[2256]「東芝本」の未掲載の文を載せます

相田英男 投稿日:2018/01/11 21:47

相田英男です。

昨年の秋に電波社より、「東芝はなぜ原発で失敗したのか」という本を、出版させて頂きました。年明けに自分のPCの中を調べていたら、ページの都合で削除した文章を見つけたので、ここに掲載します。単行本の217ページに入れる筈でした。本を買われた方は、つなげて読んでみて下さい。

班目春樹氏の名誉を、私は必ず取り戻したいと思っています。

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[題目]班目春樹氏は立派な人物である

菊池正士は、戦中、戦後の日本を代表する物理学者の一人である。その菊池に対する(中曽根康弘、森山欽司等の自民党代議士達による)無惨な扱われかたを知った私は、ごく最近も、同じような悲惨な扱われ方をされた人物がいたことに気付いた。3・11福島事故の際に、原子力安全委員長としての責任を追及された、元東大工学部教授の班目春樹(まだらめはるき)氏だ。

班目氏は震災の際に、当時の菅直人首相に「原発には水素爆発の危険はない」などの誤った助言を行ない、信用を失った。それ以外にも班目氏は、無責任な発言や対応が多いことを、政治家とマスコミの両方から非難された。そして「無能な御用学者」の代表例として、散々さらし者にされた。しかし、本人のインタビューなどから当時の状況を振り返ると、班目氏には同情すべき点が多い。

 班目氏が所属していた原子力安全委員会とは、国家行政組織法の8条で規定される組織(8条委員会)である。8条委員会のそもそもの役割は、政治家や官僚に助言を与えることである。そして、その活動には行政権は与えられていない。本来は原発事故の際に前面に出て対応するのは、経済産業省の傘下にあった原子力安全・保安院の役割だった。原子力安全委員会の責務は、政治家や保安院の官僚達に技術的な助言を与えるだけだ。彼らに指示を出して動かす権限など、班目氏には与えられていなかった。

 しかし現実に起きたことは、そのような建前とは裏腹のものだった。原子力安全・保安院の最高責任者である寺坂信昭(てらさかのぶあき)(東大経済学部出身)保安院長は、震災発生直後の3月11日の夕方、菅首相に呼ばれる。そこで首相から対応を叱責された寺坂保安院長は、それ以降、官邸に設置された原子力災害対策本部に顔を出さなくなってしまう。これによって事故発生の早々から、保安院は事実上の機能停止に陥ってしまった。

 そのような状況下で、班目委員長は官邸に呼ばれた。そして、状況を十分に把握できないまま、翌日12日の朝には菅首相と一緒にヘリコプターに載せられて、福島第1原発に向う羽目となった。

 そのヘリの中で班目氏は、水素爆発の可能性を首相から問われた。そこで、「格納容器の内部は窒素ガスで封入してあるため爆発しない」と回答したことが、首相からの信用を失うきっかけとなった。しかし班目氏は、前日夜から官邸に缶詰めにされており、現地の情報はほとんど得られなかった。連絡を入れるべき、福島原発に駐在していた保安院のメンバー数名は、身の危険を感じて原発から逃げ出していた。

 班目氏はこのような状態で、菅首相から単刀直入の判断を要求された。班目氏はここでは、技術的な整合性を重視した、無難な回答をせざるを得なかった、と私は思う。班目氏のコメントは結果として間違いだった。しかしその理由は、保安院に代表される体制側の不備(事前準備の不足、現地の状況調査の不足、その他)によるものだった。班目氏が責められる筋はなかった。

 その後も班目委員長は、政府側の安全対策の最高責任者として、非難の矢面に立たされ続けた。班目氏は独特の風貌でキャラの強さが目立っていた。このため、政治家や官僚達の失敗の多くを、巧妙に押しつけられたといえる。

 日本というのは不思議な国だ。いざという時に真っ先に雲隠れして、責任逃れした官僚達を不問にする。そして、代わりに実務に当たって失敗した人物を、袋叩きにするのだ。班目氏が叩かれたのは、風貌が目立ったからである。班目氏に非難を浴びせ続けたマスコミ人や評論家たちよ、少しは恥を知るがよい。保安院の官僚たちも言い分はあるだろう。だが、国民の間に渦巻く怒りを少しでも柔らげるために、班目氏を自分達の盾にしたという批判は、免れまい。

 世の中とは本当に恐ろしい。菊池や班目氏のような学者たちは、学問の世界では鋭い感覚を持つ反面、社会性や人間関係の機微に欠けるところがある。政治家や官僚たちは、時に彼ら学者達を行政の責任者として担ぎ出し、その周りに様々なトラップを仕掛けておく。そして自らの身に危険が迫る時、そのトラップを爆発させて、学者にすべての責任を押しつけて逃げ延びるのだ。さらにマスコミは、真実の追及など脇に置き、世間ずれした学者の失敗を面白おかしく書き立てる。こんなことが繰り返されて、日本がよくなるわけがないだろう、と私は暗澹(あんたん)たる気持ちとなる。

 せめてもの救いは、班目氏が泣き寝入りすることなく、当時の状況を漫画に書くことでさやかな抵抗を続けていることだ。彼の漫画については、学者として不謹慎だという批判もある。しかし、私は大変楽しく読ませてもらった。修羅場をくぐり抜けた班目氏によるあの漫画には、異様な迫力がある。あの漫画を読んだ後で、ふざけているだけだと非難するのは、知力が足りない人物だ。班目氏の「反論があるなら、文章でなく漫画でやれ」という姿勢も、粋だと思う。

[御参考]
http://ponpo.jp/madarame/lec5/list.html

相田英男 拝