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「24」 以下の「ネット交友備忘録」という文は、ネット上で頻繁に流れている副島隆彦論である。6年前の私について書いている。
副島隆彦です。今日は2006年10月15日です。
 以下の「ネット交友備忘録」という文章は、たしか、ヨーコさんという女性が書いたものだ。たった一度だけあったことがある人だ。ご主人のネット・ハッカー氏と一緒に、古いベンツに乗って現れた。雨の降る日だった。それ以上のことは覚えていません。
 自分はあの頃はこういう事を話していたのだろう、と認めるしかない。人間はすこしずつどんどん考えが変わってゆく生き物だということが分かります。  副島隆彦拝

(転載貼り付け始め)


「ネット交友備忘録・副島国家戦略研究所所長 副島隆彦氏」

2000年5月15日

 梅雨の予感を感じさせる曇天の、湿やかな空気が身体にまとわりつく日であった。窓から流れ込む気怠い空気に覆われると首の後ろが鈍痛にも似た頭痛に襲われるので、あたしは窓を閉めてエアコンのスイッチを入れて車を走らせる。

 まだ5月だというのにエアコンを入れるのは少々罪悪感が沸き上がる。その罪悪感が環境保護的心情から出るのか、貧乏性から出るものなのかはわからないけれど。

 前日に急にWeb上の友人である北島氏からメールが来ていた。彼は副島国家戦略研究所略してSNSIという名称の組織の副所長を務めている。国家戦略研究所、何てロマンティックな名称!

 国家戦略研究所という名称を聞いてあたしが思い浮かべるもの。幼少期に友人と遊んだ秘密基地。空き地の背丈より高い草むらの中をかいくぐり、ビルとビルの間や住宅街の間の秘密の小道を斥候し、虫や小動物などの獲物を捕まえて生体実験し、道のない丘陵を自転車で歓声を上げながらフルスピードで下っていく。

 その世界の片隅にあった隠れ家。虫食い穴の隙間から日が射す、鄙びた匂いのする古い物置。ネズミに囓られたおもちゃや、道端で拾ったごわごわのエロ雑誌や、縄跳びやボール、シャベルやじょうろなどなど、どこにでもありふれたがらくたでしかないような物達が胸湧き踊る小道具として日常を彩ったのは、そのがらくたを媒介して異世界への心のゲートを開くことができたからだ。

 あの頃、世界は何て広く不思議に満ちていたのだろう。今歩いている道の果て、そこはどこに通じているの?、そんなことを考えてですら眠れない夜もあるくらいに。

 自身の肉体と精神の成育に比例して知識と情報が蓄積されるにつれ、世界はどんどん狭くなる。まるで見たこともないものの手触りを擬似的に感じることができるように、本当は知らないもののことをあたし達は知ったような気分になって満足する。あの道の向こうに何があるのか、もうあたしは知っている。この足で行ったことのない果ては地図が指し示している。

 知的好奇心の泉の充足と枯渇を繰り返すうちに感情の機微は風化し、その襞は摩耗して不感症になる。単なる生活者として陳腐な日常に溺れていく瞬間。その息苦しさを幾度も受け入れていくうちに、次第にゆっくりとぬるま湯に沈むのが快感になる。けれども泉の底には鍵の掛けられた秘密基地が心の原風景としてそこにある。そして、鍵穴にキーが差し込められるのを待っている。

 副島氏が大真面目にこの名称を命名したのであったなら、非常に失礼千万なことを書いているわけだが、国家戦略研究所という大仰な響きにも聞こえる名称の機関をインターネットという仮想空間に立ち上げたとあった時にあたしの脳裏に浮かんだ風景をあたしは否定しない。

 北島氏からのメールの内容は、「明日、副島先生を交えてネットの方々と歓談するので、よかったら来ませんか」というお誘いだった。あたしなぞにお声をかけて頂いたのは非常にありがたき思いで、素直に嬉しい、わーい。

 しかし、「そういやあたしは副島先生のことをあんまり知らないや」と、はたと思う。氏の著作であたしのお気に入りの1冊になっているのは、1998年7月にメディアワークスから出版された「アメリカの秘密」である。

 それは、過去のハリウッド映画の大作から、そこに暗喩として込められたアメリカの政治的意図や陰謀を読み解くというなかなか刺激的なもので、おポンチな脳味噌の持ち主のあたしでもぐいぐいと引き込まれて読んだのだ。本文からそのエッセンスを感じることのできる一文を少し紹介したい。

