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[3234]アフガニスタンと米軍需産業
投稿者:佐藤義孝
投稿日:2021-08-22 20:23:09

 米軍がアフガニスタンから撤退しタリバンが制圧しました。タリバン政権の制圧があまりにも早くまた米軍の撤退が稚拙だったためにバイデン政権が内外から批判されてます。
 
 アフガ二スタン政府の腐敗やアフガニスタンの複雑な歴史など、中には米中覇権争いに絡めてタリバン政権樹立が中長期的にはどちらに有利に働くかの議論が活発にされてます。

 私が疑問に思ったのは何故アフガニスタン軍が自立出来なかったかです。

(引用始め)
アフガンの米国依存、遠い自立 数カ月で軍用機使用不能に
https://www.jiji.com/jc/article?k=2021041500822&g=int
 「アフガン復興支援の中で、アフガン軍への支援が群を抜いて高額だ」。米政府のソプコ特別監察官は3月、米シンクタンクでの講演でこう断言した。
 米国は2001年のアフガン侵攻でタリバン政権を倒し、民主政権樹立を後押しした。一環として、治安維持や対テロ戦を担うアフガン軍の設立を援助。装備品の提供や兵士の訓練などに投じた国費は、昨年末までに約883億ドル(約9兆6000億円)に上る。

 ただ、ソプコ氏によれば、アフガン軍はいまだ米国をはじめとする外国の請負業者に装備品の維持整備や訓練などを頼っている。米軍撤収に伴ってこうした業者がアフガンから引き揚げれば、アフガン軍は壊れた装備品を修理することができなくなる恐れがある。

 特に、アフガン空軍は多目的ヘリコプターUH60と輸送機C130、軽戦闘機の整備をほぼ完全に民間業者に委託している。ソプコ氏は「業者がいなくなれば、軍用機は数カ月以内に戦闘で使えなくなる」と警告する。
(引用終わり)
 
 一方でこのような話もあります。

(引用始め)
ニュースの疑問「混迷アフガン情勢! バイデン大統領の誤算」
https://tver.jp/corner/f0081574
(引用終わり)

 (13分30秒頃から)ゲストの国際政治学者の高橋和夫さんによると20年もやってて米軍はアフガン空軍のパイロットは養成してるが飛行機の整備は米国人しかできない不思議な軍隊を造ったと語ってます。

 アフガン政府の汚職は当然あるがこの戦争で一番儲けたのは米軍事関連企業で、このような状況にしたことを反省してほしいと言っていました。

 私は上記の時事ドットコムのニュースと比べて高橋さんの言ってることの方が正しいと思いました。昨年、東京新聞もコラムにこのような記事を書いてました。

(引用始め)
アフガン和平 歴史的な好機を逃すな
https://www.tokyo-np.co.jp/article/57662
米国内の不協和音も不安材料の一つだ。軍需産業にとってアフガン内戦は格好の市場で、イスラムを嫌悪する「人権派」も少なくない。六月には米有力紙に「ロシアがタリバン系勢力に米兵殺害の資金を供与している」という米中央情報局(CIA)の情報(米国家安全保障局は内容に異議)が載った。和平交渉を妨げたい勢力が意図的に流したという観測がある。
(引用終わり)

 今回の撤退で国防長官に有力視されてたミシェル・フロノイさんが就任出来なかった理由がわかりました。

(引用始め)
国防長官人事に二の足 党内左派の反発で―次期米政権
https://www.jiji.com/jc/article?k=2020112700605&g=int
「アフガニスタン撤収を実行できるのか」。民主党のカンナ下院議員は23日、「フロノイ氏は過去にイラクとリビアでの戦争を支持し、アフガンへの増派を後押しした」とツイッターで批判。国防長官に推す流れに「待った」をかけた。
 フロノイ氏はオバマ前政権2期目の国防長官候補に浮上したものの、要請を辞退。クリントン元国務長官が2016年大統領選で勝利していれば、国防長官就任が確実とみられていた。
 バイデン次期政権でも早くから有力視されたが、23日に発表された外交・安全保障チームには含まれなかった。国防総省筋は「フロノイ氏はヒラリー氏と親密な関係にあるが、バイデン氏との個人的関係はそれほど強固ではない」と語る。
 左派勢力は、フロノイ氏が創設者の一人として名を連ねるシンクタンクが軍需産業から資金提供を受けていることや、フロノイ氏の戦略コンサルティング会社と軍事企業のつながりを問題視。米メディアによると、バイデン氏はこうした事情から他の人材起用も検討中で、ジェイ・ジョンソン元国土安全保障長官の名前が浮上している。
(引用終わり)

 引用したニュースの疑問は8月28日までの配信です。



[3233]AIについて
投稿者:末席の新参者
投稿日:2021-08-18 23:24:27

結論から書くと、AIは実現できないと思います。なぜなら知能の仕組みそのものはいまだに解明されていないからです。解明されていないものをコンピューター上で再現できるはずもありません。現状のように、画像認識や物体検出のようなタスク特化型の疑似知能がいいところです。

一歩で、新しいAIアルゴリズムも登場しています。その一つにXGBoostというものがあります。しかし、XGBoostは従来から存在する「決定木」アルゴリズムと「勾配ブースティング」という手法の組み合わせであり、より高い精度を誇っても人間の脳の構造に更に近づいたわけではありません。

一方、「東京大学のデータサイエンティスト育成講座」(マイナビ出版)という書籍があります。手に取って中身を見ると、Pythonというプログラミング言語を用いて機械学習アルゴリズムを学ぶ内容になっています。これならタイトルを「東京大学のAIエンジニア育成講座」に変えてもいいくらいです。

データサイエンスとは、Wikipediaによると以下の通りです。
「データサイエンス、またはデータ科学とは、データを用いて新たな科学的および社会に有益な知見を引き出そうとするアプローチのことであり、その中でデータを扱う手法である情報科学、統計学、アルゴリズムなどを横断的に扱う。」(Wikipediaより引用)

データサイエンスの本には統計学に比重を置いたものも多くあります。統計学もAIアルゴリズムも包括した概念のようです。
AIと書けば、ドラえもんのように感情があって知的な思考ができるロボットを想起します。AIでドラえもんが実現できないなら研究者にとって不都合です。しかいデータサイエンスなら、あくまでデータ分析なので、ドラえもんが作れなくても問題ありません。

そのうちAIという言葉は使われなくなって、データサイエンスという用語に一本化されたほうが学者にとっても無駄な意地を張らずに済むと思います。



[3232]横浜市長選(22日)が、自民党内 ” 7.21反菅(はんすが)クーデター” の勝敗を決する。
投稿者:副島隆彦
投稿日:2021-08-18 09:26:20

副島隆彦です。今日は、2021年8月18日(水)です。

 「横浜市長選(22日)が、自民党内の“7.21反菅(はんすが)クーデター” の成否を決める」と題して、私は、日本の政治状況への最新の 分析を公表する。
 私の判断では、9月末(29日)の自民党総裁選(そうさいせん)で、菅義偉が首相に再選されるだろう。その背後に大きな政治ドラマがあった。 この流れを決めるのは、22日に迫った横浜市長選挙である。「菅(すが)が、自分の地元で負ける」という新聞の 世論調査の結果が次々と出ている。

(転載貼り付け始め)

●「自民党で現実味を帯びてきた菅退陣とポスト菅 横浜市長選で野党候補がまさかのリード」
2021年8月17日 AERA ( アエラ 朝日新聞のネット版)
https://news.yahoo.co.jp/articles/5a0f60b3fb0599b49c247afe701098db56752f20

 8月22日に投開票が行われる横浜市長選がとんでもない展開になってきた。8人の候補者が出馬しているが、菅義偉首相の「盟友」、小此木八郎前国家公安委員長(56)と立憲民主党が推薦する横浜市立大学教授だった山中竹春氏(48)の一騎打ちの様相となってきた。

