[1613]天武天皇正統性について

守谷健二 投稿日:2014/06/02 13:45

『古事記』偽書説の誤りについて、Ⅱ
二十世紀での国語学の最大の発見は、橋本進吉博士(1882~1945)の「上代特殊仮名遣」の発見である。これは『万葉集』『古事記』『日本書紀』では、キ、ヒ、ミ、ケ、ヘ、メ、コ、ソ、ト、ノ、ヨ、ロ、を現す万葉仮名(漢字の音を借りたもの)が、二つのグループに厳密に書き分けられていることを明らかにした。
 例えば、神(カミ)のミには、微・未・味・尾などが使われ、上(カミ)のミには、美・弥・邇・民などが使われ、両者が混線することはないことを明らかにした。この違いは、当時の漢字の音韻を徹底的に調べることで発音の違いであることを突き止めたのである。つまり、キ、ヒ、ミ、ケ、ヘ、メ、コ、ソ、ト、ノ、ヨ、ロは、二種類の母音を持っていたことを明らかにした。
 それ以前には、神は、上に居りますから神と呼ばれるのだと信じられていたのだが、この「上代特殊仮名遣い」の発見により「神」と「上」を同源の言葉と見ることは出来なくなった。
 また「許久波(コクハ)」は「小鍬」と解釈されてきたのだが、小を現す万葉仮名は「古」「固」などが使われ「許」が使われているのを一例も見つけることが出来なかった。いっぽう「木の間」の「コ」には「許」が使われており「許久波(コクハ)」は、小さな鍬ではなく「木の鍬」であることを明らかにすることが出来た。
 つまり、七世紀、八世紀の大和地方の言葉には、八母音を持ち、87音節の違いがあったことを明らかにしたのである。大和地方と限定したのは、『万葉集』十四巻の東歌と二十巻の防人歌には、この上代特殊仮名遣いが見られないことから、東国は八母音の世界ではなかったと考えられている。
 この八母音は、奈良時代末期に崩れ、平安初期には六母音70音節を区別するだけの言語世界に代わっていた。平安時代に書かれた史料で、八母音、87音節を区別してあるものは一つも発見されていない。70音節しか言い分け、聞き分けることの出来ない人が、87音節の言葉を、一つの間違いもなく書くことは不可能である。またその後の研究で『古事記』は、「モ」音も二種類の母音で書き分けてあることが明らかにされ、『日本書紀』『万葉集』より古格を保っていることが明らかになった。国語学上では、『古事記』の方が『日本書紀』より古いと云う事は、解決済みの問題です。
 橋本進吉博士の明らかにした「上代特殊仮名遣い」は、日本の知識人の基本教養として身に付けるべきものである。