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「1955」「無限小」という概念はカトリックで生まれ、そしてイエズス会に より排除された。そして「新哲学」となってイギリスの市民革命へとつながっ た。六城雅敦 2017年2月18日

「1952」戦後の日本人と「温泉幻想」について (後) 副島隆彦 2017年2月9日

「1951」戦後の日本人と「温泉幻想」について (前) 副島隆彦 2017年2月3日

「1950」【中田安彦のトランプ政権通信(1)】トランプ米新大統領の「就任演説」を読み解く。全貌を現す「アメリカ・ファースト ver.2.0」という思想 2017年1月25日

「1949」江戸時代の遊郭(ゆうかく)について 副島隆彦・記 2017年1月19日



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「1954」斎川眞(さいかわまこと)『天皇とは北極星のことである』(PHP研究所)の紹介。天皇という称号はどのようにして生まれたか。『天皇がわかれば日本がわかる』の復刊です。2017年2月16日

「1953」これは必読の一冊。下條竜夫(げじょうたつお)著『物理学者が解き明かす思考の整理法』(ビジネス社)が発売されます。小保方晴子、星占い、金融工学を理科系の視点で理解するほか、思考の整理法の実践編として好評だった前作に続いての新刊です。2017年2月10日

「1948」天皇陛下の譲位問題。この問題は「ワールドヴァリューズ(世界普遍価値)と民族固有価値(ナショナルヴァリューズ)のどちらを重視するか」という問題であり、天皇陛下と安倍晋三がその2つの価値観を巡って熾烈な争いを繰り広げている、ということなのである。副島隆彦・記 2017年1月16日

「1944」【講演DVD】「鳩山由紀夫元首相が見た『属国・日本』の真実」(2016年11月20日)の講演ビデオについてお知らせします。鳩山元首相が日本の対米従属政策の問題点、今の民進党の問題点、アジア・インフラ投資銀行(AIIB)の実像について語ります。2016年12月26日

「1942」 北方領土まったく返還なし記念。 「自民党ネットサポーターズクラブ(J-NSC ネトサポ)のネット世論誘導 ネトウヨその世界」。自民党によるネット上の言論操作を暴いたNHKの番組を載せる。 2016年12月18日

「1940」先日の鳩山由紀夫元首相をお呼びしての講演会の会場で皆様から頂いたアンケート結果です。2016年12月6日

「1937」  アメリカ大統領でトランプが勝利してから私がアメリカ大統領選挙について書いた、「重たい掲示板」への投稿を載せます。副島隆彦 2016年11月22日 

「1934」副島隆彦の、 最新の金融本 『ユーロ恐慌 欧州壊滅と日本』( 祥伝社)が発売。 恒例のエコノ・グローバリスト・シリーズの第19弾。2016年10月29日

「1931」 副島先生の緊急出版 の 新刊『Lock Her Up! ヒラリーを逮捕、投獄せよ』(光文社)が発売されました。注目の米大統領選挙の真の争点を理解するために是非お読みください。2016年10月10日

「1927」来る11月20日に私達の秋の定例会を特別ゲストを呼んで開催します。今回は、鳩山由紀夫元首相をゲストにお招きして、世界の行方、東アジアの今後、日本の将来についてじっくりお話をうかがいます。2016年9月15日

「1924」番 『明治を創った幕府の天才たち 蕃書調所=ばんしょしらべしょ=の研究』(成甲書房刊)が発売になります。 古村治彦(ふるむらはるひこ)筆 2016年9月4日

「1920」番  ” Lock Her Up ! ” 「 ヒラリーを逮捕せよ、 投獄せよ !」 の嵐が アメリカ全土でわき起こっている。 2016.8.11  副島隆彦記 

「1916」 最新DVD『アメリカ名物「トランプ・ポピュリズムの嵐」と最新の世界情勢』のお申し込み受付を開始します。9月以降の米大統領本戦本格化を前に是非ご視聴ください。2016年7月20日

「1912」 副島隆彦のアメリカ分析 の最新刊 『トランプ大統領とアメリカの真実』(日本文芸社)が発刊。2016年6月27日

「1910」 橋下徹(はしもととおる)前大阪市長はなぜ危険なのか。 それは国家社会主義(こっかしゃかいしゅぎ)の思想を持っている恐ろしい男だからだ。 副島隆彦 2016年6月16日

「1907」 重たい掲示板 [1938]私たちの定例会は盛況に終わりました。あとは最新の情報。 をこちらにも転載します。 2016年6月3日

「1905」番 あの2年前に突然、行方不明になったマレーシア航空機は、その後どうなったのか? 驚くべき事実が明らかになった。日本国内では初公開の情報である。 2016.5.21 副島隆彦  

「1903」【講演会】5月29日(日)の学問道場主催『ドナルド・J・トランプの<アメリカ名物>ポピュリズム旋風と現在の国際政治・経済情勢を読み解く』(東京・御茶ノ水)を宣伝します。ポピュリズム政治家の分析では日本の第一人者である副島隆彦のトランプ論をご期待ください。2016年5月9日

「1901」 4月28日発売 新刊書のお知らせ 。 日銀・黒田は、自分たちのインフレ目標が遅々として進まないのを居直った。マイナス金利導入で分かった日銀の真の思惑。 副島隆彦新刊『マイナス金利「税」で凍りつく日本経済』(徳間書店)で、日銀の「隠された真意」の謎が明かされた。 2016年4月28日

「1899」【2016年定例会のお知らせ】 5月29日に今年第一回目の学問道場の定例会を開催します。テーマは「アメリカ大統領選挙と最新の国際政治・経済情勢」です。ドナルド・トランプ旋風の原動力 “ポピュリズム”と”アメリカファースト!”とは何か、改めてじっくり語ります2016年4月20日

「1896」 副島隆彦先生の新著『日本が中国の属国にさせられる日』(ベストセラーズ社)が発刊。日本が中国の影響下に呑み込まれるとき、私たちはどのような態度をとるべきか。20世紀の右翼・左翼の両翼思想のタブーを、反権力の思想家である副島隆彦が抉り出す大著です。2016年3月28日

「1894」米大統領選挙、共和党はトランプが躍進し、民主党はヒラリーが候補を指名獲得し、二者の対決になりそうだ。2016年3月18日

「1891」 新刊のご案内『世界連鎖暴落はなぜ再発したか』(祥伝社)のご案内です。海外の金融メディアは軒並み、「黒田は弾切れ」(Kuroda's Bazooka is out of ammunition)と言い始めています。2016年3月2日

「1588」副島隆彦著作、その他の「学問道場」関連書籍を期間限定で割引販売します。この機会に是非ご利用ください。2016年2月21日

「1584」 ドナルド・トランプはどこで失速するか。急浮上してきたマルコ・ルビオ上院議員とはどういう背景を持つ政治家か。2016年アメリカ大統領選挙の予備選挙について。2016年2月4日

「1581」 『BIS(ビーアイエス)国際決済銀行 隠された歴史』(アダム・レボー著、副島隆彦監訳、古村治彦訳、成甲書房、2016年)が発売になります。古村治彦記 2016年1月21日

「1579」 学問道場関連の新刊書籍二冊、『暗殺の近現代史』(洋泉社、中田安彦が参加)と、『天皇家の経済学』(同、吉田祐二・著)が発売されています。ぜひ、お求めください。2016年1月14日

「1577」「副島隆彦の学問道場」から 新年のご挨拶。2016.1.1 /1月3日加筆 「崩れゆくアメリカ」を見てきて。短期留学修了を受けての報告。 中田安彦 2016年1月3日

