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「1992番」花街(かがい)から歌舞伎の世界について(中)左翼歌舞伎人から左翼演劇人へ 2017.9.15 副島隆彦

「1989」人類の目指す次なる「フロンティア」について 副島隆彦 2017年9月7日

「1988」 私の新刊に向けての構想 副島隆彦 2017年8月30日

「1987」 最近話題にのぼ「一万円札を廃止する計画」について (2) 副島隆彦 2017年8月10日

「1986」最近話題にのぼ「一万円札を廃止する計画」について 副島隆彦 2017年8月2日



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「1991」『世界政治 裏側の真実』(副島隆彦・佐藤優著、日本文芸社、2017年)が発売となります。 古村治彦(ふるむらはるひこ)筆 2017年9月14日

「1989」定例会のお知らせ。今回は国際情勢解説者の田中宇(たなかさかい)氏をゲストに迎え、学問道場一丸になって、世界の今後の行方と大きな枠組みについて解明します。2017年8月19日

「1988番」花街(かがい)から歌舞伎の世界について(上)2017.8.11 副島隆彦

「1984」番 書評 『中国がいつまでたっても崩壊しない7つの理由』  副島隆彦の中国研究、10年の勝利である。 副島隆彦

「1982」 講演会DVD『ディヴィッド・ロックフェラー死後の新世界秩序“G3”を予言する』が完成しました。講演会内容の復習などにぜひご利用ください。2017年7月8日

「1978」 『ニーチェに学ぶ 奴隷をやめて反逆せよ! ―まず知識・思想から』(副島隆彦著、成甲書房、2017年6月18日)が発売されます 2017年6月15日 古村治彦(ふるむらはるひこ)記

「1977」 日本の「国家秘密警察長官」である 菅義偉・官房長官の正体がわかる二冊の本を紹介する。(2) 2017年6月10日

「1974」新刊のお知らせ。『老人一年生-老いるとはどういうことか』(幻冬舎)が発刊されます。「老人とは痛いのだ」ということを思い知らせてくれる一冊です。2017年5月28日

「1972」 『夫のちんぽが入らない』(扶桑社)という本を読んだ。これが文学だ。副島隆彦 2017年5月15日

「1968」 副島先生の新刊『アメリカに食い潰される日本経済』(徳間書店)の発売が4月28日に決まりました。ぜひお求めください。2017年4月21日

「1966」 第37回 副島隆彦を囲む会主催定例会「ディヴィッド・ロックフェラー死後の世界新秩序“G3”を大予言する」(2017年5月28日(日曜日))のお申込みをお待ちしております。2017年4月12日

「1964」 橋下徹・元大阪市長がアメリカで講演した件、それから売国官僚・高見澤将林(たかみざわのぶしげ)について 2017年4月2日

「1960」相田英男氏の緊急寄稿「東芝=ウェスティングハウス問題」について対話形式で理解する。2017年3月15日

「1957」お知らせ2つ。副島先生の新刊『税金恐怖政治(タックス・テロリズム)』(幻冬舎)の発刊の紹介。 それから、今、国会を揺るがしている、森友学園への「国有地ほとんどタダで払い下げ問題」(=安倍晋三記念小学校問題)を追いかけている作家の菅野完氏との対談の内容を動画と文で載せます。2017年3月1日

「1954」斎川眞(さいかわまこと)『天皇とは北極星のことである』(PHP研究所)の紹介。日本国の 天皇という称号はどのようにして生まれたか。 2017年2月16日

「1953」これは必読の一冊。下條竜夫(げじょうたつお)著『物理学者が解き明かす思考の整理法』(ビジネス社)が発売されます。小保方晴子、星占い、金融工学を理科系の視点で理解するほか、思考の整理法の実践編として好評だった前作に続いての新刊です。2017年2月10日

「1948」天皇陛下の譲位問題。この問題は「ワールドヴァリューズ(世界普遍価値)と民族固有価値(ナショナルヴァリューズ)のどちらを重視するか」という問題であり、天皇陛下と安倍晋三がその2つの価値観を巡って熾烈な争いを繰り広げている、ということなのである。副島隆彦・記 2017年1月16日

「1944」【講演DVD】「鳩山由紀夫元首相が見た『属国・日本』の真実」(2016年11月20日)の講演ビデオについてお知らせします。鳩山元首相が日本の対米従属政策の問題点、今の民進党の問題点、アジア・インフラ投資銀行(AIIB)の実像について語ります。2016年12月26日

「1942」 北方領土まったく返還なし記念。 「自民党ネットサポーターズクラブ(J-NSC ネトサポ)のネット世論誘導 ネトウヨその世界」。自民党によるネット上の言論操作を暴いたNHKの番組を載せる。 2016年12月18日

「1940」先日の鳩山由紀夫元首相をお呼びしての講演会の会場で皆様から頂いたアンケート結果です。2016年12月6日

「1937」  アメリカ大統領でトランプが勝利してから私がアメリカ大統領選挙について書いた、「重たい掲示板」への投稿を載せます。副島隆彦 2016年11月22日 

「1934」副島隆彦の、 最新の金融本 『ユーロ恐慌 欧州壊滅と日本』( 祥伝社)が発売。 恒例のエコノ・グローバリスト・シリーズの第19弾。2016年10月29日

「1931」 副島先生の緊急出版 の 新刊『Lock Her Up! ヒラリーを逮捕、投獄せよ』(光文社)が発売されました。注目の米大統領選挙の真の争点を理解するために是非お読みください。2016年10月10日

「1927」来る11月20日に私達の秋の定例会を特別ゲストを呼んで開催します。今回は、鳩山由紀夫元首相をゲストにお招きして、世界の行方、東アジアの今後、日本の将来についてじっくりお話をうかがいます。2016年9月15日

「1924」番 『明治を創った幕府の天才たち 蕃書調所=ばんしょしらべしょ=の研究』(成甲書房刊)が発売になります。 古村治彦(ふるむらはるひこ)筆 2016年9月4日

「1920」番  ” Lock Her Up ! ” 「 ヒラリーを逮捕せよ、 投獄せよ !」 の嵐が アメリカ全土でわき起こっている。 2016.8.11  副島隆彦記 

「1916」 最新DVD『アメリカ名物「トランプ・ポピュリズムの嵐」と最新の世界情勢』のお申し込み受付を開始します。9月以降の米大統領本戦本格化を前に是非ご視聴ください。2016年7月20日

「1912」 副島隆彦のアメリカ分析 の最新刊 『トランプ大統領とアメリカの真実』(日本文芸社)が発刊。2016年6月27日

「1910」 橋下徹(はしもととおる)前大阪市長はなぜ危険なのか。 それは国家社会主義(こっかしゃかいしゅぎ)の思想を持っている恐ろしい男だからだ。 副島隆彦 2016年6月16日

「1907」 重たい掲示板 [1938]私たちの定例会は盛況に終わりました。あとは最新の情報。 をこちらにも転載します。 2016年6月3日

「1905」番 あの2年前に突然、行方不明になったマレーシア航空機は、その後どうなったのか? 驚くべき事実が明らかになった。日本国内では初公開の情報である。 2016.5.21 副島隆彦  

「1903」【講演会】5月29日(日)の学問道場主催『ドナルド・J・トランプの<アメリカ名物>ポピュリズム旋風と現在の国際政治・経済情勢を読み解く』(東京・御茶ノ水)を宣伝します。ポピュリズム政治家の分析では日本の第一人者である副島隆彦のトランプ論をご期待ください。2016年5月9日

「1901」 4月28日発売 新刊書のお知らせ 。 日銀・黒田は、自分たちのインフレ目標が遅々として進まないのを居直った。マイナス金利導入で分かった日銀の真の思惑。 副島隆彦新刊『マイナス金利「税」で凍りつく日本経済』(徳間書店)で、日銀の「隠された真意」の謎が明かされた。 2016年4月28日

「1899」【2016年定例会のお知らせ】 5月29日に今年第一回目の学問道場の定例会を開催します。テーマは「アメリカ大統領選挙と最新の国際政治・経済情勢」です。ドナルド・トランプ旋風の原動力 “ポピュリズム”と”アメリカファースト!”とは何か、改めてじっくり語ります2016年4月20日

「1896」 副島隆彦先生の新著『日本が中国の属国にさせられる日』(ベストセラーズ社)が発刊。日本が中国の影響下に呑み込まれるとき、私たちはどのような態度をとるべきか。20世紀の右翼・左翼の両翼思想のタブーを、反権力の思想家である副島隆彦が抉り出す大著です。2016年3月28日

