら、それでも何とか、習近平が差し伸べる手に乗らないといけない。

 アップルの創業者の、故スティーブ・ジョブズは、いくつもの先端技術の大泥棒(被害者は、ソニーなど) でありながら、世界の動きを読んで先に先に動いた天才だった。が、今のティム・クックCEO では能力が足りない、役不足だった。ティム・クックは、今、蒼褪(あおざ)めて、苦悩の中にいる。アップルは、中国から生産を余所(よそ)に移すことは出来ない。

 ティム・クックは、今、のたうち回っている。 そのことを、トランプは知っている。だから、今度の、米中貿易戦争は、アメリカ即ち、トランプの負け、なのだ。 

 私は、はっきり書く。はっきりと分かったからだ。 
「5G(第五世代、大容量通信網)とは、すなわち、ホアウエイのことだ」 ホアウエイが、中心部の核心の、特許の50%を押えている。50%どころか80 %ぐらいを押えている。 いくら、米クアルコムや、エリクソン(スウエーデン)が、5G基地局を作れるから、困らない、と言っても、ホアウエィに較べて、30%も値段が高い。

 しかも、日本のソフトバンクのスマホは、エリクソン(スウエーデン)製 の基地局の不具合、故障で、2カ月前に、半日、通信不能になった事故を起こした。 みんな知っている。

 5G ネットワークでは、アメリカは、中国と台湾の の先端企業に 大きく負けている、という事実に、アメリカ政府が気づいたのは、一体、いつのことか。詳しく調べないといけない。あの、ピーター・ナヴァロ(通商担当の大統領補佐官。カリフォルニカ大学経済学教授。「米中もし戦わば」という、戦略本の著者 )が、ようやく、気づいて、声を荒げて警告を発し始めたのが、何と、やっと一昨年前の2017年らしい。

 ホアウエィの任正非(にんせいひ)会長が、5月20日前後に、続けざまに出てきて、世界のメディア向けに言い放った。 「ホアウエィは、アメリカの制裁に負けない。11年前から、今の事態を想定していた。プランB(予備のタイヤ、 back up tire ×スペア・タイヤは、間違い英語 )がある。

 今の事態に備えてずっと準備してきた。基本の半導体だって作れる(ハイ=海思=シリコンという子会社がある)。ホアウエイへの電子部品の供給先の企業たちが(アメリカ政府には内密で)、協力してくれると、言っている」 と、 もの凄く強気の発言を繰り返した。これに世界中、衝撃を受けた。

 ホアウエイは、中国政府が背後から動かしてきた、秘密の軍事会社ではない。ホアウエイの株式は、従業員持ち株会 が98%を持っている。この従業員たちが、今、一団結して、もの凄く気合いが入っている。 「よーし、アメリカよ、そんなに言うなら、さらに最先端の世界最先端の技術を、どんどん作ってやろうではないか」 と、 全社一丸となって、ものすごい勢いになっている。

 ホアウエイの全従業員16万人のうちの半数の8万人は、技術開発者である。 創業者の任正非(にんせいひ)会長は、株式をたった1.5%しか持っていない。 純然たる民間企業である。中国の国営企業ではない。
ホアウエイは、中国政府からも、差別され、嫌がらせをされながら、生き延びてきた会社だからだ。

 ホアウエィは、任正非が、正直に語ったごとく、「今から12年前の、2002 年に、今の事態を予測していた。このまま、行ったら、私が社は、アメリカ政府と衝突する。アメリカ政府に潰(つぶ)される」と分かっていた」

 「だから、モトローラ(米の大手の半導体メーカー)に、会社ごと売ってしまおう。それが、ホアウエイが生き延びる道だ、と計画した。 ところが、モトローラ社が、最後の判断の所で、2002年に、ホアウエイの買収を役員会議で却下、断念した。だから、今の事態を招いたのは、アメリカのせいだ」 