「1576」 『物理学者が解き明かす重大事件の真相』(下條竜夫著、ビジネス社、2016年1月9日)が発売となります。古村治彦記 2015年12月24日

「1574」 『信長はイエズス会に爆殺され、家康は摩り替えられた』(副島隆彦著、PHP研究所、2015年12月17日)が発売となります。古村治彦筆 2015年12月15日

「1572」番 今の世界の中心の課題である ロシアによる シリアのIS爆撃、殲滅は、プーチンによる「ロシアから愛をこめて」である。最新の映画「OO7/ スペクター」の中にこれからの世界の動きの秘密が隠されている。 副島隆彦 2015・12・9 

「1569」 ダニエル・シュルマン著、古村治彦訳『アメリカの真の支配者 コーク一族』(講談社、2015年)が2015年12月8日に発売になります。 古村治彦(ふるむらはるひこ)筆 2015年11月30日

「1566」 宗教改革の始まりにおいてルターとローマ法王はどういう言葉の応酬をしたか 2015年11月13日

「1563」 『再発する世界連鎖暴落 貧困に沈む日本』(副島隆彦著、祥伝社、2015年10月30日)が発売となります。古村治彦筆 2015年10月29日

「1560」番  今のアメリカ政治の真の焦点である、「ベンガジ事件」での下院の特別委員会を、ヒラリーはなんとか 乗り切る。そして、シリアでのサリン爆弾の真犯人たちのこと。 2015.10.15 副島隆彦  緊急で冒頭加筆します。 10月16日 副島隆彦  

「1557」 安倍晋三は国民がどれだけ「鈍感」かを試して喜んでいる。気付いている敏感な国民とそうではない国民に二極化している。2015年9月25日

「1555」 昨日、2015年9月14日に国会議事堂前で行われた安保法制反対抗議デモに行ってきました 古村治彦(ふるむらはるひこ)筆2015年9月15日

「1552」 学問道場の定例会DVD『副島隆彦が、今の重要なことを洗いざらい語ります』(2015年5月31日開催、約330分)の予約受付を始めました。ご案内が大変遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。2015年8月25日

「1551」番 栗原康 (くりはらやすし)著 『現代暴力論』 という新刊書 がすばらしいので、私が書評して強く推薦します。 副島隆彦  2015年8月25日 

「1548」 好評連載企画:「思想対立が起こした福島原発事故」 相田英男(あいだひでお) 第3章 福島事故のトリガーがひかれた日(2) 2015年8月13日

「1547」好評連載企画:「思想対立が起こした福島原発事故」 相田英男(あいだひでお) 第3章 福島事故のトリガーがひかれた日(1) ※会員ページに掲載したものを再掲 2015年8月10日

「1544」 副島隆彦先生の新刊・中国研究本の第7弾! 『中国、アラブ、欧州が手を結び ユーラシアの時代 が勃興する』 が先週末に発売。ロンドン金(きん)の値決めに中国の二大民間銀行が参加、人民元決済圏の拡大 から 南沙諸島問題も含めてユーラシア大陸の時代 を余すところなく分析。2015年7月26日

「1542」番 戦後七十周年企画  なぜ日本は戦争に向かわされたのか(1)   日本共産党の戦前最後の委員長 野呂栄太郎(のろえいたろう)の命がけの闘いから昭和史の真実が見えてくる。 津谷侑太(つやゆうた)2015年7月13日

「1539」番  俳優 高倉健(たかくらけん)の生き方 と死に方について考えたこと。 副島隆彦 2015.6.27(転載)

「1536」現下の政治状況を勢力分析する。大阪都構想の住民投票に現れた、若い世代のファシズムへの欲求。それを支える橋下徹・菅義偉の背後にある勢力とは。安倍・菅の野党分断の動きに対し、維新の党の執行部をおさえた旧小沢グループが巻き返しにでている。2015年6月11日

「1535」 佐藤優氏との対談本、『崩れゆく世界 生き延びる知恵』(日本文芸社)が刊行されました。「発売後、即重版」で非常に好評です。副島理論を真っ向から佐藤氏が受け止めている重厚対談です。2015年6月6日

「1532」番  来たる 6月7日(日)に 横須賀市で私の講演があります。 いらしてください。「軍港 横須賀の150年の歴史」にちなんだ話をします。 副島隆彦 2015年5月27日日

「1529」5月31日に都内で開催する、学問道場自力主催講演会の具体的な講演内容が固まってきまたのでお知らせします。参加者はまだまだ大募集中です。ぜひおいでください。2015年5月11日

「1526」 副島隆彦の最新金融本、『「熱狂なき株高」で踊らされる日本』(徳間書店)が発売されました。第5章、アベノミクス金融緩和など金融政策の理論的支柱となっている「合理的期待(予測)形成学派」の正体を暴いたところが非常に学問的には重要な本です。2015年4月27日

「1523」来る5月31日に講演会『副島隆彦が、今の重要な事を洗いざらい語ります』を開催いたします 2015.4.16

「1520」 AIIB「アジアインフラ投資銀行」の設立をめぐるゴタゴタの真相を載せます。 副島隆彦 2015年4月1日 (重たい掲示板から転載)

「1517」 新刊2冊『余剰の時代』(ベスト新書)と『日本に恐ろしい大きな戦争(ラージ・ウォー)が迫り来る』(講談社)が発売されます。生き延びるための政治思想とアメリカ政治本です。2015年3月13日

「1515」 「思想対立が起こした福島原発事故」相田英男 第2章 「札束で引っぱたかれた科学者達」をシリーズで短期連載します。(第2回)2015年3月5日

「1514」「思想対立が起こした福島原発事故」相田英男 第2章 「札束で引っぱたかれた科学者達」をシリーズで短期連載します。(第1回)2015年2月25日

「1511」カナダの政治。カナダの歴代首相を、隣国の大国アメリカとの「帝国-属国」関係において明快に解説します。2015.2.7

「1508」 新刊本二冊を紹介します。『副島隆彦の政治映画評論 ヨーロッパ映画編』(ビジネス社)と、先生が巻頭文を書いた吉本隆明(よしもとりゅうめい)の評論集『「反原発」異論』(論創社)の二冊です。 2015年1月26日

「1505」 中田安彦です。私の新刊『ネット世論が日本を滅ぼす』(ベスト新書)が発刊されました。数年間「ネット世論」に密着して観察して学んだ結果を一冊の本にまとめました。ネット言論の理想主義はなぜ次々と自滅していくのか?その答えを知りたい人はぜひお読みください。2015年1月12日  

「1501」番 「副島隆彦の学問道場」から 新年のご挨拶。2015.1.1 続けて 「1503」番として、「1495」番の谷崎潤一郎論の第3部(終章)を載せます。副島隆彦 記

「1500」最新講演DVD『2015年、世界は平和か戦争への岐路に立っている』が完成しました。ぜひ御覧ください。2014.12.25

「1497」オーストラリアの歴代首相について。 日本人が知らない、オーストラリア政治の基本骨格を副島隆彦が分かり易く解説します。2014.12.17

「1496」番 俳優の菅原文太氏が亡くなった。 「1194」番会員ページ に載せた副島隆彦との対談を再掲します。 2014.12.13

「1493」 自力主催講演会「2015年、世界は平和か戦争への岐路に立っている」(2014.11.16)のアンケートの回答結果を掲載します。2014.12.4

 「1491」番 ノーベル物理学賞受賞の中村修ニが、なぜ重要であるのか、の本当の理由。10年前のここの、私たちの文を再掲載する。副島隆彦 2014.11.22 

「1487」 『官製相場の暴落が始まる――相場操縦しか脳がない米、欧、日 経済』(副島隆彦・著、祥伝社)発刊のお知らせ。「まえがき」と「あとがき」を掲載します。 2014.10.26