 当初、菅首相のお膝元でもある横浜市で圧倒的な知名度、強固な地盤を誇る小此木氏が楽勝かと誰もがみていた。しかし、マスコミなどの世論調査、期日前投票の出口調査では、山中氏が先行。小此木氏が追う展開になっている。「まったくの想定外の展開だ」  (以下、略。URLを開いて読んで下さい)

(転載貼り付け貼り終わり)

副島隆彦です。 日本でオリンピックが開かれている最中に、日本の政界では激しい大きなドラマが展開していた。今から私が書くことは、とてもそんなことは信じられない、というような事実の羅列となる。私が、この文を書いている8月18日(水)で、私は「菅政権の継続」と予想、予言している。

この22日の横浜市長選挙で、上記の通り、朝日新聞でも、上記のアエラでも、「自民党が負けて、立憲民主党の候補が勝つ」という出口調査の結果が、発表されている。

 新聞各紙と文芸春秋までが、「予想外の展開で、菅首相にとって手痛い打撃となる。首相が推す、小此木八郎氏(6月18日まで、国家公安委員長だった)が負けると、菅政権が受ける打撃が大きい。だから菅政権は倒れる」という論調が出ている。私は、そうは思わない。これはあくまで政治評論における予測、予言に属する。
 さあ、これから、私、副島隆彦が縷々(るる)解説する。当否は読み手の皆さんが自分で判断してください。「それは、いくら何でもありえない」と思う人は、そのように思っていていてください。

 始まりは、7月23日の東京オリンピック開会式の前々日(7月21日)の真夜中に起きた。現職の中山泰秀(やまなかやすひで)外務省副大臣(50歳)が、ユダヤ人差別のホロコーストをコントのジョークをたった一言しゃべっただけ(23年も前の古いもの)が、Youtubeで流れたという理由で、この小林賢太郎というコメディアンあがりの舞台演出家が、やり玉に挙がった。

 これを中山副大臣は、21日の真夜中、午前1時に、日本政府にこの問題の自分の意見を言うべきなのに、いきなりアメリカのユダヤ人種差別糾弾団体のSWC(サイモン・ヴィーゼンタール・センター)に通報、告げ口した。

 すると、SWCの所長が即座に、真夜中に声明文を出して、「ホロコースト問題を笑いの種にするような人物が、オリンピックの主催者側にいることは許しがたいことだ」と発表した。これで、日本政府とJOC、大会組織委員会が大騒ぎになって、この小林賢太郎は、即座に解任され、橋本聖子大会組織委員長が悲痛な謝罪声明文を出した(22日)。その翌日が開会式なのである。 開会式が中止にある可能性が、この時、本当にあったのだ。 だから、安倍は開会式に自分は出ない、と言ったのだ。

それは菅首相の責任となって、日本だけでなく、世界中から非難轟轟(ごうごう)の嵐となって、それで菅政権が倒れる、という事態になっていた。
私は、だから、これを、“ 7.21 反菅(はんすが)クーデター ” と名付けた。このクーデターを仕掛けたのは、誰あろう安倍晋三である。

 ところが、この直後、22日から、日本国内のテレビ新聞、週刊誌、ネットニューズが、一斉に「中山泰秀副大臣のとった行動はおかしい」と報道を始めた。日本国内のメディアが全く同じ論調になったことは極めて珍しいことである。及ばずながら、私、副島隆彦が22日の早い時間に、この中山泰秀事件のひどさと謀略性について、急いで書いて公表した。これが影響を与えたようである。

 この直前に、安倍晋三前首相は、「自分は開会式に参加しない」と表明していた。このことは、極めて異常なことなのである。なぜなら、安倍晋三は、首相だった2016年にブラジルのリオデジャネイロの閉会式で、自らスーパーマリオの恰好をして出てきて、次の東京オリンピックの宣伝をぶちあげた。彼は、2013年9月のアルゼンチンで、東京オリンピック誘致が決まったときの「ばんざーい」以来の、開催の責任者だ。だから、安倍が、名誉顧問になっていたのに、開会式に出ないと周囲に漏らしたことで、激しく非難された。

 安倍は、この時、東京オリンピックの開会式が流れて、オリンピックがぶち壊れなることを想定して、菅義偉にクーデターを仕掛けたのだ。

 安倍晋三の勢力が、東京オリンピックを妨害することで、菅首相に大打撃を与えることを計画していた。オリンピック終了後に行われることになっている自民党総裁選挙(9月29日予定)と衆議院選挙(11月中旬だろう)で、菅義偉に対する国民からの大きな失望と激しい責任追及の嵐が起きることを想定しての安倍たちの行動であった。私は、これを7月21日の“安倍の反菅クーデター”と命名した。

 そして、これは見事に失敗した。なぜなら中山泰秀は、激しく国内メディアから非難され、それと連携して動いた安倍晋三への批判も沸き起こった。だから菅首相と二階自民党幹事長の勝利である。二階俊博は、自民党内で権力闘争が起きるときに、必ず、「上等、上等」と言い放って受けて立つ。

 このあと、安倍晋三クーデターが、成功して、彼が首相に再び返り咲いて「安倍再々登場」など、許されざることである。 あれほど、7年8ヶ月も(2020年8月まで)ヒドい政治を行ってきた人物が、再び首相に復帰するなど、日本の政治が許していいわけがないのである。

 私が、あのとき(7月22日)、もっとも強く警告を発したのは日本の左翼リベラル派の人たちに対してである。彼らの知恵の足りない見方では、現職の自民党の首相を引きずり降ろすことが常に念頭にある。ということは、菅内閣が倒れると安倍晋三が復帰することになるのである。このことは、日本の左翼リベラル勢力が、安倍晋三の勢力に利用されることになるのだ。このことを分かってほしい、と私は訴えた。 それは、今度の22日の横浜市長選挙でも起きている。

 私の大きな見方では、安倍の勢力は、中国と戦争しようという危険な思想の集団である。このことは、そのお仲間である櫻井よしこ氏の「今こそ中国と戦おう」というような本たちのタイトルを見ていると分かる。
 私たちの日本国はアメリカとも、中国とも仲良くやって、世界情勢の厳しいところを、うまく生き延びていかなければならないのである。だから私は7月21日の安倍クーデターが失敗して本当に良かったと思っている。

 そして23日の開会式を菅義偉政権は、無事なんとか乗り切った。何が何でもとにかく世界との約束のオリンピックを、どんなにみっともなかろうが「無観客」ででも、乗り切って、開催し、終了させなければならなかったのだ。
幸い、日本国民はオリンピックの試合をテレビでずっと見て、大いに楽しんだ。テレビの視聴率はかなり高かった。私がこれで菅義偉が勝った、と判断した。国民には、お楽しみであるタダで貰える「パンとサーカス」を与えれば、それでいいのである。それが、政治というものだ。

 このあと、菅義偉と二階俊博からの安倍晋三への激しい反撃が起きた。このことが今日の私の主題である。前置きが長すぎたて、あまりにもダラダラと書き過ぎると、読み手がきついので、このあとは要点だけをサクサクと書く。

 菅政権を倒そうとしていた安倍勢力の主要人物が、一人ずつ引きはがされるように安倍から離れて菅首相についていく姿が如実に見られた。
その始まりは、7月30日に起きた。例の法務省、検察庁の 検察審査会による、安倍晋三の後援会の「桜を見る会・前夜祭パーティ」(2013~2019年の開催分)でのお金の動きについて、安倍晋三を不起訴にした検察庁の判断があった(2020年12月24日)。
 
 それをひっくり返す議決が行われた(7月15日らしい)。検察審査会が下した「不起訴不当の議決である。これで安倍晋三は再び公職選挙法と政治資金規正法の2つの違反での被疑者の立場に戻った。このあと、安倍晋三議員は検察庁に数回、呼ばれて厳しい取り調べを受ける。この7月30日の決議の公表が、政治的にものすごく大きい。菅と二階の側からの、「7.21オリンピック・クーデター」への強い反撃と逆襲である。このあと安倍晋三は、黙りこくって表に出られなくなった。このあとの動きを時系列で書く。

