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[123]だからあんたはもう書くな!
投稿者:相田英男
投稿日:2020-10-13 23:20:34

相田です。

 何だか、しょうもない駄文を繰り返して、ネットに挙げる老人が居られる。前回の投稿は、珍しくわかりやすい文章だと感心した。が、今回はいつもの何だかわからない「村上節」に戻っている。普通の一般人が、下の文章を読んで、何を書いているかを、すらすら理解できるものかね?わざとわかりにくい、御(ご)格調が御(お)高め気味の、内容がとてもありそうでありながら、その実は全く無い文章としか、私には思えない。ちなみにこれは、日本を代表する元科学史家の論考を私が期待しての感想であり、その辺の素人文筆家であれば、この程度で許されるであろうが。

 今更ながら村上は、現状の学術会議の体制について批判している。が、学術会議がこのようになった経緯と、その発足当時には高い理想を目指す科学者の中心組織であった事実は、あなたもよく知っているだろう?広重徹の「科学の社会史」を読めば明白だ。あなたも当然読んだであろう?。私にはあの本は、そのようにしか読めなかった。その高い理想が、どのようにして崩れたかを、検証して記述する事が、あなた、もしくはあなたの弟子達の責務ではないのか?

 再度ここに書くが、学術会議を批判するなら、何で「科学の社会史」を引用して、それに則ってから、論考しないのか?あなたは、広重の仕事を、意図的に無視しようとする姿勢が見え見えだ。とてもではないが、科学史家の態度では無いよ。

 駄文を重ねる程、自分の立場が惨めになる事を、早く自覚した方が、よろしいかと私は思う。

(引用始め)

続・学術会議問題 手続きの合理性と学問の自由は別次元にある

2020.10.13 WirelessWire Weekly,
村上陽一郎

 拙論(学術会議問題は「学問の自由」が論点であるべきなのか?)に対して、ご賛同、ご批判を多くいただいたようです。私の論点は、現政権の今回の措置への援護と受け取られた方もあったようですが、趣旨はそうではありません。注意深く書いたつもりだったのですが、何分にも急いで書きましたので、誤解が生じた向きもあったので、多少の補足をしておきます。

 学者の団体として歴史を辿れば、イギリスの王立協会、フランスのアカデミー・デ・シアンスなど、海外にも古くから類例が多々あります。最古の一つといわれるイギリスの場合、ロイヤル・チャーター(「勅許」とでも訳せばよいのでしょうか)によって成立しましたが、一応、独立の機関として発足しました。しかしフランスの場合は、王室からの支援を得て、現在では国立となっています。ロシア(ソ連邦の時代も)でも国立であることに変わりはありません。日本でも、日本学士院は完全に文部科学省管轄の国立機関です。自然科学にある程度限定すれば、英国科学振興協会(BAAS)やそのアメリカ版(AAAS)の方が、類似の団体と思われるかもしれません。

 しかし、そもそも様々な分野の学者が、国家規模で集まろうという意図を持つものでしょうか。学者・研究者の間に、そのようなインセンティヴは一般に希薄なのです。政治的な権力や強力な支援組織がイニシアティヴを取る、あるいは、その機関に所属することが学者としての高い名誉の保証となる、さらには、団結して国民全体に学問の重要性を訴えなければならない差し迫った事情がある、といったことでもなければ、学者・研究者はそうした活動に身を捧げようとはしないのが普通です。

 いろいろな事情でそうした機関が必要と考えた国家が介入する形で、機関を設定するのが、結果的に最も自然な形になります。ただし、専門学会は別です。専門を同じくする研究者が、科学者共同体を作るのはそれも自然なことで、そこで行われる研究活動の内容に、国家や政府が干渉すれば、それこそ「学問の自由」が問題になります。

 戦後の一時期の日本学術会議は、ある政党のヘゲモニー下にあった、ということは前稿で書きました。そこでは、そのイデオロギーの影響下の外にあるような学者の中には、立候補しても組織票で落選させられたり、推薦されなかったというような事態もありました。今の輿論風にいえば、そこでも「学問の自由」はなかったことになります。

 いや、そんなことをいえば、それこそ学問の殿堂であるはずの大学においてさえ、人事委員会の推薦候補が、教授会において特定の政党勢力の組織票で、「拒否」(現在の新聞用語です)された事例もありました。政治的思惑が学問の世界に介入するのは、決して稀なことではないのです。

 ただ、形式的にいえば、現在の学術会議の場合は、首相がいみじくも述べたといわれるように、予算を出し運営の支援をしているのは「国家」である、という事実は曲げられないのです。そして、その運営する機関に、誰を招きいれるか否か、という話です。戦前の一時期の日本のように、特定の思想を持つ人々を投獄、処刑したり、かつてのソ連圏のように、政権のイデオロギーに反対する学者を、投獄し処刑した、などという話とは、まったく次元の違う話です。今日の小事は明日の大事だ、という方もおられるかもしれませんが、次元の違う事柄が、繋がるはずもありません。

 個人的な「感想」をいえば、今回の推薦された候補者の中から政権が任命を見送る方々を選んだことに全面的に賛同しているわけではありません。私見をいえば、個々の方々のお仕事に関する私の無知もあるかもしれませんが、その決定を訝しく思う方が先に立ちます。何故この方が、との思いもあります。しかし、そのことと政権が推薦候補者の一部を見送ったことの合理性とは別の問題であり、「学問の自由」云々の問題に抵触することには全くならない、という点は確認しておきたいのです。

(引用終わり)

 相田です。一般の下等庶民には、さっぱり理解できない「村上節」が炸裂している。難文だ。東大の国語の入試問題に使うのには、丁度いいのかもしれないが。一応述べるが、以上の文中での村上の問いかけの、ほぼ全ての解答は、広重の「科学の社会史」を読めば、誰もがはっきりとわかる。解答が明記されているのだ。今更、ツラツラと意味あり気に書き連ねる必然性は、科学史的には全く無意味だ。

 中山茂、吉岡斉(よしおかひとし)、その他の、学術会議創世期の事情を研究した科学史家は、ほとんど亡くなってしまった。何を書こうが、今さら誰も責める者などいなくなった、シメシメ、などと、世間を舐めるのも大概にしてもらいたい。

 自分の立場を意図的に曖昧にしたままで、安全な処に逃げられると思わない方が良い。

 本来なら今回の問題について、解析と解決方法の提案について、最も責務を負うべき人物の一人が、このような軽々しい、ネトウヨレベルの文章しか書けない現実に対し、私は激しい憤りを感じる。村上の弟子筋の科学史家連中は、猛省すべきであろう。