 4,5年前から、アメリアの国防総省(ペンタゴン)の、サイバー戦争部隊(電脳空間での戦争のための軍隊)を、管理し遂行している専門家や、CIAたちが、「このままでは、ホアウエイに、先端技術の全てを握られる」と、危機感を露わにして、焦って、「ホアウエイは、アメリカの国家安全保障(ナショナル・セキュリティ)上の脅威だ。米軍の最高度の機密情報まで、盗まれてしまう」と、騒ぎ出していた。

 問題は、ホアウエィの スマホに、本当に「バックドア」という情報盗み出し装置(マルウエア。悪質なウイルス・ソフト)が、仕組まれていて、それで、アメリカ政府の軍事 を含めた機密情報が、盗まれているか、否か、だ。この証明を、証拠付きで、アメリア政府は、提出しなければいけない。だが、おそらく出来ない。

 それを、ITU (国際通信連合、インターナショナル・テレコミュニケイション・ユニオン)という電波、通信の国際機関に、提訴して(中国が、必ずするだろう)、そこでの争いにしないわけにはゆかない。「アメリカは、帝国だぞ。国連のような、腐った、貧乏国家の集まりの国際機関の言うことなんか、聞くものか」というのが、保守であるアメリカ共和党の党是(とうぜ)である。

 それでも、アメリカは、「 ITU( 国際通信連合、本部、ジュネーブ)は、国連 the UN が出来る前からあった国際機関だ」 という理屈で、アメリカは、ここで争うことに従うだろう。この他にも、WTO(世界貿易機構)がある。WIPOもある。 これらの国際機関の仲裁(ちゅうさい)や、裁判、裁定に、アメリカといえども聞かなければいけなくなりつつある。 ITUの仲裁機関(スタディ・グループ)が、すでに動き出している、と英文の記事にある。

 半導体開発の、中心部は、SEP(エス・イー・ピー standard essential patent スタンダード・エッセンシャル・パテント)と呼ばれる。この半導体の心臓部というか、頭脳そのものの特許を巡る、泥棒した、剽窃(ひょうせつ)した、真似したの 激しい主張と、反論の弁明と、をアメリカ政府とホアウエイ社は、これからITUでやることになる。

 このあと、トランプ政権の商務省が、手を振り上げた親分(トランプ)を助けるために、すかさず 5月22日に、「ホアウエイ社への取引規制 の件では、90日間の猶予期間 を与える」と 発表した。猶予期間(grace period グレイス・ピリオド、という)ということは、8月22日まで、先延ばしになる。

 これは、ホアウエイに温情を与える、ということではなくて、ホアウエイに部品(コンポーネンツ)を、供給、納品、販売している アメリカのIT企業の大手たちが、「売り上げが大きく減る・経営が苦しくなる」と 血相を変えて、アメリカ政府に、一丸となって、激しい抗議と要請を行ったからだ。火の手は、アメリカ国内で上がっているのだ。

 このあと、習近平は、5月20日に、江西省(こうせいしょう。南の方の省 )のレアアース企業を、突然、訪問した。次は、レアアース戦争の始まりである。中国を甘く見ると、次々に、アメリカにボディ・ブロウで効いてくる、手を中国は打つだろう。 レアアースの戦略物資としての重要性は、今日は、説明しない。知っている技術たちは、詳しく知っている。

 重要な転換点は、今から1か月前の、5月3日に起きたのだ。トランプが、「中国の野郎、いい度胸だ。俺に、ケンカを売る気か」とカッとなって手を振り上げた、その2日前だ。

 以下の 新聞記事が、もの凄く重要だ。この記事を書いた、日経新聞の 中沢克二(なかざわかつじ)氏の、“チャイナウ・オッチャー“としての 頭脳が冴えている。私は、以下に載せる、日経新聞の 5月15日付の記事が、現在に至るも、米中貿易戦争を、語る上で、一番、重要な情報文であり、分析文だ、と判断している。