 この7月30日に、なんと3A(安倍、麻生、甘利明)の同志である、① 麻生太郎副総理が、安倍前首相の自宅へその日の夜、走り込んだ。そして2人で何を話したかである。この時から、まるで煙幕を張るがごとく女性議員の高市早苗(たかいちさなえ)を総裁選挙に出そう、という妙な動きが表に出た。すでにこのとき、麻生と安倍は腰砕けになって、もう菅・二階ラインを崩すことはできないと分かったのだ。だが、まだ横浜市長選挙がある。

●「自民総裁選 高市・岸田氏出馬は安倍・麻生氏の思惑通りの展開か」
※週刊ポスト2021年8月27日・9月3日号
https://www.news-postseven.com/archives/20210817_1683581.html

 この7月30日の検察審査会の不起訴不当は、オリンピックの最中であったから新聞各紙の社会面の本当に小さな記事でしか扱われなかった。朝日新聞だけが比較的大きかった。この記事のことで私はすでに評論を1本書いている。

 そして、月が替わって8月3日に菅首相は、ずっと犬猿の仲で口もきかないと言われていた ② 加藤勝信官房長官を自室に呼びつけた。そして2人で話し込んだ。それまでは周りの番記者(ばんきしゃ。メディアの政治部記者の若手)たちに、加藤は、「首相は会ってもくれない。意見を言おうとしても『うるさい、出て行け』 と言われる。これじゃやってられないよ」と、ぶつぶつと発言している。

 おまけに官房機密費も菅に取り上げられて、使わせてもらえず、“名ばかり官房長官” と政治部記者たちから呼ばれている。ところが、菅首相が加藤官房長官を呼びつけて話し込んだのだ。菅は加藤に何といったか。

 翌日、8月4日にフジテレビ(FNN)の番組だけに、なぜか加藤官房長官が出て来て、「今の菅政権を支えるのが、私の仕事であります」と、いつもの、記者会見での、昼行燈(ひるあんどん)のボソボソとした口調では違って、ペラペラと能弁な感じで話していた。

●「加藤官房長官「菅首相への信頼つくる」 自民党総裁選めぐり」
2021年8月4日 FNN
https://www.fnn.jp/articles/-/219162

 加藤勝信は安倍晋三の直系の子分というよりは、さらに晋三のお母さんの洋子(ようこ。93歳)に、いちばん気に入られて、かわいがられて育った政治家である。元は岸洋子で、岸信介の長女である。写真でも、見るからに恐ろしい鬼のような女だ。このゴットマザーが安倍政権を裏から操っていたと言われていた。


安倍(岸)洋子
 だから菅が呼びつけて、口もききたくない関係の加藤と2人で何を話したか。ここを考えるのが政治を見る重要な目である。かなりの政治分析ができる者たちであっても、まさかそんな、という事態が起きたのだ。

 菅は加藤に直接、「これからも、私を支えてくれますね」と切り出したはずなのである。これは加藤にとって相当に堪える。加藤は、このとき「はい、そうします」と答えたはずだ。このとき加藤は、自分を育てて引き上げてくれた、安倍(岸)洋子と安倍晋三を裏切ったことになるのだ。これが政治の世界である。

 加藤勝信 は、どうやら、もう菅の方が強いと思い知って、自分の政治家生命を守るために菅につくと決めたのだ。ここが見えなければ、自分には床屋政談、政治談議をやる能力などないと思ったほうがいい。

 その前から3A(安倍、麻生、甘利明)が、激しく菅義偉を激しく揺さぶって、「俺たちの言うことを聞け。そうしないと首相は続けられないぞ」と言い、その為には、「二階俊博を幹事長から下ろせ。辞めさせろ」と圧力をものすごく掛けていた。

 春ぐらいから3Aが2F(二階)に勝ちそうな勢いだった。しかし、7月21日クーデターが見事に失敗して、安倍晋三は、もんどりうって倒れた。そして、2週間後に、オリンピックは何とか終わった(8月8日)。

 それでも、菅はオリンピックは失敗、コロナ対策でも失敗していると言われて、「菅内閣は、国民の不興を買い、世論調査の数字もひどくて、29%の支持率しかない」と言われた。しかし、こういう記事を書いている者たち自身が安倍晋三の勢力のジャーナリストや、記者たちであり、安倍勢力の引力に引きずられているのだ。それでも彼らも、どうせ自分たちの勢力がどうも負けたと自覚せざるをえない。

 ただし、左翼リベラル派は、全く、その人生が汚れていない人たちなのだが、ちょっと頭が弱い人たちだ。だから、「とにかく自民党を倒せ」のスローガンしか言えない。
 彼らの目には、菅・二階と安倍勢力の激しい戦いが見えないのである。私は、自分の身近の人たちであり、何かの時には、一緒に闘わなければいけない人たち(彼らが、私を呼んでくれれば、だが。笑い)なのだが。

 私は、彼らに対して、「もう少し頭が良くなりなさいね。その代表が日刊ゲンダイだ」と書いてきた。本当に、自民・公明党連立政権と官僚政治を うち倒して、立憲民主党を中心とするリベラル政権を作りたいと考えるならば、まず為すべきことは、真っ正面から「枝野幸男立憲民主党・党首がおかしい」と彼を批判することなのだ。

 枝野幸男のやっていることは、裏側で自民党や財界とつながって、野党勢力の統一と、政権奪取のための努力をないがしろにし、削ぎ落としている。私たちは枝野幸男を激しく批判し、党首から引きずり降ろす運動をしなければならないのである。この本筋を忘れて、菅政権打倒ばかりを言っているのは、頭が足りないのである。

 話を元に戻すが、この ② 加藤勝信がひっくり返ったと思われる8月3日の同日に、菅首相は、③ 山口那津男(やまぐちなつお)公明党党首と45分間、食事をして話し込んでいる。ここで菅首相は、「公明党も私を支えてくれますね」と言ったはずなのだ。ところがその翌日、8月4日に、公明党の遠山清彦(とうやまはるひこ)元議員の秘書たちが、取り調べを受け、事務所にガサ入れ(家宅捜査)が入った。

 この遠山元議員は、安倍政権のとき(第4次安倍第2次改造内閣)に財務副大臣を経験している。だから、公明党の中でいちばん安倍に近くて、おそらく菅政権倒しを公明党の中で行っていたのであろう。そこに突如、検察庁がガツンとくらわして、汚職の容疑で捜索した。これで公明党は震え上がって「はい、菅首相の言うことを聞きます」と完全に折れたはずなのである。

 ここで、はっきり書いておくが、政治評論や、政治談議をしたい人に教えておく。公務員は、そのときの首相の言うことを聞く。命令に従う。公務員の上のほうである官僚たちも、「自分たちの首を切る権限を持っているのは首相である」と死ぬほどよく分かっている。上司の命令に従う、のが、公務員の本能であり生態である。警察や検察庁といえども、行政官であるから、内閣の指揮、命令に従う。この政治体制の基本を甘くみてはいけない。

 だから「検察庁は、政権とは別個独立に司法の権限として、犯罪捜査をしています」と、あまりキレイごとは言えないのである。どこの国の政治もこうなっている。
 とりわけ今の検察庁(林眞琴=やはしまこと=検事総長の体制 )は、とにかく安倍晋三前首相と統一教会(ムーニー Moonie) という特殊な宗教団体に激しく怒っている。

 検察庁は法務省と内側が同じ組織なのだが、その中に何十人もの統一教会のメンバーが入り込んでいて、それが例の河井克行・案里事件を起こした。河井克行(かわいかつゆき)は、たった1ヶ月で辞めさせられたが、安倍が任命して法務大臣にまでなったのである。これらのゴタゴタの激しい内部の事件は、すでに私は別で論じた。