相田英男 拝



[118]安倍前総理は、学術会議員の排除リストを事前に官僚達に作成させている。私の憶測だが。
投稿者:相田英男
投稿日:2020-10-12 12:35:44

相田です。

学術会議問題で、菅義偉首相が、「自分の手元に名簿が来た時には、既に6人が削られていた」と発言した事が、波紋を読んでいる。以下にニュースを引用する。

(引用始め)

学術会議側から「文書の改ざん」指摘相次ぐ
TBS NEWS, 10/11(日) 17:48配信

日本学術会議の任命をめぐって、菅総理が105人の推薦者リストを「見ていない」と説明したことについて、学術会議側から「文書の改ざん」や「違法性」の指摘が相次いでいます。

 菅総理大臣は9日、日本学術会議からの推薦者リストについて、任命されなかった6人を含む105人のリストは「見ていない」として、先月28日に見た時点で99人になっていたと説明していました。

 これについて11日、学術会議の元会長で東京大学の大西隆名誉教授は、JNNの取材に対し「学術会議は総理に対して105人を推薦をしている。総理に伝わる前に他の誰かがリストから6人を削ったのであれば、文書の改ざんとなり大きな問題」と述べました。

 そして、法律には「学術会議の推薦に基づいて、総理大臣が任命する」と規定されていることを踏まえ、「菅総理が105人の名簿を見ていないなら、学術会議の推薦に基づかず任命したことになり、法律の規定に反する」と指摘しています。

 また、任命されなかった6人の1人、早稲田大学の岡田正則教授も「任命権者(菅首相)に推薦が到達していないのですから、任命拒否はありえない」として、「菅首相の『任命行為の違法性』がますます明確になった」との見解を示しました。

(引用終わり)

自分が名簿を確認して名前を削った訳でもなく、名簿の内容に責任を持つ、とは、確かに理解し難い説明である。この矛盾が、左翼から徹底的に追及されるだろう。

私の憶測だが、菅総理の発言に矛盾しない状況が、一つだけある。それは、学術会議員の推薦可能性のある学者達を、事前に選別し、排除学者達の名前を書類に書いていた可能性だ。学術会議側から105人の推薦人名簿が内閣府に届いた際に、官僚側で事前に作成した「排除リスト」と照合し、マッチした6人を除いて、菅総理に提出したのだ。

排除する学者達についての基準を、事前に決めておき、その内容を総理に説明済ならば、削除前の名簿を見なくても、内容に総理は責任を持てる、と言えるだろう。排除リストには、学者達の具体的な名前と、排除の理由(どれだけ問題人物かのレベル)が、数値化されて記載されている筈だ。少なくとも法学者、政治学者については、当てのある人物が全て挙げられているだろう。リストを作るように官僚に指示したのは、菅ではなくて、安倍前総理だろうが。

これは単なる私の妄想では無い。遡ること66年前の1954年に、全く同じ事件が起きている。改進党の中曽根康弘代議士が、衆議院に「原子力予算」を提出する直前、物理学者達の政治思想の左右の程度について、リストが官僚により作成され、原子力開発に参加させる物理学者を排除する基準として使用されたのだ。物理学者の思想リストの作成を指示した人物は、福井なにがしという衆議院議員で、作成した官僚は工業技術院の初代院長の駒形作次(こまがたさくじ)である。駒形は、初代の原子力研究所の理事長で、当時は学術会議の会員でもあった。

このリストにより排除された物理学者の一人が、当時「民科」の物理部会長をやっていた伏見康治だった、云々、という話は、以前に私が「ぼやき」で詳しく書いた。リストの現物は日本側では既に破棄されており、アメリカ大使館の当時の科学アタッシェとして日本にいた、オットー・ラポルテに提出された物が、アメリカに公文書館に残されていた。文書を発見したのは、東工大学の科学史家の山﨑正勝(やまざきまさかつ)氏である。以前に赤旗が記事に取り上げていた。

私の憶測だが、山﨑氏が発見した書類と、ほぼ同じ内容・趣旨の「学術会議員排除リスト」が存在し、菅首相も官僚から内容の説明を受けていたのだ。

それに従って官僚側が機械的に6人を削って、菅総理に提出したならば、話の辻褄は会う。

今回のそもそもの発端は、赤旗が学術会議員の名簿の名前が削られていると、スクープ記事として報じたことによる。共産党はおそらく、この排除リストの存在に気づいており、最終的に、排除リストを公にすることを狙っているのではないか?

菅首相は、そんなリストの存在は絶対認めないだろう。が、学者達は理屈の細かな矛盾を付くのが商売なので、納得いくまで追求を止めない。話題になっている「御飯論方」や「チャーハン論法」で、どこまで国会での追求をかわすことが出来るのか、見ものである。

相田英男 拝



[115]概略がほぼわかった
投稿者:相田英男
投稿日:2020-10-10 14:30:34

相田です。

アゴラでの篠田英朗と池田信男が、学術会議問題について対談するビデオを見た。池田が、学術会議が共産党に引き回されている、と、散々喚く内容かと思ったが、予想より落ち着いた内容で、少し安心した。

どうも、学術会議員に共産党関係者が多い事実が、ようやく右翼に認知されつつあり、その証拠の一つとして、私が以前に「ぼやき」で書いた福島要一の話の短文だけが、切り取られて拡散しているようだ。池田信男もそちらを見たのかもしれない。どうせ騒ぐのなら、私の本が書店に並んでいる時に騒いでくれよ、今更おそい、と言いたくなるが、それは冗談だ。

しかし、池田が今になって「学術会議は共産党の活動拠点だった」と題して書くのは、完全に世論へのミスリードだ。単に右翼を煽って、不要な騒ぎを大きくする結果しか産まない。確信犯的にあのタイトルを付けたのだろうが、池田も所詮、文章の内容よりも、注目を集める事を優先する書き手という事だ。

さて、ビデオ対談を聞いて色々思う所はあった。篠田が、1983年に中曽根首相が、学術会議の人選に政府が関与しない、と述べたのは、学術会議との間でなんらかの「ディール」があったのだろう、と語っていた。私には篠田の「ディール」の意味が何となくわかる。そのうち書く。

なるほどな、と気づいたのは、菅義偉総理は、今回の学術会議との対立を数年前から時間を掛けて、準備していたのだろう、とする池田の予測だ。今年の正会員半数(105人)の入れ替えのタイミングで「やるぞ」と菅総理、ではなく安倍前総理が決めていた、それを菅総理が実行した、という事らしい。確かにそうかな、と私も思う。

