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「2038」 最新の北朝鮮情勢・国際情勢について話します(第3回・全3回) 2018年4月23日

「2036」 最新の北朝鮮情勢・国際情勢について話します(第2回・全3回) 2018年4月16日

「2034」 最新の北朝鮮情勢・国際情勢について話します(第1回・全3回) 2018年4月9日

「2033」 私の手術体験と先端医療技術について語ります(第2回・全2回) 2018年4月2日

「2031」 私の手術体験と先端医療技術について語ります(第1回・全2回) 2018年3月26日



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「2037」 石井利明研究員の初の単著『福澤諭吉フリーメイソン論』(副島隆彦監修、電波社、2018年4月16日)が発売になりました。2018年4月20日

「2035」 2018年6月17日(日)開催の定例会のお知らせ。「北朝鮮処分」後のアジアと世界について話します。 2018年4月11日

「2032」 『サピエンス全史』について話します(第3回・全3回) 2018年3月31日

「2030」 『サピエンス全史』について話します(第2回・全3回)副島隆彦  2018年3月23日

「2028」 『サピエンス全史』について話します(第1回・全3回) 2018年3月12日

「2025」 『米軍の北朝鮮爆撃は6月! 米、中が金正恩体制破壊を決行する日』(副島隆彦著、光文社、2018年3月)が店頭発売となります 2018年2月28日

「2022」番 「米軍の北朝鮮爆撃 は 有る」と 真剣に論じた自衛隊幹部OB が書いた優れた文を載せる。 副島隆彦 2018.2.15 

「2020」 忍者の歴史と全体像について説明します(第2回・全2回) 2018年2月5日

「2017」番 西部邁(にしべすすむ)の自殺死に対して、私が思ったこと。副島隆彦 2018.1.24  

「2015」 忍者の歴史と全体像を理解する(第1回・全2回) 2018年1月15日

「2011」番 「トランプが、エルサレムを首都承認した」問題を徹底的に解説する。日本人は、中東アラブ、イスラエル問題を大きく理解するために、歴史を勉強するべきだ(続編)。 副島隆彦 2017.12.25 /新年明けましておめでとうございます。2018.1.1

「2009」番 「トランプが、エルサレムを首都承認した」問題を徹底的に解説する。日本人は、中東アラブ、イスラエル問題を大きく理解するために、歴史を勉強するべきだ(前編)。 副島隆彦 2017.12.19 」

「2006」『海外記事を20年、どのように読み解き分析してきたか~「学問道場」が田中宇氏に質問する』(DVD)が完成しました 2017年12月10日

「2002」 『世界権力者図2018』(副島隆彦、中田安彦著、ビジネス社、2017年11月)が発売になります 古村治彦(ふるむらはるひこ)筆 2017年11月15日

「1998」 副島隆彦先生の最新刊『銀行消滅 新たな世界通貨(ワールド・カレンシー)体制へ』(祥伝社、2017年11月2日)をご紹介します 古村治彦(ふるむらはるひこ)筆 2017年10月25日

「1994」 『東芝はなぜ原発で失敗したのか』(相田英男著、電波社、2017年10月7日)が発売されます 古村治彦(ふるむらはるひこ)筆 2017年9月26日

「1991」『世界政治 裏側の真実』(副島隆彦・佐藤優著、日本文芸社、2017年)が発売となります。 古村治彦(ふるむらはるひこ)筆 2017年9月14日

「1989」定例会のお知らせ。今回は国際情勢解説者の田中宇(たなかさかい)氏をゲストに迎え、学問道場一丸になって、世界の今後の行方と大きな枠組みについて解明します。2017年8月19日

「1988番」花街(かがい)から歌舞伎の世界について(上)2017.8.11 副島隆彦

「1984」番 書評 『中国がいつまでたっても崩壊しない7つの理由』  副島隆彦の中国研究、10年の勝利である。 副島隆彦

「1982」 講演会DVD『ディヴィッド・ロックフェラー死後の新世界秩序“G3”を予言する』が完成しました。講演会内容の復習などにぜひご利用ください。2017年7月8日

「1978」 『ニーチェに学ぶ 奴隷をやめて反逆せよ! ―まず知識・思想から』(副島隆彦著、成甲書房、2017年6月18日)が発売されます 2017年6月15日 古村治彦(ふるむらはるひこ)記

「1977」 日本の「国家秘密警察長官」である 菅義偉・官房長官の正体がわかる二冊の本を紹介する。(2) 2017年6月10日

「1974」新刊のお知らせ。『老人一年生-老いるとはどういうことか』(幻冬舎)が発刊されます。「老人とは痛いのだ」ということを思い知らせてくれる一冊です。2017年5月28日

「1972」 『夫のちんぽが入らない』(扶桑社)という本を読んだ。これが文学だ。副島隆彦 2017年5月15日

「1968」 副島先生の新刊『アメリカに食い潰される日本経済』(徳間書店)の発売が4月28日に決まりました。ぜひお求めください。2017年4月21日

「1966」 第37回 副島隆彦を囲む会主催定例会「ディヴィッド・ロックフェラー死後の世界新秩序“G3”を大予言する」(2017年5月28日(日曜日))のお申込みをお待ちしております。2017年4月12日

「1964」 橋下徹・元大阪市長がアメリカで講演した件、それから売国官僚・高見澤将林(たかみざわのぶしげ)について 2017年4月2日

「1960」相田英男氏の緊急寄稿「東芝=ウェスティングハウス問題」について対話形式で理解する。2017年3月15日

「1957」お知らせ2つ。副島先生の新刊『税金恐怖政治(タックス・テロリズム)』(幻冬舎)の発刊の紹介。 それから、今、国会を揺るがしている、森友学園への「国有地ほとんどタダで払い下げ問題」(=安倍晋三記念小学校問題)を追いかけている作家の菅野完氏との対談の内容を動画と文で載せます。2017年3月1日

「1954」斎川眞(さいかわまこと)『天皇とは北極星のことである』(PHP研究所)の紹介。日本国の 天皇という称号はどのようにして生まれたか。 2017年2月16日

「1953」これは必読の一冊。下條竜夫(げじょうたつお)著『物理学者が解き明かす思考の整理法』(ビジネス社)が発売されます。小保方晴子、星占い、金融工学を理科系の視点で理解するほか、思考の整理法の実践編として好評だった前作に続いての新刊です。2017年2月10日

「1948」天皇陛下の譲位問題。この問題は「ワールドヴァリューズ(世界普遍価値)と民族固有価値(ナショナルヴァリューズ)のどちらを重視するか」という問題であり、天皇陛下と安倍晋三がその2つの価値観を巡って熾烈な争いを繰り広げている、ということなのである。副島隆彦・記 2017年1月16日

「1944」【講演DVD】「鳩山由紀夫元首相が見た『属国・日本』の真実」(2016年11月20日)の講演ビデオについてお知らせします。鳩山元首相が日本の対米従属政策の問題点、今の民進党の問題点、アジア・インフラ投資銀行(AIIB)の実像について語ります。2016年12月26日

「1942」 北方領土まったく返還なし記念。 「自民党ネットサポーターズクラブ(J-NSC ネトサポ)のネット世論誘導 ネトウヨその世界」。自民党によるネット上の言論操作を暴いたNHKの番組を載せる。 2016年12月18日

「1940」先日の鳩山由紀夫元首相をお呼びしての講演会の会場で皆様から頂いたアンケート結果です。2016年12月6日

「1937」  アメリカ大統領でトランプが勝利してから私がアメリカ大統領選挙について書いた、「重たい掲示板」への投稿を載せます。副島隆彦 2016年11月22日 

「1934」副島隆彦の、 最新の金融本 『ユーロ恐慌 欧州壊滅と日本』( 祥伝社)が発売。 恒例のエコノ・グローバリスト・シリーズの第19弾。2016年10月29日

「1931」 副島先生の緊急出版 の 新刊『Lock Her Up! ヒラリーを逮捕、投獄せよ』(光文社)が発売されました。注目の米大統領選挙の真の争点を理解するために是非お読みください。2016年10月10日

「1927」来る11月20日に私達の秋の定例会を特別ゲストを呼んで開催します。今回は、鳩山由紀夫元首相をゲストにお招きして、世界の行方、東アジアの今後、日本の将来についてじっくりお話をうかがいます。2016年9月15日

「1924」番 『明治を創った幕府の天才たち 蕃書調所=ばんしょしらべしょ=の研究』(成甲書房刊)が発売になります。 古村治彦(ふるむらはるひこ)筆 2016年9月4日