 さらに続いて、文科大臣を務める ④ 萩生田光一(はぎうだこうちいち)がいる。彼は東京の西のはずれの、八王子市を地盤とする政治家で、市会議員あがりの、たたき上げだ。まるで暴力団かと見紛うがごとき傲慢な政治家である。彼もずっと安倍晋三の最側近として支え続けた。

 だが、萩生田は 統一教会員ではないようだ。だから安倍晋三への忠誠心と言っても、政治信念(イデオロギー)を共にしていないので、必ずしも安倍と一蓮托生ではない。忠誠心にも限度がある。 8月11日の日経新聞が、大きく萩生田が、「私は自民党幹事長になりたい」というインタビュー記事を載せた。

●「雌伏の安倍氏最側近、「いつかは幹事長」 萩生田光一」
2021年8月11日 日本経済新聞
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA124UP0S1A710C2000000/

 何か異様な感じのするインタビュー記事だ。なぜ、このような時期に二階幹事長を押しのけ、「私が幹事長になりたい」と奇妙なことを言い出したか、である。この真実は、8月11日の時点で、「すでに萩生田は菅義偉の軍門に下っている」としか言いようがない。「私は菅首相と二階幹事長の言うことを聞くので、順番が回ってきたら私を登用してください」と懇願しているとしか思えない。すなわち萩生田も安倍から取り上げられて菅の側についたのである。

 さらにもう1つ重要なことは、この間近の22日の横浜市長選挙の投票日で、 ⑤ 小此木八郎(おこのぎはちろう)が当選するか、の問題になる。冒頭で載せた、アエラ誌の8月17日が、大きく投票予想で、野党が勝つ。自民党が負ける、という投票率予想を大きくだした。

●「自民党で現実味を帯びてきた菅退陣とポスト菅 横浜市長選で野党候補がまさかのリード」
2021年8月17日 AERA
https://news.yahoo.co.jp/articles/5a0f60b3fb0599b49c247afe701098db56752f20

 立憲民主党から出ている山中竹春氏(やまなかたけはる。元横浜市立大教授)が当選しそうだと書いた。「そんなことはない」と私は予言しておく。この横浜市長選挙は、複雑な構造が背景にある。現職で再選を目指す林文子(はやしふみこ。75歳)のばあさんは、今回で、お払い箱である。彼女は、キレイさっぱり責任を取らされて捨てられる、その係である。

 IR(アイ・アール。カジノを含む統合型リゾート施設)というカジノを横浜に持ってくるという話がずっとあって、もうカジノ場は横浜には作られない、ということはハッキリしているからだ。その責任を一身に取ってやめる。

 なぜなら、シェルダン・アデルソンという、むくつけき顔をした「ラスベガス・サンズ」のカジノの大物が、1兆円(100億ドル)を持ち込んで、東京お台場の「船の科学館」に、カジノビルを建てることになっていた。ところが、アデルソンは、マカオ(澳門)のカジノ場が、中国の習近平による腐敗摘発の締め付けを受けて儲けが出なくなった。シンガポールのあのビルの上に船が乗っているようなカジノ場もうまくいっていない。そしてアデルソン自身が死んでしまった(2021年1月11日)。 だから東京と同じ運命で、横浜も大阪のカジノ場もできないのだ。

 アメリカの命令でIRを推進してきたのは、安倍政権とそれを受け継いだ菅政権である。だから、菅としては林文子に責任転嫁して、自分はコロリとIR反対派に回ってしまった。これが政治家の絶妙な動きである。


菅義偉と小此木八郎
 ⑤ 小此木八郎は、横浜を地盤とする有力政治家の小此木彦三郎(おこのぎひこさぶろう)の息子である。彼は、なんと6月18日に突然、国家公安委員長を辞めた。菅首相に直接、「横浜市長選挙に出ます」と言いに行った。このとき2人に緊張が走った。両者にらみ合いである。なぜなら、菅は長い間(20年以上)、横浜で小此木彦三郎の秘書を務めていて、それから横浜市議になり、そして衆議院議員になったからだ。ここには深い深い因縁がある。そのことは私はここではもう書かない。

 小此木八郎を支えていたのは、横浜の“港湾のドン”と呼ばれる藤木幸夫(91歳)である。なんと、この 横浜の沖中士(おきなかし)組合の大親分の藤木は、今は、コロリと立民の山中を推している。 それなのに、「(小此木)八郎の名付け親は、私ですよ。八郎が、どうせ当選するだろう。IRをやるなら、私は切腹する」と言っている。もう、めちゃくちゃな選挙なのだ。


山中竹春(左)と藤木幸夫
 これを言うと、嫌われるだろうが、横浜は、「ブルーライト ヨコーハマ―」というような綺麗な港湾都市だ、というのは表面のきれい事で、裏側は、汚れ切ってものすごくキタナイ都市だ。いろいろの古くからの恐ろしい勢力がいる。これ以上は書けない。

 藤木と菅は、この数年、激しく対立し、仲が悪くなっていた。ところがなんとこの土壇場で、菅が7月29日の神奈川新聞に出たのだが、小此木八郎を支持する、と言ったのである。こういう離れ業の、すごい態度転換ができるのが、菅義偉である。大喧嘩をしているはずの相手と簡単に手が組める。
 この離れ業のようなことを菅がするから、みんなが判断を誤るのだ。しかも、菅は、このカードを土壇場の一番最後で切る。すべてのカードが出揃って、手口が見えたところで、自分は最後に出てくる。そして事態をひっくり返す。政治家でずば抜けた頭脳をしている者はこの「八艘(はっそう)とび」ができる人間だ。それが本物の職業政治家だ。

 だから、⑤ 小此木が勝つことで、菅が勝つのである。左翼リベラル派は、こういうところで大きく判断を間違える。自分たちがいいように、自民党内の抗争に利用され、使われるのだ。 菅首相が、自分に逆らった小此木を支持すると言った瞬間に、横浜市どころか、神奈川県全体の、自民党が一斉に小此木支持で動きだした。だから、自分の横浜の叛乱も菅が抑えた。このように私は考える。しかし、まだ、安倍晋三の残党たちの動きがある。

 菅義偉を熱心に支えているのは、同期で国政に出てきた(衆議院議員になったという意味)、本当に泥臭い、寝業師の、ドブ板政治をずっとやってきた政治家たちである。彼らが菅を強く支えている。彼らの動きのことはここでは書かない。

 私、副島隆彦は、安倍晋三と統一教会の勢力を叩き潰さないと、日本のためにならないと強く考えている。ここで、政権を奪い取れないと分かった安倍勢力が、バラバラに壊れつつある。しかし、安倍(岸信介)の統一教会の勢力を、簡単に瓦解させることは出来ない。私の希望、願望が急に実現することはない。
 
 なぜなら政治は闘いだからである。これ以上は言いようがない。しかし、ここまで私が解説してきたことで、質の高い、政治談議というものは、どういう風にするものなのか、を分かってもらいたい。 どうせ、私たちは、事態の傍観者(ぼうかんしゃ)であり、戦いを遠くから見ているだけだ。

私たちは、自分の運命を自分たちで握ることのできない哀れな人間たちだ。 
副島隆彦拝



[3231]天孫降臨神話について
投稿者:守谷健二
投稿日:2021-08-17 12:07:28

(3229)の続きです。
大津皇子は、大海人皇子(後の天武天皇)と天智天皇の娘・大田皇女の間に筑紫の那の大津で生まれました。
西暦661年正月の斉明天皇の筑紫行幸は「新羅討伐を自ら指揮するため」と教科書には書かれています。百済王朝を援けるため、と。そんな旅に、どうして臨月の皇女を帯同する必要があったのでしょう。

中国正史『旧唐書』は、この当時日本列島には、筑紫に都を置く『倭国』と近畿大和に都を置く『大和王朝(日本国)』が並立していたと書きます。
「倭国」は、百済、新羅の対し宗主的立場にあった。
『隋書』は、次のように記す。

