[481]市井の福島市民様

太田 投稿日:2011/04/21 22:50

市井の福島市民様。さぞ御不快な文面であったにも関わらず、ご丁寧な回答をいただきありがとうございました。

 ご指摘の「エコ利権集団」は、さらなる安全策らしきものを提示しつつ、涼しい顔で原発を稼動し続けています。どさくさにまぎれて情報統制するやら、TVでプルサーマルの宣伝を再開するわ、やりたい放題です。でも、こんなことを許している責任は国民側にもあります。私が本当に悲しく思うのは世論調査の結果です。例えば、4月1~3日の読売新聞による結果では、今後原発を、「増やすべき」10%、「現状維持」46%、「減らすべき」29%、「なくすべき」12%。他の新聞社の調査結果も似たり寄ったりです(いつもながら、この数字が必ずしも正しいとは限らないのでしょうが・・・)。
 でも、なにか、おかしいと思うのです。良いとか悪いとかではなく、何でこんなことになっているのか・・・? どうやって浜岡原発を止めるかの答えは簡単です。ボタンを押して制御棒を突っ込めばよい。福島第一の原子炉はもはや制御不可能ですが、他の原発なら、今なら、いとも簡単にできます。なのに、出来ないという。できないのではなく、やりたくない。私は、政府も電力会社も、頭の中では何をすべきか、理性では判っていると思います。では、なぜ、それを実行しないのか?理由は本当に利権でしょうか?一方、国民も本心では原発を止めるべきと分かっていると思います。では、なぜ、こんなアンケート結果になるのか?

 私自身は、政府や電力会社は、もはや、将来の利権のことまで考えていないように感じます。だって、自分の国が滅ぶかもしれないのですよ。さすがに、そんな方法でお金を得て幸せになれるとは思っていないだろうし、それどころか、怒った国民に殺されるかもしれないとも感じているはずです。馬鹿でなければ・・。
 理由はきっと別のところにあります。政府や電力会社の幹部は、自分の人生の大半をつぎ込んで築き上げた、今の生活や地位を守りたいだけなのです。今、負けを認めて原発を停止したりすれば、内からも外からもひどい非難を浴びて、どんな目に合わされるか分からない。築き上げたものはすべて崩れる。そうなるくらいなら、今までの生き方を貫いて、なるようになれ!そんな心境ではないでしょうか?被災地以外の、国民もそうです。好きなだけ電気が使える今の快適な暮らしを守りたいのです。でも、それは、単なる贅沢とはいえない。「原発は現状維持」と回答することによって、「これからも、今の生活が続く」と、ご自身に言い聞かせておられるのではないかと思うのです。
 そして、ここからは、本当に失礼をお許しください。福島の被災者の方も同じ心境にあるのではないかと思うのです。たとえ、放射能を浴びても、自分がこれまで手塩にかけて育ててきた牛や農作物、そして生活を守りたい。悲惨な現状が自業自得ではない分だけ、なおさらそのように思われているように感じます。副島先生は現地におもむかれて、そのような動かしがたい現地の覚悟を見抜かれたからこそ、「これは命をかけて応援してあげるしかない!」、そう思われたのではないでしょうか?これは、「大愛」で、一般人のレベルではありません。

 でも、お叱りを受けるのを覚悟で敢えて言いたいと思います。時代は考えられないくらい巨大なスケールで変化してきているように思えます。昨日の常識は今日の非常識で、経済や政治システムも人々の考え方も根底から変わろうとしているように思えます。まさに、副島先生が予言されたとおりです。そして、今回の未曾有の天災や人災も、そのような巨大な変化の一場面に過ぎないのではないかとさえ感じます。もしかしたら、ルネッサンスや明治維新クラスか、それ以上の大転換期ではないかと・・。このあと、どんな世の中になるか分かりませんが、きっと、当時の大多数の人々も何が起こっているのかわからなかったと思います。でも、特にこのような激動期には、変化に抵抗せずに、冷静に受け入れて対応した者だけが、災難を乗り越えて幸せになると言われます。逆に、そのような中で、財産、地位、生活、業績、信念、なんであっても、自分がこれまでに得たものを守り抜こうとする気持ちはあだになると言われます。マスコミは、そのようなこだわりを通そうとする気持ちを「希望」とか「勇気」とか言って称えますが、仏教では、「執着」と呼びます。それが、「悪い」理由は、ごく単純で、結果的にその人自身や周りを不幸にするからであると教えます(念のためですが、私は、特定の宗教活動には一切興味ありません)。

 市井の福島市民様、私は、あなたの今の苦境に対して、上からものを言える立場でないことは重々分かっております。あなたと同じ苦境を私が耐えられるか、と問われると、その自信もさらさらありません。ただ、一点だけお願いしたいことがあるとすれば、「もし、裸一貫で、海外から始めて福島に訪れたばかりとすれば、今、どう行動するのが一番自分にとって幸せか?」と考えてみていただきたく思います。私が、もし、同じ立場に立ったと想像したら、それ以外に、気持ちの支え方が思いつかないのです。

 浜岡原発をどうやって止めるか?そのことに対する秘策も持ち合わせておりません。実に、原発を止めろ!といわれるのは、政府や電力会社のお偉いさんにとっては、「執着を捨てなさい」といわれているのと同じ気持ちでしょう。「では、あなたが先に捨ててから言ってください」という気持ちになって、さらに陰険に抵抗したくなるのではないかと思います。
 私は、ごく近い将来、あちこちから原発廃止運動が沸き上がり、原発利権にまみれていない政治家がそれを利用して活躍する。そんな場面を、期待を持って想像しております。でも、それには、国民自身が、一時的にせよ電力30%カットを自ら受け入れる腹を決めることがどうしても必要です。あんな世論調査では小沢さんも動きにくいでしょうし、我々自身にも良い具体策など浮かぶはずがないと思います。優秀な日本人のことですから、一旦腹をくくれば、すぐに、太陽光や風力を器用に利用して、信じられないスピードでその30%を埋めていくのではないかと想像します。市井の福島市民様や他の被災者の皆様、あるいは、計画停電に苦しむ東京都民の皆様、いかがでしょうか?さらなる原発事故のリスクと天秤にかけなければならないほど、電力30%減は悲惨なものでしょうか?それとも、耐えうるものでしょうか?申し訳ないと思いながらも、未だにヌクヌクとした生活を送っている大阪人にはどうもイメージが浮かばないのですが、一方で、残された時間があまりないような気がして心配でなりません。