安倍の悲願だった、憲法改正の裏カードとして学術会議の体制変更を、水面下で同時に準備していた訳だ。その理由は明白で、学術会議という組織が、終戦直後のGHQ -SCAPにより作られた組織だからだ。安倍&自民党右派の判断では、学術会議も平和憲法第9条と同じく、アメリカから無理矢理に押し付けで作られた物だ。だから現憲法と同時に刷新するべきだ、という事らしい。

確かに、これだと納得がいく説明である。占領軍のソーシャル・エンジニアリングにより生じたひずみを、一気に片付けてしまえ、という目論見なのだ。

しかしである。それならば、安倍と菅は、大きな判断ミスを犯している。私にはそう思える。

端的に言えば、彼らの失敗は、原発の再稼働を遅らせた事だ。読者は何の事やらピンと来るまいが、説明を続ける。安倍が側近として置いていた、経済産業省出身のの官僚達が問題だ。彼ら経産省の側近達の意向により、安倍は、意図的に原発の再稼働を遅らせたのだ。私はそう確信している。

その理由は、国内の電力会社の力を弱体化させて、経産省の影響力下に置くことにある。あわよくば、戦前にあった日本電力発送電のように、一つの国策会社に再編成するのが、経産省の長年の悲願だった。そのために、今の各電力会社の利益につながる、原発の再稼働を意図的にサボタージュしたのだ。それを安倍は見逃し続けて来た。

具体的には、原発を置いてある各自治体に集まる反対派に対して、経産省は専門の科学者、技術者達を派遣して、説得する事をほとんどしなかった。責任を全て電力会社側になすりつけて、見殺しにした。山本太郎や、売春で辞任した新潟県元知事、そしてイベント毎に電力会社や発電所付近にデモに集まる、左翼系の反対派を、専門の科学者達が粘り強く説得させる機会を、安倍政権は意図的に封じた。その方が、経産省の利権拡大につながるからだ。

しかし、経産省の利権のために、科学技術の正当な筋を捻じ曲げた、という事実は、重いツケとなり残される。

安倍が去った今になり、共産党系の活動家が跋扈する学術会議を刷新しろ、それが筋であろう、という主張は、いまさら通らない。反対派の左翼活動家を散々煽っておいたのは、安倍政権ではないか。電力会社の立場を不当に陥れるために。それを継承する菅政権が、今になり、左翼研究者達を非難するのは、お門違いではないのか?

左翼の攻撃が電力会社に向いている間は、全く放置しておきながら、自分達が攻撃されるのは、絶対に許さない、という事か?

福島で溢れつつある、トリチウム入りの汚染水も、希釈して海に放出するのが、科学的な筋だ。水産物の放射線も全く影響ないレベルに保てる。その事実を、福島の漁民達に、科学者達の口から直接、わかりやすく、粘り強く伝える事が、科学的な筋であろう。しかし、安倍政権は、その努力を意図的にサボタージュしたのだ。

科学的な筋をないがしろにしておきながら、学術会議側には、法律的な筋、公務員の立場としての筋、を押し付けるのは、それこそ「筋が通らない」のではないか?

学術会議の問題を「筋が通る」で判断するのは、安倍政権がやってきた対応から振り返ると、あまりに理不尽すぎる。私は今回は、左翼側の肩を持つ。筋を通すための粘り強い話合いを否定し続けたのは、安倍政権である。学術会議の、共産党を含む左翼主義者達は、遠慮なく、思う限りの主張をぶつけるべきだ。そうでなければ、あなた達は、安倍と菅に、程よく利用されたままでおわるだろう。

しかし、私のこんな真面目な主張は、ネットに拡散される事はまず無いだろう。福島要一が36年間も学術会議員だった、という右翼に刺さる短い文脈だけが、私の名前と一緒に拡散される。それが現実だろう。全く勘弁してもらいたいが。

相田英男 拝



[114]何だか見直してしまった
投稿者:相田英男
投稿日:2020-10-09 19:13:54

相田です。
今のうちに書いておきます。

三浦瑠麗氏が文春のインタビューで語った、パン屋の例えは、今回の問題のベストな解決方だと、私も思います。

読みながら少し感動してしまいました。

あの人には、世間で出回っている不敵で、挑戦的な印象を私も持っていました。が、素直に話すと非常に真っ当な方だというのが、初めてわかりました。

どっかの科学史の元大家のひねくれまくった告白文よりも、遥かに素晴らしい内容です。
引用はやめておきます。

相田英男 拝



[112]さらに池田信男へ
投稿者:相田英男
投稿日:2020-10-09 17:01:03

相田です。

池田信男 様

あなたの下の文章では、村上陽一郎は会員だったと書かれている。しかし正確には、村上は学術会議の連携会員ではあったが、210人の正会員には選ばれてはいない筈だ。幾つかの学術会議内の委員会メンバーではあったが。

誤解を招くので記述を追加した方が良いと思う。古森氏が、「学術会議の正会員と連携会員は違うのだ」などと、うるさい記事を書いているから。

あと、福島要一が学術会議員に36年選ばれ続けた、という話をどこから聞いたのだろう、と少し考えた。そしたら、私が以前の「ぼやき」の中で、福島要一について書いていたことに気付いた。確認したらその中に、36年間と自分で書いていた。今は会員限定だが、以前はあの記事は、ぼやきの公開版にあった。

まさかあなたが自分で、中山茂の「通史」とか、福島の自伝「学者の森の40年」を、読んで書いた訳ではなかろう。後者の福島の自伝は、私もまだ読んでいない。大変面白い記述が満載だと思うが。

おかげで、自分が以前に書いた内容を思い出せてよかった。感謝する。

相田英男 拝



[111]池田信男よ、引用してくれてありがとう
投稿者:相田英男
投稿日:2020-10-09 12:22:18

相田です。

こんな場所の投稿文など、誰も読むまいと思っていたが、池田信男が早速、自分のブログとアゴラに、昨日の私の文を参考にして、話を載せていた。

村上陽一郎の論考など、池田信男が普段からウォッチしている訳がない。まあ、私の村上に対する考えを広めてくれるきっかけになるだろうから、感謝しておく。

ちなみに、福島要一と学術会議の話は、中山茂のプロジェクト本の「通史 日本の科学技術」に詳しいから、参考にすれば良い。中山茂は東大の助手に残る筈だったが、村上陽一郎の師匠の哲学者の大森荘蔵に嫌われて、残るのを拒否された。学問に筋を通すタイプの中山ではなく、頭は切れるが思想的に日和見だった村上を残して、御用学者集団のリーダーに育てるという、遠大な野望が東大にあったのだろう。私の憶測だが。