 5月5日に何が起きたか。 どうして、この直後から、中国が、「これは、人民戦争だ」と言い出した。 「内政干渉だ」「中国への 不平等条約の 押しつけだ」 「中国製品と企業にまで、アメリカ政府の検証作業班が、入って、検査(インスペクション)をする、などと、厚かましいにも、程(ほど)がある」「相手の国に対する尊敬と敬意(リスペクト)を、アメリカは欠いている。礼儀知らずである」「中国の国家主権(ソブリーンティ sovereignty )への侵害だ」 「ここから先は、もう、中国は、我慢しない。これからは、長い持久戦(じきゅうせん)となる」と、言い出した。

 この中国の剣幕(けんまく)の前に、実は、トランプたちは、たじろいで、立ち往生している。

 交渉官の、ライトハイザーUSTR代表(閣僚級 )と、ムニューシン財務長官は、親分である、今や、独裁者(ディクテイター)に近いトランプの方を、見上げて、「ほら。だから、いわんこっちゃない。中国をついに怒らせちゃったよ。これまでの、12回の交渉で、上手い具合に、私たちが、周到に、中国の譲歩を引き出して、追い詰めていたのに。親分が、テーブルをひっくり返したよ。あーあ」という感じで、ボーとなっている。「オラ知らねー」だ。

 トランプは、裸の王様だ。 英語では、 emperor’s cloth エンペラーズ・クロウズ という。

 かつて、日本を、半導体交渉(1985年)や、農産物交渉や、日米構造(こうぞう)協議 や、自動車交渉(1995年、円高で痛めつけた)。 日米構造協議 は、「ストラテジック・インペディメント・イニシアチブ」 SII(エス・アイ・アイ)という言葉を使って、日本を痛めつけ、脅し上げ、屈服させた。

 この時から、「 日米 年次改革(ねんじかいかく)要望書」というのを作って、日本に対して、「お前の国は、これこれ、このように、構造的に欠陥のある国だから、以下に列挙する(200項目)事項に従って、自分の国の、劣った、愚かな商業慣習や、社会体制を、訂正、改良せよ」と、 アメリカは、命令した。 

 あのSII(エス・アイ・アイ)に、日本は腹の底から、「参りました」と土下座して、惨めな姿を晒(さら)した。それは、ビル・クリントン政権による、日本の金融制度(金融ビッグバン)の改革要求になり、日本の金融業界は、あの時から、ボロボロにされた。アメリカの巨大な博奕(ばくち)金融に、いいように騙されて、国民の資金を騙し取られる仕組みになった。

 あのSII で、「中国よ。お前の国の、劣等な部分を、アメリカが、改良、改選してあげよう」と、 中国にやって見せたら、なんと、中国から、「そんな手に乗るかよ。中国は、そんなに甘くないぞ」という、冷酷な返事が、トランプの元に中国政府から届いたのだ。それが、5月3日だった。 

 以下の日経の中沢克二の記事に、そのことが如実に書かれている。しっかり、じっくりと読んでください。

 それから、私は、遠藤誉(えんどうほまれ)女史の優れた、中国分析、そして、目下の米中  貿易、ハイテク戦争について、大いに学んだ。これらは、次回、載せる。 

 それから、講談社の幹部社員なのに、すっかり評論家になってしまっている近藤大介(こんどうだいすけ)週間現代副編集長(今も、この肩書きなのかな。彼とは、数回会っていて、私の熱海の家にも来たことがある)の中国研究と。

 それから福島香織(ふくしまかおり)女史の 中国分析からも学んだ。福島香織は、あの、ますます凶悪な反共主義者の集団に純化しつつある 産経新聞 を首になったほどの、優秀な女性記者だ。  

 この4人は、中国語が出来て、中国の政府高官にまで、繋がって、密着取材、連絡の取り合いが出来る、日本を代表するチャイナ分析家たちだ。私は、この2カ月、彼らの文章から大いに学んだ。 今日は、ここまでにする。以下の新聞記事は、本当に、重要だ。 副島隆彦 記