「1485」書評:アメリカの著名ユダヤ人小説家、フィリップ・ロスの小説「プロット・アゲンスト・アメリカ」(集英社)/架空歴史小説を手がかりに「アメリカ国内優先主義」(アメリカ・ファースト)の美名を表と裏で使い分けた米財界人の冷酷な世界戦略が見えてきた (その1) 2014年10月14日

「1481」 来る11月16日に都内・上野で「政治・国際情勢・経済」についての時局講演会を開催します。聴講希望者を現在募集中です!2014年9月29日

「1479」 『英語国民の頭の中の研究』(副島隆彦・著、PHP研究所)発刊のお知らせ。大幅に加筆修正が加えられています。「まえがき」 と 「あとがき」 を掲載します。 2014.9.22

「1476」番   文学とは何か の 2 。 日本文学とは何か 論。 を 載せます。 副島隆彦 2014.9.6

「1472」 『日本の歴史を貫く柱』(副島隆彦・著、PHP文庫) が8/4から発刊されています。「まえがき」 と 「あとがき」 を掲載します。 2014.8.27

「1470」 夏休み特集。アルチュール・ランボー論。パリ・コミューンという政治的事件を書き残そうとした文学について。2014.8.16

「1466」 お知らせ:『税金官僚に痛めつけられた有名人たち』(副島隆彦・著、光文社刊)が8/1に発刊されます。「まえがき」と「あとがき」を掲載します。2014.7.24

 「1460」 7月1日に、SNSI論文集第7弾『フリーメイソン=ユニテリアン教会が明治日本を動かした』が出ます。従来の教科書や歴史書では描かれない明治期以降の日本真実の姿を描き出しました。2014年6月25日

「1456」番  村岡素(もと)一郎 著 『史疑(しぎ) 徳川家康事績』(1902年刊)についての 松永知彦氏の長文の歴史論文を載せます。 2014年6月10日 

「1454」 【今読み返す副島本】 米同時多発テロ事件前に発表された、副島隆彦の「集団的自衛権」論をそのまま転載します。 今こそ読み返してほしいと思います。 2014年6月3日

「1451」【中国を理解する】『野望の中国近現代史 帝国は復活する』(ビジネス社・刊)(原題:Wealth And Power:China's Long March to the Twenty-First Century)という本を紹介します。中国の近現代史を正しく理解しなければ、日本は中国の台頭に向き合うことは出来ない。2014年5月25日

「1448」番  私が、今やっている仕事、考えていること、書くべき文章のことなどを、まとめて報告します。 副島隆彦  2014.5.11 

「1443」最新講演DVD『キャロライン・ケネディと安倍晋三』が完成しました。このDVDで米オバマ政権と安倍政権の暗闘の実態が分かります。現在の日本政財界に影響を与えるハーヴァード大学人脈についても解説。ぜひ御覧ください。2014年4月16日

「1441」 副島隆彦先生の最新金融本『金融市場を操られる 絶望国家・日本』(徳間書店・刊)が発売されます。日本は、アベノミクスに浮かれて「成長国家」どころか、「貧乏国家」となってしまった。この現実から逃れることが出来ない。世界の金融も統制されている。2014年4月5日

「1436」 後藤新平―日本の「セシル・ローズ」論(全4回/第1回) 中田安彦・記 2014年3月16日

「1433」『靖国問題と中国包囲網』(副島隆彦・著、ビジネス社刊)が3/7に発刊されます。「まえがき」と「あとがき」を掲載します。2014.2.27

「1429」 【寄稿・偉人伝の裏側を見破る】 自由民権運動の父・板垣退助はフリーメイソンだった!~伊藤博文のフリーメイソンネットワークに加入した板垣退助~津谷侑太(つやゆうた)筆 2014年2月5日

「1426」古村治彦研究員の新刊『ハーヴァード大学の秘密』(PHP研究所)の紹介と、その出版記念を兼ねた「囲む会」主催の2014年初めての主催定例会『キャロライン・ケネディ駐日大使着任が日本政治中枢に与えている衝撃』(仮題)のお申込みのご案内を致します。2014年1月21日

「1423」 明治期の慶応義塾で 最先端の学問を教えたのは ユニテリアン(フリーメイソンリー)だった 石井利明(いしいとしあき)研究員 2014年1月11日

「1421」TPP交渉と平行して、水面下で進む「民法改正」の動き。大新聞は連帯保証人(個人保証)制度の改正部分だけをクローズアップするが、実際はこの民法改正はアメリカによる日本社会改造計画の一つである。2013年12月29日

「1418」孫崎享・副島隆彦講演ビデオ『外務省の正体』のご予約を承ります。日本の国家の行く末を大きく左右する外務省(MOFA)の内部と歴史はどうなっているのか、必見の講演です。2013.12.10

「1414」新刊『説得する文章力』(KKベストセラーズ)と『闇に葬られた歴史』(PHP研究所)をご案内します。2013.11.27

「1411」副島隆彦新刊金融本『帝国の逆襲―金とドル 最後の戦い Empire Strikes Back, Again.』(祥伝社)が発売されました。今年前半から中盤の主な金融ニュース(TPP、シェールガス、金価格の急落についても)を副島隆彦独自視点で分析しています。2013年11月16日

「1409」 腰痛(ようつう)と首、肩の痛みは治るようである。 「トリガーポイント・ブロック注射」という治療法を紹介する。 副島隆彦記 2013年11月6日

「1406」新刊『税金官僚から 逃がせ隠せ個人資産』(2013年10月、幻冬舎刊)発刊のお知らせ。官僚たちはいかにして資産家からお金を奪い取ろうとしているか。「まえがき」と「あとがき」を掲載します。2013.10.18

「1404」【最新版】世界権力者人物図鑑 刊行が発売中です。2010年発刊の第一弾から全面リニューアルのデザイン・内容です。2013年9月30日

「1402」 来月、10月26日(土)開催予定の「囲む会」秋の定例会のお申し込み開始お知らせ。今回は元外務省元国際情報局長の孫崎享先生をお呼びして「過去現在未来の日本外交」を語りつくします。ご期待ください。2013年9月16日

「1399」鬼塚英昭(おにづかひであき)氏の『日本の本当の黒幕』(下)を読む。戦前の日本政治の闇を象徴する田中光顕(たなかみつあき)という怪物を知る。それは現在の日本政治を支配するヤクザたちを知ることでもある。2013年9月1日

「1396」 新刊『中国人の本性』の紹介。私たちはどれだけ中国の思想史について知っているだろうか? そこで副島先生が中国亡命知識人の歴史を中共からの亡命知識人である石平(せきへい)氏に徹底的に質問しました。夏のうちに是非読んで下さい。2013年8月8日

「1394」定例会完全収録のDVD『いい加減にしろ!マイケル・グリーン/恐ろしいヨーロッパの秘密―フランドルからフローレンスへ』が完成しました。2013.7.29

「1392」 参議院選挙が終わって、次の日本国民の課題に向かう。アベノミクスとはA-sset B-ubble E-conomy(資産バブル・エコノミー)のことである。金融緩和派の経済学者のおかしさを理路整然と暴いた野口悠紀雄氏を評価する 副島隆彦 2013年7月25日