(引用始め)

学術会議は共産党の活動拠点だった
池田信男
2020年10月09日 11:05

学術会議の騒ぎを受けて自民党が「非政府組織化」を検討するプロジェクトチームを発足させた。読売新聞によると、河野行政改革担当相が学術会議の運営や組織の見直しに着手したという。

きのうの記事では学術会議の法的な問題点を整理したが、きょうはその政治的な問題点を考える。元会員の村上陽一郎氏が、初期の学術会議の実情をこう書いている。
日本学術会議はもともとは、戦後、総理府の管轄で発足しましたが、戦後という状況下で総理府の管轄力は弱く、七期も連続して務めたF氏を中心に、ある政党に完全に支配された状態が続きました。特に、1956年に日本学士院を分離して、文部省に鞍替えさせた後は、あたかも学者の自主団体であるかの如く、選挙運動などにおいても、完全に政党に牛耳られる事態が続きました。

このF氏とは福島要一、「ある政党」とは共産党である。福島は1949年に農林省を退官したあと、85年まで学術会議の会員をつとめ、第5部(原子力)の委員として原子力に関する決議を出した。彼はアカデミックなポストについていなかったが、当時は修士以上の研究者は誰でも投票できたため、全国の共産党支持者を動員して36年間も会員を続けたのだ。屋山太郎氏はこう指摘している。

学術会議は50年と67年には「戦争に関わる学問には協力しない」と宣言した。一連の運動は共産党の行動方針そのもので、改善策として人選のやり方を全く変えることにした。福島要一氏は農水省の出身で、共産党系学者に号令して毎回、当選してきた。この農業経済学者が日本の原発政策を主導したのである。加藤寛氏(慶大教授)の提案で投票は学会員たちだけにし、会員を選出する方法に改めた。

学術会議は1963年に原子力潜水艦の日本港湾寄港問題に関する声明でアメリカの原潜の寄港に反対し、1967年には軍事目的のための科学研究を行わない声明を決議した。これらはいずれも共産党の方針だった。このような政治利用が激しいため、普通の研究者は学術会議に関心をもたなくなった。

他方で自民党からは、学術会議を問題視する声が強まった。これを受けたのが、1983年の学会推薦制への改組である。このとき共産党は強く反対したが、中曽根首相は「政府は推薦された会員を拒否しない」と約束して押し切った。

それでも1000以上の学会員の投票では左翼の活動家が選ばれる傾向が強く、2001年の省庁再編のときも学術会議の特殊法人化や民営化がテーマになったが、学術会議が反対し、総務省の下部機関となった。

2005年に学会推薦を会員推薦に改めたときも民営化が議論されたが、学術会議の反対で内閣府の直轄になった。予算も1990年代から10億円前後とほとんど変わらないが、2000億円の科研費の配分を左右する政治的影響力が強いため、政府機関としての地位を手放さないのだ。

非営利組織として独立して再出発せよ

活動家に乗っ取られた学術会議は政府の諮問機関として機能しなくなり、政府に答申したのは2007年が最後である。2017年3月には、軍事的安全保障研究に関する声明で防衛装備庁の委託研究に反対した。これが安倍政権が人事に介入したきっかけだろう。
2017年10月の改選では、内閣は105人の定員に対して「110人超の候補」を出すよう学術会議に要求し、18年には「内閣総理大臣に、日学法第17条による推薦のとおりに任命すべき義務があるとまでは言えない」と解釈を変更した。

このように死に体になった学術会議を抜本改革する(最終的には民営化する)ことが菅首相のねらいだと思われるが、政府見解が1983年の国会答弁と2018年以降で食い違っているので、学術会議の対抗措置としては行政訴訟が本筋だろう。

しかし裁判所が「内閣府直轄の国家公務員の人事について内閣に裁量権がない」という判決を出すことは、憲法15条に違反するので考えられない。任命されなかった6人について個別にその理由を開示することもありえない(そんなことをしたら公務員人事に重大な支障を来す)。

本来はまず学術会議の制度設計を議論すべきで、いきなり人事に手を突っ込んだ菅首相(もとは安倍首相)のやり方が荒っぽいという批判はありうるが、政府や自民党の動きをみると、この程度のリスクは承知の上だったのだろう。

行政改革の最大の敵は無関心である。既得権を失う官僚(本件の場合は学術会議)はそれを妨害するために最大限のリソースを投入するが、ほとんどの改革は地味なので、国民は関心をもたない。それにマスコミの関心を引きつけることが重要なのだ。この騒ぎを行政改革の梃子にするつもりだとすれば、菅首相はなかなか老獪である。

学術会議が政府に任命されなかった6人を会員にする方法は簡単である。学術会議がみずから非営利組織になって政府から独立し、自由に人事を行えばいいのだ。10億円の予算は、政府が委託研究費として支出すればいい。それが英米でも行われている制度設計である。

(引用終わり)

以上

相田英男 拝



[109]あんたは黙っていればよかった
投稿者:相田英男
投稿日:2020-10-08 18:42:26

相田です。

 学術会議の任命拒否に関する質疑が、国会で始まった。予想通りではあるが、並行線の議論が延々と続いている。識者から出てきたコメントの中で、あの保守の論客として知られる三浦瑠麗氏が、予想に反し、学術会議側を擁護するツイートを行い、話題になっているようだ。

(引用始め)
J -cast ニュース
2020年10月02日14時43分

   国際政治学者の三浦瑠麗氏が2日(2020年10月)にツイッターを更新し、日本学術会議推薦の新会員候補の内、安全保障関連法や特定秘密保護法などで政府に異論を示してきた6人が、菅義偉首相によって任命されなかったことは「学問の自由」の侵害ではないかとされている問題にコメントした。三浦氏は

「学術会議の任命にあたり6人を排除したことは禍根を残すだろう。私の隣接分野からいえば宇野重規さん、加藤陽子さんは書き手としても優れた方だが、そもそも彼らの本など読んだこともないだろう人々が、何らかの記事をもとに名簿を浚い問題アリのチェックでも入れたのだろう」

と、任命以前の段階に瑕疵があったと推察。続けて、

「業績の中身を知りもしない人間が新聞記事程度の情報をもとに、こういうつまらない口出しをやり出したとき、社会は劣化する。学者の政治的意見で選別すべきでない。学問の自由というのは学者が必ず正しいということではなくて、不味かろうが美味かろうがパン職人にパンを作らせろということだ」