「1894」米大統領選挙、共和党はトランプが躍進し、民主党はヒラリーが候補を指名獲得し、二者の対決になりそうだ。2016年3月18日

「1891」 新刊のご案内『世界連鎖暴落はなぜ再発したか』(祥伝社)のご案内です。海外の金融メディアは軒並み、「黒田は弾切れ」(Kuroda's Bazooka is out of ammunition)と言い始めています。2016年3月2日

「1588」副島隆彦著作、その他の「学問道場」関連書籍を期間限定で割引販売します。この機会に是非ご利用ください。2016年2月21日

「1584」 ドナルド・トランプはどこで失速するか。急浮上してきたマルコ・ルビオ上院議員とはどういう背景を持つ政治家か。2016年アメリカ大統領選挙の予備選挙について。2016年2月4日

「1581」 『BIS(ビーアイエス)国際決済銀行 隠された歴史』(アダム・レボー著、副島隆彦監訳、古村治彦訳、成甲書房、2016年)が発売になります。古村治彦記 2016年1月21日

「1579」 学問道場関連の新刊書籍二冊、『暗殺の近現代史』(洋泉社、中田安彦が参加)と、『天皇家の経済学』(同、吉田祐二・著)が発売されています。ぜひ、お求めください。2016年1月14日

「1577」「副島隆彦の学問道場」から 新年のご挨拶。2016.1.1 /1月3日加筆 「崩れゆくアメリカ」を見てきて。短期留学修了を受けての報告。 中田安彦 2016年1月3日

「1576」 『物理学者が解き明かす重大事件の真相』(下條竜夫著、ビジネス社、2016年1月9日)が発売となります。古村治彦記 2015年12月24日

「1574」 『信長はイエズス会に爆殺され、家康は摩り替えられた』(副島隆彦著、PHP研究所、2015年12月17日)が発売となります。古村治彦筆 2015年12月15日

「1572」番 今の世界の中心の課題である ロシアによる シリアのIS爆撃、殲滅は、プーチンによる「ロシアから愛をこめて」である。最新の映画「OO7/ スペクター」の中にこれからの世界の動きの秘密が隠されている。 副島隆彦 2015・12・9 

「1569」 ダニエル・シュルマン著、古村治彦訳『アメリカの真の支配者 コーク一族』(講談社、2015年)が2015年12月8日に発売になります。 古村治彦(ふるむらはるひこ)筆 2015年11月30日

「1566」 宗教改革の始まりにおいてルターとローマ法王はどういう言葉の応酬をしたか 2015年11月13日

「1563」 『再発する世界連鎖暴落 貧困に沈む日本』(副島隆彦著、祥伝社、2015年10月30日)が発売となります。古村治彦筆 2015年10月29日

「1560」番  今のアメリカ政治の真の焦点である、「ベンガジ事件」での下院の特別委員会を、ヒラリーはなんとか 乗り切る。そして、シリアでのサリン爆弾の真犯人たちのこと。 2015.10.15 副島隆彦  緊急で冒頭加筆します。 10月16日 副島隆彦  

「1557」 安倍晋三は国民がどれだけ「鈍感」かを試して喜んでいる。気付いている敏感な国民とそうではない国民に二極化している。2015年9月25日

「1555」 昨日、2015年9月14日に国会議事堂前で行われた安保法制反対抗議デモに行ってきました 古村治彦(ふるむらはるひこ)筆2015年9月15日

「1552」 学問道場の定例会DVD『副島隆彦が、今の重要なことを洗いざらい語ります』(2015年5月31日開催、約330分)の予約受付を始めました。ご案内が大変遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。2015年8月25日

「1551」番 栗原康 (くりはらやすし)著 『現代暴力論』 という新刊書 がすばらしいので、私が書評して強く推薦します。 副島隆彦  2015年8月25日 

「1548」 好評連載企画:「思想対立が起こした福島原発事故」 相田英男(あいだひでお) 第3章 福島事故のトリガーがひかれた日(2) 2015年8月13日

「1547」好評連載企画:「思想対立が起こした福島原発事故」 相田英男(あいだひでお) 第3章 福島事故のトリガーがひかれた日(1) ※会員ページに掲載したものを再掲 2015年8月10日

「1544」 副島隆彦先生の新刊・中国研究本の第7弾! 『中国、アラブ、欧州が手を結び ユーラシアの時代 が勃興する』 が先週末に発売。ロンドン金(きん)の値決めに中国の二大民間銀行が参加、人民元決済圏の拡大 から 南沙諸島問題も含めてユーラシア大陸の時代 を余すところなく分析。2015年7月26日

「1542」番 戦後七十周年企画  なぜ日本は戦争に向かわされたのか(1)   日本共産党の戦前最後の委員長 野呂栄太郎(のろえいたろう)の命がけの闘いから昭和史の真実が見えてくる。 津谷侑太(つやゆうた)2015年7月13日

「1539」番  俳優 高倉健(たかくらけん)の生き方 と死に方について考えたこと。 副島隆彦 2015.6.27(転載)

「1536」現下の政治状況を勢力分析する。大阪都構想の住民投票に現れた、若い世代のファシズムへの欲求。それを支える橋下徹・菅義偉の背後にある勢力とは。安倍・菅の野党分断の動きに対し、維新の党の執行部をおさえた旧小沢グループが巻き返しにでている。2015年6月11日

「1535」 佐藤優氏との対談本、『崩れゆく世界 生き延びる知恵』(日本文芸社)が刊行されました。「発売後、即重版」で非常に好評です。副島理論を真っ向から佐藤氏が受け止めている重厚対談です。2015年6月6日

「1532」番  来たる 6月7日(日)に 横須賀市で私の講演があります。 いらしてください。「軍港 横須賀の150年の歴史」にちなんだ話をします。 副島隆彦 2015年5月27日日

「1529」5月31日に都内で開催する、学問道場自力主催講演会の具体的な講演内容が固まってきまたのでお知らせします。参加者はまだまだ大募集中です。ぜひおいでください。2015年5月11日

「1526」 副島隆彦の最新金融本、『「熱狂なき株高」で踊らされる日本』(徳間書店)が発売されました。第5章、アベノミクス金融緩和など金融政策の理論的支柱となっている「合理的期待(予測)形成学派」の正体を暴いたところが非常に学問的には重要な本です。2015年4月27日

「1523」来る5月31日に講演会『副島隆彦が、今の重要な事を洗いざらい語ります』を開催いたします 2015.4.16

「1520」 AIIB「アジアインフラ投資銀行」の設立をめぐるゴタゴタの真相を載せます。 副島隆彦 2015年4月1日 (重たい掲示板から転載)

「1517」 新刊2冊『余剰の時代』(ベスト新書)と『日本に恐ろしい大きな戦争(ラージ・ウォー)が迫り来る』(講談社)が発売されます。生き延びるための政治思想とアメリカ政治本です。2015年3月13日

「1515」 「思想対立が起こした福島原発事故」相田英男 第2章 「札束で引っぱたかれた科学者達」をシリーズで短期連載します。(第2回)2015年3月5日

「1514」「思想対立が起こした福島原発事故」相田英男 第2章 「札束で引っぱたかれた科学者達」をシリーズで短期連載します。(第1回)2015年2月25日

「1511」カナダの政治。カナダの歴代首相を、隣国の大国アメリカとの「帝国-属国」関係において明快に解説します。2015.2.7

「1508」 新刊本二冊を紹介します。『副島隆彦の政治映画評論 ヨーロッパ映画編』(ビジネス社)と、先生が巻頭文を書いた吉本隆明(よしもとりゅうめい)の評論集『「反原発」異論』(論創社)の二冊です。 2015年1月26日

「1505」 中田安彦です。私の新刊『ネット世論が日本を滅ぼす』(ベスト新書)が発刊されました。数年間「ネット世論」に密着して観察して学んだ結果を一冊の本にまとめました。ネット言論の理想主義はなぜ次々と自滅していくのか?その答えを知りたい人はぜひお読みください。2015年1月12日  

「1501」番 「副島隆彦の学問道場」から 新年のご挨拶。2015.1.1 続けて 「1503」番として、「1495」番の谷崎潤一郎論の第3部(終章)を載せます。副島隆彦 記