「1920」番  ” Lock Her Up ! ” 「 ヒラリーを逮捕せよ、 投獄せよ !」 の嵐が アメリカ全土でわき起こっている。 2016.8.11  副島隆彦記 

「1916」 最新DVD『アメリカ名物「トランプ・ポピュリズムの嵐」と最新の世界情勢』のお申し込み受付を開始します。9月以降の米大統領本戦本格化を前に是非ご視聴ください。2016年7月20日

「1912」 副島隆彦のアメリカ分析 の最新刊 『トランプ大統領とアメリカの真実』(日本文芸社)が発刊。2016年6月27日

「1910」 橋下徹(はしもととおる)前大阪市長はなぜ危険なのか。 それは国家社会主義(こっかしゃかいしゅぎ)の思想を持っている恐ろしい男だからだ。 副島隆彦 2016年6月16日

「1907」 重たい掲示板 [1938]私たちの定例会は盛況に終わりました。あとは最新の情報。 をこちらにも転載します。 2016年6月3日

「1905」番 あの2年前に突然、行方不明になったマレーシア航空機は、その後どうなったのか? 驚くべき事実が明らかになった。日本国内では初公開の情報である。 2016.5.21 副島隆彦  

「1903」【講演会】5月29日(日)の学問道場主催『ドナルド・J・トランプの<アメリカ名物>ポピュリズム旋風と現在の国際政治・経済情勢を読み解く』(東京・御茶ノ水)を宣伝します。ポピュリズム政治家の分析では日本の第一人者である副島隆彦のトランプ論をご期待ください。2016年5月9日

「1901」 4月28日発売 新刊書のお知らせ 。 日銀・黒田は、自分たちのインフレ目標が遅々として進まないのを居直った。マイナス金利導入で分かった日銀の真の思惑。 副島隆彦新刊『マイナス金利「税」で凍りつく日本経済』(徳間書店)で、日銀の「隠された真意」の謎が明かされた。 2016年4月28日

「1899」【2016年定例会のお知らせ】 5月29日に今年第一回目の学問道場の定例会を開催します。テーマは「アメリカ大統領選挙と最新の国際政治・経済情勢」です。ドナルド・トランプ旋風の原動力 “ポピュリズム”と”アメリカファースト!”とは何か、改めてじっくり語ります2016年4月20日

「1896」 副島隆彦先生の新著『日本が中国の属国にさせられる日』(ベストセラーズ社)が発刊。日本が中国の影響下に呑み込まれるとき、私たちはどのような態度をとるべきか。20世紀の右翼・左翼の両翼思想のタブーを、反権力の思想家である副島隆彦が抉り出す大著です。2016年3月28日

「1894」米大統領選挙、共和党はトランプが躍進し、民主党はヒラリーが候補を指名獲得し、二者の対決になりそうだ。2016年3月18日

「1891」 新刊のご案内『世界連鎖暴落はなぜ再発したか』(祥伝社)のご案内です。海外の金融メディアは軒並み、「黒田は弾切れ」(Kuroda's Bazooka is out of ammunition)と言い始めています。2016年3月2日

「1588」副島隆彦著作、その他の「学問道場」関連書籍を期間限定で割引販売します。この機会に是非ご利用ください。2016年2月21日

「1584」 ドナルド・トランプはどこで失速するか。急浮上してきたマルコ・ルビオ上院議員とはどういう背景を持つ政治家か。2016年アメリカ大統領選挙の予備選挙について。2016年2月4日

「1581」 『BIS(ビーアイエス)国際決済銀行 隠された歴史』(アダム・レボー著、副島隆彦監訳、古村治彦訳、成甲書房、2016年)が発売になります。古村治彦記 2016年1月21日

「1579」 学問道場関連の新刊書籍二冊、『暗殺の近現代史』(洋泉社、中田安彦が参加)と、『天皇家の経済学』(同、吉田祐二・著)が発売されています。ぜひ、お求めください。2016年1月14日

「1577」「副島隆彦の学問道場」から 新年のご挨拶。2016.1.1 /1月3日加筆 「崩れゆくアメリカ」を見てきて。短期留学修了を受けての報告。 中田安彦 2016年1月3日

「1576」 『物理学者が解き明かす重大事件の真相』(下條竜夫著、ビジネス社、2016年1月9日)が発売となります。古村治彦記 2015年12月24日

「1574」 『信長はイエズス会に爆殺され、家康は摩り替えられた』(副島隆彦著、PHP研究所、2015年12月17日)が発売となります。古村治彦筆 2015年12月15日

「1572」番 今の世界の中心の課題である ロシアによる シリアのIS爆撃、殲滅は、プーチンによる「ロシアから愛をこめて」である。最新の映画「OO7/ スペクター」の中にこれからの世界の動きの秘密が隠されている。 副島隆彦 2015・12・9 

「1569」 ダニエル・シュルマン著、古村治彦訳『アメリカの真の支配者 コーク一族』(講談社、2015年)が2015年12月8日に発売になります。 古村治彦(ふるむらはるひこ)筆 2015年11月30日

「1566」 宗教改革の始まりにおいてルターとローマ法王はどういう言葉の応酬をしたか 2015年11月13日

「1563」 『再発する世界連鎖暴落 貧困に沈む日本』(副島隆彦著、祥伝社、2015年10月30日)が発売となります。古村治彦筆 2015年10月29日

「1560」番  今のアメリカ政治の真の焦点である、「ベンガジ事件」での下院の特別委員会を、ヒラリーはなんとか 乗り切る。そして、シリアでのサリン爆弾の真犯人たちのこと。 2015.10.15 副島隆彦  緊急で冒頭加筆します。 10月16日 副島隆彦  

「1557」 安倍晋三は国民がどれだけ「鈍感」かを試して喜んでいる。気付いている敏感な国民とそうではない国民に二極化している。2015年9月25日

「1555」 昨日、2015年9月14日に国会議事堂前で行われた安保法制反対抗議デモに行ってきました 古村治彦(ふるむらはるひこ)筆2015年9月15日

「1552」 学問道場の定例会DVD『副島隆彦が、今の重要なことを洗いざらい語ります』(2015年5月31日開催、約330分)の予約受付を始めました。ご案内が大変遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。2015年8月25日

「1551」番 栗原康 (くりはらやすし)著 『現代暴力論』 という新刊書 がすばらしいので、私が書評して強く推薦します。 副島隆彦  2015年8月25日 

「1548」 好評連載企画:「思想対立が起こした福島原発事故」 相田英男(あいだひでお) 第3章 福島事故のトリガーがひかれた日(2) 2015年8月13日

「1547」好評連載企画:「思想対立が起こした福島原発事故」 相田英男(あいだひでお) 第3章 福島事故のトリガーがひかれた日(1) ※会員ページに掲載したものを再掲 2015年8月10日

「1544」 副島隆彦先生の新刊・中国研究本の第7弾! 『中国、アラブ、欧州が手を結び ユーラシアの時代 が勃興する』 が先週末に発売。ロンドン金(きん)の値決めに中国の二大民間銀行が参加、人民元決済圏の拡大 から 南沙諸島問題も含めてユーラシア大陸の時代 を余すところなく分析。2015年7月26日

「1542」番 戦後七十周年企画  なぜ日本は戦争に向かわされたのか(1)   日本共産党の戦前最後の委員長 野呂栄太郎(のろえいたろう)の命がけの闘いから昭和史の真実が見えてくる。 津谷侑太(つやゆうた)2015年7月13日

「1539」番  俳優 高倉健(たかくらけん)の生き方 と死に方について考えたこと。 副島隆彦 2015.6.27(転載)

「1536」現下の政治状況を勢力分析する。大阪都構想の住民投票に現れた、若い世代のファシズムへの欲求。それを支える橋下徹・菅義偉の背後にある勢力とは。安倍・菅の野党分断の動きに対し、維新の党の執行部をおさえた旧小沢グループが巻き返しにでている。2015年6月11日

「1535」 佐藤優氏との対談本、『崩れゆく世界 生き延びる知恵』(日本文芸社)が刊行されました。「発売後、即重版」で非常に好評です。副島理論を真っ向から佐藤氏が受け止めている重厚対談です。2015年6月6日

「1532」番  来たる 6月7日(日)に 横須賀市で私の講演があります。 いらしてください。「軍港 横須賀の150年の歴史」にちなんだ話をします。 副島隆彦 2015年5月27日日