と主張した。

(引用終わり)

相田です。彼女も、流石は学者だけの事はあり、今回は、自分の立場に危機感を覚えたようだ。周りに持ち上げられている間は良いが、流れが変わって、辛い立場に立たされた時に、「総合的、俯瞰的な立場から」という判断で、説明も無くクビを切られたりするのも許されるなら、一大事である。しかし「総合的、俯瞰的」というのは、なかなかに、すごい言い訳だ。以前にトランプ大統領の報道官が、大統領のコメントに「オルタナティヴ•ファクツ」と、述べて話題になったが、あれに匹敵する名言である。人をなめるのもたいがいにせえよ、全く。

さて、今日の本論は三浦瑠麗ではなくて、以下である。村上陽一郎(むらかみよういちろう)という元学者がいる。毎日新聞に時々、何だかわけの分からない、人を煙に巻くような書評を書くので、知っている方もいるだろう。

彼の本業は、科学史であり、日本の科学史界のボス的な存在だった。その村上氏が、今回の学術会議事件についてのコメントをネットに書いていた。私は、実は、彼のコメントを密かに期待していたが、早くも収穫があった。以下に全文引用する。

(引用始め)

学術会議問題は「学問の自由」が論点であるべきなのか?
2020.10.07 WirelessWire News

日本学術会議次期会員の推薦候補の一部を内閣が任命しなかった事について、出発点から、「学問の自由の侵害」と捉え、糾弾するのが新聞輿論のようです。一部の学者や識者層も、その立場で動こうとしているようです。しかし、客観的に見れば、この主張は全く的外れであることは明瞭で、間違いの根本は「現在の」日本学術会議に対して広がっている幻想、あるいは故意の曲解にあります。

日本学術会議はもともとは、戦後、総理府の管轄で発足しましたが、戦後という状況下で総理府の管轄力は弱く、七期も連続して務めたF氏[相田注:おそらく福島要一のことだろう]を中心に、ある政党[相田注:明らかに共産党]に完全に支配された状態が続きました。特に、1956年に日本学士院を分離して、文部省に鞍替えさせた後は、あたかも学者の自主団体であるかの如く、選挙運動などにおいても、完全に政党[相田注:明らかに共産党〕に牛耳られる事態が続きました。

今、思えば、そうした状態を見ぬ振りで放置した研究者や会員に大きな責任があるのですが、見かねた政府が改革に乗り出し、それなりの手を打って来ました。1984年に会員選出は学会推薦とすることが決まり、2001年には総務省の特別機関の性格を明確にし、2005年には、内閣府の勢力拡大とともに、総理直轄、実際には内閣府管轄の特別機関という形で、日本学術会議は完全に国立機関の一つになりおおせました。

もちろん、この動きに反対する活動も無かったわけではないのですが、政党[相田注:明らかに共産党]支配に不満を持つ一部会員は、この政府の動きを支持し、一般の会員の大部分はここでも成り行きに任せた状態のままでした。

その結果として、今回、菅首相が主張する、日本学術会議は国立の機関として、首相・内閣府の管轄下にあること、その会員は(特別)公務員としての立場にあること、その任命の権限は内閣・首相にあること、といった内容は現行の規定に従えば、まず疑問の余地のないところです。

実際、今回の件で、自分の学問の自由を奪われた人は、一人もいません。強いていえば、任命を見送られた方の中で、学術会議会員の資格の欲しかった方は、希望の就職の機会を奪われたことになるわけですが、それも就職の際には、常に起こり得ることと言わねばなりませんし、どんな推薦があっても採用されないという人は出るものです。採用されなかった人に、その理由を細々と論って説明する義務は、選考側には通常は無いはずではないでしょうか。

そうした事情を抜きにして「学問の自由」を訴えるのは、完全に問題のすり替えであって、学問の自由の立場からすれば、却ってその矮小化につながる恐れなしとしません。むしろ、学術会議の会員になること自体が、ある立場[相田注:明らかに菅総理と自民党政治家等に繋がる学者達]からすれば、学問の自由に反する行為になる可能性さえあるのですから。

村上 陽一郎(むらかみ・よういちろう)
上智大学理工学部、東京大学教養学部、同学先端科学技術研究センター、国際基督教大学(ICU)、東京理科大学、ウィーン工科大学などを経て、東洋英和女学院大学学長で現役を退く。東大、ICU名誉教授。専攻は科学史・科学哲学・科学社会学。幼少より能楽の訓練を受ける一方、チェロのアマチュア演奏家として活動を続ける。

(引用終わり)

相田です。村上にしては、意外にもわかりやすい内容の文章である(皮肉)。それでも、村上特有の、意図的に記述をボカした部分があるので、私の方で[]を後付けして、説明を追加した。この方が、村上の考えが明白になる。私は、曖昧さを許さない。

読んでわかるが、村上は学術会議側に手厳しい批判を浴びせている。共産党に牛耳られている集団を成敗する、菅首相の対応の何処が悪いのだ、と村上は断定する。確かに事実は、村上の言う通りではあるのだろう。

ただしである。私は訊ねるが、あんたは元は、日本の科学史界の頂点にいたのではないか?科学史という学問は、科学と一般社会の間を繋ぐ事が、重要な役割の一つでは無いのか?日本学術会議は、国家の自然科学の方針を定める重要な場所の一つであろう。その組織が深刻な問題を抱えている事を、現役の若い時から(現在は80台半ばの老人)よく知っていたにも関わらず、あんたはそのまま見過ごして来た。その対応は、一流の科学史家として、如何な物であろうか?

