[110]重力進化学

茂木 投稿日:2010/10/28 21:02

会員番号1149番の茂木です。

以前この掲示板でも紹介のあった西原克成博士の研究について、私のブログ
http://celadon.ivory.ne.jp
でも論じましたので、記事を転載しておきます。ご意見などいただければ嬉しく思います。

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重力進化学(9/14/2010)

 “生きもの上陸作戦”中村桂子・板橋涼子共著(PHPサイエンス・ワールド新書)を楽しく読んだ。サブタイトルに“絶滅と進化の5億年”とある。

(引用開始)

絶滅が大きな進化をうながす

今日、私たちが地上で目にするさまざまな樹木、美しい草花、周りを飛びかう虫たち、そして動物たち。こうした豊かな生態系の出発点はいまから5億年前――地球に生物が誕生して33億年、生き物たちが住み慣れた「水圏」を離れ、陸に上がることを決意したときのこと。まずは植物、そして昆虫、脊椎動物が上陸。5億年で5度の大きな絶滅を乗り越え、たくましく進化する生物の一大イベントを活き活きと描く。

(引用終了)
<同書カバーより>

ということで、この本は、胞子体の大型化、維管束の登場、花づくり遺伝子、翅ができる仕組み、植物と昆虫の共進化、魚類と顎の誕生、鰭から足へ、手はどうやって出来たのか、ゲノム重複、五回の絶滅、マントルプルーム、恐竜から鳥へなどなど、興味深いテーマについてわかりやすく説明してある。巻頭の「生きもの上陸大作戦絵巻」も楽しい。

 本書のテーマは多岐に亘っているから、さまざまな「興味の横展開」が可能だけれど、ここでは、脊椎動物の進化における「重力」の影響について考えてみたい。このテーマについては以前「脳について」の項のなかで、

(引用開始)

「内臓が生みだす心」西原克成著(NHKブックス)によると、脊椎動物の進化には大きく分けて三つの段階があったという。第一段階は、海中移動による「口肛分離」、第二段階は、上陸劇による「造血の骨髄腔への移動」、第三段階は、哺乳類の誕生による「歯の発達」。いずれの段階も重力が強く影響を及ぼしているという。

(引用終了)

と書いたことがある。西原克成医学博士については「免疫について」の項でもその著書を紹介したけれど、氏は、「脊椎動物の進化が重力を中心とした物理的・化学的要因によって起こる」ことを発見、以降これを「重力進化学」と名づけ、提唱しておられる。氏の重力進化学については“生物は重力が進化させた” 西原克成著(講談社ブルーバックス)に詳しいが、ここでは、“究極の免疫学”西原克成著(講談社インターナショナル)から、関連箇所を引用しよう。

(引用開始)

 生物の上陸にともなって、その身体には劇的な十二の変化が発生しました。それは、1.骨髄造血の発生 2.硬骨の発生 3.心臓脈管系の冠動脈の発生 4.鰓から肺への変容 5.赤血球・白血球の分化 6.リンパシステムの発生 7.大脳新皮質の錐体路運動神経の発生 8.毛細血管の発生 9.交感神経の発生 10.恒温性の発生 11.主要組織適合抗体の発生 12.楯鱗(皮歯)の獣毛への変化です。
 これらの変化は、重力作用が六倍になり、酸素の濃度が三十倍になり、生活媒体が比熱一の水から零に近い空気へと変わり、比重の面でも一から八百分の一へと変わったことで、もたらされました。

(引用終了)
<同書119ページ。引用者により一部漢字を数字に置換>

免疫学で重視される自律神経(交感神経と副交感神経)のうち、交感神経そのものが「重力」によって発生したという指摘はとても興味深い。西原氏は、この本のなかで重力と免疫の関係について、「水中から陸上への生物の進化が免疫系を進化させた」、「重力が細胞消化システムとしての免疫系をつくった」とさらに指摘しておられる。

 免疫系、なかでも交感神経の発生・発達が「重力」の影響であることについては、以前同じく「免疫について」の項でその著書を紹介した、新潟大学大学院の安保徹教授も指摘しておられる。同氏の“50歳からの病気にならない生き方革命”(だいわ文庫)から引用しよう。

(引用開始)

 自律神経は交感神経と副交感神経のバランスで調節しています。血液の循環を調節しているのは交感神経です。交感神経は脊髄から出て、血管のまわりをとりまいて全身に行き渡っています。
 脊椎動物になってから血管が生まれ、そのあたりで交感神経ができ始め、血管とともに進化して上陸した時点で全身に一気に広がっていったと考えられます。
 単細胞生物から多細胞生物へ進化するときに、すべての細胞を調節する自律神経ができたのですが、初めから交感神経と副交感神経があったわけではありません。生物は食べると一応生きられるので、消化器官を動かす副交感神経から始まったと考えられています。(中略)
 ところが、上陸するとじっとしていては食べられないし、危険が迫ると逃げたり、あるいは攻撃するようになって、食べること以外の調節がとりわけ必要になったので、交感神経ができたと考えられます。(中略)
 前からあった副交感神経は、生きる環境が水中から陸上に変わり、活動量が飛躍的に増えたので、頸部と仙骨に追いやられ、交感神経が全身に広がったと考えられます。

(引用終了)
<同書109-111ページ>

 交感神経と副交感神経のバランスによって我々の健康が保たれていることは免疫学のよく教えるところだが、全身に広がった交感神経によって、人間文化の発生の基となる「食べること以外」の調節が行われるようになったということであれば、改めて、人間の進化における「重力の影響の大きさ」について考えさせられる。