「1500」最新講演DVD『2015年、世界は平和か戦争への岐路に立っている』が完成しました。ぜひ御覧ください。2014.12.25

「1497」オーストラリアの歴代首相について。 日本人が知らない、オーストラリア政治の基本骨格を副島隆彦が分かり易く解説します。2014.12.17

「1496」番 俳優の菅原文太氏が亡くなった。 「1194」番会員ページ に載せた副島隆彦との対談を再掲します。 2014.12.13

「1493」 自力主催講演会「2015年、世界は平和か戦争への岐路に立っている」(2014.11.16)のアンケートの回答結果を掲載します。2014.12.4

 「1491」番 ノーベル物理学賞受賞の中村修ニが、なぜ重要であるのか、の本当の理由。10年前のここの、私たちの文を再掲載する。副島隆彦 2014.11.22 

「1487」 『官製相場の暴落が始まる――相場操縦しか脳がない米、欧、日 経済』(副島隆彦・著、祥伝社)発刊のお知らせ。「まえがき」と「あとがき」を掲載します。 2014.10.26

「1485」書評:アメリカの著名ユダヤ人小説家、フィリップ・ロスの小説「プロット・アゲンスト・アメリカ」(集英社)/架空歴史小説を手がかりに「アメリカ国内優先主義」(アメリカ・ファースト)の美名を表と裏で使い分けた米財界人の冷酷な世界戦略が見えてきた (その1) 2014年10月14日

「1481」 来る11月16日に都内・上野で「政治・国際情勢・経済」についての時局講演会を開催します。聴講希望者を現在募集中です!2014年9月29日

「1479」 『英語国民の頭の中の研究』(副島隆彦・著、PHP研究所)発刊のお知らせ。大幅に加筆修正が加えられています。「まえがき」 と 「あとがき」 を掲載します。 2014.9.22

「1476」番   文学とは何か の 2 。 日本文学とは何か 論。 を 載せます。 副島隆彦 2014.9.6

「1472」 『日本の歴史を貫く柱』(副島隆彦・著、PHP文庫) が8/4から発刊されています。「まえがき」 と 「あとがき」 を掲載します。 2014.8.27

「1470」 夏休み特集。アルチュール・ランボー論。パリ・コミューンという政治的事件を書き残そうとした文学について。2014.8.16

「1466」 お知らせ:『税金官僚に痛めつけられた有名人たち』(副島隆彦・著、光文社刊)が8/1に発刊されます。「まえがき」と「あとがき」を掲載します。2014.7.24

 「1460」 7月1日に、SNSI論文集第7弾『フリーメイソン=ユニテリアン教会が明治日本を動かした』が出ます。従来の教科書や歴史書では描かれない明治期以降の日本真実の姿を描き出しました。2014年6月25日

「1456」番  村岡素(もと)一郎 著 『史疑(しぎ) 徳川家康事績』(1902年刊)についての 松永知彦氏の長文の歴史論文を載せます。 2014年6月10日 

「1454」 【今読み返す副島本】 米同時多発テロ事件前に発表された、副島隆彦の「集団的自衛権」論をそのまま転載します。 今こそ読み返してほしいと思います。 2014年6月3日

「1451」【中国を理解する】『野望の中国近現代史 帝国は復活する』(ビジネス社・刊)(原題:Wealth And Power:China's Long March to the Twenty-First Century)という本を紹介します。中国の近現代史を正しく理解しなければ、日本は中国の台頭に向き合うことは出来ない。2014年5月25日

「1448」番  私が、今やっている仕事、考えていること、書くべき文章のことなどを、まとめて報告します。 副島隆彦  2014.5.11 

「1443」最新講演DVD『キャロライン・ケネディと安倍晋三』が完成しました。このDVDで米オバマ政権と安倍政権の暗闘の実態が分かります。現在の日本政財界に影響を与えるハーヴァード大学人脈についても解説。ぜひ御覧ください。2014年4月16日

「1441」 副島隆彦先生の最新金融本『金融市場を操られる 絶望国家・日本』(徳間書店・刊)が発売されます。日本は、アベノミクスに浮かれて「成長国家」どころか、「貧乏国家」となってしまった。この現実から逃れることが出来ない。世界の金融も統制されている。2014年4月5日

「1436」 後藤新平―日本の「セシル・ローズ」論(全4回/第1回) 中田安彦・記 2014年3月16日

「1433」『靖国問題と中国包囲網』(副島隆彦・著、ビジネス社刊)が3/7に発刊されます。「まえがき」と「あとがき」を掲載します。2014.2.27

「1429」 【寄稿・偉人伝の裏側を見破る】 自由民権運動の父・板垣退助はフリーメイソンだった!~伊藤博文のフリーメイソンネットワークに加入した板垣退助~津谷侑太(つやゆうた)筆 2014年2月5日

「1426」古村治彦研究員の新刊『ハーヴァード大学の秘密』(PHP研究所)の紹介と、その出版記念を兼ねた「囲む会」主催の2014年初めての主催定例会『キャロライン・ケネディ駐日大使着任が日本政治中枢に与えている衝撃』(仮題)のお申込みのご案内を致します。2014年1月21日

「1423」 明治期の慶応義塾で 最先端の学問を教えたのは ユニテリアン(フリーメイソンリー)だった 石井利明(いしいとしあき)研究員 2014年1月11日

「1421」TPP交渉と平行して、水面下で進む「民法改正」の動き。大新聞は連帯保証人(個人保証)制度の改正部分だけをクローズアップするが、実際はこの民法改正はアメリカによる日本社会改造計画の一つである。2013年12月29日

「1418」孫崎享・副島隆彦講演ビデオ『外務省の正体』のご予約を承ります。日本の国家の行く末を大きく左右する外務省(MOFA)の内部と歴史はどうなっているのか、必見の講演です。2013.12.10

「1414」新刊『説得する文章力』(KKベストセラーズ)と『闇に葬られた歴史』(PHP研究所)をご案内します。2013.11.27

「1411」副島隆彦新刊金融本『帝国の逆襲―金とドル 最後の戦い Empire Strikes Back, Again.』(祥伝社)が発売されました。今年前半から中盤の主な金融ニュース(TPP、シェールガス、金価格の急落についても)を副島隆彦独自視点で分析しています。2013年11月16日

「1409」 腰痛(ようつう)と首、肩の痛みは治るようである。 「トリガーポイント・ブロック注射」という治療法を紹介する。 副島隆彦記 2013年11月6日

「1406」新刊『税金官僚から 逃がせ隠せ個人資産』(2013年10月、幻冬舎刊)発刊のお知らせ。官僚たちはいかにして資産家からお金を奪い取ろうとしているか。「まえがき」と「あとがき」を掲載します。2013.10.18

「1404」【最新版】世界権力者人物図鑑 刊行が発売中です。2010年発刊の第一弾から全面リニューアルのデザイン・内容です。2013年9月30日

「1402」 来月、10月26日(土)開催予定の「囲む会」秋の定例会のお申し込み開始お知らせ。今回は元外務省元国際情報局長の孫崎享先生をお呼びして「過去現在未来の日本外交」を語りつくします。ご期待ください。2013年9月16日

「1399」鬼塚英昭(おにづかひであき)氏の『日本の本当の黒幕』(下)を読む。戦前の日本政治の闇を象徴する田中光顕(たなかみつあき)という怪物を知る。それは現在の日本政治を支配するヤクザたちを知ることでもある。2013年9月1日

「1396」 新刊『中国人の本性』の紹介。私たちはどれだけ中国の思想史について知っているだろうか? そこで副島先生が中国亡命知識人の歴史を中共からの亡命知識人である石平(せきへい)氏に徹底的に質問しました。夏のうちに是非読んで下さい。2013年8月8日

「1394」定例会完全収録のDVD『いい加減にしろ!マイケル・グリーン/恐ろしいヨーロッパの秘密―フランドルからフローレンスへ』が完成しました。2013.7.29

「1392」 参議院選挙が終わって、次の日本国民の課題に向かう。アベノミクスとはA-sset B-ubble E-conomy(資産バブル・エコノミー)のことである。金融緩和派の経済学者のおかしさを理路整然と暴いた野口悠紀雄氏を評価する 副島隆彦 2013年7月25日

「1389」参院選後、日本の各階層(金持ち・サラリーマン・貧乏人)への、安倍政権による国家統制が進む可能性がある。その兆しとして参院選初日に福島県の総理演説会で自民党職員らが行った、一般国民の「表現の自由」への取り締り行為の動画がある。決して貴方の一票は自民党には投票してはなりません。それから先日の講演会のアンケート結果を載せます。 中田安彦(アルルの男・ヒロシ) 2013年7月13日

「1387」 『統制が始まる 急いで金を買いなさい』(祥伝社・刊、2013年6月)の宣伝を載せます。2013.7.4

「1384」再度、6月29日の定例会のお知らせをします。タイトルが「いい加減にしろ!!マイケル・グリーン~米中“新秩序”に取り残される日本」になりました。米日関係その他の政治経済の話題に縦横無尽に切り込みます。2013年6月13日