他の研究分野ならば言い訳もできよう。しかし、あんたは科学史家だった。(今はリタイアしただろうが)科学史家ならば、学術会議の深刻な問題について、論文や著作を書く事で、状況の改善を図るのが、当然の責務だったのではないか?国家と社会の利益の為には。現に広重徹は、学術会議の発足以来から抱える問題を、文章に詳しく書き残している。広重がやれて、あんたにやれない理由は、いったい何だ?科学史家の位置付けとして、広重の後を継いで、科学史界をリードして支えるのが、あんたの役割だったのではないのか?私は、ずっとそう思っていた。

それを、現役の時には、何も書かないで放置して、いざ、学術会議が世間から叩かれ始めてから、自分はリタイア気楽な立場から、共産党だなんだと批判する。こんな対応は、如何な物であろうか?こんな短い駄文では無く、詳しい論文にして、分析と問題提起を何故しないのだ?この駄文が「元科学史家」としての、責任ある対応と言えるのか?せめて、広重の「科学の社会史」の記述を引用して、何かコメントしろよ。

以下、ある団体が出した、政府の対応についての声明文を引用する。

(引用始め)

内閣総理大臣による第25期日本学術会議会員候補の任命拒否について

科学技術社会論学会理事会は、表記の件について日本学術会議が菅内閣総理大臣宛に提出した「第25期新規会員任命に関する要望書」 (2020年10月2日)に賛意を表明し、①推薦された会員候補者が任命されない理由の開示と②任命されなかった会員候補者の速やかな任命を求めます。

意見の多様性と批判に開かれていることを尊重する当学会は、日本学術会議の使命に共感するとともに、政府の一方的な排除の姿勢と議論の不足を深く憂慮します。

2020年10月6日

科学技術社会論学会会長
調 麻佐志(しらべまさし)

(引用終わり)

相田です。村上氏には、直接の弟子や、著作により影響を受けた、多くの若い研究者達がいる。科学技術社会論学会とは、彼らの多くが所属して、論文を書いて活動している組織の筈だ。私はそのように認識している。その学会から、「学術会議の使命に共感する」と明記された声明文が出されるのは、一体どういう訳であろうか?村上の意思に反して、科学技術社会論学会の会員達は、共産党に寝返ってしまったのであろうか?はたまた、共産党の強い圧力に屈して、不本意ながらも、一時的に賛意を表明しているだけ何だろうか?

私には、あまりにも不可解である。

あんな駄文をネットに挙げる前に、村上は自分の弟子達を「共産党に寝返るな」と、説得に行くべきだろう、と、心配するのは、私の要らぬ世話であろうか。

今回、はっきりしたが、村上陽一郎は、東大が育てた体制擁護の御用学者達の、首魁の一人である。その明白な証拠が、今回の駄文だ。この文章は、科学史家としての村上にとっての自殺行為である。何も書かないで、やり過ごすべきだったが、歳をとって分別が無くなって来たのか。

明らかな記録として、村上の文書をここに残す。

相田英男 拝



[108]Re : エミー・ネーター
投稿者:宮林謙吉
投稿日:2020-05-07 11:24:50

ネーターの定理、すなわち「対称性があるとき、保存する量が出現する」という知見は、現在の物理学の理論体系を構築する過程のあらゆる場面で指導原理になっていると言っても過言ではありません。
昨日と今日で、運動方程式の立て方や解き方が変わることはありません。これは時間の原点t=0をいつにしても自然界の法則は不変であるということです。逆に言うと、時間の原点t=0をいつと決めるかは、方程式を立てる、あるいは観測や実験を行なってデータ収集をする人間の側の都合であって、自然の法則はそうした人間の都合によって変化するものではない、と言う世界観の現れと見ることができます。時間の原点t=0をずらしても物理法則が変化しないことを、時間の並進について対称性がある、と言います。この時間の並進についての対称性と結びついているのがエネルギー保存則です。
ネーターの定理によって、物理学の世界では、ある量が保存するとき、「実験で確かめる限り成り立っているから受け入れる」と言う知見のスタイルから、「背後にある対称性やその対称性に意味をもたらす自然観と結びつけて考え、それが自然なことか不自然なことかを論じる」と言うスタイルへの変化が起きたことは間違いありません。ノーベル物理学賞を受けたグラショウ、サラム、ワインバーグ、グロス、ウイルチェック、ポリッツアー、南部、小林、益川のいずれの仕事も、ネーターの定理を通して対称性や保存則に注意を払うことなしに成し遂げることはできなかったでしょう。



[107]エミー・ネーター
投稿者:相田英男
投稿日:2020-04-08 20:31:08

相田です。コロナには全く関係しないが、ぼやきで副島先生が女性の科学者達について触れられたので、関係して書きます。

副島先生が言われるように、ノーベル賞を取るような有名な物理学者には、殆ど女性はいない。ノーベル賞をもらった有名処では、キュリー夫人(マリー・キュリー)と、娘のイレーヌ・ジョリオ・キュリーくらいではなかろうか?最近はリサ・ランドールとかいう女性物理学者が、「超ひも理論」について書いたりしているが、私は殆ど知らない。

物理学に名を残す女性で、最大の功績を挙げた人物は、おそらくは、エミー・ネーター(1884〜1935年)だろうと、私は思う。いわゆる「ネーターの定理」を提案した学者だ。一般の方々は誰もネーターの事を知るまい。私もネーターの定理について、その存在を知ったのは、大学を卒業した後だった。女性だというのを知ったのは、実はごく最近だ。

ネーターはドイツに生まれたユダヤ系の女性学者だ。彼女の本職は物理ではなく、数学である。数学者としてのネーターは、20世紀を代表する天才の一人と認識されている。私もウィキペディアで読んだだけなので、偉そうには書けない。が、ヒルベルト、フェリックス・クライン、ヘルマン・ワイル、そしてアインシュタインといった、泣く子も黙る錚々たる天才学者達が、ネーターの業績について賛辞を惜しまないのは、学者としての彼女の、恐るべき実力を物語っている。

ネーターの物理の発見は「ネーターの定理」の一発のみだ。だが、その物理学への影響力はかなり凄い。「ネーターの定理」だけで軽くノーベル物理学賞を貰える重みがある。シュレーディンガー方程式や、ディラック方程式に匹敵するインパクトが、「ネーターの定理」にはあるのではなかろうか?残念ながらネーターは、ノーベル賞をもらう前に癌で亡くなっている。その物理学上の真価が発揮されるのは、第二次大戦を過ぎた後の事だった。時代があまりにも早過ぎた。

ネーターの定理とは、実は非常に短い、わかりやすい日本語で、書くことができる。

「ある物理系に対称性がある場合は、それに対応して、何らかの物理量の一つの保存則が存在する」

たったこれだけだ。対称性というのは、例えば、並進対称性、回転対象性、時間が経過することによる対称性、とかいう物だ。それぞれの対称性に、運動量保存則、角運動量保存則、エネルギー保存則が対応して存在する、というのがネーターの主張だ。「何だ、たったそれだけの事か、アホらしい」等と、最初は誰でも思うだろう。

でも、よくよく考えてみると不思議である。対称性とは、モノの形といったの幾何学的な考えなのだが、それに対して、ある物理量が一つだけ保存される、というのだ。幾何学と物理量が一対一で対応している、とネーターは語っているのだ。だんだん何だかわからなくなって来る。

