さて、ケーガンのこれまでの主著といえば、日本でも一般家庭にも「ネオコン」という言葉を認知させるに至った、『ネオコンの論理』(Paradise and Power)であるが、前の大統領選挙の時にも『歴史の回帰(Return of the History)』という本を書いている。今回はケーガンのその流れで登場したもので、いまの世界秩序は覇権国であるアメリカが1世紀以上をかけて創りあげてきたものであり、その支柱である「海洋支配」と「自由市場資本主義」もまた、覇権国であるアメリカの普段の努力によって維持されたものであるとう主張をする。
すでに述べたとおり、ネオコン派は、ジョージ・W・ブッシュ George W. Bush 政権の外交政策を牛耳った集団である。この年に出発したばかりのブッシュ政権は、のっけから911事件(2001)を合図にして、アフガニスタ ンとイラクに侵攻した。「戦争で経済を立て直す」という、まさしく戦争経済 War Economy(ウォー・エコノミー) の戦略図のとおりである。まさしくこれがネオコン戦略である。金融・経済面でかげりが出てじり貧になったアメリカは、その優位な軍事力に ものを言わせて挽回しようとしたのだ。政権内のディック・チェイニー Dick Cheney 副大統領(1941~)とポール・ウォルフォビッツ Paul Wolfowitz 国防副長官(1943~)を筆頭にして、これらの強烈な政策を実行した。ブッシュ大統領自身は、気のいいボンボン息子であり、ただの お飾りだった。ブッシュ政権の外交政策の華々(はなばな)しさで、ネオコン派が「口先だけの知識人政策官僚ではない」まさしく狂暴な革命家集団であることが満天下に示 された。
本書の著者ケーガンが上級研究員であるブルッキングス研究所 Brookings Institution(純然たる民主党系のシンクタンク)の所長はストローブ・タルボット Strobe Talbott(1946~)である。タルボットは、ビル・クリントン Bill Clinton(1946~)元大統領がローズ奨学生 Rhodes Scholarship としてオックスフォード大学に留学した時のご学友で、クリントンの側近中の側近である。クリントン政権時代は8年間にわたり国務副長官(ステイト・ヴァイス・セクレタリー)を務め、政権を支えた。
ビル・クリントンの側近と言えば、現在、オバマ政権の国防長官(ディフェンス・セクレタリー)をしているレオン・パネッタ Leon Panetta(1938~)も忘れてはならない。パネッタは、連邦下院議員を務めた後、クリントン政権の行政管理予算局(オフィス・オブ・マネイジメント・アンド・バジェット)の局長、そして大統領首席補佐官(チーフ・オブ・スタッフ)を歴任した。行政管理予算局(OMB)の局長というのは、日本でいえば、まさしく財務省のトップの事務次官と主計局長に相当する。国家予算のすべての数字を握っている最高責任者だ。彼が今もオバマ政権で国防予算の削減に血だらけの大ナタを振るっている。
「アメリカはこれからも世界を支配し続ける」という高らかな宣言
訳者あとがきも読んでください。オバマ大統領自身が、まさしく本書の内容である「アメリカは衰退などしていない」という箇所のケーガンの主張を特に褒めた。そ して、今年の一般教書演説 State of the Union Address(ステイト・オブ・ザ・ユニオン・アドレス)に、その箇所を取り入れている。オバマ大統領の、このような自分への理解ある態度に対して、ケーガンは素直に喜んでいる。つまり、オバマ までもがネオコン的な、対外的な軍事強硬派になってしまっている、ということだ。
私たちが訳した『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策Ⅰ・Ⅱ』(講談社、2007年)の著者の一人、スティーヴン・ウォルト Stephan Walt ハーバード大学教授(1955~)は、オバマ政権のこの外交姿勢の変化を指摘して、「オバマは、ジョージ・W・オバマになった」と評している。 また、本書の訳者の意欲的な最新作『アメリカ政治の秘密』(PHP研究所、2012年5月刊)でも、オバマ外交の変質が精密に取り上げられている。日本では 最重要論文である。