「1381」 私たちの福島復興活動本部 を 閉じて 撤退式をします。6月23日です。時間のある人は福島の現地まで自力で来てください。 副島隆彦 2013年6月2日

「1379」先週土曜日の会員交流会開催後のお礼の報告と、次の6月29日の講演会のお知らせ。2013年5月20日

「1376」 最新DVD『ますます衰退国家にさせられる策略を見抜く』(2013年3月3日、講師:副島隆彦・藤森かよこ)と、新刊・映画本『アメリカ帝国の滅亡を予言する』(日本文芸社)頒布のお知らせ。お待たせしました!2013.5.4

「1375」黒田金融緩和と金価格急落、そしてBRICS開発銀行の設立。新しい秩序に向けて世界は動いている。副島先生の最近の「重たい掲示板」への書き込みをまとめて載せます。2013年4月20日

「1372」副島先生の新刊『浮かれバブル景気から衰退させられる日本』(徳間書店)ではTPP交渉とアベノミクスの欺瞞について詳しく紹介。今回も豊富な図表・資料付きです。また、新しい試みとして会員同士の交流会(会員交流会 自由におしゃべり)もまだ募集中です。講演会とは別の形で交流(情報交換)いたしましょう。2013年4月4日

「1370」 日米地位協定に続いて、日米原子力協定(1988年)を暴く。中曽根康弘の周辺の「原子力外務官僚」たちが、アメリカに抵抗するカードとして持ちだした「日本の核武装論」には全く意味が無い。六ケ所村の再処理工場を維持してきた日本原電は中曽根派の利権の巣窟であるからすぐに破綻させるべきだ。(苫米地英人『原発洗脳』(日本文芸社)と有馬哲夫『原発と原爆』(文春新書)を書評する。)(その1) 2013年3月27日

「1366」書評:前泊博盛・編著『本当は憲法より大切な 日米地位協定入門』(創元社)を読む。ジャパン・ハンドラーズと外務官僚が威張れるのも日米安保と地位協定があるからだ。2013年3月8日

「1363」新刊『それでも中国は巨大な成長を続ける』(ビジネス社)の刊行のお知らせ。アメリカでは、巨大な中国とどう付き合っていくかは熱心に議論されていても、中国崩壊論など真面目に受け取られていない。2013年2月18日

「1361」 副島隆彦を囲む会・定例会、第29回定例会・自力主催講演会『ますます衰退国家にさせられる策略を見抜く』(講師:副島隆彦・藤森かよこ、開催日:2013年3月3日、日曜日)開催のお知らせ。2013.2.8

「1358」 アダム・ヴァイスハウプト著 『秘密結社・イルミナティ 入会講座<初級篇>』(KKベストセラーズ)が発刊されました。ドイツ啓蒙主義から生まれた「イルミナティ」はフリーメーソンなど秘密結社のルールブックを制定した集団である。2013年1月21日

「1356」番。 年末からの2週間の「産みの苦しみ」のあとで、副島隆彦が全力で書きます。 「ヒラリーの終わり」論文です。 今年もよろしく。 2013年1月8日

「1354」 「副島隆彦の学問道場」から 新年のご挨拶。 2013.1.1

「1351」自民党・公明党・日本維新の会の圧勝と民主党勢力の壊滅大敗北を受けて、「個人の力量によるサバイバル」というものが必須になってくる。そのことを選挙の数カ月前に副島先生の新刊『個人備蓄の時代』(光文社)では予測していた。みなさんも早く手を打ったほうがいい。2012年12月17日

「1349」  選挙が始まっての 直近での動き を読む 副島隆彦・記 2012年12月7日

「1346」 副島隆彦・最新DVD『ミケランジェロ、メディチ家、ルネサンスの真実』(2012年11月3日、講師:副島隆彦・松尾雄治)頒布のお知らせ。「教科書」と本編DVDのお得なセットも、個数限定で実施します。2012.11.29

「1343」緊急情報:アメリカによって崖から突き落とされた野田政権。解散総選挙はアメリカからの司令で行われた。今回もジェラルド・カーティスが根回しをしている。2012年11月15日

「1340」橋下徹(はしもととおる)大阪市長や一部大阪市特別顧問による「週刊朝日」に対する“言論弾圧”問題について考える。言論の自由が死ぬときとは、デモクラシーが死ぬときである。2012年11月5日

「1337」尖閣問題について。橋下徹・大阪市長の言う「国際司法裁判所」における解決の提案を支持します。副島隆彦・記 2012.10.18

「1334」新刊を二冊紹介します。権力者共同謀議という合理的選択で概ね、歴史は動いてきたから、私たちは世界の支配層の行動原理、思想、そして企業活動に現れる彼らの「合利的」な動きを理解しなければならない。2012年10月1日

「1332」 副島隆彦を囲む会・定例会、第28回定例会・自力主催講演会『ミケランジェロ、ダ・ヴィンチ、ダンテ、マキアベッリ、メディチ家、ルネサンスとは何だったか』(講師:副島隆彦・松尾雄治、開催日:2012年11月3日、土曜日)をご案内します。2012.9.25

「1330」SNSI・夏季研究報告から 「今こそ3分で読む小室直樹の『新戦争論』」六城雅敦(ろくじょうつねあつ)・記 2012年9月14日

「1327」共和党候補、ロムニーの安全保障政策を知る。最新刊『アメリカが作り上げた“素晴らしき”今の世界』(The World America Made)(ビジネス社刊)の紹介。古村治彦研究員の翻訳で刊行されています。2012年8月27日

「1324」  副島隆彦著の仏教論、『隠された歴史:そもそも仏教とは何ものか?』(PHP研究所)の読みどころを解説します。2012年8月12日

「1322」副島先生の仏教論の集大成『隠された歴史~そもそも仏教とは何ものか?』(PHP研究所)とロン・ポール米下院議員の『連邦準備銀行を廃止せよ(END THE FED)』(佐藤研一朗・訳、成甲書房)が発刊されました。 2012年7月29日

「1319」 副島先生の新刊本2冊。『ロスチャイルド200年の栄光と挫折』(日本文芸社)と石平(せきへい)氏とのケンカ対談『中国 崩壊か 繁栄か!? 殴り合い激論』(李白社)が発刊されました。世界の実像を知るのにおすすめの2冊です。 2012年7月19日

「1317」 副島隆彦・最新DVD『橋下徹の登場 と 政治思想の歴史』(2012年6月2日、講師:副島隆彦・中田安彦・須藤喜直)/最新刊『国家は「有罪(えんざい)」をこうして創る』(副島隆彦・植草一秀・高橋博彦・著、祥伝社刊)ラインナップ追加のお知らせ。2012.7.8

「1314」 「増税談合勢力」 の 野合(やごう)の増税に反対する。2012年6月25日

「1312」 第27回副島隆彦を囲む会主催定例会『橋下徹の登場と政治思想の歴史』に来場された会員の皆様のご意見をご報告します。 2012年6月19日

「1310」 ロマノ・ヴルピッタ『ムッソリーニ』を読む。現在の日本で重要な意味をもつ「ファシズム」とは何かを再考する 2012年6月4日

「1306」 爆弾のような破壊力を持った一冊!! 古村治彦著『アメリカ政治の秘密』(PHP研究所)を強力に推薦する。2012年5月13日

「1304」 副島隆彦を囲む会・定例会、第27回自力主催講演会(講師:副島隆彦・中田安彦・須藤喜直、開催日:2012年6月2日、土曜日)をご案内します。演題は『橋下徹の登場 と 政治思想の歴史』と決定しました!※金融・経済のお話はありません。2012.5.6

「1301」 新作DVD『今、世界経済がどう変質しつつあるか』(2012年3月24日、講師:副島隆彦・古村治彦)のアンケートの結果を掲載します。2012.4.25

「1300」 新作DVD『今、世界経済がどう変質しつつあるか』(2012年3月24日、講師:副島隆彦・古村治彦)/『欧米日 やらせの景気回復』(副島隆彦・著、徳間書店刊)のお知らせ。2012.4.19

「1296」橋下首相を誕生させようと目論む、関西財界ネットワークの正体とは 2012年4月3日

「1294」アメリカの共和党予備選で公然と囁かれる不正投票の横行。スーパチューズデーを終えて共和党予備選挙の様子、大統領選挙予備選挙・党員集会の複雑な仕組み、衝撃的な内部事情を現地から緊急報告します。 2012年3月24日 佐藤研一朗・筆

「1292」 (1) 4月28日(土)~30日(月)の「福島原発・難民キャンプツアー」のお知らせ。/(2) 6月2日(土)の「政治思想・日本政治の歴史(1960年代からこっち)講演会」のご案内。/(3) SNSI研究員・崎谷博征(さきたにひろゆき)氏の新刊『医療ビジネスの闇』(学研パブリッシング。2012/2/28刊)が出ました。2012.3.13