《新羅・百済、皆倭を以て大国として珍物多しとなし、並びにこれを敬仰し、恒に通使往来す。》

倭王朝と新羅・百済王朝は、君臣の関係にあった、と言う事です。それを中国統一王朝隋も認めていた。
その新羅王朝が、650年唐に走り、唐の完全な臣下となったのです。これは倭王朝に対する裏切りでした。看過できない行為です。
この時から新羅討伐は、倭王朝の喫緊の課題となっていたのです。新羅討伐の準備は着々と進められていました。機は熟していた。
しかし派兵に踏み切ることが出来ずにいた。日本国内に問題がありました。

背後に控える大和王朝の同意を取り付けることが出来ずにいた。大和王朝は新羅の背後には中国統一王朝唐が控えていることを理解していた。大和王朝が新羅と手を結ぶことも十分にあり得たのです。

そんな折、大和王朝を説得する切り札として派遣されたのが、倭国の大皇弟・大海人皇子(天武)でした。何とか説得に成功したのでしょう、中大兄皇子(天智)の娘・大田皇女との結婚は、その結晶です。

斉明天皇の筑紫行幸は、大海人皇子に嫁ぎ、身籠っていた大田皇女を無事筑紫に送り届けるのが目的でした。それは倭国と大和王朝同盟締結の象徴でした。

661年八月に始まった倭国の朝鮮出兵は、663年八月の白村江の戦の大惨敗で終わります。三万余にも及ぶ大軍の海外派兵でした。それが大惨敗で終わった。唐軍は、筑紫に押し寄せ、倭国王を拘束し、唐の都長安に連行している。
倭王朝に対する国民の信頼は、崩壊壊滅した。倭国内には王朝に対する怒り恨みが渦巻いていた。
国王不在時、倭国の最高責任者は大皇弟・大海人皇子でした。彼は、王族たちの身の安全を図るため、筑紫を離れ大和王朝の天智天皇を頼ったのでした。条件は、大和王朝の下風に就くことでした。誇り高き倭王朝は、大和王朝(日本国)の臣下になった。

大海人皇子たちが大和王朝に身を寄せた時、大来皇女と大津皇子も一緒でしたが、母の大田皇女の姿はありませんでした。そこで所望したのが大田皇女の妹の鵜野皇女(後の持統天皇)でした。太田皇女と持統天皇は、両親を同じくする姉妹です。
草壁皇子は、天武と持統の間の出生です。持統が皇后になっていましたから草壁が皇太子に立てられて(天武十年二月)いましたが、世間には、大津皇子の方に正統性があるはずだ、と云う噂が絶えませんでした。

その上、石川郎女が皇太子・草壁皇子の求愛を退け、大津皇子を選んだように、大津皇子は見目麗しくたくましい美丈夫に成長していた。周りには慕い集まる者が多くいた。
持統天皇は気が気ではなかったでしょう。我慢の限界を超えてしまった。天武天皇が崩ずるや、直ちに大津皇子を殺害してしまったのです。これが最高権力者・高市皇子の逆鱗に触れたのです。草壁皇子の即位のことなど口に出すことが出来なくなってしまった。即位することなく689年四月草壁皇子は亡くなってしまう。
持統天皇の即位は690年正月です。

草壁皇子亡き後、持統天皇の願いは、草壁の忘れ形見・軽皇子(後の文武天皇)を即位させることでした。しかし、高市皇子健在な内は、それも口に出すことが出来ませんでした。
696年七月、高市皇子崩御。持統の後の天皇の事は何も決めずに突然亡くなりました。

持統天皇は、主だった皇族、主だった貴族を宮中に呼び、皇太子の事を諮問しました。この時天武天皇の皇子の何人か皇位に色気を示した、と『懐風藻』は伝える。ここで葛野王(壬申の乱で滅ぼされた大友皇子(弘文天皇)の子、母は、天武と額田王の間の出生)が立ち、「我が国では、神代より親から子へと天位が相続されると決まっている。もし兄弟間の相続など行われれば、そこから世の乱れが生ずるのだ」と喝破した。
この葛野王の一言で、皇太子であった草壁皇子の子・軽皇子(文武天皇)の立太子が決まり、持統天皇は大いに喜び、葛野王に多くの褒美を与えた、と云う。

686年九月、天武天皇薨去。
      大津皇子殺害。
689年四月、草壁皇子(日並皇子尊)薨去。

696年七月、高市皇子(後の皇子尊)薨去。

697年二月、軽皇子立太子。
   八月、持統天皇譲位。文武天皇即位。

まさにこれこそ『天孫降臨神話』ではないか。柿本人麿は、持統朝、文武朝前半に活躍した歌人である。目の前で展開された現実を歌っていたのである。遠い古の事ではなく、目の前の現実を正統化するために「天孫降臨神話」は創られた。 






[3230]天下のNHK発表「 東京都 コロナ 3人死亡 4295人感染確認 重症者6日連続最多更新 」だとさ。
投稿者:副島隆彦
投稿日:2021-08-16 09:45:22

副島隆彦です。今日は、2021年8月16日(月)です。

 3日前から、日本列島に横に一線で梅雨前線のようなものが停滞(ていたい)していて全国で雨が降り続いている。世界中の各地で見られる、集中豪雨(どしゃ降り)で、小さながけ崩れと川の氾濫が起きている。 あと数日、これが続くのか。そうしたら、もう秋の気配となる。

 NHKが、戦争中の 昭和19年(1944年)ごろの、大本営(だいほんえい。陸軍と海軍の統合本部のこと) の発表とそっくりで、国営放送局だから、律儀そうに、
「臨時ニューズを発表します。臨時ニュースを発表します」 の 感じで、「首都圏に、空襲警報が発令(はつれい)されました」 の 発表を、今、やっている。
 NHK(犬(いぬ)HKか?)が、「東京で、コロナ感染者数が、5千人になりました」と毎日、発表している。これで日本国民を脅(おど)し上げている。以下の通り。

「 東京都 コロナ 3人死亡 4295人感染確認 重症者6日連続最多更新 」
2021年8月15日  NHK   

である。この記事は、まとめて後ろに載せる、のちのちの証拠とするために。
 国民の方は、もう、すっかり飽き飽きして、厭(イヤ)になって、聞く耳持たない、の感じで、全く白けている。それなのに、それなのに、国民は、ほぼ全員が、実に律儀(りちぎ)に、実直に政府の言うことを聞いて、外ではマスクをしている。

 ごくたまに、ヘンなじいさんが、ふらふらとマスクをしないで、歩いている。私、副島隆彦は、この変な爺(じじい)のひとりである。 よろよろと、衣服もだらしない感じで東京駅の当たりを、用事で歩いている。

 オリンピック(7月23日が開会式だった)が、始まった途端に、「東京の感染者数が一日に5千人」を、やりだした。 世界命令(せかいめいれい)なのだろう。小池のワルは、平然と、この世界命令(ジョンズ・ホプキンス大学が、作って、「この国は、今日は、これぐらいの数字にしよう」で創作、捏造している数字)を、毎日、さらさらと手慣れた感じで発表している。

 オリンピックの選手たちが、六本木のアメリカン・センターとかに、繰り出して、酒を飲んで大騒ぎをする、そして日本人とトラブルを起こすのを、IOCとして、杭(くい)止めるのが、目的だったろう。晴海(はるみ)の選手村という収容所に隔離して、コンドームだけは一万個も、各部屋ごとに配って、それで選手たちをおとなしくさせた。よかった、よかっただ。 テレビの視聴率が高くて、東京オリンピックは、閉会式で、不気味な異様な感じで、「大成功」だったのだ。

