[261]福島原発メルトダウンから米金融市場メルトダウンへ

長田 投稿日:2011/03/17 03:08

 金融の専門家の長田と申します。
 日本株暴落は、米ドル基軸通貨体制の崩壊を先取りするのではないでしょうか。
 3月11日に起こった東北地方太平洋沖地震は、マグニチュード9.0という途方もない規模の巨大なものだった。大地震そのものだけでなく、発生直後の大津波により膨大な死者が出た。しかも、その後、福島第一原子力発電所の事故をめぐり、2号機にて爆発が起きたことによって格納容器の下部の圧力抑制室が破損した。さらに稼働していなかった4号機にまで火災が起こり、人体に影響を及ぼすほどの放射線が放出されてしまった。いまやメルトダウンに至る事態を懸念する声が聞かれるようになっており、関東地方が“死の灰”に覆われる恐れがあるとして、英国やフランスでは大使館員の召還に踏み切る動きも見られている。

 日経平均株価は地震発生直後の11日には大引けで売られたとはいえ、前日比180円近い下げで済んだが、週明け14日には同600円以上も下げた。さらに翌15日には1,000円を上回る下げ幅となったのは、主に外国人投資家が狼狽(ろうばい)的に投げたからに他ならない。昨年11月3日にFRBが「QE2」と呼ばれる量的緩和策を決めて以来、米国株に追随して日本株も上昇してきたのは外国人投資家の物色によるところが大きかっただけに、狼狽売りからこれほど短期間で強烈に暴落するのもうなずけるというものだ。

 それにしても、今回の原発の事故に加えて計画停電の対応ぶりにしてもそうだが、東京電力の右往左往ぶりは呆れたものだ。やはり半官半民企業だけあって社風が“お役所的”であり、社員の性格も公務員のそれに近いといえよう。菅直人首相が激怒したといわれているが、政府との意思疎通ができていなかったのも、各官庁の縦割り行政の弊害を想起させるものがある。

 もう一つ注目されるのが、今回の原発事故に対して米国が積極的に支援しようとしていたことだ。事故が起こるとすかさずヒラリー・クリントン国務長官が冷却水を日本に送る意向を示し、応急措置として海水の注入を勧めたり、原発処理の最新設備を空母ロナルド・レーガンに搭載して急派させている。もっとも、東電側が自分たちで問題を処理しようとしてきたために実現せず、かえって墓穴を掘っている面が強いのが残念なところだ。

 なぜ米国が原発処理に非常に熱心かというと、バラク・オバマ政権が国内で原油価格高騰への対処として積極的に発電所を建設しようとしているからだけでなく、米金融市場に重大な危機をもたらしかねないからだ。国際金融市場への影響として、このことをしっかり押さえておく必要がある。
 
 大地震が起こり、週明け14日の早朝シドニー市場では一時1ドル=80円60銭まで円高が進んだ。これは、保険会社が保険金支払いのために海外で運用している外貨建て資産を取り崩して国内に還流させるとの思惑が出たことによるものだ。この時の円高は時期尚早であったが、いずれ保険金支払いのために処分売りが出て国内に資金還流されるのは間違いなく、それに原発の事故が加わると実に膨大な金額に膨れ上がるのは想像に難くない。邦銀とは異なり、生保を中心に損保も含む機関投資家が国内に資金還流させると、直接的に円買い・ドル売り要因になる。
 
 ちなみに、大手生保の外貨建て運用の規模は、一般勘定分だけで最大手の日本生命が10兆円に上るのをはじめ、大手生保だけで30兆円に達している。これに特別勘定分や、さらには損保分を含めるとかなりの規模に達するはずだ。しかも、これらはあくまでも公表されているだけに過ぎず、実際には属国日本は“裏勘定”その他でそれよりはるかに大きな規模の米資産を買わされている。このかなりの部分が取り崩されて国内に還流してくるとすると、巨大な円買い圧力が出てくるだけでなく、米金融市場そのものが崩壊しかねないほどの衝撃をもたらさずにはおかないだろう。
 
 しかも、保険会社の多くは国際間で再保険をかけているので、国内生損保の資産の取り崩しは米欧の多くの大手保険会社の資産内容を悪化させずにはおかないはずだ。さらに、07年7月以降のサブプライム危機や08年9月15日のリーマン・ショックによる金融危機の際に明らかになったように、米国では証券化が進み、さらに金融工学を駆使して非常に多くの複雑な金融商品が組成されて流通している。リーマン・ブラザーズが破綻したことで呆気なくアメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)も連鎖破綻したように、社債の破綻リスクを扱っているCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)取引を介して多くの大手金融機関に大きな被害をもたらすだろう。さらにこのCDSを組み込んだCDO(合成債務担保証券)取引も無価値になっていくことで、米金融市場は機能麻痺状態に陥りかねない。

 このように、福島原発のメルトダウンは米金融市場のメルトダウンに波及する恐れを秘めている。それによりリーマン・ショック以上の金融危機が襲うことで、金融恐慌に発展していく恐れが高まるだろう。米国が引き起こした中東民主化の動きがサウジアラビアにも波及して王制存続の危機が高まっていくのとともに、米ドル基軸通貨体制はこれにより崩壊に向かっていくことになる。日本の株価暴落は、基軸通貨ドルを介した米国を中心とする金融秩序の崩壊を先取りしたものになるかもしれない。