「1529」5月31日に都内で開催する、学問道場自力主催講演会の具体的な講演内容が固まってきまたのでお知らせします。参加者はまだまだ大募集中です。ぜひおいでください。2015年5月11日

「1526」 副島隆彦の最新金融本、『「熱狂なき株高」で踊らされる日本』(徳間書店)が発売されました。第5章、アベノミクス金融緩和など金融政策の理論的支柱となっている「合理的期待(予測)形成学派」の正体を暴いたところが非常に学問的には重要な本です。2015年4月27日

「1523」来る5月31日に講演会『副島隆彦が、今の重要な事を洗いざらい語ります』を開催いたします 2015.4.16

「1520」 AIIB「アジアインフラ投資銀行」の設立をめぐるゴタゴタの真相を載せます。 副島隆彦 2015年4月1日 (重たい掲示板から転載)

「1517」 新刊2冊『余剰の時代』(ベスト新書)と『日本に恐ろしい大きな戦争(ラージ・ウォー)が迫り来る』(講談社)が発売されます。生き延びるための政治思想とアメリカ政治本です。2015年3月13日

「1515」 「思想対立が起こした福島原発事故」相田英男 第2章 「札束で引っぱたかれた科学者達」をシリーズで短期連載します。(第2回)2015年3月5日

「1514」「思想対立が起こした福島原発事故」相田英男 第2章 「札束で引っぱたかれた科学者達」をシリーズで短期連載します。(第1回)2015年2月25日

「1511」カナダの政治。カナダの歴代首相を、隣国の大国アメリカとの「帝国-属国」関係において明快に解説します。2015.2.7

「1508」 新刊本二冊を紹介します。『副島隆彦の政治映画評論 ヨーロッパ映画編』(ビジネス社)と、先生が巻頭文を書いた吉本隆明(よしもとりゅうめい)の評論集『「反原発」異論』(論創社)の二冊です。 2015年1月26日

「1505」 中田安彦です。私の新刊『ネット世論が日本を滅ぼす』(ベスト新書)が発刊されました。数年間「ネット世論」に密着して観察して学んだ結果を一冊の本にまとめました。ネット言論の理想主義はなぜ次々と自滅していくのか?その答えを知りたい人はぜひお読みください。2015年1月12日  

「1501」番 「副島隆彦の学問道場」から 新年のご挨拶。2015.1.1 続けて 「1503」番として、「1495」番の谷崎潤一郎論の第3部(終章)を載せます。副島隆彦 記

「1500」最新講演DVD『2015年、世界は平和か戦争への岐路に立っている』が完成しました。ぜひ御覧ください。2014.12.25

「1497」オーストラリアの歴代首相について。 日本人が知らない、オーストラリア政治の基本骨格を副島隆彦が分かり易く解説します。2014.12.17

「1496」番 俳優の菅原文太氏が亡くなった。 「1194」番会員ページ に載せた副島隆彦との対談を再掲します。 2014.12.13

「1493」 自力主催講演会「2015年、世界は平和か戦争への岐路に立っている」(2014.11.16)のアンケートの回答結果を掲載します。2014.12.4

 「1491」番 ノーベル物理学賞受賞の中村修ニが、なぜ重要であるのか、の本当の理由。10年前のここの、私たちの文を再掲載する。副島隆彦 2014.11.22 

「1487」 『官製相場の暴落が始まる――相場操縦しか脳がない米、欧、日 経済』(副島隆彦・著、祥伝社)発刊のお知らせ。「まえがき」と「あとがき」を掲載します。 2014.10.26

「1485」書評:アメリカの著名ユダヤ人小説家、フィリップ・ロスの小説「プロット・アゲンスト・アメリカ」(集英社)/架空歴史小説を手がかりに「アメリカ国内優先主義」(アメリカ・ファースト)の美名を表と裏で使い分けた米財界人の冷酷な世界戦略が見えてきた (その1) 2014年10月14日

「1481」 来る11月16日に都内・上野で「政治・国際情勢・経済」についての時局講演会を開催します。聴講希望者を現在募集中です!2014年9月29日

「1479」 『英語国民の頭の中の研究』(副島隆彦・著、PHP研究所)発刊のお知らせ。大幅に加筆修正が加えられています。「まえがき」 と 「あとがき」 を掲載します。 2014.9.22

「1476」番   文学とは何か の 2 。 日本文学とは何か 論。 を 載せます。 副島隆彦 2014.9.6

「1472」 『日本の歴史を貫く柱』(副島隆彦・著、PHP文庫) が8/4から発刊されています。「まえがき」 と 「あとがき」 を掲載します。 2014.8.27

「1470」 夏休み特集。アルチュール・ランボー論。パリ・コミューンという政治的事件を書き残そうとした文学について。2014.8.16

「1466」 お知らせ:『税金官僚に痛めつけられた有名人たち』(副島隆彦・著、光文社刊)が8/1に発刊されます。「まえがき」と「あとがき」を掲載します。2014.7.24

 「1460」 7月1日に、SNSI論文集第7弾『フリーメイソン=ユニテリアン教会が明治日本を動かした』が出ます。従来の教科書や歴史書では描かれない明治期以降の日本真実の姿を描き出しました。2014年6月25日

「1456」番  村岡素(もと)一郎 著 『史疑(しぎ) 徳川家康事績』(1902年刊)についての 松永知彦氏の長文の歴史論文を載せます。 2014年6月10日 

「1454」 【今読み返す副島本】 米同時多発テロ事件前に発表された、副島隆彦の「集団的自衛権」論をそのまま転載します。 今こそ読み返してほしいと思います。 2014年6月3日

「1451」【中国を理解する】『野望の中国近現代史 帝国は復活する』(ビジネス社・刊)(原題:Wealth And Power:China's Long March to the Twenty-First Century)という本を紹介します。中国の近現代史を正しく理解しなければ、日本は中国の台頭に向き合うことは出来ない。2014年5月25日

「1448」番  私が、今やっている仕事、考えていること、書くべき文章のことなどを、まとめて報告します。 副島隆彦  2014.5.11 

「1443」最新講演DVD『キャロライン・ケネディと安倍晋三』が完成しました。このDVDで米オバマ政権と安倍政権の暗闘の実態が分かります。現在の日本政財界に影響を与えるハーヴァード大学人脈についても解説。ぜひ御覧ください。2014年4月16日

「1441」 副島隆彦先生の最新金融本『金融市場を操られる 絶望国家・日本』(徳間書店・刊)が発売されます。日本は、アベノミクスに浮かれて「成長国家」どころか、「貧乏国家」となってしまった。この現実から逃れることが出来ない。世界の金融も統制されている。2014年4月5日

「1436」 後藤新平―日本の「セシル・ローズ」論(全4回/第1回) 中田安彦・記 2014年3月16日

「1433」『靖国問題と中国包囲網』(副島隆彦・著、ビジネス社刊)が3/7に発刊されます。「まえがき」と「あとがき」を掲載します。2014.2.27

「1429」 【寄稿・偉人伝の裏側を見破る】 自由民権運動の父・板垣退助はフリーメイソンだった!~伊藤博文のフリーメイソンネットワークに加入した板垣退助~津谷侑太(つやゆうた)筆 2014年2月5日

「1426」古村治彦研究員の新刊『ハーヴァード大学の秘密』(PHP研究所)の紹介と、その出版記念を兼ねた「囲む会」主催の2014年初めての主催定例会『キャロライン・ケネディ駐日大使着任が日本政治中枢に与えている衝撃』(仮題)のお申込みのご案内を致します。2014年1月21日

「1423」 明治期の慶応義塾で 最先端の学問を教えたのは ユニテリアン(フリーメイソンリー)だった 石井利明(いしいとしあき)研究員 2014年1月11日

「1421」TPP交渉と平行して、水面下で進む「民法改正」の動き。大新聞は連帯保証人(個人保証)制度の改正部分だけをクローズアップするが、実際はこの民法改正はアメリカによる日本社会改造計画の一つである。2013年12月29日

「1418」孫崎享・副島隆彦講演ビデオ『外務省の正体』のご予約を承ります。日本の国家の行く末を大きく左右する外務省(MOFA)の内部と歴史はどうなっているのか、必見の講演です。2013.12.10

「1414」新刊『説得する文章力』(KKベストセラーズ)と『闇に葬られた歴史』(PHP研究所)をご案内します。2013.11.27

「1411」副島隆彦新刊金融本『帝国の逆襲―金とドル 最後の戦い Empire Strikes Back, Again.』(祥伝社)が発売されました。今年前半から中盤の主な金融ニュース(TPP、シェールガス、金価格の急落についても)を副島隆彦独自視点で分析しています。2013年11月16日