(転載貼り付け始め)

〇 「 衝撃の対米合意案3割破棄 「習・劉」が送った105ページ 」
 
2019/5/15  日経新聞   編集委員 中沢克二

 中国政府が5月初め、約5カ月間の米中貿易協議で積み上げた7分野150ページにわたる合意文書案を105ページに修正・圧縮したうえで、一方的に米側に送付していたことが分かった。中国指導部内で「不平等条約」に等しいと判断された法的拘束力を持つ部分などが軒並み削除・修正されていた。14日までに米中関係筋が明らかにした。

 ページ数で見ても実に3割もの破棄である。米側が重視してきたのは、中国による構造改革の実行を担保する法的措置。その重要合意のかなりの部分が白紙に戻ったことになる。世界を揺るがせた今回の米中貿易協議の事実上の破綻は、5月5日の米大統領、トランプによる唐突なツイートが発端ではなかった。中国側が105ページ合意案への修正を米側に通告した時点で既に決まっていたのだ。


画像。米中の対立は激しくなる一方だが…(2017年11月の訪中時、北京で言葉を交わすトランプ米大統領(右)と中国の習近平国家主席)=AP

 話は4月下旬に遡る。米中合意への期待が高まっていたこの頃、国家主席の習近平(シー・ジンピン)は対米交渉方針の一大転換を迫られていた。側近の副首相、劉鶴(りゅうかく)を表に立てた対米交渉は、穏便な手打ちを重視するあまり、中国指導部内で一任を受けている範囲内を既に踏み越えつつあった。

 とはいえ、習近平・劉鶴ラインが、共産党の統治体制に関わる最も重要な部分で米国に譲歩していたはずはない。それが米通商代表部(USTR)代表のライトハイザー、米財務長官のムニューシンらが指摘していた「残り10%」とされた対立部分である。

■「私が一切の結果に責任持つ」
 今回の破綻はそれ以外の90%の部分。既に合意案ができていたという90%の部分で起きた。それはライトハイザーと劉鶴の努力の賜物(たまもの)だった。双方は北京とワシントンを行き来しながら繰り返し交渉し、7分野150ページという長大な量の合意文書案をまとめていた。

 劉鶴にも思い入れがあったはずだ。一字一句、中国語と英語を対比しながら精査。ライトハイザーが国際弁護士の目で見た細か過ぎるチェックも経て、まとめ上げた内容だったのだから。習近平と劉鶴の近さから見て「トップは大筋で了承していたはずだ」と考えるのが常識的だろう。

 だが、送られてきたのは根幹部分を30%も削った文書。米側にいわせれば、法的措置など合意内容を担保する部分がほぼ消えた105ページの単なる文字の羅列にすぎない。それは習近平指導部が早期決着を自ら諦めた証拠だった。わざとトランプを怒らせるための行動にさえ見える。

 なぜ、こんな事態に至ったのか。中国系メディアは、習近平が今後、起きることについて「私が一切の結果に責任持つ」と発言したと伝えている。その場は、105ページに削り込んだ通告文を米側に送る前に開いた共産党中央の意思決定機関、政治局常務委員会や政治局会議とみられる。


ワシントンに現れた中国の劉鶴副首相(左)は「習近平特使」の肩書を持っていなかった(ライトハイザー米通商代表(右)との握手、10日)=ロイター

 だが、中国関係筋は「これは『下心』がある意図的な報道だ」と指摘する。どういうことか。「劉鶴の訪米前に修正案を米側に示す決定は、最高レベルの『集団決定』である」。つまり、習近平が自らリーダーシップをとる形で主動的に「一切の責任を持つ」と発言したとは限らないのだ。