「1389」参院選後、日本の各階層(金持ち・サラリーマン・貧乏人)への、安倍政権による国家統制が進む可能性がある。その兆しとして参院選初日に福島県の総理演説会で自民党職員らが行った、一般国民の「表現の自由」への取り締り行為の動画がある。決して貴方の一票は自民党には投票してはなりません。それから先日の講演会のアンケート結果を載せます。 中田安彦(アルルの男・ヒロシ) 2013年7月13日

「1387」 『統制が始まる 急いで金を買いなさい』(祥伝社・刊、2013年6月)の宣伝を載せます。2013.7.4

「1384」再度、6月29日の定例会のお知らせをします。タイトルが「いい加減にしろ!!マイケル・グリーン~米中“新秩序”に取り残される日本」になりました。米日関係その他の政治経済の話題に縦横無尽に切り込みます。2013年6月13日

「1381」 私たちの福島復興活動本部 を 閉じて 撤退式をします。6月23日です。時間のある人は福島の現地まで自力で来てください。 副島隆彦 2013年6月2日

「1379」先週土曜日の会員交流会開催後のお礼の報告と、次の6月29日の講演会のお知らせ。2013年5月20日

「1376」 最新DVD『ますます衰退国家にさせられる策略を見抜く』(2013年3月3日、講師:副島隆彦・藤森かよこ)と、新刊・映画本『アメリカ帝国の滅亡を予言する』(日本文芸社)頒布のお知らせ。お待たせしました!2013.5.4

「1375」黒田金融緩和と金価格急落、そしてBRICS開発銀行の設立。新しい秩序に向けて世界は動いている。副島先生の最近の「重たい掲示板」への書き込みをまとめて載せます。2013年4月20日

「1372」副島先生の新刊『浮かれバブル景気から衰退させられる日本』(徳間書店)ではTPP交渉とアベノミクスの欺瞞について詳しく紹介。今回も豊富な図表・資料付きです。また、新しい試みとして会員同士の交流会(会員交流会 自由におしゃべり)もまだ募集中です。講演会とは別の形で交流(情報交換)いたしましょう。2013年4月4日

「1370」 日米地位協定に続いて、日米原子力協定(1988年)を暴く。中曽根康弘の周辺の「原子力外務官僚」たちが、アメリカに抵抗するカードとして持ちだした「日本の核武装論」には全く意味が無い。六ケ所村の再処理工場を維持してきた日本原電は中曽根派の利権の巣窟であるからすぐに破綻させるべきだ。(苫米地英人『原発洗脳』(日本文芸社)と有馬哲夫『原発と原爆』(文春新書)を書評する。)(その1) 2013年3月27日

「1366」書評:前泊博盛・編著『本当は憲法より大切な 日米地位協定入門』(創元社)を読む。ジャパン・ハンドラーズと外務官僚が威張れるのも日米安保と地位協定があるからだ。2013年3月8日

「1363」新刊『それでも中国は巨大な成長を続ける』(ビジネス社)の刊行のお知らせ。アメリカでは、巨大な中国とどう付き合っていくかは熱心に議論されていても、中国崩壊論など真面目に受け取られていない。2013年2月18日

「1361」 副島隆彦を囲む会・定例会、第29回定例会・自力主催講演会『ますます衰退国家にさせられる策略を見抜く』(講師:副島隆彦・藤森かよこ、開催日:2013年3月3日、日曜日)開催のお知らせ。2013.2.8

「1358」 アダム・ヴァイスハウプト著 『秘密結社・イルミナティ 入会講座<初級篇>』(KKベストセラーズ)が発刊されました。ドイツ啓蒙主義から生まれた「イルミナティ」はフリーメーソンなど秘密結社のルールブックを制定した集団である。2013年1月21日

「1356」番。 年末からの2週間の「産みの苦しみ」のあとで、副島隆彦が全力で書きます。 「ヒラリーの終わり」論文です。 今年もよろしく。 2013年1月8日

「1354」 「副島隆彦の学問道場」から 新年のご挨拶。 2013.1.1

「1351」自民党・公明党・日本維新の会の圧勝と民主党勢力の壊滅大敗北を受けて、「個人の力量によるサバイバル」というものが必須になってくる。そのことを選挙の数カ月前に副島先生の新刊『個人備蓄の時代』(光文社)では予測していた。みなさんも早く手を打ったほうがいい。2012年12月17日

「1349」  選挙が始まっての 直近での動き を読む 副島隆彦・記 2012年12月7日

「1346」 副島隆彦・最新DVD『ミケランジェロ、メディチ家、ルネサンスの真実』(2012年11月3日、講師:副島隆彦・松尾雄治)頒布のお知らせ。「教科書」と本編DVDのお得なセットも、個数限定で実施します。2012.11.29

「1343」緊急情報:アメリカによって崖から突き落とされた野田政権。解散総選挙はアメリカからの司令で行われた。今回もジェラルド・カーティスが根回しをしている。2012年11月15日

「1340」橋下徹(はしもととおる)大阪市長や一部大阪市特別顧問による「週刊朝日」に対する“言論弾圧”問題について考える。言論の自由が死ぬときとは、デモクラシーが死ぬときである。2012年11月5日

「1337」尖閣問題について。橋下徹・大阪市長の言う「国際司法裁判所」における解決の提案を支持します。副島隆彦・記 2012.10.18

「1334」新刊を二冊紹介します。権力者共同謀議という合理的選択で概ね、歴史は動いてきたから、私たちは世界の支配層の行動原理、思想、そして企業活動に現れる彼らの「合利的」な動きを理解しなければならない。2012年10月1日

「1332」 副島隆彦を囲む会・定例会、第28回定例会・自力主催講演会『ミケランジェロ、ダ・ヴィンチ、ダンテ、マキアベッリ、メディチ家、ルネサンスとは何だったか』(講師:副島隆彦・松尾雄治、開催日:2012年11月3日、土曜日)をご案内します。2012.9.25

「1330」SNSI・夏季研究報告から 「今こそ3分で読む小室直樹の『新戦争論』」六城雅敦(ろくじょうつねあつ)・記 2012年9月14日

「1327」共和党候補、ロムニーの安全保障政策を知る。最新刊『アメリカが作り上げた“素晴らしき”今の世界』(The World America Made)(ビジネス社刊)の紹介。古村治彦研究員の翻訳で刊行されています。2012年8月27日

「1324」  副島隆彦著の仏教論、『隠された歴史:そもそも仏教とは何ものか?』(PHP研究所)の読みどころを解説します。2012年8月12日

「1322」副島先生の仏教論の集大成『隠された歴史~そもそも仏教とは何ものか?』(PHP研究所)とロン・ポール米下院議員の『連邦準備銀行を廃止せよ(END THE FED)』(佐藤研一朗・訳、成甲書房)が発刊されました。 2012年7月29日

「1319」 副島先生の新刊本2冊。『ロスチャイルド200年の栄光と挫折』(日本文芸社)と石平(せきへい)氏とのケンカ対談『中国 崩壊か 繁栄か!? 殴り合い激論』(李白社)が発刊されました。世界の実像を知るのにおすすめの2冊です。 2012年7月19日

「1317」 副島隆彦・最新DVD『橋下徹の登場 と 政治思想の歴史』(2012年6月2日、講師:副島隆彦・中田安彦・須藤喜直)/最新刊『国家は「有罪(えんざい)」をこうして創る』(副島隆彦・植草一秀・高橋博彦・著、祥伝社刊)ラインナップ追加のお知らせ。2012.7.8