 私、副島隆彦は、昨日、歩いていて立ち止まって、以下の詩(し)のようなものを諳(そら)んじた。

  暴力団も、不良少年たちも、みんなマスクをしている。「コロナの拡大感染」え? もう、「第4波 」の次の、「第5波」なんだって。 ワクチン接種は、3回目の次の4回目が決まった、と。どこに、そんな一日で5千人の感染者なんかいるんだよ。
 重傷者が250人だよと。コロナのインチキを唱え、ワクチン反対を主張している人たちもマスクをしている。ああ、なんていい国なんだろう。

 平和で秩序が保(たも)たれて、みんな、政府の言うことを聞く。いい国だ。
どんなド田舎の人たちも、畑仕事をしていても、皆、平等にマスクをしている。
ああ、もう丁度10年前だ。(2011年3・11の翌日から)の「放射能、コワい、コワい」の時と全く同じ、「コロナ、コワい、コワい」を、みんなで、まるで、盆踊りの大会のようにやっている。ああ、平和で、だらっとした、いい国だ。

 私は、マスクをしない。それで時々、今も特定の建物に入ろうとして、羽交い絞めにされて、無理やり紙マスクをさせられる。感染拡大で、さらに第5波が来た、だからだ。

時々、小さな子供を連れた若い母親のような女たちに睨みつけられる。「キタナイ。こっちに近寄らないで」という顔をされて避けられる。

 私は、安倍晋三が配った、ガーゼ(布)のマスクが好きだ。まわりの人たちから、貰って集めている。自分の慢性気管支炎対策で、家の中でしたりする。
ああ、なんていい国なんだろう。 平和で、だらっとして、秩序が保たれていて。

 お店でお酒も飲ませない。酒は、麻薬(ドラック)に次いで、民衆の脳を狂わせる薬物だとディープステイト(陰に隠れた世界支配者たち)が、イスラム教に学んで、決定したのだろう。 これで、みんな、もっと健康になる。ああ、いいことだ。いよいよ、地上の楽園になりつつある。

 そして、次の大(だい)戦争に、「ああ、コロナ、コワい、コワい」のコロナ音頭(おんど)」を踊りながら、人類(私たち)は、連れて行かれるだろう。
ああ、よい、よい。 さあ、それから、どした。の夢の世界だ。 副島隆彦記

(転載貼り付け始め)

〇 「 東京都 コロナ 3人死亡 4295人感染確認 重症者6日連続最多更新 」
2021年8月15日  NHK 
 
 東京都内では8月15日、日曜日としてはこれまでで最も多い4295人が新型コロナウイルスに感染していることが確認されたほか、都の基準で集計した重症の患者は250人を超えて251人となり、過去最多を更新しました。また、自宅で療養していた50代の男性が亡くなり、第5波で都が把握した自宅療養中に死亡した人はこれで5人になりました。

 東京都は、8月15日、都内で新たに10歳未満から100歳以上までの男女合わせて4295人が新型コロナウイルスに感染していることを確認したと発表しました。1週間前の日曜日より229人増えて、日曜日としてはこれまでで最も多くなりました。8月15日までの7日間平均は4263.9人で、前の週の105.6%です。

4295人の年代別は
▽10歳未満が212人、
▽10代が413人、
▽20代が1320人、
▽30代が877人、
▽40代が706人、
▽50代が505人、
▽60代が152人、
▽70代が63人、
▽80代が36人、
▽90代が10人、
▽100歳以上が1人です。

感染経路がわかっている1683人の内訳は
▽「家庭内」が最も多く1094人、
▽「職場内」が241人、
▽「会食」が73人、
▽「施設内」が67人などとなっています。

 このほか、複数の家族で別荘に行き、40代の男性と子ども2人が感染したケースなど夏休み中の旅行やレジャーに関連した感染も報告されているということです。
 都の担当者は「デルタ株への置き換わりで災害レベルで感染が猛威を振るっている。いま人と人との接触があればどこで感染してもおかしくない状況なので、旅行やお盆休みの帰省、不要不急の外出は控えていただきたい」と呼びかけています。

 東京パラリンピックの関連では外国人の競技関係者1人の感染が確認されました。これで都内で感染が確認されたのは、27万9132人となりました。
 一方、15日時点で入院している人は3749人で、14日より13人減りました。「現在確保している病床に占める割合」は62.8%です。また、都の基準で集計した15日時点の重症の患者は、250人を超えて251人となりました。14日より6人増え、6日連続で過去最多を更新し、増加が続いています。都が、現在確保している重症患者用の病床の使用率は64.0%となりました。

重症患者の年代別は
▽10代が2人、
▽20代が5人、
▽30代が23人、
▽40代が53人、
▽50代が94人、
▽60代が48人、
▽70代が21人、
▽80代が5人です。
 また、都は、感染が確認された50代の男性と女性、それに80代の男性の合わせて3人が死亡したことを明らかにしました。
このうち50代の男性は1人暮らしで、自宅で療養していましたが、今月3日に家族が本人と連絡がとれなくなったため自宅を訪れたところ、亡くなっていたということです。
 
 保健所が亡くなる前日に行った健康観察では、異常は確認できなかったということです。都によりますと、男性は、陽性がわかった時に発熱やせき、けん怠感の症状がありましたが、都が入院先を探す対象にはなっていなかったということです。第5波で都が把握した自宅療養中に死亡した人は5人になりました。これで都内で感染して死亡した人は2335人になりました。

(転載貼り付け終わり)

副島隆彦拝 



[3229]天孫降臨神話について
投稿者:守谷健二
投稿日:2021-08-16 06:45:02

(3225)の続きです。
 西暦686年九月の天武天皇の薨去から690年正月の持統天皇(天武の皇后)の即位まで天皇は空位でした。
 皇太子・草壁皇子は、即位することなく689年四月に亡くなってしまった。草壁皇子が即位出来なかった原因は、天武が亡くなると直ぐに大津皇子に「皇太子に対する謀反の罪」を着せて殺害したことにあった、と小生は見ている。これは当時の最高実力者・高市皇子の許可を受けずに密かに実行されたに違いない。これが高市皇子の逆鱗に触れ、草壁皇子の即位のことなど口にすることが出来ない状況を生んでしまった。持統天皇一派は、高市皇子の怒りが収まるのをひたすら待っていた。

 草壁皇子と大津皇子は、微妙な関係にあった。この事を見て行く。

   大津皇子、石川郎女(いらつめ)に贈る歌一首(巻二、107)
あしひきの 山のしづくに 妹待つと われ立ち濡れぬ 山のしづくに

(訳)妹を待つとてたたずんでいると、私はすっかり山のしづくに濡れてしまった。

   石川郎女、和へ奉れる歌一首(巻二、108)
吾(あ)を待つと 君が濡れけむ あしひきの 山のしづくに ならましものを

(訳)私を待つとて、あなたが濡れたという山のしづくになれたらよかったのに。

   大津皇子、密かに石川郎女に婚(あ)ふ時、津守連通(陰陽師)その事を     占(うら)へ露(あら)はすに、皇子の作りましし御歌一首(109)

大船の 津守の占に 告(の)らむとは まさしに知りて わが二人寝し

(訳)津守の占いに出て露見することなど、そんなことは承知の上で私たち二人は寝たんだよ!