「1409」 腰痛(ようつう)と首、肩の痛みは治るようである。 「トリガーポイント・ブロック注射」という治療法を紹介する。 副島隆彦記 2013年11月6日

「1406」新刊『税金官僚から 逃がせ隠せ個人資産』(2013年10月、幻冬舎刊)発刊のお知らせ。官僚たちはいかにして資産家からお金を奪い取ろうとしているか。「まえがき」と「あとがき」を掲載します。2013.10.18

「1404」【最新版】世界権力者人物図鑑 刊行が発売中です。2010年発刊の第一弾から全面リニューアルのデザイン・内容です。2013年9月30日

「1402」 来月、10月26日(土)開催予定の「囲む会」秋の定例会のお申し込み開始お知らせ。今回は元外務省元国際情報局長の孫崎享先生をお呼びして「過去現在未来の日本外交」を語りつくします。ご期待ください。2013年9月16日

「1399」鬼塚英昭(おにづかひであき)氏の『日本の本当の黒幕』(下)を読む。戦前の日本政治の闇を象徴する田中光顕(たなかみつあき)という怪物を知る。それは現在の日本政治を支配するヤクザたちを知ることでもある。2013年9月1日

「1396」 新刊『中国人の本性』の紹介。私たちはどれだけ中国の思想史について知っているだろうか? そこで副島先生が中国亡命知識人の歴史を中共からの亡命知識人である石平(せきへい)氏に徹底的に質問しました。夏のうちに是非読んで下さい。2013年8月8日

「1394」定例会完全収録のDVD『いい加減にしろ!マイケル・グリーン/恐ろしいヨーロッパの秘密―フランドルからフローレンスへ』が完成しました。2013.7.29

「1392」 参議院選挙が終わって、次の日本国民の課題に向かう。アベノミクスとはA-sset B-ubble E-conomy(資産バブル・エコノミー)のことである。金融緩和派の経済学者のおかしさを理路整然と暴いた野口悠紀雄氏を評価する 副島隆彦 2013年7月25日

「1389」参院選後、日本の各階層(金持ち・サラリーマン・貧乏人)への、安倍政権による国家統制が進む可能性がある。その兆しとして参院選初日に福島県の総理演説会で自民党職員らが行った、一般国民の「表現の自由」への取り締り行為の動画がある。決して貴方の一票は自民党には投票してはなりません。それから先日の講演会のアンケート結果を載せます。 中田安彦(アルルの男・ヒロシ) 2013年7月13日

「1387」 『統制が始まる 急いで金を買いなさい』(祥伝社・刊、2013年6月)の宣伝を載せます。2013.7.4

「1384」再度、6月29日の定例会のお知らせをします。タイトルが「いい加減にしろ!!マイケル・グリーン~米中“新秩序”に取り残される日本」になりました。米日関係その他の政治経済の話題に縦横無尽に切り込みます。2013年6月13日

「1381」 私たちの福島復興活動本部 を 閉じて 撤退式をします。6月23日です。時間のある人は福島の現地まで自力で来てください。 副島隆彦 2013年6月2日

「1379」先週土曜日の会員交流会開催後のお礼の報告と、次の6月29日の講演会のお知らせ。2013年5月20日

「1376」 最新DVD『ますます衰退国家にさせられる策略を見抜く』(2013年3月3日、講師:副島隆彦・藤森かよこ)と、新刊・映画本『アメリカ帝国の滅亡を予言する』(日本文芸社)頒布のお知らせ。お待たせしました!2013.5.4

「1375」黒田金融緩和と金価格急落、そしてBRICS開発銀行の設立。新しい秩序に向けて世界は動いている。副島先生の最近の「重たい掲示板」への書き込みをまとめて載せます。2013年4月20日

「1372」副島先生の新刊『浮かれバブル景気から衰退させられる日本』(徳間書店)ではTPP交渉とアベノミクスの欺瞞について詳しく紹介。今回も豊富な図表・資料付きです。また、新しい試みとして会員同士の交流会(会員交流会 自由におしゃべり)もまだ募集中です。講演会とは別の形で交流(情報交換)いたしましょう。2013年4月4日

「1370」 日米地位協定に続いて、日米原子力協定(1988年)を暴く。中曽根康弘の周辺の「原子力外務官僚」たちが、アメリカに抵抗するカードとして持ちだした「日本の核武装論」には全く意味が無い。六ケ所村の再処理工場を維持してきた日本原電は中曽根派の利権の巣窟であるからすぐに破綻させるべきだ。(苫米地英人『原発洗脳』(日本文芸社)と有馬哲夫『原発と原爆』(文春新書)を書評する。)(その1) 2013年3月27日

「1366」書評:前泊博盛・編著『本当は憲法より大切な 日米地位協定入門』(創元社)を読む。ジャパン・ハンドラーズと外務官僚が威張れるのも日米安保と地位協定があるからだ。2013年3月8日

「1363」新刊『それでも中国は巨大な成長を続ける』(ビジネス社)の刊行のお知らせ。アメリカでは、巨大な中国とどう付き合っていくかは熱心に議論されていても、中国崩壊論など真面目に受け取られていない。2013年2月18日

「1361」 副島隆彦を囲む会・定例会、第29回定例会・自力主催講演会『ますます衰退国家にさせられる策略を見抜く』(講師:副島隆彦・藤森かよこ、開催日:2013年3月3日、日曜日)開催のお知らせ。2013.2.8

「1358」 アダム・ヴァイスハウプト著 『秘密結社・イルミナティ 入会講座<初級篇>』(KKベストセラーズ)が発刊されました。ドイツ啓蒙主義から生まれた「イルミナティ」はフリーメーソンなど秘密結社のルールブックを制定した集団である。2013年1月21日

「1356」番。 年末からの2週間の「産みの苦しみ」のあとで、副島隆彦が全力で書きます。 「ヒラリーの終わり」論文です。 今年もよろしく。 2013年1月8日

「1354」 「副島隆彦の学問道場」から 新年のご挨拶。 2013.1.1

「1351」自民党・公明党・日本維新の会の圧勝と民主党勢力の壊滅大敗北を受けて、「個人の力量によるサバイバル」というものが必須になってくる。そのことを選挙の数カ月前に副島先生の新刊『個人備蓄の時代』(光文社)では予測していた。みなさんも早く手を打ったほうがいい。2012年12月17日

「1349」  選挙が始まっての 直近での動き を読む 副島隆彦・記 2012年12月7日

「1346」 副島隆彦・最新DVD『ミケランジェロ、メディチ家、ルネサンスの真実』(2012年11月3日、講師:副島隆彦・松尾雄治)頒布のお知らせ。「教科書」と本編DVDのお得なセットも、個数限定で実施します。2012.11.29

「1343」緊急情報:アメリカによって崖から突き落とされた野田政権。解散総選挙はアメリカからの司令で行われた。今回もジェラルド・カーティスが根回しをしている。2012年11月15日

「1340」橋下徹(はしもととおる)大阪市長や一部大阪市特別顧問による「週刊朝日」に対する“言論弾圧”問題について考える。言論の自由が死ぬときとは、デモクラシーが死ぬときである。2012年11月5日

「1337」尖閣問題について。橋下徹・大阪市長の言う「国際司法裁判所」における解決の提案を支持します。副島隆彦・記 2012.10.18

「1334」新刊を二冊紹介します。権力者共同謀議という合理的選択で概ね、歴史は動いてきたから、私たちは世界の支配層の行動原理、思想、そして企業活動に現れる彼らの「合利的」な動きを理解しなければならない。2012年10月1日

「1332」 副島隆彦を囲む会・定例会、第28回定例会・自力主催講演会『ミケランジェロ、ダ・ヴィンチ、ダンテ、マキアベッリ、メディチ家、ルネサンスとは何だったか』(講師:副島隆彦・松尾雄治、開催日:2012年11月3日、土曜日)をご案内します。2012.9.25

「1330」SNSI・夏季研究報告から 「今こそ3分で読む小室直樹の『新戦争論』」六城雅敦(ろくじょうつねあつ)・記 2012年9月14日

「1327」共和党候補、ロムニーの安全保障政策を知る。最新刊『アメリカが作り上げた“素晴らしき”今の世界』(The World America Made)(ビジネス社刊)の紹介。古村治彦研究員の翻訳で刊行されています。2012年8月27日