「1314」 「増税談合勢力」 の 野合(やごう)の増税に反対する。2012年6月25日

「1312」 第27回副島隆彦を囲む会主催定例会『橋下徹の登場と政治思想の歴史』に来場された会員の皆様のご意見をご報告します。 2012年6月19日

「1310」 ロマノ・ヴルピッタ『ムッソリーニ』を読む。現在の日本で重要な意味をもつ「ファシズム」とは何かを再考する 2012年6月4日

「1306」 爆弾のような破壊力を持った一冊!! 古村治彦著『アメリカ政治の秘密』(PHP研究所)を強力に推薦する。2012年5月13日

「1304」 副島隆彦を囲む会・定例会、第27回自力主催講演会(講師:副島隆彦・中田安彦・須藤喜直、開催日:2012年6月2日、土曜日)をご案内します。演題は『橋下徹の登場 と 政治思想の歴史』と決定しました!※金融・経済のお話はありません。2012.5.6

「1301」 新作DVD『今、世界経済がどう変質しつつあるか』(2012年3月24日、講師:副島隆彦・古村治彦)のアンケートの結果を掲載します。2012.4.25

「1300」 新作DVD『今、世界経済がどう変質しつつあるか』(2012年3月24日、講師:副島隆彦・古村治彦)/『欧米日 やらせの景気回復』(副島隆彦・著、徳間書店刊)のお知らせ。2012.4.19

「1296」橋下首相を誕生させようと目論む、関西財界ネットワークの正体とは 2012年4月3日

「1294」アメリカの共和党予備選で公然と囁かれる不正投票の横行。スーパチューズデーを終えて共和党予備選挙の様子、大統領選挙予備選挙・党員集会の複雑な仕組み、衝撃的な内部事情を現地から緊急報告します。 2012年3月24日 佐藤研一朗・筆

「1292」 (1) 4月28日(土)~30日(月)の「福島原発・難民キャンプツアー」のお知らせ。/(2) 6月2日(土)の「政治思想・日本政治の歴史(1960年代からこっち)講演会」のご案内。/(3) SNSI研究員・崎谷博征(さきたにひろゆき)氏の新刊『医療ビジネスの闇』(学研パブリッシング。2012/2/28刊)が出ました。2012.3.13

「1289」 (1) 3月24日(土)の「学問道場」定例会『今、世界経済がどう変質しつつあるか』(副島隆彦)の再度のお知らせ。/(2) 対談CD『日中殴り合い対談』(石平、副島隆彦。李白社)をご紹介します。2012.3.6

「1288」 日本は、「新・知日派」の台頭でも基地移設問題でアメリカの要求に屈服してはいけない 2012年3月2日

「1285」 「小沢一郎・陸山会裁判」の急展開。小沢一郎側が勝利しそうである。「ぼやき・会員ページ 1284」に掲載された文章の後半部分を、こちらにも転載します。2012.2.19

「1283」 まんが家・イラストレーターのぼうごなつこさんによる、政治漫画「小沢一郎・陸山会事件説明まんが お天道様がみてる」を掲載します。2012.2.10

「1280」 本年度初の副島隆彦を囲む会・定例会、第26回自力主催講演会(講師:副島隆彦先生・古村治彦研究員、開催日:2012年3月24日)をご案内します。2012.1.30

「1278」書評『父・金正日と私』(五味洋治・著)と『後継者・金正恩』(李永鐘・著)を読む。北朝鮮は改革開放に乗り出せるのか。“属国論”の観点で北朝鮮の対中外交を整理する。2012年1月23日

「1276」 新刊『中国は世界恐慌を乗り越える』(ビジネス社)と『衰退する帝国・アメリカ権力者図鑑』(日本文芸社)が発売されました。中国の発展の姿は100年前のアメリカ帝国そのものである。2012年1月10日

「1273」 「副島隆彦の学問道場」から 新年のご挨拶。 2012.1.1  下に加筆します。1月5日です。副島隆彦です。


「1429」 【寄稿・偉人伝の裏側を見破る】 自由民権運動の父・板垣退助はフリーメイソンだった!~伊藤博文のフリーメイソンネットワークに加入した板垣退助~津谷侑太(つやゆうた)筆 2014年2月5日
自由民権運動の父・板垣退助はフリーメイソンだった!~伊藤博文のフリーメイソンネットワークに加入した板垣退助~

津谷侑太(つやゆうた)筆

●板垣退助はなぜ偉人なのか。

板垣退助は現在では「自由民権運動の父」として偉人として讃(たた)えられている。なぜなのか。それは板垣がフリーメイソン、ユニテリアンであるからだ。副島隆彦(そえじまたかひこ)氏がフリーメイソン=ユニテリアンであると決め付けているので私もそれに従う。私は盲目的に副島隆彦・先輩研究員である石井利明(いしいとしあき)両氏の考えに従っているわけではない。私なりにこの両氏の考えが真実であると推測してのことである。

 石井論文から板垣退助に関係すると私が考える部分を引用する。

(引用開始)

 平野貞夫氏は、『ジョン万次郎に学ぶ』の中で、「ジョン万次郎は、日本人で初めてのユニテリアン信者であった。その生涯をふり返ると、自分の言動に責任を持ち、救いは自分で勝ち取るものであり、人類全体が救済されるべきものであるとの教えどおり生きたといえる。」と書いている。

 ジョン万次郎がフリーメーソンであったという説は、ユニテリアンとフリーメーソンリーの同質性から来るにちがいない。海外に出て行った日本人の多くは、差別されることが少なくなかった。だから自分たちを差別せずに、親切に接してくれるユニテリアンのネットワークに入る事が、万次郎と同じく自然な事だった。

(引用終了)

 ジョン万次郎はフリーメイソンであることは私も知っていた。しかし、ユニテリアンに関しては私は全くの無知である。石井氏は平野貞夫氏の著書を引用している。平野貞夫(ひらのさだお)氏は高知県出身、旧土佐藩の出であり、現在は小沢一郎氏の盟友として政治活動をしている。平野氏は坂本龍馬の本も出しており、土佐藩のネットワークに精通している。私はジョン万次郎がフリーメイソンであり、なおかつユニテリアンであったとすれば、副島・石井両氏の論説は正しいと考えた。

 だから、私は板垣退助をフリーメイソン・ユニテリアンであることを決め付けることにした。おそらく、ジョン万次郎が板垣退助を育てた張本人であろう。

 フリーメイソンとは何なのかは石井利明氏の論稿を読んでいただきたい。

 私はこれから板垣がフリーメイソンであることを徹底的に証拠をあげながら立証していく。実は板垣がフリーメイソンであると知るのに最適な事件がある。
 それが板垣退助の「洋行(ようこう)問題」である。

 板垣退助で最も有名なエピソードといえば、現在の岐阜県岐阜市で自由民権運動の遊説(ゆうぜい)していたときに暴漢に襲われ、「板垣死すとも自由は死せず!」と叫んだことだろう。現在では板垣のこの発言は創作であったことがわかっている。私はこのエピソードから不思議に思ったのは板垣は日本全国を遊説している。また、板垣と同志である自由民権運動家たちも全国を飛び回っている。当時は列車があったものの、交通費は膨大なものとなったはずである。また、党員の活動費もいる。板垣はどうやってこの費用を捻出していたのか。