ネーターの定理とは、ラグランジュやハミルトンが提唱した「解析力学」に出て来る概念である。解析力学で使う関数の中には、位置座標と物理量をセットで組み込んで展開する形式が、数多く出て来る。そこから想像すると、素人でもネーターの考えに何となく思い至らない事もない。日本語の説明は単純だが、ネーターの定理の証明には、厳密な数式を使う事は言うまでもない。

ちなみに、私が持っている原島鮮(はらしまあきら)や小出昭一郎が書いた、初心者向けの解析力学の参考書には、ネーターの定理は出て来ない。学部レベルの物理には必要ないからだ。その真の価値が発揮されるのは、素粒子物理学である。

ここから先は、私もよく理解出来ていない内容なので、そのつもりで読んで頂きたい。素粒子物理学では戦後に、「群論」という難解な数学を使うようになった。群論の概念からは、通常では想像出来ないような、数式上の様々な対称性が提案される。それらの10種あまりの対称性に対して、異なる素粒子や物理法則が対応する事が明らかになり、盛んに研究された。対称性自体が、素粒子物理の主要課題の一つになったのだ。

さらには、それまで「ある」と信じられていた対称性が破られると、そこに新たな物理の発見がもたらされる事となる。1956年にリーとヤンという中国人物理学者コンビが、パリティ対称性(空間反転対称性?)が破れる、という論文を発表し、実験で確認された事で、翌年にノーベル物理学賞を速攻で受賞することとなった。

1957年には、それまで謎とされていた超伝導現象を説明するための「BCS理論」が発表された。かの南部陽一郎その人は、BCS理論の真髄は「ゲージ対称性の破れ」であることをただ一人見出し、1960年に超伝導現象を素粒子物理に拡張した理論(自発的対称性の破れ)を発表する。これが突破口となり(その後に15年以上の年月を費やしたが)、ヒッグス、ワインバーグ、サラムによるの「素粒子物理の標準理論」の完成に繋がるのである。

これら一連の、研究の流れの骨格になるのが「ネーターの定理」になる訳だ。うーん、あまりにも壮大で、凄すぎる。そう思うのは、私の大いなる勘違いに過ぎないのだろうか?

ネーターは頭の中に、数学の新たな発見が次々に思い浮かぶため、それを整理するのに日頃から苦労していたらしい。自分のアイデアを、気前よく他の学者に教えてあげたそうで、彼女の力を借りて多くの他人の論文が出来たという。マリーとイレーヌ・ジョリオの母娘も相当の堅物だったが、共に結婚して子供もできた。が、ネーターは独身のまま、頭の中にあるアイデアと格闘しながら生涯を終えている。ネーターの方が、キュリー母娘よりも、変人の度合いは上回っていたようだ。天晴れな事である。

相田英男 拝



[105]ジャックウェルチ死す!!
投稿者:相田英男
投稿日:2020-03-04 23:49:09

相田英男です。

今回は、記事の意訳のみを載せます。
かなり辛辣な内容ですが、事実はこうだったのです。

例によって、訳文と一緒に英文も読んで、よくよくご確認下さい。

(引用始め)

Jack Welch Inflicted Great Damage on Corporate America
ジャック・ウェルチはアメリカの企業に巨大な損害を与えた
Joe Nocera, Bloomberg•March 3, 2020

(Bloomberg Opinion) -- There are well-known people who are vilified during their careers only to seem heroic in retrospect. And then there are others who are lionized in their prime, and only later do we realize how harmful their actions truly were.
So it is with Jack Welch, who died on Sunday at the age of 84. I know we’re not supposed to speak ill of the dead, but his effect on American capitalism was too profound — and too destructive — to go unmentioned.
(ブルームバーグ)振り返ってみると、そのキャリアの間だけは英雄的に見えるだけで、後になると散々ケナされる有名人達がいる。他にも、最盛期にはライオンのように見えても、後になって我々が、彼らの行動が本当は有害であるかが、初めてわかる人連中もいる。日曜日に84歳で亡くなったジャック・ウェルチが、まさにそれだった。我々は、亡くなった人物の悪口を言うつもりはない。が、アメリカの資本主義に対する彼の影響はあまりにも深刻で破壊的であり、それについて語らない訳にはいかない。

Before the 45-year-old Welch became General Electric Co.’s youngest chief executive officer ever in 1981, the company’s goal was to “simply grow faster than the economy,” according to Fortune magazine’s Geoffrey Colvin, one of journalism’s leading Welch observers. In the decade before Welch took over, GE’s shares had declined 25% — yet its shareholders, who viewed the company’s dividend as their reward for owning the stock, were sanguine. Despite the stock’s poor performance, Reginald Jones, Welch’s predecessor, was still considered the most influential man in business. Even Wall Street didn’t make a fuss about the share price.
1981年に45歳のウェルチが、ゼネラルエレクトリック社の、最年少の最高経営責任者に就任するまで、同社の目標は「単純に経済よりも速く成長する」ことだった、と、ウェルチウォッチャーの代表者である、フォーチュン誌のジェオフレイ・コルビンは語る。 ウェルチがCEOを引き継ぐ前の10年の間、GEの株式は25%減少したが、同社の配当を株の保有に対する見返りだ、と、考えていたGE株主達は楽観的だった。株価の低いパフォーマンスにも関わらず、ウェルチの前任のCEOであるレジナルド・ジョーンズは、ビジネス界で最も影響力のある人物とみなされていた。ウォール街でさえも、株価について大騒ぎしなかった。

Under Welch, GE’s mission changed. Its new goal was to become “the world’s most valuable company.” Which is to say, he turned the focus of the company to its stock price. Everything became secondary to that. Corporate raiders like T. Boone Pickens and Carl Icahn may have been the first to call for companies to “maximize shareholder value,” but they were outsiders, knocking on corporate America’s door. Welch was the ultimate insider, and when he started to emphasize shareholder value, so did the entire American business culture.
ウェルチの下で、GEの使命は変わった。新しい目標は「世界で最も価値のある企業」になることだった。彼は会社の焦点を株価に向けた。それ以外のすべては二の次になった。 T.ブーン・ピケンズや、カール・アイカーン等の企業ライダー達が、最初に「株主価値の最大化」を、企業に要求したのかもしれない。しかし彼らは、アメリカ企業のドアを外からノックして入って来たアウトサイダーだった。ウェルチは究極のインサイダーだった。彼が株主価値を強調し始めたとき、アメリカのビジネス文化の全体がそうなり始めた。