「1324」  副島隆彦著の仏教論、『隠された歴史:そもそも仏教とは何ものか?』(PHP研究所)の読みどころを解説します。2012年8月12日

「1322」副島先生の仏教論の集大成『隠された歴史~そもそも仏教とは何ものか?』(PHP研究所)とロン・ポール米下院議員の『連邦準備銀行を廃止せよ(END THE FED)』(佐藤研一朗・訳、成甲書房)が発刊されました。 2012年7月29日

「1319」 副島先生の新刊本2冊。『ロスチャイルド200年の栄光と挫折』(日本文芸社)と石平(せきへい)氏とのケンカ対談『中国 崩壊か 繁栄か!? 殴り合い激論』(李白社)が発刊されました。世界の実像を知るのにおすすめの2冊です。 2012年7月19日

「1317」 副島隆彦・最新DVD『橋下徹の登場 と 政治思想の歴史』(2012年6月2日、講師:副島隆彦・中田安彦・須藤喜直)/最新刊『国家は「有罪(えんざい)」をこうして創る』(副島隆彦・植草一秀・高橋博彦・著、祥伝社刊)ラインナップ追加のお知らせ。2012.7.8

「1314」 「増税談合勢力」 の 野合(やごう)の増税に反対する。2012年6月25日

「1312」 第27回副島隆彦を囲む会主催定例会『橋下徹の登場と政治思想の歴史』に来場された会員の皆様のご意見をご報告します。 2012年6月19日

「1310」 ロマノ・ヴルピッタ『ムッソリーニ』を読む。現在の日本で重要な意味をもつ「ファシズム」とは何かを再考する 2012年6月4日

「1306」 爆弾のような破壊力を持った一冊!! 古村治彦著『アメリカ政治の秘密』(PHP研究所)を強力に推薦する。2012年5月13日

「1304」 副島隆彦を囲む会・定例会、第27回自力主催講演会(講師:副島隆彦・中田安彦・須藤喜直、開催日:2012年6月2日、土曜日)をご案内します。演題は『橋下徹の登場 と 政治思想の歴史』と決定しました!※金融・経済のお話はありません。2012.5.6

「1301」 新作DVD『今、世界経済がどう変質しつつあるか』(2012年3月24日、講師:副島隆彦・古村治彦)のアンケートの結果を掲載します。2012.4.25

「1300」 新作DVD『今、世界経済がどう変質しつつあるか』(2012年3月24日、講師:副島隆彦・古村治彦)/『欧米日 やらせの景気回復』(副島隆彦・著、徳間書店刊)のお知らせ。2012.4.19

「1296」橋下首相を誕生させようと目論む、関西財界ネットワークの正体とは 2012年4月3日

「1294」アメリカの共和党予備選で公然と囁かれる不正投票の横行。スーパチューズデーを終えて共和党予備選挙の様子、大統領選挙予備選挙・党員集会の複雑な仕組み、衝撃的な内部事情を現地から緊急報告します。 2012年3月24日 佐藤研一朗・筆

「1292」 (1) 4月28日(土)~30日(月)の「福島原発・難民キャンプツアー」のお知らせ。/(2) 6月2日(土)の「政治思想・日本政治の歴史(1960年代からこっち)講演会」のご案内。/(3) SNSI研究員・崎谷博征(さきたにひろゆき)氏の新刊『医療ビジネスの闇』(学研パブリッシング。2012/2/28刊)が出ました。2012.3.13

「1289」 (1) 3月24日(土)の「学問道場」定例会『今、世界経済がどう変質しつつあるか』(副島隆彦)の再度のお知らせ。/(2) 対談CD『日中殴り合い対談』(石平、副島隆彦。李白社)をご紹介します。2012.3.6

「1288」 日本は、「新・知日派」の台頭でも基地移設問題でアメリカの要求に屈服してはいけない 2012年3月2日

「1285」 「小沢一郎・陸山会裁判」の急展開。小沢一郎側が勝利しそうである。「ぼやき・会員ページ 1284」に掲載された文章の後半部分を、こちらにも転載します。2012.2.19

「1283」 まんが家・イラストレーターのぼうごなつこさんによる、政治漫画「小沢一郎・陸山会事件説明まんが お天道様がみてる」を掲載します。2012.2.10

「1280」 本年度初の副島隆彦を囲む会・定例会、第26回自力主催講演会(講師:副島隆彦先生・古村治彦研究員、開催日:2012年3月24日)をご案内します。2012.1.30

「1278」書評『父・金正日と私』(五味洋治・著)と『後継者・金正恩』(李永鐘・著)を読む。北朝鮮は改革開放に乗り出せるのか。“属国論”の観点で北朝鮮の対中外交を整理する。2012年1月23日

「1276」 新刊『中国は世界恐慌を乗り越える』(ビジネス社)と『衰退する帝国・アメリカ権力者図鑑』(日本文芸社)が発売されました。中国の発展の姿は100年前のアメリカ帝国そのものである。2012年1月10日

「1273」 「副島隆彦の学問道場」から 新年のご挨拶。 2012.1.1  下に加筆します。1月5日です。副島隆彦です。


「2015」 忍者の歴史と全体像を理解する(第1回・全2回) 2018年1月15日
 副島隆彦です。今日は2018年1月15日です。今日から2回に分けて、忍者の話をします。

 忍者というのは、今の日本国民にとっては馬鹿みたいな話ということになっています。
幼児か、少年しか興味をもたない。
だから、忍者のことを研究した本はありません。日本の歴史学者や史実(しじつ)歴史小説家で、忍者そのものを大きく扱った人はいないし、作品はない。忍者に関する記録はほとんど残っていない。歴史上の古文書(歴史史料)がない。だから、歴史学者が文献の研究をできない。

 だから、忍者について研究した学者はいません。ただ、このことが逆に恐るべきことで、「忍者って何ですか」という話になると、誰もわからないということになる。だが、忍者という言葉の中に込められた、日本人の血の中に流れているある種の恐れに満ちた気持ちはある。

そして、この20年間ぐらい、欧米白人たちの間で、日本の忍者に対する、強い憧憬(しょうけい)を伴う熱気が生まれている。 だから、私たち日本人の側からも、いくら遅れても、忍者研究をしなければ済まないのだ。


忍者ハットリくん(藤子不二雄Ⓐ作)

 でも、一番簡単に言うと、日本人にとっての忍者とは、「忍者ハットリくん」になる。そのモデルになったであろう、服部半蔵正成(まさしげ、1542-1597年)、と 正就(まさなり、1576-1615年)は実在していた。

あと、忍者の話となると、私の世代では、少年漫画の、「伊賀の影丸(かげまる)」というのがあった。
昭和40年代(1965年から70年ぐらい)に、少年漫画に、連載された、横山光輝(よこやまみつてる)という、当時の有名な漫画家によって描かれた。

 このほかに、「カムイ外伝(がいでん)」という漫画が有って、これは、相当に、古くさい、古色蒼然とした、忍者ものの 漫画に見えるが、本当は、1970年代にも、「ガロ」という先鋭な、時代の先端を行く、漫画を載せた、高級な漫画誌に載った。 白土三平(しらとさんぺい)という、伝説になっている漫画家が描いた。 組織を離れた、抜け忍 の非情 な生き方を、描いて、人気があった。

 これらの漫画に描かれた忍者の話は、別の機会にする。  戦国時代の、忍者は、ラッパ、スッパ、間諜、諜者(ちょうしゃ)、忍び、などと呼ばれて、戦場で暗躍した。後方攪乱(こうほうかくらん)や、暗殺もやった。見つかって捕まれば、当然、惨殺された。

 江戸時代になると忍者は、公儀隠密(こうぎおんみつ)という言葉になる。この公儀隠密も、記録はほとんど残っていない。いや、全く残っていません。この人たちは国家スパイですから、恐ろしい人たちで、人殺しでも何でもやった。暗殺をする。日本全国に、300あった藩の中に、潜り込んでいって何十年もそこで暮らし、家族も作り、その藩の秘密を盗み出す。謀略政治というものを徹底的に行った者たちだ。彼らの活動の証拠は一切残っていない。あとに何も残さないことが、忍者、公儀隠密の 鉄の掟、血の盟約 だったのだろう。


服部半蔵正成

 なぜ私が、忍者を大きく取り上げるべきだ、と決めたか。それは、忍者は外国でものすごい人気になっているからだ。欧米白人と、決めつけるが、アメリカだけでなく、ヨーロッパ人たちの間で、忍者の人気はものすごい。日本人が気づかないうちに、外国人たちは、日本の富士山をあがめるようになっていた。