(引用はじめ)

 ・この映画は、「東アジアの奥地で原住民たちの央となって生きている元アメリカ陸軍特殊部隊(グリーンベレー)の大佐を、本国に連れ戻すか射殺してこい」という指令を受けたアメリカ軍人の物語である。ここで、これまで日本人が誰一人とて理解できなかったこの映画のテーマを、たった一言で説明しよう。「地獄の黙示録」で描かれる、アジアの土民達の支配者となって君臨するカーツ大佐とは、実は、ダグラス・マッカーサー元帥のことである。「地獄の黙示録」

 ・この地上に愛と友愛の共同体などない。たとえそれが、消費者運動であれ、平和団体であれ、環境保護団体であれ、宗教団体であれ、その内側は全て、すさまじい憎しみ合いと派閥抗争に明け暮れている。人間が百人も集まれば、その団体は内側におぞましいほどの政治力学と非人間化した内部抗争を必ず内包する。独裁者やワンマン経営者がいる方が、この派閥抗争は少ない。「ゴッドファーザー」

 ・「お前達が蔑(さげす)みながら、そのくせ必要悪として存在させているこの町の売春婦たちをもっと大切に人間として扱え」。ここに本物の保守思想がある。民衆の生活の汚らしい部分を含めた全場面を心から愛し、一切の偽善を排し、ありのままの人間像を見つめようとする新しい思想の姿がここに浮かび上がってくる。「許されざる者」

 ・アメリカは世界覇権帝国であるがゆえに、古代ローマ帝国に似て、その大柄な政治ドラマ性がときに極端なまでに単純化された幼稚な形で表れるのである。今のアメリカでは、このような政治勢力間の対立に国民を巻き込むことを狙いとして、ハリウッド映画が作られている。このことを日本の映画評論家は誰も分析できないし、指摘できない。


 で、極めつけはこれだろう。


 ・日本は「猿の惑星」である。そして私は、「日本が猿の惑星である」ということに気づいてしまった若い猿、なのである。私の人生の悲劇は、アメリカの友人からそれとなく、このことを教えられた時からはじまった。私はそのとき、この真実と共に、難儀な人生を生きていかなければならないと悟った。「猿の惑星」

(引用終わり)

 これらの言論に象徴される副島氏の筆の率直さと勢いが、他の言論人から忌み嫌われるのだと、氏自身が幾度も著作中で述べている。

 この本はかなりのお気に入りではあったのだが、あたしの副島氏の認識は、”潤沢な知識と情報を明晰な頭脳を使って冷徹に分析する、経済学に精通した保守論客”というもので、この本はたまたま例外でお書きになったのだろうと思っていた。その印象と本の裏表紙の著者紹介の写真を見て受けた印象が相まって、青っ白くて神経質で偏屈な天才肌的学者タイプの方なのかしらんという強烈な刷り込みがあたしの心になされていたのだ。

 副島氏のネット進出があちこちで話題になるようになって、記憶の引き出しの奥底に埋もれていたそういった想いをふと思い出しながら、所詮浅学非才な自分には関係のない出来事だと、遠い世界のことを見るようにその事象を眺めていた。

 ネットには、狭い世界の中でカリスマ的に持ち上げられ、同じネットの住人達へだけそれなりに影響力のあるにわか論客が多数存在する。彼らは副島氏の動きに同意してその勢力に入っていこうとするのか、それとも、アンチメジャー、アンチマスコミの潮流の中で無視または攻撃しようとするのか。その興味とは、今までネットに参入してきた他の言論人の動向への野次馬的興味と同質であり、その域を超えるものではなかった。

 しかし、kikunoさんという小室直樹ファンの女性webmasterのページで副島氏が無料で受けたインタビューを読み、氏がネットの可能性や後進の若き人々へ想いを寄せているのを知った。

(引用始め)

 今は、本が売れない、雑誌が売れない。で余裕がなくなってないんですけど。まぁ、私は、大きな意味では「属国・日本論」と、輸入思想である「リバータリアニズム」の2本立てで行きます。これの類推形態、派生作品をね、あと10冊くらい本を書いて、それで終わりなら終わりにしようと思うくらいに、もう枯れちゃってるんです。

 それは決して、力が落ちたとか、駄目になったという意味ではなくて、それを目利きして、値踏みするのは読者ですから、「こいつはもうだめだな」と若い人たちで判断する人が300人や500人でてきたら、私はもう物書きを辞める、それぐらいの潔さがあります。

