[812]野村に資本注入計画

松尾 雄治 投稿日:2011/12/19 11:08

松尾雄治です。

Facta Online 2012年1月版より転載します。

(貼り付け始め)

野村救済に「資本注入」計画

1月に格下げなら土俵際。三菱UFJか三井住友との資本提携を模索。銀行免許をもらう奥の手も。

Facta Online 2012年1月号

「野村證券は日銀に取引口座がある証券会社です。資金繰りに困るわけないでしょう」――野村證券の持ち株会社、野村ホールディングス(HD)執行役員(リスク担当)、柏木茂介は、必死で欧州の金融当局や格付け会社に説明を続けてきた。

野村が資金繰りに窮しているとの噂はこの夏、欧州のインサイダーたちの間で燎原の火のごとく広がった。火元は英国の金融監督当局である金融サービス機構(FSA)。3年前のリーマン・ショック以降、金融機関の資金繰り破綻にことのほか神経質で、主だった日系金融機関の現地法人や支店に対しても資金繰り状況を定期的に報告させていた。11年に入ってから、資金の市場依存度が高い野村に警戒感を強め、日本の金融当局に指導を打診するほどだった。

英FSAの動きに気づいた欧米格付け会社は、野村にヒアリングを開始した。現在の野村の格付けは米格付け会社ムーディーズ・インべスターズ・サービスでBaa2。取引相手の信用リスクに神経を尖らせている欧州資金市場では、格付けが1段階下がっただけでデリバティブ(金融派生商品)取引はかなり困難になり、2段階下げだと投資銀行業務がほぼ麻痺し、国際取引から完全撤退を余儀なくされる。

日銀は特融に慎重姿勢

焦った野村は「日銀口座」まで持ち出して格付け会社に説明した。確かに銀行でも破綻した日本振興銀行に日銀は口座を開かせなかったから、それは日銀が野村を「信用」しているお墨付きだし、いざというときの資金供給のチャネルでもある。

だが、これが仇となる。柏木の説明を受けた格付けアナリストが内々に日銀関係者に問い合わせると、「担保の範囲内でならいくらでも」と答えたものの、無担保でも貸し出す日銀特別融資(特融)は「簡単に発動できるわけがない」と繰り返した。

ムーディーズが野村の格付けを11月9日に格下げ方向で見直すと発表したのも、同月1日発表の7~9月期連結決算が460億円の赤字に転落しながら、日銀を含む当局が「万一の時は救済する」とのサインを出し切れなかったからでもある。

野村の窮状は株価に端的に表れている。9月6日に大和証券グループ本社を下回り、低迷の一途で時価総額は1兆円を割り込んだまま。野村が主幹事のオリンパスの不正会計が表面化した11月上旬には、つられてストップ安。慌てて野村證券副社長兼COO(最高執行責任者)の柴田拓美が、兜クラブのキャップ級記者を個別に呼んで「風評被害だ」とばかりに説明に努めた。

実は英FSAの強い懸念を受けた日本の金融庁は、11年夏から強力な野村監視体制を組んでいる。事実上の「金融庁管理会社」とのボヤキが野村社内からも漏れる。「とにかく手元資金を厚くしろ」との指示のもと、野村は傘下の野村プリンシパル・ファイナンスを通じて投資していた外食大手すかいらーく株を米ファンドに売却、2600億円の現金を確保した。野村不動産や野村総合研究所の売却先探しも躍起で、香港のファンド関係者の間では「買い叩ける」との見方も広がった。手元を厚くして市場の信認を得たい、格下げを回避したい、との必死の工作だ。

野村は当局の指導もあって、メーンバンクづくりにも動いた。すかいらーく売却前の11年夏にはグループCEO(最高経営責任者)の渡部賢一が、三菱東京UFJ銀行頭取の永易克典を訪ね、資金繰り支援を要請。クレジット・ライン(資金貸出枠)の設定で合意したもようだ。

三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)では、傘下の三菱証券(現三菱UFJモルガン・スタンレー証券)が巨額赤字を繰り返し計上してきただけに、野村の国内部門は垂涎の的で、できればこの機に買収したいとの思惑。野村にとっても三菱UFJはいざというときの駆け込み寺。両社の企画部門は頻繁に会合を設け、相手の腹を探りあっている。

ただ、MUFGは米投資銀行モルガン・スタンレーを11年春に連結対象にしたこともあって「旧リーマン部門は不要。海外を売却してから」と三菱・野村の資本提携に高いハードルを課している。 

そこへ、MUFGの動きを察知した三井住友FG(SMFG)がちょっかいを出した。野村へクレジット・ライン契約を打診し、出資を含む交渉に入った。三井住友にしてみると、日興証券は買収してみたものの、海外拠点網はお寒いかぎり。野村、大和と違って証券部門は黒字を維持しているが、収益源にまで育てるには海外網も持つ野村は手に入れたい代物だ。そのうえ「万一、三菱にとられたら、二度と差は埋められない」と危機感を募らせている。

野村サイドにもMUFGとの交渉を有利にしたいとの思惑があり、三菱側に三井住友からのアプローチを隠さず、両てんびんにかけている。

内部の立て直しでそれどころではないみずほFGを除いた2メガバンクの野村争奪戦は、しかし意外に盛り上がりに乏しい。2メガとも、欧州危機が一段と深刻化した10月以降、野村の欧州での資産は劣化したとみており、不良債権の山ではないかと警戒し始めているからだ。日本の金融当局は英FSAの野村への検査をベースに「悪化を織り込んでも債務超過にはならない」と伝えている模様だが、両メガとも「もう少し欧州情勢が落ち着くまでは」と慎重になり、いざという時に間に合わなくなる恐れが出ている。

劣後債「特約」にドッキリ

実は、英FSAが指摘した懸念は野村の資金繰りだけではない。日本政府に野村のきちんとした救済手法がないことを問題視、米リーマン・ブラザーズの破綻が世界的な金融システム不安につながった例を引きながら「巨大証券が万一破綻したら大変」と制度対応を求めている。

米国ではリーマン危機直後、大手投資銀行ゴールドマン・サックス、モルガン・スタンレーとも銀行持ち株会社に移行しており、いざとなれば「銀行」として救済が可能。日本では野村と大和が証券会社のままで、“伝家の宝刀”である預金保険法102条に基づく公的資金注入で救済することができない。

欧州危機の深刻化に金融当局も「野村が万一の時は」と野村HDに銀行免許を出すことを検討したが、不動産会社やプリンシパルを抱えたままでは「難しい」と諦めたという。そこで野村は、銀行免許もとれるよう野村不動産の売却に動き、プリンシパルも全て投資株を売却して事実上機能停止した。いざというとき銀行免許を取得できる道筋はできつつある。さらに、新しい自己資本比率規制(バーゼル3)下でも自己資本に算入できる劣後債1700億円を主に個人向けに売り出し、12月12日から募集に入った。金融庁が破綻認定し公的資金が注入されたら元利の支払いをやめる特約付き。「そこまでやるか」と市場は目をむいた。

欧州危機で野村には多くの安全ネットが張られた。1月末ごろにはムーディーズの格下げ判断の時期が来る。後手に回らぬ戦略は打ち出せるだろうか。(敬称略)

(貼り付け終わり)

松尾 雄治 拝