   日並皇子尊(草壁皇子)、石川郎女に贈り賜ふ御歌(郎女、字を大名児といふ)(110)

大名児 彼方(をちかた)野辺に 刈る草(かや)の 束(つか)の間も われ忘れめや

(訳)大名児よ!私は少しの間も忘れることが出来ないのです。

 石川郎女の愛を、大津皇子と草壁皇子が争い、石川郎女は大津皇子を選んだという物語です。
 大津皇子は『懐風藻』(天平勝宝三年、751年上梓)に、身体たくましく教養深い美丈夫であったと書かれ、衆望を集めていた。

 大津皇子の母は、661年正月六日、斉明天皇の筑紫行幸に帯同され、正月八日に船中で大来皇女(おほくのひめみこ)を出産された大田皇女(天智天皇の娘、大海人皇子(天武)に嫁いでいた)です。
 この記事を『日本書紀』に発見した時、私は腰を抜かすほど驚いた。身重のそれも臨月の女性を船旅に連れ出すことなど如何して許されたのだろう。
 教科書は、この斉明天皇の行幸を「新羅討伐を自ら指揮するためのもの」と云う。どこに大田皇女を帯同する理由があったと云うのだ。 
 大津皇子は、大来皇女の弟です。筑紫の那の大津で生まれた故に大津皇子と名付けられました。今日はここまでにします。



   
 



[3228]井上正康先生講演会について
投稿者:はぐらめい
投稿日:2021-08-15 04:16:05

先にお知らせした井上正康先生講演会、今日は山形会場(14:00 山形ビッグウイング)、明日は米沢会場(13:30 米沢市民文化会館)ですが、先生のお身体の都合でzoomでの講演会になりました。先生の講演会の真骨頂である質疑応答の時間もたっぷりありますし、終了後、参加者同士が思いを語り合う交流会も予定通りです。資料集も用意しております。申し込みなしの参加も可能ですので、一日中雨になりそうですが、近隣の方ぜひお出かけください。

資料集の「あとがき」のつもりで書いた文、転載させていただきます。

   * * * * *

 昭和22年生まれの私は、戦争の記憶がまだ生々しい時代に育ちました。アメリカによる占領政策がひたすら過去の日本を貶(おとし)めることにあったこともあり、戦時中のバカバカしさについて、耳にタコができるくらい聞かされたものでした。
 祖父の死後、戦前の凛々(りり)しい祖父の写真を見て、どこか頼りなげだった私の知る祖父との落差に驚かされました。戦時中祖父は町内の役員として、先頭に立って金属供出に走り回りました。兵器製造に向ける金属不足を補うということで、各家庭のあらゆる金物類を供出させられることになったのです。大切な指輪を泣く泣く出した人もあったそうです。祖母は当時の祖父について、いささかの軽侮(けいぶ)をこめて語ったものでした。それに対して沈黙するだけの祖父でした。そんな祖父がある時、「あの戦争、敗けてよかった」と洩らしたことがありました。いちばん辛い思いをしていたのは、時代の圧力に抗しきれず”理不尽さ”に屈した祖父だったのです。そんな時代が今と重なります。これから何年か経って今の時代をふりかえり「バカげた時代」と思うようになる、そんな気がします。
 どうしてこんなことになっているのかをずーっと考えてきました。そしてたどり着いたのが「優生学」という考え方でした。要するに、人間の都合に合わせて人口をコントロールしようとする考え方です。神も仏もない”人知過信”の行き着く果てをそこに見ます。
アタリ未来予測.jpg フランスの未来学者ジャック・アタリが、40年前のインタビューでこう言ったそうです。《 人口削減はまず高齢者から始めます。なぜなら、60~65歳を超えると、人々は生産性がない状態で長生きし、それは社会に多大なコストがかかることになるからです。/次に弱者、次に役に立たない人たち。彼らは数は増えるが、社会の役に立ちません。そして何よりも最終的には、愚か者が対象です。/これらのグループを対象とした安楽死をおこないます。安楽死というものは、すべての場合において、私たちの将来の社会において不可欠な選択肢でなければなりません。》(ジャック・アタリ『未来の人生』)これを読んで思わず身震いしました。アタリはマクロン仏大統領を担ぎ上げた中心人物です。そのフランスでは今「ワクチン・パスポート」の義務化が進められ、その一方で大規模な抗議活動が全土に広がっています。
 日本ではどうか。マスコミで一切問題にされることもないままに「予防接種法施行規則の一部改正案」が7月半ば国会を通過、7月26日から「海外渡航用の新型コロナワクチン接種証明書」の発行が始まって、ワクチン接種義務化への道筋がつけられています。実はこの法律については昨年12月、政治家と公務員はワクチン接種をしなくてもいい内容に改正されていることも、国民には全く知らされていません。
 今何よりも大切なのは、外からのいいかげんな”知”に惑わされることなく、自分の”五感”に立ち返ることです。新型コロナで恐ろしいのは、病気そのものの恐ろしさではなくて、たまたまの陽性判断で「感染した」と騒がれることの方がずっと怖い、そんな縛(しば)りから早く自由になって、自分の感覚で考えてみることこそがひとりひとりに求められています。その一助になってくれることを切に願って作ったこの冊子です。ご活用ください。

(令和3年8月13日 墓参りを終えて記す)






[3227]日米経済について
投稿者:末席の新参者
投稿日:2021-08-13 23:00:53

最近のマスコミ報道から少し目を引いた記事について、私見を簡略に記したいと思います。

■米債務上限問題、民主党は単独で対応を - Bloomberg
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2021-08-11/QXOGAVT0G1L101
(関連記事)
「 アメリカ経済に今もつきまとう1965年に始まった狂乱物価の亡霊 」
https://shikiho.jp/news/0/429431

 私見です。米国では債務上限の引き上げが問題になっています。
もっとも債務上限問題はオバマ政権時代からマスコミでも取り上げられているので「またか」と思った人も多いでしょう。
 オリンピックのお祭り騒ぎに加え、さすがに米国債のデフォルトは回避されるとの見通しからなのか、今回はあまり報道されているように思えません。

 しかし今回の債務上限問題はこれまでのそれとは違うように思えるのです。
既報の通り、アメリカは消費者物価指数の上昇でインフレ状態です。長期金利である米国債10年物利回りと米CPIは一時的な逆相関はあるものの、おおむね相関関係があります。
 現在はCPIと長期金利の乖離が顕著な状態であり、長期金利には上昇圧力がかかってると考えられます。
 同様に非常に強い相関性のある、ISM製造業景況指数と米国債金利(10年物)の乖離も顕著で同様に長期金利は本来ならば上昇するべきところを金融緩和で低金利で押さえつけられているとも考えられます。

 MMT(現代貨幣理論)肯定派が主張するフレーズに「インフレにならないならば、紙幣を刷っても問題ない」があります。しかし、米国は既にインフレです。
 このような状況下で紙幣を供給すれば、更に紙幣の価値が希釈化(きしゃくか。水増し)され、その結果として、ますますインフレが進行することになりかねません。かねてより副島先生が著書で指摘されていた米国債(10年物)の金利上昇が起きようとしているように思えます。

 コロナ対策や老朽化したインフラの整備などとお題目を付けようが、お札が紙切れになるまで金融緩和を続けるより他に方法がないのでしょう。

 逆にFRBが金融引き締めでテーパリングを行えば、米国債の消化に悪影響して、これまた長期金利の上昇要因になり同時株安のトリガーになると推測されます。どちらにせよ「毒を食わば皿まで」の境地で、世界的な金融ショックが起きようが資本主義は止まることができないように思えます。


■「 ゴールドマン銀行免許取得で始まる、日本の中小企業“食い散らかし”」
https://diamond.jp/articles/-/277014

 私見です。先の通常国会で成立した銀行法改正案が日本の産業の解体の伏線と危惧されています。このダイヤモンド誌の記事にあるとおり、非上場企業の株式であっても100%取得できるようにするという内容が含まれているからです。

 中小企業に融資をしてくれる味方のはずの銀行が、企業を買収する側になるからです。さらに、外資系の銀行も含まれており、銀行免許を取得したゴールドマン・サックスが魅力のある技術を持った中小企業をマネーゲームの対象として一儲けを企てているなら問題です。ゴールドマンに限らず外資系銀行のターゲットにされてはたまったものではありません。