 それを探る上で重要なのが板垣の洋行問題であると私は考える。1882年に岐阜で板垣は襲われたあと、マスコミは板垣を善玉として報じ、政府の人間を悪玉とすることで板垣の人気は鰻(うなぎ)登りとなった。政府の弾圧にも負けない板垣という立派なイメージを得たわけだが、それに水を差す事件が起きる。1882年、11月に板垣は自由党の党首である板垣は突然洋行(ようこう、ヨーロッパ留学)を発表してしまうのである。この洋行を板垣は同志である自由党員たちに話していなかった。

 この洋行発表前までに自由民権運動を支援し、板垣のパトロンとなっていたのが三菱財閥の総帥であり、造船業で成り上がった岩崎弥太郎(いわさきやたろう)であったと私は考えている。板垣にとって岩崎は後輩の土佐藩士で二人は親密な間柄であった。その根拠となる文章を歴史評論家の大橋昭夫(おおはしあきお)氏の『後藤象二郎(ごとうしょうじろう)と近代日本』(三一書房・1993年刊)から引用する。

 後藤象二郎は元土佐藩士で自由党のナンバー2、板垣とは幼馴染(おさななじみ)である。

(引用開始)

 象二郎はもちろんこと、板垣とて岩崎の三菱との関係は密接であり、このような三菱攻撃は、はなはだ迷惑であったが、最早かれらに制止のできないような状況であった。
(大橋昭夫『後藤象二郎と近代日本』237ページ)

(引用終了)

「このような三菱攻撃は、はなはだ迷惑であったが」とあるが、板垣がヨーロッパに行っている間、自由党は星亨(ほしとおる)という人物に乗っ取られてしまった。星は伊藤博文の子分であり、自由党へのスパイだった。この星が立憲改進党の大隈に資金援助していた岩崎弥太郎を「海坊主」と攻撃した。これを迷惑がっている板垣の心情から板垣が岩崎攻撃を嫌がっていうことがわかる。

「板垣とて岩崎の三菱との関係は密接であり」とあるが、私はこの文章から板垣は三菱財閥から資金供与を受けていたと判断する。この時代の政治家や財界人が金のやり取りを記録にして後世に残すはずがないと私は考える。岩崎家の親戚であり、元土佐藩士の馬場辰猪(ばばたつい)という人物がいるのだが、この人物が板垣の自由党にいたのは板垣が三菱財閥から資金供与を受けていたからだろう。このあと政府から資金供与を受けて板垣は洋行に行く。


 この小論では板垣の洋行問題を見ながら、板垣が伊藤博文・西園寺公望のフリーメイソンのネットワークについて詳しく見ていくことにしよう。

 まずは板垣が行った自由民権運動とは何なのかを解説する。
 260年続いた江戸幕府を討幕したのは薩摩(さつま・鹿児島県)・長州(ちょうしゅう・山口県)・土佐(とさ・高知県)・佐賀の四藩だった。板垣はこの中の土佐藩出身である。しかし、明治新政府ができると薩摩の大久保利通や公家の岩倉具視が政府の実権を握り、板垣退助や肥前の江藤新平(えとうしんぺい)、大隈重信(おおくましげのぶ)、薩摩の西郷隆盛らは反体制派に追いやられてしまう。1873年に政争で公職から追放された板垣は江藤新平や佐賀の副島種臣(そえじまたねおみ)らと愛国公党を結成。1874年に民撰議院(みんせんぎいん)設立建白書を政府に提出。つまり「国会をつくれ!」ということを板垣たちは政府に要求したのである。

 しかし、政府は時期尚早としてこれを退けた。1881年には政府が10年後に国会開設をすると宣言。板垣は主に土佐藩出身者を集め、自由党を結成。10年後を見据えて選挙活動を開始した。これによって、日本にも民主主義が花開くかに思われた矢先に板垣が岐阜で襲撃を受けたのである。このとき、同志社英学校の新島襄(にいじまじょう)が見舞いに駆けつけている。このときは板垣は土佐藩や新島と同じアメリカ系のネットワークに入っていた。この直後に板垣はこのネットワークを裏切って、寝返ることになる。板垣が新しく加入したのは明治政府の指導者たちである伊藤博文、西園寺公望、岩倉具視、井上馨らのイギリス・フランスに近い者たちのグループだった。

 その過程を詳しく見てみよう。反体制派の板垣退助に何が起きたのか。

●板垣の洋行問題

 1882年11月に板垣は海外留学をすると発表した。板垣は野党の自由党党首であり、立憲改進(りっけんかいしん)党の代表である大隈重信と協力体制にあった。せっかく板垣・大隈体制で体制派の伊藤博文を追い詰めていこうとしていたのに板垣が職務放棄で外国に行ってしまった。これで野党の協力体制は無茶苦茶になって空中分解する。そうなると得をするのは体制派の伊藤博文である。

 板垣退助は奈良の土倉庄三郎(どぐらしょうざぶろう)という資産家からもらった金であると釈明した。確かに土倉が資金援助してきたのは事実であるが、洋行問題の黒幕は伊藤博文であったのではないかと私は考える。伊藤は板垣に洋行を勧めた張本人であったからだ。

(引用開始)

 伊藤がヨーロッパへ旅立つ前のある日、板垣が突然伊藤を訪問したことがあった。この訪問の意図ははっきりしないが、創立まもない自由党に対する政府の厳しい姿勢について、注意を促すとともに、自己の政治理念を、明治十四年政変を通じて実力者の地位を確固とした伊藤に改めて伝えたかったのであろう。
 明治政府の中では比較的進歩的で中道路線をとっていた伊藤も、この頃では、保守的な井上毅らの理論的ブレーンの大きな影響があって、プロシャ流の君権主義に近付き、板垣とは相入れなかったが、二人は率直に語り合い、この中で、伊藤は近くヨーロッパへ外遊することを打ち明けた。
 そして、伊藤はさらに、板垣に対し、「今、ヨーロッパの政治制度をみならい、それに従って国会を開設すべきだとの論調があるが、そのように主張する君こそ外遊して、かの地の古今からの政治、人情、風俗を知るべきだ。その実情を知らない者が、ヨーロッパの政治制度を美化しているようなことがあるが、それは民衆を誤らせるもとである。」と言葉をつないだ。
 幕末から維新にかけて数回の米欧への視察の経験のある伊藤の言動だけに、板垣の心をついた。板垣は、伊藤からヨーロッパ訪問の必要性を説かれて大いに心が動いた。
 本来ならば最大の野党自由党の総理である自分こそが、まずもってヨーロッパに出かけ憲法調査を行わければならないのに、自分は一度の外遊の経験もない。ここで、板垣は旅費でも工面できたら自分もヨーロッパへ行く意思のあることを述べた。(大橋昭夫『後藤象二郎と近代日本』223ページ)

(引用終了)

「幕末から維新にかけて数回の米欧への視察の経験のある伊藤の言動だけに、板垣の心をついた」と大橋昭夫氏は描写しているが、要するに板垣退助は体制派の伊藤博文に説得されてしまったのである。つまり、板垣は体制派に入りたいがために今までの主張である自由民権運動を捨ててしまったのである。驚くべき裏切り行為だ。伊藤博文は明治政府の最高指導者であり、数々の謀略を実行してきた筋金入りの悪人の権力者である。その伊藤からしてみれば、新政府軍に加わったのに体制派の薩長(さっちょう)ではなく、土佐藩だからはじき出されてしまった板垣など、ポストと金をちらつかせればすぐに食いついてくる小物に見えたのではないか。板垣のような金持ちのボンボン息子でいざというときに腰砕けになるような男だということは冷酷な現実主義者の伊藤に見抜かれていた。

