日本への外国軍の占領が永久になる条件を整えた歴史を考える上で参考になる本を紹介する。

かたせ2号 投稿日:2024/04/05 23:07

かたせ2号です。
以下の本をみなさまにオススメします。

 

「共産中国はアメリカがつくった-G・マーシャルの背信外交」

ジョゼフ・マッカーシー (著), 副島 隆彦 (監訳・監修), 本原 俊裕 (訳)

https://www.amazon.co.jp/dp/4880861928

 

(本の紹介からの抜粋)

共産主義と資本主義の対立、米ソ冷戦などというものは嘘っぱちだ!

第二次世界大戦が終わった後の世界秩序を、自分たちの思うがままに不安定にして、戦乱の火種を残そうとした勢力がいる。世界を自由主義と共産主義に分割し、意図的に両陣営を対立、拮抗させることで利益を得る者たちがいる。それが「新世界秩序」の設計図を引いた者たちであり、彼らに抜擢され操られ上手に使われた政治家が、ジョージ・マーシャル国務長官その人である。

(本の紹介からの抜粋終わり)

 

かたせ2号です。
まずは、この本から行かないと話が始まらない。
この著作の日本語訳出版にこぎつけた副島隆彦先生に敬礼する。

(本書を手にした方へ監修・解説者 副島隆彦、から抜粋を開始)

1950年代、当時の世界情勢の新しい構図を、「これは巨大な陰謀である」と極めて早い時期から気づいていたのが、本書の著者、ジョゼフ・マッカーシーとその仲間たちである。

彼らは決して、「反共運動の闘士たち」などという単純な頭をした人々ではなかった。彼らこそが、アメリカの歴代大統領や、ソビエト・ロシアの頭目である凶暴なスターリン、そして中国の赤い星で、民族解放の英雄であると同時に残酷な独裁者であった毛沢東までをも手なずけ、背後から操って動かすアメリカの軍産複合体、すなわちロックフェラー財閥の世界支配と管理の新たなる次元と新展開を、すでに半世紀前の当時から大きく見抜いていたのである。

本書はそれらの歴史の諸事実を検証すべく、ジョゼフ・マッカーシーが今の私たちに書き残してくれた貴重な遺産である。

だから、ジョゼフ・マッカーシーをただ単に、アメリカで吹き荒れたソビエト恐怖症の「赤狩り」の嵐を生んだ、反共右翼の親玉扱いすれば済むものでない。半世紀後の今の私たちだからこそ冷静に分かるのでる。

ジョゼフ・マッカーシーは、半世紀後に亡霊となって私たちの日本に現れて、「日本人よ、気をつけろ。アメリカ国民と同じように、お前たちもまた騙されるぞ」と、囁いてくれているのである。

(本書を手にした方へ監修・解説者 副島隆彦、から抜粋終わり)

 

かたせ2号です。
アマゾンサイトでのレビューを一部、以下に抜粋する。マッカーシーの主張がコンパクトにまとめられている。

(レビューの抜粋開始)
マーシャル・プランは米国が推進した戦後欧州の復興援助計画だ。G・マーシャルは時の国務長官。後にノーベル平和賞を受けた英雄を攻撃したのが、マッカーシズム(アカ狩り)の元祖マッカーシー上院議員。大戦後、米は東欧や中国を共産主義の手に渡さずに済んだ。それをむざむざ許したのはマーシャルの背信外交のせいだ、と。本著にその内容が綴られている。
 一九四三年の欧州戦線。米軍が伊に進攻し、バルカン半島から東欧に進軍する絶好の機会が来る。チャーチルも希望した。だが十二月のテヘラン会談で、当時の陸軍参謀総長マーシャルはスターリンと共に反対。戦勝後を予見する能力のないF・ローズベルトが二人に味方し、米は有利な伊戦線を放棄。以降、米は露偏重政策をとる。戦後欧州はスターリンが思い描いた世界になる。
 一九四五年二月のヤルタ会談で、ローズベルトは極東における露の要求の大半、特に満洲における特権を認めた。それはマーシャルが当時敗北を覚悟した日本が和平を探ってきた事実を隠し、露の支援なくして対日戦勝利はないと助言したからだ。識者によると、原爆投下は日本の降服をたった一日早めたに過ぎない。それでもマーシャルは日本本土侵攻を熱望した。
 戦後中国の内戦から米国がいかに撤退し、露の支える中国共産党の勝利を間接的に促したか。マーシャルはウェデマイヤー将軍による状況分析の報告書や進言を黙殺し、一九四八年の議会をやっと通った対中軍事支援すら妨害した。さらに朝鮮を分断したのも、朝鮮戦争が無意味な大量殺人となったのもマーシャルに原因があるという。
(レビューの抜粋終わり)

かたせ2号です。
すばらしい本です。

毛沢東の共産中国が中国で成立するように仕向けたのは、実はアメリカだという主張に、ワタシも与(くみ)します。
そして、この本での知識を前提にしての、ワタシのその後の東アジア史の流れの解釈を、以下に記載します。ご参考ください。

  • 1949年 7月5日 下山事件

 (かたせ2号コメント:戦争勃発時の日本鉄道網の供用に断固拒否した『障害』を除去。)

  • 1949年10月1日 中華人民共和国 成立を宣言
  • 1950年6月25日  朝鮮戦争勃発
  • 1950年6月27日 国連安保理が、国際連合安全保障理事会決議83にて韓国(南朝鮮)政府軍事援助を認める
  • 1950年7月  7日、国際連合安全保障理事会決議84において、北朝鮮に対抗するために、アメリカが指揮を執る多国籍軍の編成を要請。

(かたせ2号コメント:1950年1月以降、ソ連は、中国の国連における代表権が中華人民共和国ではなく中華民国に割り当てられていることに抗議して、国連の全ての会合をボイコットしていたため、この安保理の会合にも出席しておらず、ソ連の拒否権は行使されなかった。朝鮮戦争を北朝鮮に仕掛けさせたソ連が、あらかじめ、このような隙をつくっているのはやはり、おかしい。)

・韓国軍が総崩れの中で北朝鮮軍は突然南進を停止し、3日間の軍事的な活動の空白の時間を生んだ。結果的に、韓国軍は勢力を巻き返すための貴重な時間稼ぎをする事ができた。

(その後、いろいろあって)

・1953年7月27日 北緯38度線近辺の板門店で北朝鮮、中国軍両軍と国連軍の間で休戦協定が結ばれる

(かたせ2号コメント:
みなさん、
これだけの大戦争が起きていて、戦争勃発前と休戦協定締結後の軍事境界線がほぼぴったり同じって、こんなに「人を馬鹿にした話」があるでしょうか?
そんなことは、普通ならば絶対に起こり得ない。でも、実際に起こった。
なぜでしょうか?
アメリカも中国もソ連に、最初から国境線を動かすつもりはないという「動機」が存在したのだと推察します。
そして、知らぬはマッカーサーばかりなり。彼は本当に「蚊帳の外」でした。
朝鮮戦争の後半で核兵器の投入を主張した彼は「『軍事境界線を変更させない』という当初からのシナリオ遂行を妨害する人物」として、アメリカ大統領直々に解任されました。
そして後に残されたのは
「Low Politics(経済)」で大勝利し国民が大喜びする一方で、
「High Politics(軍事・政治)」で大敗北を喫した日本のみ。
以上がワタシ、かたせ2号の理解です。)

以上