 日本といえば、フジヤマ、ゲイシャ、マダム・バタフライ(蝶々夫人)、ゴジラ、忍者 である。この5つが日本人をあらわしている。本当にそうだ。まさか、そんな、と思うのは、「外側(外国世界)からの目」を自覚しない、原住民だからだ。 1に、フジヤマ、2に芸者(日本の伝統的な高級売春婦のこと)、3に、プッチーニ作のオペラ、マダム・バタフライ、4に、ゴジラ、 そして、5に、忍者である。 これが、一番、大きな日本理解になっている。だから、忍者を無視しては、日本の国のことを外側から見た目で考えられない。

だから、日本人の側も忍者論を準備しなければいけないし、もうすぐ「忍者学」という学問ができると思う。それの先鞭をつけるという意味で、私は忍者について調べた。

 伊賀の国の上忍(じょうにん。上級忍者)として、服部家、百地(ももち)家、藤林(ふじばやし)家の三つの家柄があった。この上忍三家が忍者についての明確な理解の中心になる。三重県の地図をあけると、県北西部に、2004年までは、上野市だったが、今は、伊賀市になった市がある。そこに伊賀上野城があり、忍者屋敷がある。 ここに、もの凄い数の外国人、欧米白人たちが、毎日、集まっている。







伊賀市、名張市の地図

 この伊賀と 名張(なばり) を探訪したことを、私は自分の本に、既に書いた。伊賀市から真南に20キロのところに名張市(なばりし)がある。忍者のふるさとは、この伊賀市と名張市の両方だ。今からもう13年ほど前に、私は地元のロータリークラブに呼ばれて名張市に行き、翌日、伊賀市に連れていってもらった。ロータリークラブの幹部の人と一緒に、伊賀のまちの中を自転車で回った。伊賀上野城にも行き、そこにある忍者屋敷も見学した。


伊賀上野城

私は、自著の『闇に葬られた歴史』(PHP研究所、2013年)の中の一章で、松尾芭蕉(まつおばしょう、1644-1694年)は忍者だった、とはっきり書いています。松尾芭蕉が忍者だったということは、同じ俳諧師(はいかいし)の、 与謝蕪村(よさぶそん、1716-1784年)や、向井去来(むかいきょらい、1651-1704年)など、俳人と呼ばれている人たちも、忍者だったのだ。

 彼らは、武士なのか町人なのか商人なのか今でもわからない。刀を差していたので一応武士らしいけれども。足が非常に丈夫で、頑強な体をしていたから、1日40キロぐらいは平気で歩けて、日本全国を徘回(はいかい)して、連歌(れんが)の会を、各地で開くことを表の活動とした。彼らは、治水事業や土木事業を指導、指揮したりもした。頭も相当よかったひとたちだ。


松尾芭蕉(左)

 この伊賀上野を治めた大名は藤堂(とうどう)家だ。戦国時代からの武将で、藤堂高虎(とうどうたかとら)が、1608年に移封されて、藤堂家がこの伊賀上野城の城主となった。しかし、藤堂家の血筋はすぐに途絶えている。名前だけの養子の大名だったようだ。江戸時代、ずっと、伊賀上野藩は、城代家老が最大権力者で、この家老が、江戸幕府の中の伊賀者の頂点だった。代々の名前がよくわからない。江戸時代の前半の、公儀隠密の一番トップは、この伊賀上野城の家老職だ。


藤堂高虎

 伊賀組(いがぐみ)という形で、江戸城の中でも、城門の見張り番の鉄砲隊としてして存在した。江戸城には本丸と西の丸があって、将軍は引退すると西の丸に移った。明暦(めいれき)の大火で、天守閣が焼けて以来、江戸城に天守閣はない。今の皇居は、この本丸の跡地は、私も行って見た。本丸に入っていくほうに、伊賀者が200人ぐらい鉄砲隊で詰めていた番所跡がある。皇居は、この辺りは公開されていて、今でもこれらを見ることができる。

 藤堂高虎は、身長190センチぐらいのとても強い武将だった。これを秀吉が取り立てた。高虎は、そのあと家康にも付いた。藤堂高虎は外様大名だったが、家康には譜代大名格として重用された。私は、これらのことはもう既に本に書いた。

 名張市のロータリークラブに呼ばれて、夜の食事会があったとき、名張市の外れの高級な旅館に行く途中の林の中に、百地(ももち)と書いてあった地名の札や板が有った。、あ、ここが、百池の里なのだ、と私は、分った。 百地丹波(ももちたんば、1556-1640年)のふるさとはここだ、と私はびっくりした。こういう霊感に近い、鋭さが私には生来ある。百地というコトバに、私は、そのとき何の見識も無かった。 たまたま招かれた先の名張市が百地の里だった。この百地丹波 という男は、地元の豪族ですが、忍者の歴史では、非常に重要な人物だ。そこから山の方に10キロも西に行くと奈良県だ。だから三重県の一番の山奥だ。地図で確認して下さい。ここが忍者の里だ。伊賀者は、名張と伊賀でできている。

 伊賀市から、20キロ北に滋賀県甲賀(こうが)市がある。途中に 加太(かぶと)峠 がある。この峠を北側に越すと甲賀市である。ここには、甲賀者と呼ばれる忍者の里があって、甲賀流21代目の、元気なじいさんが、アメリカとかあっちこっちで、FBIの捜査官たちに、ただの空手や柔道を教えるのではなく、忍術の武術を教えている。小柄な体で、大男のアメリカ人たちを、相手を素手で、打ち倒す技術を今も教えている人がいる。この人は名前(川上仁一、1949年― )氏とだけ、書いておきます。伊賀者、甲賀者は、お互いに敵対し対立しているように見えるけれども、そうではないらしい。江戸時代になってその両方を統率したのが服部半蔵(はっとりはんぞう)の系譜だ。


甲賀市の地図


甲賀流忍者屋敷

 今では、服部半蔵は武士であって忍者ではないと解説されている、が、そんなはずはない。服部半蔵の系譜は、1700年代になるともう力をなくしてしまった。 1710年から、紀州藩(今の和歌山県)からやってきた185センチぐらいの身長があった8代将軍徳川吉宗(とくがわよしむね、1684-1751年)を守っていた恐ろしい忍者集団がいた。ふにゃふにゃした弱い者(6代、7代将軍)を、これ以上将軍にしては、徳川家が保(も)たない、それではだめだ、ということで、紀州藩2代目当主徳川光貞(みつさだ)が、湯殿(ゆどの)係の百姓女に産ませた元気な男の子を、周りの忍者たちが育てた。兄弟の軟弱な者も殺して、のちの吉宗を藩主にした。さらに、紀州(和歌山県)よりも、御三家の筆頭の、尾張の徳川宗春(とくがわむねはる、1696-1764年)をも押さえつけて、1716年から8代将軍吉宗になった。


徳川吉宗

 この吉宗の御庭番(おにわばん)衆が、全国を秘密警察のネットワークで厳しく監視した。これで、徳川氏(=幕藩体制)を立て直した。吉宗の「享保の改革」で世直し=政治改革 が行われたから、さらに140年、徳川幕府が続いたのだ。普通、王朝や王国は、3代か4代、120年か130年ぐらいで潰れる。だが、江戸幕府が、260年ももったのは、8代将軍吉宗があらわれたからだ。紀州で育てた吉宗を江戸に連れてきて、痴呆であった7代将軍を始末(暗殺)して、取りかえた。このときにどうも江戸城内で伊賀者は力を失った。

 その後は、紀州のお庭番と呼ばれる恐ろしい公儀隠密に取ってかわった。全国に300諸藩あるうち、譜代大名たちは、今のただのサラリーマンで、一応松平家を名乗っているだけの能なしたちで、へらへらした連中でした。外様は、戦国時代を生き抜いて、徳川氏に屈服しただけだから、強くて優秀な大名と家臣団がいた。 徳川家の支流の親藩(しんぱん)たちが、反乱を起こすわけがない。だから、薩長土肥、加賀の前田、仙台の伊達といった有力な外様大名たちのところに、1藩当たり何十人もの公儀隠密が潜り込んでいた。