 だから、最近は若い人を育てるって決めたんです。自分がいくら忙しいといっても、やっぱり若い人を育てることが大事だと思っています。今は、若い人たちを育てることが一番良いことだと僕は思ってましてね。言ってしまえば、才能があって、僕とうまがあって、物書きとしての素養のあるような人たちの文章に、プロとしての立場から助言を与えて、強いて言えば、出版社まで紹介してやって書かせる。

 後は、本人の努力ですから、伸びていくか、いかないかは本人次第というわけです。最初のチャンスを与えなくてはいけないと思ってますから。若い人との出会いは、これからインターネットでだんだん多くなっていくでしょうから。

(引用終わり)

 この一文を読んだ時に、「おおっ、何て懐の深い方なのだ。あたしの先入観は間違っているかもっ」と思ったが、依然自分には関係のない話だという醒めた想いが変わるということはない。今日他に呼ばれている参加者達は皆、ネットにも思想政治にもある程度精通していて、副島氏の師匠でもある小室直樹氏の著作も多数読んでいる人間ばかりだ。

 多分、無知蒙昧なあたしはしおれた壁際のペンペン草のように小さくなって佇み、時折愛想笑いなんかしたりして、話の大半は自分の脳味噌の理解の範疇とは違うステージで流れていくのだろう。それでも、折角お誘い頂いたんだし、何か勉強になればいいや・・・と、お会いする前から既に少々みじめな自分の姿を思い浮かべしおしおだったのである。あたしは人生を後ろ向きに歩いているペシミストなのだ。レッツ、ネガティヴシンキン! いや、そんなことわざわざ公言してもしゃあないのだけれど。

 しかし、実際お会いした副島隆彦氏は、大柄な身体を曲げて、鋭い眼光が光る目を和らげて気さくに握手して挨拶してくださる。ハンドシェイクハンドシェイク。すいません、実物の副島先生は全然青っ白くも偏屈そうでもありませんでした。心に安心感が芽生える。しかし、灰汁の強い変な方でもそれはそれでおもしろかったかも・・・(←コラッ)。

 で、実際にお話を伺っていると、面白すぎてぐぐっと副島ワールドに引き込まれていくのを感じる自分。

 「俺は24時間話し続けても平気だよん」とご自分で仰る通り、いちごミルクで時折舌と喉を湿らせながら猛烈に話し続ける副島氏。その多岐に渡る知識と人を逸らさない歯切れのいい口調、そして時々ちくちくとサボテンの棘のように鼓膜を刺す毒に、今この場所は磁力を帯びる。

 嗚呼、自分がMDのように精巧な記憶装置になれないことが何て悔やちい。一言一句聞き漏らさないようにと集中しても、あたしの鳥頭はざるのように聞いた端から情報をダダ漏れさせてしまうのだ、とほほ。しかし、それでも記録することはしないことよりは価値があるでしょ。よって、本日の会話の中であたしの頭のメモリに残っている副島語録集を以下に。

(副島語録)

 ・これからはね、茶坊主戦略で行こうと思っているんですよ。茶坊主(ちゃぼうず)って一言で馬鹿にされるけどね、いや、あれはなかなか大変な仕事ですよ。政治家にくっついていると得をするよ、どんどんくっつきなさい。但し、呼ばれて聞かれたこと以外は答えない。あとは出しゃばらないで黙って政治家達のやる事を見ている。官僚には意志がないし、財界人は金儲けに忙しい。何かにつくなら政治家につくべきだ。

 ・昔の政治家は刺されたり撃たれたり、常に命の危険に晒されていた。今は平和になったから死ぬまで働く。だから脳卒中になる。昔も今も政治家が職務を全うするのに命を賭けるという本質はかわらないわけよ。

 ・ボーイスカウトってあるでしょ、あれは別に健全でもなんでもないわけね。アメリカでは本当は軍隊の周りにたむろしてたかる乞食の子供達の集団だったのよ。キャンプーフォロワーって知ってる? 軍隊が行軍する時に、その野営地の周りにはユダヤ商人と売春婦と乞食のガキがいる。

 ユダヤ商人は略奪品を買い、売春婦は軍人の志気を上げ、ガキどもは斥候になる。地雷の埋まっている砂漠に来ると、バーッと蜘蛛の子を散らすように走らせてね、自分達はその後の安全な箇所だけを進んでいく。そういうこと誰も言わないわけよ。