「1289」 (1) 3月24日(土)の「学問道場」定例会『今、世界経済がどう変質しつつあるか』(副島隆彦)の再度のお知らせ。/(2) 対談CD『日中殴り合い対談』(石平、副島隆彦。李白社)をご紹介します。2012.3.6

「1288」 日本は、「新・知日派」の台頭でも基地移設問題でアメリカの要求に屈服してはいけない 2012年3月2日

「1285」 「小沢一郎・陸山会裁判」の急展開。小沢一郎側が勝利しそうである。「ぼやき・会員ページ 1284」に掲載された文章の後半部分を、こちらにも転載します。2012.2.19

「1283」 まんが家・イラストレーターのぼうごなつこさんによる、政治漫画「小沢一郎・陸山会事件説明まんが お天道様がみてる」を掲載します。2012.2.10

「1280」 本年度初の副島隆彦を囲む会・定例会、第26回自力主催講演会(講師:副島隆彦先生・古村治彦研究員、開催日:2012年3月24日)をご案内します。2012.1.30

「1278」書評『父・金正日と私』(五味洋治・著)と『後継者・金正恩』(李永鐘・著)を読む。北朝鮮は改革開放に乗り出せるのか。“属国論”の観点で北朝鮮の対中外交を整理する。2012年1月23日

「1276」 新刊『中国は世界恐慌を乗り越える』(ビジネス社)と『衰退する帝国・アメリカ権力者図鑑』(日本文芸社)が発売されました。中国の発展の姿は100年前のアメリカ帝国そのものである。2012年1月10日

「1273」 「副島隆彦の学問道場」から 新年のご挨拶。 2012.1.1  下に加筆します。1月5日です。副島隆彦です。


「1542」番 戦後七十周年企画  なぜ日本は戦争に向かわされたのか(1)   日本共産党の戦前最後の委員長 野呂栄太郎(のろえいたろう)の命がけの闘いから昭和史の真実が見えてくる。 津谷侑太(つやゆうた)2015年7月13日
戦後七十周年企画 なぜ日本は戦争に向かわされたのか(1)

 ※津谷君 の論文はこれまで何回か「今日のぼやき」で紹介しております。日本史、特に明治から昭和史について関心を持って研究しています。


  「 日本共産党の戦前最後の委員長、野呂栄太郎(のろえいたろう)の命がけの
   闘いから昭和史の真実が見えてくる 」 

  津谷侑太(つやゆうた)    2015年7月13日

 2015年は戦後七十周年を迎える。安倍晋三首相が、祖父・岸信介が目指した絶対国防圏の構築に向かってがむしゃらに突き進んでいる。日本は戦争へ向わされていると憲法学者樋口陽一(ひぐちよういち。リベラル派憲法学者たちのドン)や、小沢一郎たちは警告を発している。

 安倍首相の取り巻きたち、とりわけ売れない評論家である八木(やぎ)秀(ひで)次(つぐ)たちは、「安倍首相は憲法改正にまで手をつけるべきだ」と盛り上がっている。このような動きが国民そっちのけで行われている。こういうときに、すでに大きな権力を握っている自民党を従来型の反戦平和理論で批判しても肩透かしを食らう。彼らもまた大きな歴史の流れの中で翻弄されているのに過ぎないのだから。

 今年は戦後七十年なのだから、日本国の本当の歴史について勉強するべきときである。最近の歴史学者たちの本に頼っても当てに出来ない。なぜなら彼らは自分が専門とする特定の時代の特定の事件のことはよく調べている、だが同時期に起きていた他の諸事件のことは知らないのである。それが日本の歴史学者たちの世界だ。粗っぽくでもいいからその時代の全体像を示してくれないと読んでいるほうはチンプンカンプンである。

 日本政府が勝手に暴走して愚かな戦争を始めたわけではない。そのように最初から仕組まれていたのである・・・・という言論を副島先生が打ち立てた。だから私は、その戦争を止める勢力が必ずいたはずである、という考え方から歴史研究を始めた。そうすると日本共産党という、戦争に命がけで反対して闘った政党を発見した。

 戦前の日本共産党があれほどに頑張ってくれたから、戦争を仕組んだ極悪人たちのことが歴史資料として残って今、炙(あぶ)りだされる。日本共産党が壊滅することなく反戦活動を続けていれば、日本の沖縄戦や硫黄島の玉砕の悲劇もなかったし、原爆投下や東京大空襲もなかっただろう。満洲でのソ連による日本の民間人大虐殺もなかった。日本共産党は、昭和7年(1933年)に壊滅させられた。

 この年の2月29日に、作家の小林多喜二(こばやしたきじ)が築地(つきじ)警察署で特高警察たちに撲殺されて死んだ。同年の5月29日に、京都大学の刑法学者の滝川幸辰(たきがわゆきとき)が大学を免職された(滝川事件)。そして同年の11月28日に、戦前最後の日本共産党の委員長である野呂栄太郎(のろえいたろう)が品川警察署に逮捕され、翌年の2月19日に拷問により獄死している(33歳)。日本共産党を壊滅に追い込んだ当時の政治警察の大親分たちを今こそ、具体的に証拠をあげながら追及し、その仮面を剥(は)ぎ取らないといけない。


小林多喜二(1903-1933年)の遺体


野呂栄太郎(1900―1934年)

 1925年(大正14年)に治安維持法が制定されて共産主義者たちへの取り締まりが始まった。治安維持法は本物の根性の有る共産主義者たちの動きを封じるための法律だった。このあと共産主義者たちは一斉に逮捕された。昭和3年(1928年)の1600人、4年の1000人の一斉検挙が大弾圧だった。これ以外に文学者の団体やらも一斉に逮捕された。 彼らは厳しく尋問され、ある者は拷問されて、やがて転向(てんこう)して、多くが非共産主義者になっていった。以後は、民族運動の右翼になっていった元幹部たちもいる。これで日本の反戦活動はストップした。

 この動きを主導したのが日本の内務省(ないむしょう)だ(敗戦後、内務相は、GHQによって廃止された)。内務省の下に特別高等警察が作られた。そこには下級のノンキャリア(今で言えば高卒)の特高(とっこう)警察(けいさつ)官がたくさんいる。幹部たちは、帝大(東大など)を出たエリートたちで、戦後の有名な政治家で言えば、後藤田正晴(ごうとうだまさはる)や中曽根康弘(なかそねやすひろ)のような人たちだ。


後藤田正晴(右)と中曽根康弘

 私は、下級の特高警察たちではなく、その上の東大法学部を出た、日本の政治警察であった内務官僚たちを糾弾する。現に彼らの一部は、内務省職員として「思想検事(しそうけんじ)」とも呼ばれた。“初代思想検事”と呼ばれたのは、岩村通世(いわむらみちよ、1883-1965。、明治43年司法省)入省)である。岩村は、検事総長を務めてゾルゲ事件を最高度から担当し、東條英機内閣で司法大臣を務めた。敗戦後、GHQに逮捕されてA級戦争犯罪人の指名(デジグネイション)を受けた。


岩村通世

 日本共産党を直接弾圧した最高責任者は、安倍源基(あべげんき)である。安倍は、内務省に入って、昭和7年(1932年)に、初代警視庁特別高等警察部・部長に就任して、日本共産党の弾圧のための取り調べに当たった。昭和12年 (1937年。 2.26事件の翌年だ。 この年に、日本の中国侵略戦争 「日中戦争」の開始であるシナ事変=日華事変=と、第二次上海上陸作戦そして南京(なんきんこうりゃく)、その年末に南京大虐殺が起きた)に、第一次近衛文麿(このえふみまろ)内閣の警視総監になり、敗戦までずっと治安対策の責任者であった。最後は内務大臣にもなっていた。


安倍源基
 
 彼ら内務(省)官僚こそが、日本の行く末を誤らせた張本人たちであると私は主張する。それに比べて、内務官僚に無意識のうちに戦いを挑んだ、野呂栄太郎や岩田(いわた)義道(よしみち)(再建日本共産党の最高幹部で虐殺された)たちこそは、立派な人たちだった。2千人ぐらいが警察で殺されている。

 殺した特高警察官たちや、憲兵たちは、敗戦直後に、書類を焼いて逃走して、その後、何くわぬ顔をして、地方の町長や市長になった。彼らの犯罪は、今も裁かれていない。

 アメリカのロックフェラー財閥の大番頭であったアベレル・ハリマン(ハリマン鉄道財閥の2代目。初代のエドワード・ハリマンは優れた経営者で今もアメリカ国民に尊敬されている。ニューヨ-ク・セントラル駅に銅像が有る)から、上手に操(あやつ)られていたソ連の独裁者スターリンの指図・命令からも、独立しようとしていた野呂栄太郎(のろえいたろう)は、本物の革命を日本に起こす可能性があった人だ。だから日本の内務省が罠にはめて野呂を死なせた。