大橋昭夫本によると板垣の洋行費調達に動いたのは伊藤のブレーンである井上毅(いのうえこわし)だった。その井上は三井財閥から洋行費を調達していた。

(引用開始)

 この井上の1882年(明治一五年)で終了する三井の陸軍省官金取扱御用を三カ年延長するとの提案は、三井にとって大きな利益をもたらすものであり、三井が対価として、板垣、象二郎の外遊費用二万ドルを拠出することなどは、安いものであった。二万ドルが政治献金でなく、賄賂であることは明白であり、政府の自由党工作は成功した。
三井側も外遊費用を拠出したことを認めており、一九五七年(昭和三二年)に発刊された『三井銀行八十年史』は、「有名な板垣退助の洋行費支弁(明治一五年)なども、官金取扱期限の問題にからんでいたとはいえ、政治的な情実に巻き込まれて、毅然たる態度に出ることのできなかった弱点の現れとみるべきものであろう。」として、担当の西邑虎四郎総長代理副長を批判している。(大橋昭夫『後藤象二郎と近代日本』226ページ)

(引用終了)

 西邑虎四郎(にしむらとらしろう)は三井財閥の幹部であり、上記の引用文によれば板垣に金を出したのは西邑である。三井財閥と伊藤博文が密接な関係にあったことが板垣洋行の秘密から見て取れる。
 そして伊藤博文の背後にはヨーロッパのフリーメイソンのネットワークがあった。

●伊藤博文と西園寺公望のフリーメイソンネットワーク

 このことを裏付けるように板垣は外遊のときにフランスでフリーメイソンと深い関わりを持つジョルジュ・クレマンソーというフランス人と会っている。

(引用開始)

 それでも政治家のクレマンソー、文豪ユーゴー、学者のスペンサー、パリ・コミューンの闘士だったエミール・アラコスなどに会っている。(榛葉英治『板垣退助 自由民権の夢と敗北』110ページ)

(引用終了)

 クレマンソーはこのとき、下院議員である。のちに総理大臣となり、第一次世界大戦のフランスを率いた。1882年当時は42歳である。
 
そしてクレマンソーにはもう一つ裏の顔があると私は考えている。それはフリーメーソンとしての活動家の顔だ。これより時代がずっと後になるが、第一次世界大戦のあと日本の皇族である東久邇宮稔彦王(ひがしくにのみやなるひこおう)はフランス留学することになった。そして留学先で会ったのが老齢になったクレマンソーだった。稔彦王にクレマンソーに紹介したのはクロード・モネという画家である。

(引用開始)

このモネーの家で、有名なクレマンソーに紹介されたのです。彼はフランス政界で「ティグル」(虎)という異名をとっていて、見るからに精悍な男でした。(東久邇稔彦『やんちゃ孤独』96ページ)

(引用終了)

 このようにしてクレマンソーと稔彦王は会っている。このあと、稔彦王は帰国して元老である西園寺公望(さいおんじきんもち)に会いに行っている。ここで稔彦王は日米戦争が起きる可能性があると西園寺に言って、同意を得ている。この小論ではあくまで板垣退助のフリーメイソン人脈を調べていくので、重要な話であるが割愛する。

(引用開始)

私は日本に帰っても、あっちこっちで、この日米戦争必然論をしたがだれも相手にしてくれない。みんなそんなことはない、あまり心配しすぎるといって相手にしてくれなかった。陸軍の首脳部にも話したが、まるで信用しません。ただ一人、西園寺公だけはよくきいてくれて、
「国家の最高責任者は、よく注意しなければならない」
と共鳴してくれました。やはり西園寺公は偉かったと思います。(東久邇稔彦『やんちゃ孤独』106、107ページ)

(引用終了)

 西園寺公望は実は板垣洋行に深く関わっている人物である。板垣は洋行し、フランスのパリのアパートに滞在していた。このとき、板垣の監視役としてそばにいたのが若き日の西園寺公望である。

(引用開始)

その板垣退助はパリでどんな生活をしていたか?西園寺が岩倉右大臣に送った報告がある。
「(前略)板垣、後藤洋行後の状況を申し上げます。二人がパリーに到着したのは昨年の十二月で、小生はベルリンに居りました。
(中略)
 これではせっかくの洋行も無益と考え、著名の人物などにも紹介をし、議院見物などもさせました。しかし何分頑固で、欧州の英雄運用の妙などは決して解らず、ただ理学に偏しているようです。」(榛葉英治『板垣退助 自由民権の夢と敗北』109ページ)

(引用終了)

 西園寺公望が岩倉具視に送った手紙を見ていくと、「著名の人物などにも紹介をし」とあるから板垣にクレマンソーを紹介したのは西園寺だったのだろう。西園寺はフランス・ソルボンヌ大学に留学したことがあり、クレマンソーとは同級生だった。西園寺公望と伊藤博文は仲のよい先輩と後輩の関係で西園寺の娘の結婚も伊藤が世話した。のちに西園寺は伊藤のつくった政党である立憲政友会(りっけんせいゆうかい)を引き継ぎ、伊藤の政治的後継者となっていく。公家上がりの西園寺だが、伊藤の子分でもあったのである。

 つまり、板垣退助は伊藤博文・西園寺公望の人脈を通して、次々とクレマンソーら著名人と会っていたのだ。これは板垣が伊藤のネットワークに入ったことを意味していると私は考える。

 このネットワークこそが小論の冒頭で触れたフリーメイソン・ユニテリアンだったのではないかと私は考えている。その証拠に東久邇宮稔彦王(ひがしくにのみやなるひこおう、昭和天皇の叔父)という皇族がフランス留学のときに留学を支援した中心人物は陸軍の上原勇作(うえはらゆうさく)だった。上原もまた、フランス留学経験がある。さらに陸軍の山県有朋(やまがたありとも)、田中義一(たなかぎいち)といった当時の陸軍最高指導者たちも稔彦王の留学を後押しした。

(引用開始)

 はじめは世界大戦の直後だというので「まだ早い」という説もありましたが、当時の参謀総長だった上原勇作(うえはらゆうさく)元帥が、「大戦直後だから早く行け」というわけで、上原元帥が宮内大臣と外務省に直接交渉していました。山県元帥も、
「早く行って、大戦後の情勢をよく見て来なくてはならぬ」
という意見でした。むかしの人は偉いと思いました。ほかの人たちは「うまいことをした」といって抗議したくらいでしたが、元帥二人の努力で、大戦の翌年の大正九年四月半ばに日本を出発しました。田中義一(たなかぎいち)大将も、もとから懇意にしていたので、わざわざ私を送ってくれました。(東久邇稔彦『やんちゃ孤独』65ページ)

(引用終了)
 
 この上原勇作がフリーメイソンだったのではないかと私は考えている。この考えは私の独創ではない。歴史評論家の落合莞爾(おちあいかんじ)氏やフリーメイソン研究家の太田龍(おおたりゅう)氏らが唱えていた。
 上原は陸軍でフリーメイソン研究をしていた陸軍軍人の四王天延孝(しおうてんのぶたか)にそのような研究をやめるように説得した。
 四王天は回顧録に次のように書いている。

(引用開始)