 ・僕はインターネットの未来に多大な期待をよせている。一番注目しているのは”サイバッチ!”だ。あの文章は素晴らしい。ネットに出てくる文章もここまでのレベルに来たかと思った。「俺達はアカにもいじめられる最低のウジ虫集団」、うん、これはいい。

 素晴らしいよ。どんどんやって欲しい。そして、”噂の真相”と岡留を叩きつぶして欲しい。ただ、インターネットで収益を上げるのは難しい。収益を上げる方法を今後真剣に考えていかねばならない。金が入らなければどうしようもない。

 ・保守も左翼もくだらんよ。今の言論人と呼ばれている奴等は、皆ただの”商売右翼・商売左翼”だ。本当の思想なんかない。価値相対的に見れば猿同志がぐちゃぐちゃやり合ってるだけだよ。今生き残っている奴等は、戦場の前線でも闘争の現場でも、純粋な若い連中に突撃させて自分たちは後方や司令部にいて生き延びてきたんだ。僕は人を信じないし、失うものもない。だから権力の構造を暴くんだ。

 ・ゴルゴ13の世界観はいい。あそこには漫画ながら真実が沢山描かれている。しかし、大きな嘘がひとつある。ゴルゴのような奴など本当はどこにもいないことだ。ましてや、ゴルゴが日本人ということは絶対ありえない(笑)。

 ・「副島先生は親米か」ってよく聞かれるんだけどね、そういう時は「うん、親米だよ」って答えてる。「反米か?」って聞かれれば反米だし、「じゃあ、どっちなんだ!?」って聞かれたら、どっちでもないんだよね、あはは。

 ・言論人なんてね、徒弟制度とコネの世界だよ。教授なんてなりたかったらそう難しくはない。だから奴等はつるんでいるし、本当のことを言う俺を嫌う。でも、俺の言うことを無視できないからさ、悔しがりながら意識してるわけ。物書きなんて、みんな、馬鹿よ、馬鹿。どーしょーもない。

 ・まず大切なのは食べていくことと、生き延びることだ。10年以上、僕にとっては補給戦がテーマだった。若い頃の知り合いや友人で物書きだけでやっていこうとした奴らは、皆、消息がわからなくなっている。僕が小林よしのりを認めるのは、彼にとって、思想よりもまず自分の抱える社員達を喰わせていくことが最重要事項になっていることだ。

 ・喧嘩をする時は高学歴のインテリとだけすることにしている。彼らは損得勘定が働くから僕が蹴りを入れようと殴ろうと血みどろになって反撃してくることはない。だから僕は喧嘩で負けたことがない(笑)。

 ・俺はずっと、「日本は駄目になる~。経済は破綻する~」って逆張りで来たわけね。それが当たって生き残っている。誰もそこまで言う奴はいなかったんだから。逆張りはいいよ、うん。それで大衆が悲嘆にくれても、2,3万人の読者は残ってついてくるから大丈夫(笑)。

(語録終わり)

何せ、あたしの記憶なのでディティールは多少違うところもあるかもしれない、申し訳なし。あと、用語や人名を間違うと大変な政治の話については割愛したんだけれども、根底に流れる副島節のエッセンスを感じて頂けると嬉しい。こうして文面にすると、自分の筆力の足りなさがよくわかってもどかしいのだが。

 毒舌の合間合間に氏は、「ぶふっ」と舌をちょっと出して笑うのだが、それが何ともいたづらっ子のような笑顔で、あたしは冒頭に書いた”国家戦略研究所”への観念的な印象がますます強くなる。”世界”は大きな野原で、”戦略”はあの子供の頃の動悸を覚えるほどの高揚感、そんなことを想起させられた。要は、あたしの心の中でブッシュの中にカモフラージュされていたかのように忘れられていた秘密基地のドアに、鍵が差し込まれたわけである。

 先に文章で魅了されてから、その後その筆者と会ったり、人づてに行状や実態を聞いて幻滅し、「いや、作家本人と生み出された作品は切り離して考えるものなのだ」と自分に言い聞かせて納得しようと思うことはままあることなんだけれども、今日は逆に、作家御自身に魅力を感じて、彼の著書をもっと読んでみようと思ったのだった。

2000.05.15.

〔転載貼り付け終わり)

副島隆彦拝


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