 隠密(忍者)たちの本当の仕事は、有力外様大名が、抜け荷、すなわち密貿易をやっている証拠をつかむことだった。もう戦争の時代ではないので、算術がものすごくできる秀才の勘定方(かんじょうがた)が、抜け荷や密貿易で大きな財産をつくって、貴金属を含めた、高価なものをたくさん蔵に隠していた。そして、それを大阪で秘密で大商人たちに売ったりして藩の資金を作っていた。彼らは、探りに入ってくる幕府の隠密たちとの、非常に激しい、血みどろの争いをした。それが、「太平の世」と呼ばれる江戸時代の裏側の、真実の日本史だ。抜け荷=密貿易の証拠をつかまれ、弱みを幕府に握られた藩は、お取り潰しや、国替えの 厳しい制裁を受けた。 藩の廃絶に等しい措置だ。

 忍者の話に戻すが、百地丹波は、伊賀組の支配者の家柄だ。
 2002年に、アメリカに、国際スパイ博物館が、オープンした。アメリカ合衆国の首都のワシントンD.C.に、国際スパイ博物館 International Spy Museum には、日本の歴史上のスパイである、日本の忍者の研究の結果も展示してある。 この博物館で、日本の5人の忍者を中心にした忍者研究を、アメリカの歴史学者がやってしまっているのだ。これには私たち日本人が驚くしか無い。日本の歴史学者たちは、もう、ぽかーんとするしかなくて、困ってしまう。

 歴史上の日本の5人の大物忍者のうちの、まず、1人目は、加藤段蔵(かとうだんぞう、1503?-1557?年)だ。この人は、伊賀とは関係ない。 戦国時代に、関東を治めた、室町時代からの名家である上杉家の家臣の、長野業正(ながののりまさ、1491-1561年)という重臣に仕えていた忍者である。彼が、忍者の元祖だ。元祖だと、アメリカの学問(=科学研究)によって、そう、認定されたのだ。
加藤段藏 は、幻術、妖術を使って、生きている牛を丸ごと飲み込んだりして、「鳶(とび)の段蔵」「飛びの段蔵」(「鳶(とび)加藤」「飛(とび)加藤」)と呼ばれた人だ。これは1500年代の戦国時代の前半の話だ。

 上杉家はやがて力が弱くなって、上杉謙信(うえすぎけんしん、1530-1578年)が養子の形で入って、関東台地で、戦国時代を生き延びた。小田原にあった北条家は、1590年秀吉の攻撃で潰されたが、その後も上杉家は生き残った。上杉景勝(うえすぎかげかつ、1556-1623年)と、直江兼続(なおえかねつぐ、1560-1620年)が、優秀な人物だったので、この2人で、あっち行け、あっち行けをされながらも、しぶとく、権力者の転変期を生き延びた。そして、今の山形県の山の中の、米沢とか米内沢(よないざわ)といいますが、そこに追い詰められたけれども、それで江戸時代を生き延びた。上杉家は江戸幕府にいくら潰そうとしても潰せなかった。忠臣蔵(=赤穂浪士)の騒ぎも、どうも上杉家を潰そうとして、5代将軍、綱吉と側用人(そばようにん)の柳沢吉保(やなぎさわよしあやす)と、そのブレイン(知能)の、荻生徂徠(おぎうそらい)が、仕組んだものだったようだ。

 武田信玄(たけだしんげん、1521-1573年)と、上杉謙信は、川中島の戦いで、必死に4回、戦ったが、この時期に、加藤段蔵は敵の武田信玄のもとに潜り込んだ。彼は、自分が命からがら上杉氏の越後から逃げてきた、ということにして、実際に何人かのスパイ(にんじゃ)を殺して見せて、信玄に仕えた。しかし、信玄を暗殺しようとして、失敗して殺されたらしい。それぐらい、真実の戦国時代は、恐ろしいことが、山ほど有ったのだ。


武田信玄

 ワシントンの歴史博物館が認定した、日本の5人の大物忍者の、2人目は、さっき言った百地丹波だ。1579年に織田信長(おだのぶなが、1534-1582年)の伊賀攻めがあった。これが大事だ。詳しくは説明できない。 信長が、1568年に、形の上での将軍である足利義昭(あいかがよしあき、1537-1597年)を奉じて天下布武(てんかふぶ)という形で、岐阜から京都に入ってきてもう10年目だ。信長は、自分の言うことを聞かず、服属しない者たちを、平定しなければならない。京都まで出てこいの、出頭命令にも従わない大名たちを、自分で攻め滅ぼしに行かなければいけない。それで、1579年に伊賀攻めを行ったわけですが、実際は、二男の信雄(のぶかつ、1558-1630年)にやらせた。しかし、失敗した。

 伊賀勢は、山岳地帯だから、夜襲をかけたり、攪乱戦法をとったり、背後から攻めたり、上から石や材木を投げ落として、5万人の織田軍を撃退した。あの恐ろしい織田軍を撃退したというので、伊賀者はこのとき非常に有名になった。


織田信長

 ところが、そこから2年目に、今度は、信長自身がもう二男の信雄(のぶかつ)に任せてはいられないということで攻めてきて、攻め滅ぼした。という日本語を使うと語弊があるが、重要なお城を三つぐらい落として、刃向かう者たちは皆殺しにして、言うことを聞く者たちは、生かしておいた。そして服従させた。徹底抗戦派は、皆殺しになるが、それ以外は鎮圧後は、土下座して命だけは助けてくださいとなった。それが、世界中の、どこでも起きた、人類の歴史だ。

 ところが翌年、1582年4月に、なんと、信長が本能寺の変で殺されてしまった。そうすると、時代がまた一つ変わって、次は秀吉の時代が来る。

 忍者たちが伊賀攻めを撃退した話は、今、映画になっている。・・・・

 余計な話だが、長男の織田信忠(おだのぶただ、1555-1582年)は、本能寺の変の直後に二条城で殺された。三男の信孝(のぶたか。神戸=かんべ=信孝)は、武将として才能はあったが、結局、信長の重臣であった柴田勝家たちと組んだことで、秀吉に自殺させられた。

 信孝の辞世の句は、凄絶だった。
「昔より主(あるじ)を討つ身の野間(のま)なれば 報(むく)いを待てや羽柴筑前(はしばちくぜん」というものだった。 「秀吉よ、主君を裏切った男であるおまえに、私は、恨みをのんで死んでやる」という、激しい憎悪の辞世の句である。 それに較べて、次男の信雄(のぶかつ)は武将の器でなくて、なおなよしていて、そのために、ずっと生き延びてしまって、みっともない男だ。
 最後は、なんと、家康のお伽衆(おとぎしゅう)といって、夜、お話をする係になってしまったのだ。京都のお公家さんみたいな野郎だ。しかし、このために織田家は、この信雄の系統が細々と残っていった。

 5大忍者の、3人目は高坂甚内(こうさかじんない、?-1613年)だ。 
 武田信玄の息子の勝頼(かつより)が、1582年に天目山(てんもくざん)で滅びた。織田信長軍の先陣、先兵、先頭部隊は徳川家康だった。家康は、岡崎藩主で、三河大名であった松平元康にすりかわった忍者だ。この大きな真実を、私、副島隆彦は、一所懸命に本に書いた。 『信長はイエズス会に爆殺され、家康は、すり替わった』(PHP刊、 2016年)である。

 三河大名(みかわだいみょう)だった松平元康(まつだいだもとやす。岡崎城主)を殺して成り代わった、徳川家康は、始めから、信長の忍者だった。 私の本を読んで下さい。

 家康は、信長の命令に忠実に、武田攻めをして、自分で実際にやって手柄を立てたけれども、武田の軍団が、攻め滅ぼされて死にかかったところを、「わしの家来になれ」と、その多くを、助けて、自分が召し抱えて家来にした。 ここが、家康の、忍者出身で有ることから来る、恐ろしいまでの才能だ。

 信長が甲府まで、勝頼の首を、自分で首実検(くびじっけん)するために、岐阜から急いで駆けつけて、自分で領地の検分を行う。そして、ここはおまえにやる、ここはおまえにやるという「国割り」をすした。そして信長は、富士山の向こうを通ってぐるっと回って東海道を進んで、琵琶湖のほとりの安土(あづち)城に帰ってきた。そして、安土城で大宴会をやって、家康に向かって、「おまえは鉄砲を買いにさっさと堺の港に行け」と言った。

 一方、明智光秀には、「さっさと秀吉を助けにゆけ。秀吉が、毛利攻めで困っているから、備中(びっちゅう)に行け」と、この宴会のさなかに命令して、さっと動かした。信長から、明智が、頭をたたかれたから、明智は信長に憎しみを持った、というような話はずべてうそだ。 武田を滅ぼして3カ月ですから、信長たちは、もううれしくてしようがない大宴会だった。だから、「イエズス会が京都の本能寺で、周到に準備して、信長を、高性能の爆薬で爆殺した」という副島説が正しい。私の本を嘉さない。