演習間ある夜、予は元帥の宿舎に谷参謀長と共に呼ばれ色々の話もあったが、終にユダヤ問題に及び結局“君の様な前途洋々たる将官がアンナつまらぬ問題に没頭して何になるか、モウ止めて軍務に専心してはどうかね”と言うて予の返答を待たれた。これに対し、青年士官の時から特に御推輓を受けて来た閣下に言葉を返すのは失礼ではありますが、自分はツマラナイ問題と思っていません。併し仰の如く現役軍人であるから、あれを打切る場合が二つあります、即ち第一あれが真につまらぬ問題と判ればスグ止めます、第二には重要な問題と思っていても、誰か私と同じ方向で同じ熱意を以って研究する人が大学教授でも実業家にでも出て来れば明日にも止めますが今その二つの目途の立たぬ内はやって行き度いと思います。但し私は軍務を抛擲してやっているのでは無く、夜九時十時から時には十二時頃迄外国から取寄せた書物などを読んで研究おしているので、職務を怠っているのではないことを御諒承を願いますという意味を述べた。併し諒承は得られず不機嫌で御別れをした。
(中略)
 越えて数日防空演習講評の日、前陸軍大臣でユダヤ人問題に充分な理解を持って呉れた白川大将が予を小蔭に呼んで、“君はこのたび退めて貰う事になった、但し現陸軍大臣の宇垣を恨むなよ”と諭された。こんな事に立至ることは予て期したることであるから、格別驚きもせなかった。(四王天延孝『四王天延孝回顧録』206ページ)

(引用終了)

 このように四王天はユダヤ問題、つまりフリーメイソンを研究していたら上原から呼び出され、研究を辞めるように言われた。そして従わなかった四王天は陸軍を首になるのである。この経緯を考えれば、四王天のクビを切ったのが上原勇作であることは明白だ。1929年(昭和4年)の出来事だった。上原は72歳、山県有朋亡き後の陸軍のトップである。

 フリーメイソンと日本陸軍、全く関係ないと思われる二つはこうして結びついていた。

 上原もフリーメイソンだったのであろう。だから、四王天を弾圧したのだ。その根拠に上原が育てていた東久邇宮稔彦王は1957年にフリーメイソンに入会している。これは陰謀論ではなく、公表されている事実である。つまり、稔彦王はフリーメイソンの上原の推薦でフランスに留学し、クレマンソーに会った。そしてクレマンソーから「日本に帰ったら私の仲間である西園寺君に会いなさい」とおそらく薦められたのではないか。だから、陸軍軍人の稔彦王は無関係であるはずの政治家の西園寺公望に会いにいったのである。

 話を元に戻すと板垣退助は西園寺公望のフリーメイソンのネットワークに入ったということである。このとき、ベルギーに伊藤博文がいて、フランスに来たときに板垣は伊藤と会っている。

 伊藤博文はフリーメイソンの信者だったのであろう。伊藤は元長州藩の武士で幕末に英国留学もしている。そして、帰国後に長崎に行って、イギリスの商人から武器に買い付けをしている。この商人がトーマス・グラバーでこの男もフリーメイソンの信者である。その証拠にグラバーは明治時代に来日したアメリカのグラント大統領を迎えている。このグラント大統領は公然としたフリーメイソンの信者としての顔を持つ。

(引用開始)

 グラント将軍といえば南北戦争の時の北軍の将軍であり、ジョージ・ワシントンを記念したフリーメーソンの殿堂にも名を連ねているフリーメーソンの会員で、第18代アメリカ大統領である。そのフリーメーソン大統領が明治12年6月に長崎を訪れているのだ。(鬼塚五十一『坂本龍馬とフリーメーソン』39ページ)

(引用終了)

 そして来日したグラント大統領はグラバーと会っている。

(引用開始)

 「米国前大統領来港接待記事」によれば、グラントは来日のおり、グラバー邸に宿泊の予定だったが、米領事マンガムとグラバーが犬猿の仲だったため、マンガムのてこ入れにより、当時、新設されたばかりの新町の師範(しはん)学校校舎を宿舎にしたと記録されている。(鬼塚五十一『坂本龍馬とフリーメーソン』39ページ)

(引用終了)

 これだけではまだ偶然といえるかもしれない。しかし、鬼塚五十一(おにづかいそいち)氏というフリーメイソン研究家がグラバーがフリーメイソンであるという証拠を発見している。鬼塚氏は1980年代からフリーメイソン研究をしてきて今も存命であり、太田龍氏よりも昔から活動している研究家だ。『坂本龍馬とフリーメーソン』という本は出版は2007年だが、鬼塚氏によれば雑誌「ムー」の1988年1月号に載せた「倒幕(とうばく)の志士(しし) 坂本龍馬はフリーメーソンだった」という記事を再掲したものであるという。鬼塚氏は長崎市生まれでこの記事を書くために現地長崎で取材もしている。グラバーの家であるグラバー園にも行っているわけだが、そこで鬼塚氏はフリーメイソンに関わる驚くべき事実を発見する。

(引用開始)

 グラバー園は、長崎市内の南山手(みなみやまて)に位置し、そこは鶴(つる)の港(みなと)といわれる長崎を一望する風光明媚(ふうこうめいび)な場所だ。私も子供のころから何度も行き、よく知り尽くしている場所だった。
 (中略)
 そして広さ3万平方メートルの園内を歩きながら、私はいつのまにかフリーメーソンのシンボルマークを捜していた。それは執念(しゅうねん)とかいうかっこいいものでなく、半分ヤケクソのような気持ちだった。
 歌劇『蝶々(ちょうちょう)婦人』を記念した泉の前から、下に降りる階段に向かおうとしたとき、その私の目に不意に飛び込んできたものがある。それは石柱の門だ。そのふたつの石柱の上の頭石(かしらいし)を見て驚いた。足がガクガクと震えてきそうだった。
 なんと、そこには私が捜し求めてきた、あのフリーメーソンのシンボルマーク、定規(じょうぎ)とコンパスが刻み込まれている。あった!そこにはフリーメーソンのシンボルマークがあった。(鬼塚五十一『坂本龍馬とフリーメーソン』21、22ページ)

(引用終了)

 この本の23ページには鬼塚氏の撮った石柱の写真が載っている。グラバーの家であるグラバー園にこのような石柱があったということはグラバーはやはりフリーメイソンだったのである。私は以上の証拠をもってグラバーがフリーメイソンであると判断する。ちなみにフランスで板垣退助の面倒を見ていた西園寺公望は日本でグラバーが死去したとき、葬儀に参列している。


グラバーの子分だった伊藤博文にしてみれば、野党の代表である板垣退助をフリーメイソンのネットワークに引き込んでしまえば、政権運営が楽になると考えたのだろう。民衆を自由民権で煽って、政府批判をしていた人物を黙らせれば、伊藤博文の思うような政権運営は可能である。そして、伊藤の思惑は板垣退助がフランスに来た時点で成功していた。板垣はこの後、政府で副総理にまで上り詰め、体制側で出世していく。板垣はフリーメーソンのネットワークに入り、急速に体制のなかに入り、出世していったのである。明治の日本をフリーメイソンが動かしたということが板垣退助の奇妙な行動からも裏付けられていたのである。

(参考文献)

大橋昭夫『後藤象二郎と近代日本』(三一書房・1993年)

鬼塚五十一『坂本龍馬とフリーメーソン』(学習研究社・2007年)

四王天延孝『四王天延孝回顧録』(みすず書房・1964年)
 
東久邇稔彦『やんちゃ孤独』(読売新聞・1955年)

榛葉英治『板垣退助 自由民権の夢と敗北』(新潮社・1988年)
 



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