Re:[63]「臨界点」(crisis)

会員番号4655 佐藤裕一 投稿日:2010/11/06 21:00

 菊地研一郎さんへ
 
 会員番号4655の佐藤裕一です。

[63]「臨界点」(crisis)で核心を突く見事な解説をありがとうございます。要約の内容については簡潔明瞭で素晴らしく、別段異論などないので、ここでは[63]の「おまけ」について。正午過ぎには読んでいたのに、またいつもの悪い癖が出まして、うだぐだ書いているうちにこの時間になってしまいました。菊地さんは即座に反応して下さったというのに、申し訳ございません。

 ギリシャ語の「クリシス」が英語の「クライスィス」(crisis)になったのですね。それで病気の峠の意味からつながって社会の危機、難局を表すようになったということですね。組織や社会、世界を人体に模すのは洋の東西問わず昔からのことで、「社会の癌」というような表現が典型ですね。組織という言葉にしても人体の構成を組織とも言いますし。

 一応[62]にもURLを貼りましたが、ウィキペディアの「臨界点」の項目では(critical point)、「クリティカル・ポイント」となっていますが、ここでは厳密な学問用語の説明だけに限定してあります。

 医術が宗教や呪術から分離独立したというので、週刊少年ジャンプで連載されていた内水融原作の『アスクレピオス』を思い出しました。もちろんギリシャ神話の「アスクレーピオス」からきていますが舞台は中世で、教会から異端認定された外科医を描いています。ラストでは教皇や枢機卿達が注視するなか主人公が異端審問にかけられ、実際に有効であるか公開手術をさせますが、医者モノ漫画は手塚治虫の『ブラック・ジャック』以来どうしても難しくて、残念ながら短期間で終了しました。

 宗教や呪術、まじない、祈祷といったものから医術が分離する過程は重要ですね。ヒポクラテスの時代からだから、紀元前のギリシャで既に分離が起きているのに、ヨーロッパは弾圧で抑えつけられるから中世まで停滞期が長いですね。

 それでも学問よりも分離が先だったということでは、やはり背に腹はかえられない、必要に迫られる度合いが天文学なんかとは違う、ということでしょうか。

 何しろカトリックの聖職者だって生身の人間ですから、怪我もすれば病気もするし歳だってとる。有効な治療方法がどんどん見付かって進歩していけば時の世俗権力者層、上流階級に重宝されるようになり、もはや無視していられない、それで認めようと。確か『アスクレピオス』でも最後に教皇が手術を受けていたと記憶しています。

 それで分離があれば融和、融合もあるということでメアリー・ベイカー・エディ(Mary Baker Eddy)のクリスチャン・サイエンス(Christian Science)の運動が起こった、という理解でよろしいでしょうか。壮大なプラシーボ効果(偽薬効果)みたいなもので、故・小室直樹先生の著作を読んで、ここの開祖の話を知ったときの驚愕といったらありません。日本人離れしてますね、何もかも。野口英世のエピソードとかは分かり易いですけど、やっぱり全然違う。イエズス会士にこんな話をして、嫌がられるかもしれませんが、それにしても人間の精神力、信仰というか、思い込みの力というものは凄まじいですね。ここらへんが呪術を除外しても、宗教と近代医療、近代医学の中間にまだモヤモヤとしたものがあります。

 今でもアメリカでは妊娠中絶問題で国論を二分する背景には宗教があり、堕胎医を射殺するのも出てきて殺人事件に発展するまでに衝突するほどですが、あれはプロテスタントの牧師だったでしょうか。これも医療技術の進歩で新しく起きてしまった問題ですね。

 欧米人とは違って日本人はほとんど宗教が無いも同然だから堕胎手術に抵抗がなく、胎児が人間かどうかという論争もなければ子殺しだとも思わないので、国論の分裂が元から無い。法律以外の、社会における宗教と倫理的葛藤が、最初から無い。各夫婦、各個人の問題だと思っている。

 個人主義者が少ない日本において、何故こういうところだけは個人主義が貫徹しているのかといえば、日本人が無宗教だから、日本社会と共同体の伝統や因習、掟に抵触しないから、どうでもいいからですね。むしろ間引きの伝統があるくらいです。社会における宗教の割合も位置も他国一般と比較して著しく低い。仏教国だなどと、嘘をつくな。

 つまり日本人が本当のところ、いかに宗教をどうでもいいと思っているかが、こういう角度から見るとよく分かります。社会的に心配しているのは殺される胎児の生命ではなく、少子化問題、人口論の観点からの話だけです。日本人が宗教と無縁であることの1つの証左として小室先生も挙げていましたね。いかに日本が宗教無理解のみょうちくりんな国であるか、小室先生の著作群を読むと何気ないことが分かって面白くなってきます。

 日本人は宗教戦争(本物の)を経験していないし、宗教から脱け出す努力が必要なかったのですね。だから明治維新以後、たかが呪術やまじない、迷信から決別した程度で、近代(モダン)国家に入ったと思い込むことになります。離陸したつもりで滑走路を走り続けている飛行機みたいなものです。だから墜落や着陸(ポスト・モダン)のことは心配する必要が無い。滑走路が途切れて行き止まりに突っ込むことを心配した方がいい。前近代(プレ・モダン)国家日本の臨界点は果たしていつになるのか。

 それで、近代は分離の時代ということで、実践上の医術・医療と、学問上の医学が分裂することになりますが、弊害も大きいですね。ここの「近代医学・医療掲示板」も掲示板の名称からして分裂しています。

「近代医学・医療掲示板」は学問道場内でまだ生きている珍しい掲示板ですが、李漢栄さんやおじいさん氏、崎谷氏をはじめ会員にお医者さんのかたが多いからみたいですね。

 お医者さんは人間と向き合い、人間の命や病のことを四六時中考えなければならないという職業柄、世界の真実を知りたいという欲求に迫られるかたが多くいらっしゃるのでしょう。それで何としても日本一の学者の言うことが聞きたい、知りたいということで、副島先生の本に惹かれるのです。お医者さんは「騙されたくない」という思いが強いわけです。

 それにしても近藤誠氏の『患者よ、がんと闘うな』(近藤誠著、文藝春秋刊、1996年3月30日 第1刷発行)を読んでいると、私は門外漢なので詳しい実態はよく分かりませんが、頑迷な医療従事者や医学者が多いことは確かなようですね。十数年経過していますが、どれほど変われたというのでしょうか、ヒポクラテスの爪の垢でも煎じて飲んだほうがいい人も多いのでしょう。  

ヒポクラテス – wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/ヒポクラテス

アスクレーピオス – wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/アスクレーピオス

アスクレピオス (漫画) – wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/アスクレピオス_(漫画)

クリスチャン・サイエンス – wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/クリスチャン・サイエンス

メリー・ベーカー・エディ – wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/メリー・ベーカー・エディ

偽薬 – wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/偽薬