 私はこのことについて、いろいろと証拠をあげながら説明していく。これから何回もの連載となって長くなるが、宜(よろ)しくお付き合い願いたい。


●獄中の野呂栄太郎と滝川事件の東大生の奇妙な遭遇(そうぐう)

 戦前の右翼勢力が悪かったのだ、そして軍部が暴走した、という戦後にでっちあげられた、偽物(にせもの)保守派による、虚妄の歴史観をぶち破らなければならない。そうしないことには真実の歴史がいつまでたっても表に出ない。私たちは、これまで隠されたままの歴史の真実を掘り当てて、表に出すことをしなければならない。

 それには2015年(今)から82年前の、1933年(昭和8年)へと読者、すなわち皆さんを誘わなければならない。野呂栄太郎が、翌年獄中で死んだ(殺された)1933年、それは石原莞(いしはらかん)爾(じ)の満州事変(1931年9月18日。柳条湖事件。この日を中国は、「日中15年戦争=日本の侵略の始まりの日」とする)が成功し、時の若槻礼二郎(わかつきれいじろう)首相そっちのけで、“ラスト・エンペラー”溥儀(ふぎ)を皇帝にした満州国の建国(1932年)から一年余りのときが流れていた。


石原莞爾

 1933年(昭和8年)、日本国内では政府に対する批判が国民の中に渦を巻いていた。2015年の今とよく似ている。その批判勢力の筆頭が非合法政党にされた日本共産党員たちである。日本共産党は当時の日本の知識人たちと優秀な頭脳を持った若者たちが結集した、日本の啓蒙運動の火付け役ともいうべきグループであった。決して粗暴な暴力団体ではない。それでも公然と、天皇制廃止と寄生大地主の廃止を綱領(こうりょう)に掲げていたことは事実である。

 このことに対して、日本の「國體(国体)護持(こくたいごじ)」と「国体の明徴(めいちょう)」を唱える日本の体制派が黙っているはずはなかった。日本共産党は、決してテロリストの集団ではなく、穏やかな読書人、知識人たちのグループであった。

 1922年の共産党の創立者の堺利彦(さかいとしひこ)、荒畑寒村(あらはたかんそん)たちは、すでに党を去っている。彼らのリーダーだった、日露戦争(1904,5年)反対を唱えた平民社(へいみんしゃ)の幸徳秋水(こうとくしゅうすい)が、大逆事件(たいぎゃくじけん)で処刑されて(1911年、明治44年)からも、1933年は、22年が経(た)っている。日本の支配体制と保守派に人々は、1917年(大正7年)のロシア革命に心底、震撼(しんかん)していた。その影響が日本にも及ぶことを真剣に心配するようになっていた。


幸徳秋水

 世界中で、すべての国の民衆が、地主制度による過酷な農奴制(小作人制度)の悲惨際(きわ)まりない現状に怒り始めていた。日本でも悲惨な農民や都市の貧民の暮らしに同情する知識人たちの運動が大きく起っていた。トルストイの運動に共感する者たちの運動も有った。

 日本共産党は日本国内のいろいろの勢力と連携して、「日本の中国侵略を辞めよ!」と呼びかけていた。これは日本の権力者たちにとっては非常に煙たいことだった。なぜなら、中国侵略によって利権を手にする権力者たちにとって、中国侵略はまさしく金の鳴る木だった。こんなにうまい話を手放すのは馬鹿のすることだ、欧米列強(おうべいれっきょう)も皆やっているではないか、と権力者や財閥たちは金に目がくらんで、中国侵略を推し進めた。

それは、第一次大戦の結末で、日本が、ドイツが中国から租借(割譲)していた膠州湾(こうしゅうわん、チンタオ=青島がある)と山東半島の権利を、パリ講和会議(ヴェルサイユ条約、1919年)で、引き継いだことを始まりとしている。「対華21箇条の要求」であり、それに対する中国国民の大反対の 運動である 「五・四運動」(1919年)である。

 右翼の大御所であった頭山(とうやま)満(みつる)とその協力者で、宮内大臣を務めた田中光顕(たなかあきみつ・幕末からの活動家)の二人が、強力に大陸進出を推し進めていた。時の斎藤内閣とそれを支えた“最後の元老”西園寺公望(さいおんじきんもち)は、右翼や陸軍軍人の動きを抑えることができずに、大陸進出を国策として同意していったのである。


頭山満


田中光顕

 そんな時代情勢の中で、共産党の若き理論家であり指導者であった野呂栄太郎までが逮捕され拘留された(1933年11月28日)。それまでの共産党の指導者であった佐野学(さのまなぶ)と鍋山貞親(なべやまさだちか)は、同年6月7日に、獄中で転向声明を出した。それに連れて転向する者がたくさん出た。 

 すでに激しい弾圧で残党になっていた共産党で、人材不足を補うために、若くして経済本「日本資本主義発達史」でベストセラー作家となっていた野呂栄太郎が指導者に名乗りを上げた。野呂栄太郎が、委員長になって、一緒に動いていた宮本顕治(みやもとけんじ)は、それよりも下の中央委員だ。

 当時の日本共産党は世界的なネットワークであったモスクワのコミンテルンから「武装蜂起せよ!」と煽られていた。コミンテルンは、正式には(表面上は)、ソビエト共産党とは別組織であり、世界中に共産主義の革命を輸出するための国際組織ということになっていた。

 コミンテルンの公用語はドイツ語であった。コミンテルンとは、「コミュニスト・インターナショナル」の略称であり、「第3次インターナショナル」である。第1次インターナショナル(万国の労働者団結せよ! の国際労働者委員会)は、カール・マルクスたちによって、1866年にジュネーブで創立された。

 その後のロシア革命の産物である第3(次)インターナショナルは、「国際共産党」とよばれ、日本共産党は、その日本支部である。日本の政治警察=内務省、特高警察は、日本共産党を「コミンテルン(国際共産党)日本支部」であるとして、日本の国体(天皇制)を暴力で破壊、打倒しようとする犯罪集団、テロリストの集団だ、と認定した。

 この 内務省・特高の日本共産党への攻撃は、一部の共産党員が大森の銀行強盗を起こした、いわゆる「大森(赤色)ギャング事件」として起きる(1932年10月6日)。この事件を起こした共産党員が、実は特高警察のスパイだった。組織の破壊のために、警察は、必ずその内部にスパイを送り込んで、内部を暴走させ犯罪を起こさせて、そして壊滅に追い込む。新聞もこれに扇動されて、権力側が発表する情報を鵜呑みにして報道するから、一般国民には、共産党というのは恐ろしい犯罪集団だとしか見做されなくなる。

 政治警察は、かならず組織内に、スパイを潜り込ませる、というやり方をする。このことの恐ろしさと、違法性を追及する者は、少ない。思想研究や政治研究をしている者たちの多くが、怖がって触れようとしない。

 日本共産党は次第に罠にはめられ、犯罪組織として世間から叩かれることになった。本来、軟弱でただのインテリで、真面目で温厚なだけの大学生たちの集まりである日本共産党が「国際的犯罪組織」にされていった。この時期に、慶應大学の若い研究者だった野呂栄太郎は強靭な精神と頭脳で、『『日本資本主義発達史』(1930年刊、鉄塔書房)というを書いて高い評価を受けた。これが元になって、このあと、1932年、33年に『日本資本主義発達史講座』(全7巻、岩波書店刊)の大著の共同研究書が出版された。


『日本資本主義発達史講座』

 この本が、当時の日本のインテリ層に爆発的な人気を博した。その矢先に、野呂は特別高等警察に逮捕されたのである。逮捕したのはプロレタリア作家の小林(こばやし)多喜二(たきじ)を実際に拷問して殺害した(木刀による全身めった打ちの撲殺である)とされる山県・・・警部らである。彼らのことは今では、ウィキペディアにさえ詳しく実名が並んで載っている。彼らは、今も法の裁きを受けていない。 まだ多く存命のはずで、警察官としての年金をもらって生きているはずなのだ。 どうして、この者たちを裁判に翔けないのか。