 「事実を覆い隠すため『トップ主導』を強調する装われた記事」。もしくは「真実を行間から読み取れ、と示唆した記事」であるというのだ。「トップの責任でトランプに一度、ノーを突き付けるしかない」。中央指導部内の討議を経て決議した結果、そう迫られたとも推測できる。

 共産党の別格の指導者を指す「核心」である習近平といえども、もう一度、合意を取らないとこの決定は覆せない。いわば交渉を引っ張ってきた「習・劉」ラインが、周りから足かせをはめられた、ともいえる。

■「不平等条約は受け入れず」の大合唱
 ここに至った中国側にもやむにやまれぬ事情があった。
「内政干渉を法律で明文化するような不平等条約は受け入れられない――」
共産党内では、こうした声が日に日に高まっていた。70年前の新中国建国に当たって共産党は過去の封建王朝が結んだ「不平等条約」を厳しく批判。決してその轍(てつ)を踏まないと民衆に誓った。

 中国は建国70年を迎える現在に至っても「不平等条約」というレッテルに敏感に反応する(北京の天安門広場で、3月)アヘン戦争の終結時、清とイギリスが結んだ南京条約(1842年)、日清戦争の下関条約(1895年)などが代表的な不平等条約とされる。結んだ清王朝は滅んだ。今回の米中合意案が本当に不平等条約に等しいのか、には疑問がある。とはいえ共産党政権にとって一大事なのは確かだった。

 過去の中国の行動を知る米国は、曖昧な合意では構造改革が実際に履行されるか信用できない、として法的措置による担保を求めた。官民の様々な場での強制的な技術移転の禁止、国際的な技術・知的財産権の窃取の禁止、国有企業補助システム及び全企業への輸出補助金の廃止。範囲は幅広い。

 思い返せば4月下旬、習近平はすこぶる不機嫌に見えた。25~27日に北京で開いた広域経済圏構想「一帯一路」の第2回国際会議。30カ国以上の首脳級が集まった晴れの舞台だというのに、表情は晴れやかとはいえない。

 中国国営メディアは2年前の第1回会議の際は、メディアセンターの大きな液晶画面に主会場を他国首脳とともに闊歩(かっぽ)する習近平の様子を逐一、映し出していた。自信に満ちあふれた笑顔、大国のトップにふさわしい風格が印象的だった。

 だが、今回は会議開始の時間さえ発表せず、習が歩く姿も一切、映し出さない。習演説が始まる時、予告なしにいきなり画面が切り替わった。この頃、世界中が米中交渉の妥結に期待していた。だが、習は国内情勢から早期妥結が困難なことを自覚していた。

■次の勝負は「大阪G20」
 習はトップ就任以来、苛烈な「反腐敗運動」を展開し、絶大な権力を手にした。しかし、その勢いにはやや陰りが見える。「習近平時代」になって6年以上もたつのに、国民が実感できる経済的な成果を得られていないからだ。高度成長で中国を世界第2位の経済大国に押し上げた功績は、全て前政権までのものである。

 9日にワシントンに現れた劉鶴は「習近平の特使」という身分を失っていた。全権を持たない遣いの使命は「交渉は決裂ではなく、今後も続く」という宣伝だけにあった。劉鶴がワシントン滞在中だった10日、トランプ政権は追加関税を発動した。13日、中国側も報復措置を6月1日からとると発表した。
 
 同じ13日、トランプ政権は中国からの輸入品ほぼ全てに制裁関税を課す「第4弾」の詳細を公表した。その発動時期は6月末以降。トランプは6月末、大阪で開く20カ国・地域(G20)首脳会議で「習近平と会談することになるだろう」としている。

 だが、実現したとしても片手に「全品目制裁リスト」という脅しの材料を掲げたのっぴきならない対決の場になる。「『不平等条約』は断固拒否。対米合意案3割を破棄し105ページに」。中国のかたくなな姿勢によって交渉の基礎自体が揺らいでおり、先行きは楽観できない。(敬称略)