Did he succeed? By the standard he set for himself, the answer is clearly yes. During Welch’s 20-year tenure, GE’s total return was about 5,200%, more than double that of the S&P 500 Index. Its revenue grew from $25 billion to $130 billion. Profits were up fivefold. For a while, GE was the world’s most valuable company. Welch became rich — his severance alone was $417 million — but so did many of GE’s top executives. Why? Because they made the bulk of their money not from their salary but from the stock options Welch heaped on them.
彼は成功したのか?彼が自分自身で設定した基準では、答えは明らかに「イエス」だ。ウェルチの20年間の在職期間中、GEの総収益は約5,200%で、S&P 500指数の2倍以上だった。収益は、250億ドルから1,300億ドルに増加した。利益は5倍に増加した。しばらくの間、GEは世界で最も価値のある企業だった。ウェルチは金持ちになった - 彼の退職金だけで4億1700万ドルだった− しかし、GEの他のトップエグゼクティブの多くも、皆そうだった。なぜか?彼らは大部分のお金を給料からではなく、ウェルチが積み上げたストックオプションから稼いだからだ。

Something that is often obscured about the rise of shareholder value is the degree to which it coincided with a roaring bull market. CEOs were praised for their brilliance when in truth they were simply lucky to be in the right place at the right time. This is especially obvious when you look at Welch’s track record. He took over GE 16 months before the 1980s bull market began in August 1982. During those 16 months, GE’s stock price fell 5%. And he retired six months after it ended in March 2000. Guess what? The stock dropped 24% before he left.
株主価値の上昇に関する議論でしばしば曖昧になるのは、かつてない程の盛況だった株式市場との一致の度合いについてだ。 CEO達がその輝ける手腕を称賛されたのは、実のところ、適切なタイミングで、適切な場所に、彼らがいたからだ。彼らは単に幸運だっただけなのだ。この事は、あなたがウェルチの実績を見れば、特に明白になる。彼は1982年8月に、1980年代の強気相場が始まる16か月前に、GEを引き継いだ。その(強気相場が始まるまでの)16か月の間に、GEの株価は5%下落した。そして、強気相場が終わった2000年3月から6か月の後に、彼はCEOから引退した。そこで何が起きたか?彼が去る前(の6か月の間)に、GE株価は24%下落したのだ。

Consider also how Welch kept GE’s stock up during his tenure. Yes, some of it was the result of good management — buying NBC at the right moment, for instance. But he also had an uncanny knack for beating analysts’ earnings estimates by a penny quarter after quarter. You can’t do that at a conglomerate the size of GE unless you are playing accounting games.
ウェルチが在任中に、GEの高い株価をどのように維持したかについても、詳しく検討しよう。そう、その一部は例えば、適切なタイミングでNBCを購入するなどの、彼の優れた経営の結果だった。しかし、彼はまた、アナリストの四半期ごとの収益予想を、1ペニーずつ上回るという、怪しげな秘術の持ち主でもあった。GEの規模のコングロマリットでは、あなたがそれを行うことは不可能だ。あなたが会計ゲームをプレイしていない限りは。

Second, Welch turned GE Capital, which had formerly been used to underwrite consumer loans for refrigerators and other GE appliances, into a black box from which Welch could extract whatever profit he needed to make his quarterly numbers. What’s worse, GE Capital began making the same kind of risky loans as the rest of Wall Street — loans that got the company into trouble when the financial crisis arrived. Luckily for Welch, he was long gone by then. His successor, Jeffrey Immelt, took the blame for essentially following Welch’s lead.
第二に、ウェルチは、以前に冷蔵庫やその他の家電品の、消費者ローンを引き受けるために使用されていたGEキャピタルを、ブラックボックスに変えた。そこからウェルチは、四半期ごとの数字を得るための、必要な利益を引き出すことができた。悪いことに、GEキャピタルは、金融危機の到来時にGEをトラブルに陥れる事となった、他のウォール街と同じ種類のリスクの高いローンを作り始めた。幸運なことにウェルチは、その時にそこにはいなかった。彼の後継者であるジェフリー・イメルトは、ウェルチの指導に本質的に従った自分の判断を責めた。

Here’s the key point: Because Welch was so idolized, the path he trod became the path every other CEO trod as well. They all began focusing on shareholder value. That became the basis on which they were judged and paid. And it warped the business culture, causing companies to put employees, vendors and even customers behind the primacy of shareholders. If you want to see what happens when you take maximizing shareholder value to its logical extreme, I give you Facebook. Or, for that matter, Enron.
重要な点はここにある。ウェルチは非常に偶像化されていたため、彼が歩んだ道は他の全てのCEO達の道になった。彼らは皆、株主価値に焦点を合わせ始めた。それが彼らの判断と支払いの基礎となった。そして、それはビジネス文化を歪め、企業は、従業員、ベンダー、さらには顧客さえも、株主価値向上の後ろに追いやることになった。もしもあなたが、株主価値の最大化を論理的に極限まで進めた場合に、何が起こるかを知りたいならば、私はFacebookを例として挙げよう。またはエンロンだ。

You will hear a lot over the next 24 hours about what a business icon Welch was. “The gold standard of greatness,” Jeffrey Sonnenfeld, a Yale University business professor, described him for Bloomberg News’s obituary. Welch’s supporters will make the case that he was a great manager, that his focus on continual improvement imposed high standards and that he developed leaders who went on to run a half-dozen large corporations. There is some truth to that, for sure.
あなたは、ウェルチが、如何に優れたビジネスアイコンであったかついて、今後24時間にわたって、多くのことを聞くだろう。イェール大学のビジネス教授であるジェフリー・ゾンネンフェルドは、「偉大さのゴールドスタンダードだ」と、ブルームバーグニュースの訃報で語った。ウェルチの「サポーター」は、彼が素晴らしいマネージャーであり、継続的な改善に焦点を合わせて高い基準を課し、6つもの大企業を経営するリーダーを育成した、と主張した。確かにいくつかの真実が、そこにはある。

But remember this, too. When you see pharmaceutical companies raising the price of drugs to unconscionable levels; when companies cut back on research and development to satisfy Wall Street; when CEOs routinely make $40 million to $50 million a year, you now know whom to blame.
しかし、これも覚えておくことだ。 あなたが、製薬会社が薬の価格を途方もないレベルに引き上げているのを見たとき; 企業がウォール街を満足させるために研究開発を削減したとき、あるいは、CEOが年間4,000万から5,000万ドルの給料を、継続的に稼いでいるとき、誰がその責めを負うべきかを、あなたは今知っている、という事実を。

(引用終わり)

相田英男 拝






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