 野呂栄太郎はすでに結核を患っており、体調は極めて悪かった。このため、特別高等警察はお得意の拷問ができなくて、野呂を尋問するしか手がなかった。

 その拘置の間、野呂栄太郎は警察署の留置場の中でとある人物と出会っている。隣の独房に収容され、特高警察から拷問を受けていた東大生の佐々木恵真(ささきよしまさ?)だ。東大(東京帝大)の文学部で歴史学が専攻の佐々木は、日本共産党の東大内のグループに入って共産主義運動をしていた。

 共産主義運動といっても、佐々木は「侵略戦争反対! ファシズム反対! 」のビラを刷ったという、現在の私たちから見れば、極めて穏当な筋の通った活動をしていただけだ。1933年の日本では、そのような活動はまだ禁止されていない。しかし日本共産党は天皇制廃止を掲げており、この主張することは、1925年に制定された治安維持法違反に当たる。戦争反対の活動をしていた佐々木はだから、戦争反対の主張ではなく、天皇制廃止を唱えた治安維持法違反ということで逮捕された。

 後述する河上肇(かわかみはじめ)も、京都大学経・済学部長を1928年に辞めて(49歳)、東京で共産党の活動家として ドイツ語からの文献翻訳をやっていた。「32年テーゼ」の訳文を機関紙・赤旗に発表した。河上肇も1933年に逮捕されている。

 佐々木のような東大生の逮捕は当時、すでに珍しいことではない。たくさんの学生が捕まった。当時の東大は小野塚(おのづか)喜平(きへい)次(じ)総長を筆頭に、南原(なんばら)繁(しげる)教授 (この人の背景が、実はきわめて怪しい。おいおい書いてゆく)らが東大生の共産主義活動を容認しており、共産主義や自由主義思想に多くの、生来まじめな学生たちが身を投じていたのである。


南原繁

 南原は政治学の教授だったが、この頃はまだ無名だった。南原が有名になったのは、終戦後の1946年からで、毎年の朝日新聞の巻頭の提言は南原が書くことになり、岩波書店の本とともに、戦後の知識人層に大いに読まれることになる。戦前の美濃部達吉(みのべたつきち、「天皇機関説」事件で学問弾圧された)や南原繁はオールド・リベラリストと呼ばれる(ちなみに、liberalist リベラリスト=自由主義者=という言葉は、ドイツ語とフランス語にあるが、英語にはない。英語では、リベラル liberals と言う)。 


美濃部達吉

 この南原の弟子に丸山真男(まるやままさお)がおり、戦後の日本リベラル勢力、左翼勢力の最大のイデオローグとして活動した。それは南原が丸山の才能を認め、東大の政治史学、政治思想の教授として抜擢(ばってき)したからであった。


丸山真男

 リベラリストの南原繁が東大にいるとも知らないで、野呂は佐々木と仲良くなった。佐々木は若く、特高の拷問にも屈しない強い精神状態を保っていた。が、問題なのは野呂の方だ。結核に体調は悪化し、憔悴(しょうすい)していくさまは佐々木を心配させていた。

 同じ時期に治安維持法違反で捕まった野呂栄太郎と佐々木恵真は、別々の案件で逮捕された。野呂は共産党の幹部たちの一網打尽の一環として、佐々木は京都の滝川事件への抗議運動への取り締まりの一環としてだった。

 ここに私は鋭く、注目してみた。なぜなら、この二つの事件は、私には深くつながっているのではないかと思えたからである。そこで、現在では忘れられている滝川事件について、何が起こっていたのか、見ていくことにする。

 滝川事件の真実を調べていたら、驚くべき大謀略が、この時、着々と進行していたことがわかってきた。そして、その真犯人たちは今の私たちが想定しない意外な人物達である。

●滝川事件のきっかけは京大講演会

 滝川事件(1926年、昭和1年5月26日)というのは、京都大学の刑法学者の滝川(たきがわ)幸(ゆき)辰(たつ)(たきがわゆきとき)教授が時の斎藤内閣の鳩山文部大臣から、辞職を勧告され、拒否したために強制的に休職(実質、免職)になった事件だ。これは大学の自治と学問の自由への政府の弾圧であり、大学の自治権を犯すものだった。京都大学の末川(すえかわ)博(ひろし)教授ら五人は抗議のため、一斉に辞職した(そして立命館に移った)。滝川ら六人の辞職によって事件は全国の大学に普及し、滝川教授への辞職勧告に猛抗議する学生運動に発展していった。

 この事件への抗議運動は東大でも盛んで佐々木恵真が逮捕されたことは前述した通りだ。
この事件、一番の問題点と言われるのが、滝川教授がなぜ辞職させられたか、ということである。滝川教授は政府に逆らうようなことはしていないし、ましてや日本共産党の党員でもない。もちろん、ソ連工作員でもなければ、アメリカの工作員でもない。

 なぜ弾圧されたのか、今でもよくわかっていないのがこの事件の謎だ。しかも、引導を渡したのが鳩山一郎文部大臣であり、のちに大政翼賛会に反対した骨のある国会議員として、知られる人物だ。そして戦後、国民に大変、好かれて首相になった。

 その鳩山がなぜ、滝川辞職勧告などという言論弾圧をしたのか、今もよくわらないのである。当時のマスコミでさえもこの鳩山文部大臣の行動を批判している。

 鳩山は、戦争に向かってゆく政権だった近衛内閣や東条内閣に抵抗していた立派な政治家というイメージがある。だが、敗戦後のGHQのウィロビーが主導したG2局(政治、諜報=スパイ=活動)の判断で公職追放になった。ウィロビーは、理想主義者であったマッカーサー司令官に煙たがられながらも、日本を“反共の防波堤”にすることを推進した情報将校(インテリジェンズ・オフィサー)だ。

 ウィロビーは戦前から外交官で日本外務省内で、親英米派であった吉田茂とも通じて、吉田茂の参謀をしていた白洲次郎(しらすじろう。この人物は、これからもっと研究されなければいけない)とも親しい関係にあった。吉田・白洲コンビは、リベラル派ではあっても、ウィロビーの反共産主義の考えに同意していた。GHQ内部の、民政局(ニューディーラー。アメリカの左翼と知識人たち)との権力闘争に勝ったウィロビーの支援を受けた、吉田・白洲コンビが日本の政界の表舞台を握った。戦後に長く吉田政権が続いた。


チャールズ・ウィロビー

 鳩山率いる自由党は、1946年、戦後第一回目の選挙で勝利して第一党になった。だから、当然、総理大臣となる予定だった鳩山は、ところが、GHQに公職追放された。吉田茂が、マッカーサーに告げ口したからだ、とされる。このとき、鳩山追放の理由の一つが滝川教授を弾圧したことだったのである。

 このように戦後の鳩山の足を引っ張ったのが滝川事件だった。自業自得(じごうじとく)とはいえ、鳩山のみならず日本国民にとって不幸なことだった。このあと吉田首相はウィロビーの影響下でアメリカの反共政策の指示に従っていくことになる。それは日本がアメリカの支配下に置かれるということを意味する。副島隆彦の『属国・日本論』の通りだ。

 滝川事件は戦後の日本の歴史を決定付ける大きなターニングポイントだったのである。鳩山一郎の滝川教授弾圧は、致命的な判断ミスだった。      

 滝川事件がこれほど大きく当時の政府を揺り動かすことになったのは実はとても小さな事件がきっかけであった。滝川事件について書かれた本には、このときに京都大学で   行われた講演会がきっかけだったと書かれている。講演した慶応大学の蓑田胸喜(みのだむねき)という講師である。蓑田は当時、新進気鋭の若手の体制派の右翼のイデオローグであった。


蓑田胸喜

 ここで蓑田の経歴について触れる。蓑田は現在では知る人も少なくなってきたが、当時の言論界では知らない者はいなかった。蓑田は慶応大学の文学部の講師をしていたが、共産主義に疑問を持ち、マルクス主義を日本国内から排撃せよ! という言論を行っていた。

 これが今の日本の保守的な国民には受け入れられるだろうが、戦前や戦後の日本のインテリ層と知的な労働者たちは、ものすごく共産主義思想に影響を受けていたために、蓑田の言論はほとんどのインテリ層から嫌われた。

 だが、そんなインテリ層の意向を無視して、斎藤内閣はマルクス主義に厳しい態度を維持していた。それは、1925年に加藤高明内閣が制定した治安維持法が、共産党員の犯罪者としての取り締まりを打ち出していたことを当然のこととして引き継いだからだ。