 やっと大物忍者の話に戻る。武田勝頼が滅んで、その家来だったのが高坂甚内(こうさかじんない)だ。大事な話ですが、前述したとおり、信長に攻め滅ぼされた伊賀の衆たちの中で、信長に恨みがあった忍者たちは、あちこちに散って、逃げ延びた、と言われている。散ったけれども、実際は多くは、徳川家康に仕えたのだ。


徳川家康

 家康自身が伊賀者だから。服部平太夫(はっとりへいだゆう)という男が、天竜川河口の掛塚(かつづか)という、河口の港町にいた。家康は、そこに逃げ込んで、三方ケ原の戦い(1572年)のときも生き延びた。

 家康の真実の奥様は、この「鍛冶屋の服部平太夫(へいたゆう)あるいは、平太(へいた)の娘の、西郷局(さいごうのつぼね)だ。それが産んだのが、2代将軍秀忠(ひでただ)だ。このことは、もうはっきりしている。だから、真実の家康は、浜松城に17年いた。これは、日本の歴史学界が、むにゃむにゃと秘密にしている。今も通用している、ウソの、家康像では、 三河大名である岡崎城主の松平元康(まつだいらもとやす)だから、ずっと、岡崎城に、いなければ、おかしいはずなのだ。 それが、なんで、
17年間も、家康は、浜松城にいたのか。 日本の、歴史学者、歴史評論家ども、この、おかしさに、
まともに、答えてみろ!  副島隆彦は、自分の生涯の残りを掛けて、この場面でも、真実のために、闘うぞ。


  甲州武田(今の山梨県)が攻め滅ぼされると、生き延びた甲斐の武士たちは、忍者上がりの家康に救われるようにして家来になっていった。だから甲府は家康のものになった。

 そして江戸に幕府を開く。関東台地全体は、その前の北条氏の小田原に本拠を置く北条早雲(ほうじょうそううん、1432-1519年)以来の5代――そのうち4代、5代は切腹したが――は、滅ぼされたけれども、まだ、不平不満の残党がいた。その残党の中に風魔小太郎(ふうまこたろう)というのがいた。
 
 これが忍者で、北条氏の残党を集めて、盗賊団になった。上杉氏は、もう北の方に移動させられていた。江戸開闢(えどかいびゃく)というが、江戸城を大きく改築した。

(それより早い、1500年代の始めに、太田道灌=おおたどうかん=という優れた、天才級の、立派な武将が、江戸城を作って、守っていた。しかし、主君で有る上杉氏が、道灌を殺した。なんと、無念なことをしたことか。)

 家康が江戸に移動して家康はまだ生きているが、この風魔小太郎を前述した、忍者の高坂甚内(こうさかじんない)が征伐して全滅させた。

 百地系や服部系の忍者たちも、徳川家に仕えた。風魔小太郎を討伐、鎮圧した後、高坂甚内は自分が関東台地、その後にいう、関八州(かんはしゅう)の盗賊団になっていって、彼もまた征伐されたらしい。実際は 甚内は、逃げ回りながらも、1613年に、マラリアで弱っていたところを捕縛されて、処刑された。今の浅草橋(あさくさばし)に、甚内神社という小さな神社があって、8月12日が高坂甚内の命日で、ここでは今でもお参りがあるそうだ。

 次の、4人目が、最初に言った服部半蔵正成(まさなり)。家康に、真実の長男も二男も生まれたからもう要らないということで、家康は信長の許可をもらって、三河大名であった松平元康の息子、信康(ぶやす)を20歳で、殺した。 

 歴史学者は、信長が殺せと言った。とか、武田とつながっていたから、奥さんの瀬名姫(せなひめ。築山御前 つきやまごぜん)を、殺せという命令で、と言って泣く泣く殺したというけれども、それはうそで、本当は最初からすりかわっていたから、自分の父親、主人が、すりかわっていることを信康と、築山御前は、知っていた。だから、殺されたのだ。 今でも、浜松の人たちは、その 築山御前が、殺されたあとのお寺とか、真実を、よく知っている。 

 信康を二俣城(ふたまたじょう)で殺した。奥さんの築山御前は、浜名湖の隣の佐鳴湖(さなるこ)という小さな湖があって、そこのほとりで切り殺された。そのときに使われた刀を妖刀(ようとう)村正(むらまさ)といって、それが江戸城の中に、300年間、恐ろしい刀の言い伝えとして残った。

 そのとき信康を自分の手で殺したのが、服部半蔵の二代目である正成だ。泣く泣く殺したというから、どうも、松平信康のご養育係みたいなことをしていて、この男に殺させたのだ。冷酷に殺したから、逆に、徳川家康は正成を信じた。そして、自分の秘密警察長官にした。それが、今の皇居の西側に残っている半蔵門だ。今も、日本の警察は隼町(はやぶさちょう)とか、半蔵門のあの辺にいる。そこからさらに、ずっとどんどん、真西に向かうと甲州、山梨県までつながっている。いざというときは徳川将軍は甲州に逃げることになっていた。

 甲州街道の一ノ宿が、新宿内藤町(しんじゃくないとうちょう)だ。内藤家は、甲府藩の家老の屋敷ということになっている。内藤家は忍者の頭目だ。 今の新宿内藤町は、「新宿2丁目」と呼ばれて、ゲイ、ホモの世界的メッカだ。この新宿2丁目あたりが内藤町だ。新宿御苑の中も内藤町で、あそこに忍者の親分がいたということだ。

 服部家は、その後どう続いたか、わからない。服部半蔵は、さっき言ったように、伊賀と甲賀の両方を統率して、家康に直接仕えた秘密警察長官だった。しかし、その時代が過ぎたら、さっき言ったように、伊賀者の出番がなくなったようで、もう全く仕事をしなかったようだ。消えてしまったか、消されたのだろう。

 5大忍者の5人目が、藤林長門守正保(ふじばやし・ながとのかみまさやす)だ。この人は、最初は武田の重臣だった山本勘助(やまもとかんすけ)に忍術を教えた、とか、駿府(今の静岡市)の今川義元にも仕えていたとか言われている。正保(まさやす)の孫に、藤林保武(ふじばやしやすたけ)という武士、おそらく直参(じきさん)か上級旗本だろう、がいて、この人が、『万川集海(ばんせんしゅうかい)』という本を書いた。この本が、今や、重要な歴史資料となった。これがほぼ唯一と言っていいぐらいの、忍者に関する重要史料だ。この『万川集海』という歴史文書を中心にして、三重大学の山田雄司(やまだゆうじ)教授 が、1冊の本にした。これが、 日本の歴史学者による、唯一、と言っていい、忍者研究の大事な論文集だ。2014年に、『忍者文芸研究読本』に収録されて発表された。
今、欧米白人の、忍者研究家たちに、山田教授は、引っ張りだこの人気である。三重大、という、忍者の聖地の、伊賀の国立大学の先生による、忍者研究、ということで、すでに、欧米では、大人気である。

 山田教授は、この中で、概略、次のように述べている。「(伊賀上野城の)伊賀流忍者博物館で、自分が見つけたというか、出して見せてもらった、これまで誰も研究していない忍術書である『当流奪口忍之巻註(とうりゅうだつこうしのびのまき、ちゅう)』という手書きの古文書などを収集している。『万川集海』には、酒と色と欲の三つをかたく禁制し、ケフリ(蹴鞠のこと。古代のボール蹴りの遊び)を楽しむべからずとあると。だから、酒と女と物欲が忍者の最大の敵であって、それに溺れてはいけないとか、そういうことが書いてある」と。あとは、「絶対ばれないように動けと」か、「秘密で動け」とか、「忍(しのび)は、目立ってはいけない」とか、そういうことがずっと書かれている。それが唯一と言っていいぐらい、現存している、忍者についての史料だ。

 しかし、藤林保武(ふじばやしやすたけ)は、藤林長門守正保の孫ぐらいで、『万川集海』を書いたのは1650年代らしい。「人の知ることなくして巧者(こうじゃ。巧みなる者)を上忍(じょうにん)とす」とか、「勇名もなし」、つまり、「勇ましい名前など周りに立ててはいけない」とか、「あとあと記録に残るようなことをしてはならない」とか、そういうことばかり書いてある。

これで「副島隆彦の忍者論」の前編の終わりです。

(つづく)

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