「1952」番。続けて私の「 mind は、× 心 ではない。マインドは、思考、知能、精神だ」論を載せる。後半 2021.8.10 副島隆彦
副島隆彦です。今日は、2021年8月10日(火)です。

 ひとつ前の、今日のぼやき「1951」番に、引き続いて「1952」番として、残り、16枚の デジタル画像を 載せます。 続けて読んでください。 副島隆彦 記

























 “The Society of Mind”   Simon and Shuster, 1985 
(邦訳は 『心の社会』安西祐一郎(あんざいゆういちろう)訳、産業図書、1990年)









 副島隆彦です。これでひとまず終わりとします。 私が、上記の本、『完結・英文法の謎を解く』(ちくま新書、1998年刊 )を書いて23年が経った。私にとっては、我慢に我慢の年月だ。この苦しみは、普通の人たちは分からない。本物の生来の知識人とはこういうものである。 
 
 AI(エイアイ。人工知能)、即ち、人間と同じように思考できるコンピュータ(のような機械)は、作れないようだ、と、この23年ではっきりしてきた。
「え? AI(エイアイ)が出来つつあるって当たり前でしょ」などと、知ったかぶりの、そこらのアホたち は、以下のことを大きく知らない。

 1.life ( ライフ。生命。主に分子生物学=モレキュラー・バイオロジー=でやる) の研究も、 2.matter ( マター。物質。主に量子力学、素粒子物理学でやる)の探求も、3.space ( スペイス。宇宙 あるいは私たちの目の前のこの空間。宇宙物理学=スぺイス・フィジックス=という、今やホラ吹きの集まり)の研究も、各分野の先端学者たちが、突き詰めても突き詰めても、いまだに解明できないのだ、という大きな真実を、 知らないのだ。 

 それから、数学(マセマティクス)が、1600年代 以降、暴走を始めて、自分たちの妄想が作った、解析学(カルキュラス、culculus 。簡単に言えば、あの微分積分のこと)から以降は、巨大なインチキ学問なのだ、ということも。

 私が、上記の本を書いて出版してから23年たった、今だからこそ、私は、ここに自分が切り開いてきた真実の火柱(ひばしら)を、堂々と披露する。上記の、3つの、大(だい)学問=science サイエンス の 限界が見えてきた。この23年後の今だからこそ、彼らにとって致命的な、真実暴(あば)き言論による攻撃を、私、副島隆彦が、これから掛ける。

 この私、副島隆彦の23年前の文 を真剣に読む者は、自分の脳(思想、知能、精神)で、厳格にその真偽(しんぎ)を判定せよ。 私は、このあとも、大きな知識、思想、学問の闘いに向かう。私の命が続く限りこの闘いは続く。私の決意の深さを知る者は、いまだに少ない。   副島隆彦 拝

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