 昭和天皇を君主として戴く日本帝国としては共産党の活動を絶対に

許さない、というのが斎藤首相を支える陸軍や政党政治家の一致した見方だ。それだけではない。華族や皇族たちも共産主義には強く反対していた。

 なぜこれほどに当時の日本の支配層は共産主義に強い拒否反応を示したのか。やはり1917年に起きたレーニンのロシア革命が原因である。革命家のレーニンはロシア帝国を共産主義国家に作り変えるために、皇帝一家を銃殺刑に処した(ロマノフ王朝の滅亡)。それに飽き足らず、ロシア貴族五百名を次々と処刑していったのである。「共産主義国家に王様と貴族はいらない」というわけである。これに世界中の王侯貴族や大ブルジョワたちが反発しないはずがない。 今のIS「イスラム国」の首斬り処刑の映像と同じ意味を持ったろう。

 日本共産党は、第三(次)インターナショナルという世界に広がった共産革命運動の日本版として設立されたのだから、形式上は、第三インターナショナルの参加国のひとつに過ぎないソ連共産党の、実質的な操られ団体だった。このことが、先々、各国の共産党の悲劇と多くの対立を産んだ。

 日本の頑迷な反共人間であった田中義一(たなかぎいち、山縣有朋の子分)首相らは、内務省と治安警察を重視しており、日本共産党がソ連の南下に呼応して騒乱を起こす、と危惧した。

 田中義一首相は長州出身であり、吉田松陰を敬愛する長州人だった。金(かね)に汚いという醜聞もあった。ウラジオストックへのシベリア出兵=ロシア革命干渉戦争=の時に、田中は、巨額の軍資金を裏ガネとして確保した。そのカネを日本国内に密かに持ち込んで、この資金で、政友会の代議士たちを買収して、自分自身が政友会の総裁になった。そして首相になる。この時、三井ロスチャイルドの政友会の伝統が、内部から壊されたのだ。田中義一は、政友会=三井財閥の中に、計画的に潜り込んできたスパイなのである。

 陸軍出身で長州閥の田中にとっては、ソ連とその前身であるロシア帝国の南下は強く警戒しなければならないものだった。この考えが、司馬遼太郎の「坂の上の雲」の柱になっている考えだ。朝鮮半島は、日本にグイと突き出したロシアの刃物のように考えられた。

 田中義一らはそのために革命運動である日本共産党の活動は徹底的に抑え込まねばならない。天皇に危害を加える可能性のある共産主義は到底受け入れられないものだった。

 田中義一首相亡き後(1928年6月4日、満州某(ぼう)大試事件=張作霖爆殺事件の責任を、天皇から叱責されて、辞職して、その直後に急死。暗殺説有り) 、日本は内務省や文部省が共産主義取り締まりを熱心に行っていった。


田中義一

 カール・マルクスの「資本論」が大ベストセラーとなった(河上肇=かわかみはじめ=の翻訳)。日本全国の大学でも学術書としても読まれるようになった。そこで、当局は右翼評論家で反マルクス主義の理論がしっかりしていた蓑田を都大学に行ってもらうことにした。蓑田に共産主義思想にかぶれている京大生たちを説得してもらおうとしたのだ。

 これに反感を抱いた京大生たちは蓑田にブーイングを浴びせた。現に飢えている多くの貧乏な国民を助ける思想であるマルクス主義は間違っていない、と蓑田に質問を浴びせた。蓑田は淡々と丁寧に学生たちに答えていたが、内心は穏やかではなかったろう、と私は推測する。

 蓑田は東京に帰るとすぐに自分の原理日本社という言論誌に評論を書き始める。「マルキスト滝川教授を排撃せよ! 」という過激なものだった。滝川が京都大学の学生たちをマルクス主義に洗脳したように蓑田は考えた。滝川教授は、一般向けの評論活動や啓蒙活動はしていない学者だった。蓑田は滝川のことを全く知らなかった。だが、蓑田にとって、滝川こそが京都大学の赤い大学教授に見えたのである。
 
 これに呼応するように動いたのが原理日本社の購読者である右翼政治家たちだ。右翼政治家で治安維持法の制定にも暗躍した小川平(おがわへい)吉(きち)の義理の息子である右翼政治家宮澤(みやざわ)裕(ゆたか)が滝川教授と斎藤内閣を攻撃した。 このように、蓑田の危機感を煽ったのが前述した京都大学での講演会という些細な出来事だったのである。

 私は、この京大講演会からが、綿密に仕組まれた罠だったのではないか、と考えている。なぜなら、この講演会で蓑田を攻撃した学生たち、というのがのちの有名人ばかりなのである。

(引用開始)

『京都大学百年史』は、この日の様子を次のように記述している。

 「蓑田は河上の研究態度を一面的であると批判し、ロシアを国家資本主義だと論じて、聴衆から猛烈な罵声を浴びた。滝川は司会者に聴衆を静めるよう注意したが、いきり立つ聴衆は司会者の言葉に耳をかさず、蓑田は小一時間も立ち往生した後、講演場を去った。後援会後の座談会でも学生たちは蓑田を攻撃したため、蓑田は逃げるように京大を出たという。実はこれは、宇都宮徳馬、水田(みずた)三喜男(みきお)、勝間田(かつまた)清一(せいいち)ら京大社研の学生が打ち合わせておいて実行したことであった」

 ここに名前があがっている、宇都宮徳馬(後に自民党代議士)、水田三喜男(後に自民党代議士、大蔵大臣)、勝間田清一(後に社会党代議士)の三人は当時の社研で最も活動的だったメンバーだった。なかでもボス格だったのが宇都宮徳馬である。

(立花隆『天皇と東大 下』61、62ページ)

(引用終了)

 ここに宇都宮徳馬(うつのみや・とくま)という、のちの自民党の大物代議士であり、リベラルな保守政治家として知られた男が登場する。この宇都宮こそが、蓑田を罠に仕掛けた張本人だったと、私は考える。宇都宮徳馬の父親は陸軍の宇都宮太郎大将で裕福な家庭に生まれた。


宇都宮徳馬

 水戸高校に通っていた宇都宮徳馬は同級生の水田とともに、共産主義のイデオローグとして一世を風靡していた、新聞連載「貧乏物語」で評判を上げた、“謹厳実直の帝大教授“河上(かわかみ)肇(はじめ)博士に憧れて入学する。こうして、宇都宮は河上の弟子になった。

 1930年に宇都宮は治安維持法で逮捕されて、投獄されている。もちろん、京都大学は退学となった。一年ほど投獄されていた宇都宮は転向して保守派となり、戦後は国会議員になった。

 このときに宇都宮が取り入ったのが鳩山一郎と石橋(いしばし)湛山(たんざん)だ。(石橋湛山は、戦後、・・・わずが、2ヶ月だけ首相をした。アメリカの政治謀略で、体調を崩したとして辞任。)

石橋は戦前はジャーナリストをしており、自ら主筆かつ社長を務めた「東洋経済」誌で論陣を張って、浜口内閣の金(きん)解禁政策(1929年)に反対した、先見の明の有る、優れた、気骨のある言論人として知られた。
この鳩山・石橋が、GHQの反共右翼のウィロビーや吉田・白洲コンビと対立してきたのはこれまでに強調してきた通りだ。

 転向した宇都宮は保守派となったが、その政治信念は共産主義者となんら変わらなかった。鳩山亡き後、石橋湛山の最側近となった宇都宮は自民党では「左翼にさえ近い」と言われたリベラルな政治家になっていく。

 ソ連からの指令で南ベトナムのホー・チ・ミンが決起して フランスが敗れると、いわゆるベトナム戦争がはじまって、1967年からアメリカは南ベトナムに侵攻する。これを受けて、日本では「ベトナムに平和を! 市民連合」のべ平連運動が巻き起こる。この運動の旗手になったのが小田実(おだまこと)だ。市民運動家だった小田に資金を与えていたのがなんと自民党の宇都宮だった。

 北ベトナムのホー・チ・ミンを応援するということは冷戦(ザ・コールド・ウォー、米ソ対立)の当時において、世界基準では、ソ連共産党の肩を持つ、ということだ。転向した保守派であったはずの宇都宮の行動は矛盾している。

 宇都宮は中国とのコネクションもしっかりと持ち、北朝鮮の金日成主席にも何度も会いに行っている。親北朝鮮、親中国の政治家、それが宇都宮の戦後の顔だった。 ここまで読まれた皆さんは、宇都宮徳馬が、老いてから共産主義者戻りをした、と見えることだろう。しかし、私は宇都宮徳馬は、リベラルに見える保守派、共産主義者のふりをした、実は、その正体は筋金入りの反共右翼であったと考える。

 次回は、宇都宮徳馬から日本右翼の大物である小川平(おがわへい)吉(きち)の人脈について、見ていく。小川を調べると驚くべき事実が次々と出てくるのである。

津谷侑太(つやゆうた) 筆

(参考文献)

 立花隆『天皇と東大 下』(文芸春秋、2005年)

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