 コロナの喧騒に隠れて、日本の国力弱体化の外堀がまた一つ埋められているように思えます。



[3226]歴史は大事です。
投稿者:磯貝太(いそがいはじめ)
投稿日:2021-08-13 21:13:35

歴史とは何かです。

この掲示板を覗きに来る人は次のもので100%的中すると思います。
「あのお方はご兄弟で身長、顔つきが全く似ていない」
「あの方の奥様は比較的新しい宗教の方ではないのか」
「あのお方のお子様は替え玉が数人いるのではないか」
これで「あのご家族か」とわかると思います。
ところが、これが500年後とか1000年後とかの人が読んだり聞いたりすると「何が何だかさっぱりわからない」になるでしょう。

当家10キロほど先のところに高速道路が出来ましたが、作る前に発掘調査が行われました。
冬は零下20度ぐらい。積雪が2メートル。そこに縄文時代200戸以上の住居遺跡があるとわかりました。これが1000年ぐらい続いたそうです。

発掘する学芸員は公務員なので説明文を書くと公文書になってしまうので、自分が思った、感じた事が素直に書けません。

そこで、商業記事が出てきます。
学芸員さんは私見を全く記載出来ないので、こちらの名前で商業記事を作ります。
縄文時代は冷蔵庫がないので極寒は食料の保存に最適だった。火があり、毛皮を着ていれば今は劣悪だと思われているが、寒さだけをクリアすれば快適だったになります。
ただし、集団生活では保存食が必要になる。
居住地から離れたところに食料保存施設を作った。公共施設ですね。
離れたところに食料保存施設を作らないと、自分だけ生きて行ければよいという横取りする人が必ず出るので監視が必要になる。監視役も交代が必要なので集落から離れたところに設置する。集団で生きるための知恵のようです。

と学芸員さんらは推察しますか、これが教科書とか副教材になるので遺跡の作られた時期の推定だけなので学芸員さんは書けません。

湖や川に葦がありますがここから鉄がとれます。
その鉄で作ったものが、福島県のど田舎の会津から関東、北陸でも発見されます。
会津の遺跡から、500キロ先の富山や千葉あたりでしか絶対に出来ない翡翠などの遺跡が出てくる。
こういう事から、鉄製品ともの凄くハイレベルで高度な工芸品の交流、物々交換があったのではないか?という話になります。

ハイテク技術は朝鮮半島から来たようだ。そのハイテク技術集団が、当時の半島、大陸情勢から本気で逃げてきて、捲土重来を狙っていた。その文化継承ではないか。
これらは学芸員さんらの推測、妄想の世界です。主観のみで客観性はまったくありません。

個人的思い込みですが。この手のお話を丁寧に証明していくのが学問道場の世界ではないのかと私は勝手に考えています。

第二次世界大戦では日本のエリートが他国の石油利権争奪を甘く見た。(DS陰謀論は勝手にやってください)
ショーンコネリーが主演した「プレシディオのナンタラ」で南北戦争は他国への侵略ではなく内戦だったので「アメリカ歴史上アメリカ人の戦死者は最大である。アメリカ人戦死者が南北戦争以上にでるのはこれからもないだろう」というところがあります。多分、これが本当でしょう。
そこからクリント・イーストウッドが作った硫黄島もの連作でアメリカ海軍と海兵隊の深刻な対立が出てきます。日本軍に殺されたのがほぼ海兵隊でしたが、手柄は海軍が横取りしたという「内部告発」でしょう。
戦争しすぎてお金に困ったアメリカ政府が「米国民に国債を買わせる為のプロパガンダ」を証明してしまったのがクリント・イーストウッドになります。

先の大戦で300万人以上の日本人が戦死しましたが、アメリカの戦死者は当時でも1万人弱。ところが日本にトドメをさす本土決戦になると50万になる。
これをアメリカ側が本気で止めようという理屈で原爆とかを使ってきました。地上起爆説は割愛します。
当方間違いなど大幅にあると思いますが、たたき台にしてください。

多分、こういう議論を求めるのが学問道場だと勝手に信じ込んでします。
個人攻撃の暇つぶしよりもこういう話のほうがもの凄く楽しいと思います。



[3225]天孫降臨神話について
投稿者:守谷健二
投稿日:2021-08-13 12:10:31

(3217)の続きです。

『万葉集』に於ける天孫降臨神話を書きます。

  日並皇子尊(ひなみしのみこのみこと)の殯宮(あらきのみや)の時、柿本朝臣人麿の作る歌〈万葉第二巻、167〉

天地(あめつち)の 初めの時 ひさかたの 天の河原に 八百萬(やほよろづ)千萬(ちよろづ)神の 神集(かむつど)ひ 集ひ座(いま)して 神分り 分りし時に 天照らす 日女(ひるめ)の尊 天をば 知らしめすと 葦原の 瑞穂(みづほ)の国を 天地の 寄り合ひの極み 知らしめす 神の命(みこと)と 天雲の 八重かき別きて 神下し 座(いま)せまつりし
 高照らす 日の皇子は 飛鳥の 浄(きよみ)の宮に 神ながら 太敷きまして 天皇(すめろき)の 敷きます国と 天の原 石門(いはと)を開き 神上がり あがり座しぬ 
 わご王(おほきみ) 皇子の命の 天の下 知らしめしせば 春花の 貴(とふと)からむと 望月(もちつき)の 満(たたは)しけむと 天の下 四方(よも)の人の 大船の 思ひ頼みて 天つ水 仰ぎて待つに いかさまに 思ほしめせか 由縁(つれ)もなき 真弓の岡に 宮柱 太敷きいまし 御殿(みあらか)を 高知りまして 朝ごとに 御言問はさぬ 日月の 数多(まね)くなりぬる そこ故に 皇子の宮人 行方(ゆくへ)知らずも 

(訳)
天地の初めの時、天の河原に多くの神々が集まって相談された時に、天照大神は天界を治めになるとして、地上の葦原の瑞穂の国(日本)は、その地の果てまでお治めになる神として、天雲をかき分けて下し置かれた日並皇子(草壁皇子)であった。
 しかし「この国は、飛鳥の清御原(きよみはら)の宮に神として神々しく国を領せられた天皇(天武天皇、ここではその皇后であった御母・持統天皇を指す)がお治めになる国である」と日並皇子は言って、天の岩戸を開いてお隠れになってしまった。
 この日並皇子が天下をお治めになるのだったら、春の花のように貴いであろうにと、満月のように満ち足りて盛んであったろうにと、天下の四方の人々が頼みにし、干天に慈雨を待つように仰いで待っていたのに、草壁皇子は何とお思いになってか、縁(ゆかり)もない真弓の岡に殯の宮をお造りになって、朝ごとの仰せ言もない月日が既に多く流れ去ってしまった。
 それ故に、皇子の宮人たちはこれからどうしたら良いか分からないことである。

 
 日並皇子とは皇太子のこと、ここでは草壁皇子です。
 草壁皇子は、天武天皇(大海人皇子)と皇后・鵜野皇女(天智天皇の娘、後の持統天皇)の間に生まれ、天武十年二月、立太子。

 天武十年(681)三月、修史(日本書紀の編纂)を命ずる。

 天武十二年、大津皇子を朝政に参画させる。

 天武十五年(686)九月、天武天皇薨去。

 権力と云うのは、その空白を極端に嫌います。天皇が亡くなれば直ちに次の天皇を即位させるのが本能的欲望です。天武が亡くなった時も、皇太子であった草壁皇子の即位も速やかに執り行われるはずでした。
 しかし、草壁皇子の即位は執り行われなかったのです。草壁の皇子は、即位せぬまま三年半も過ぎた西暦689年四月、突然病に斃れ亡くなってしまわれた。
 持統天皇の即位は翌年(690)正月です。つまり、天武天皇が亡くなった686年九月から、690年正月までは天皇の空白、不在時でした。異例中の異例、全くの異常時です。

 天武の王朝は「壬申の乱」と呼ばれている内戦に勝利して始められています。「壬申の乱」は、後の「関ヶ原の決戦」に匹敵する日本国内を二分する日本最大級の内戦でした。その戦いに勝利して開始されたのが「天武の王朝」です。当然天武朝は、強力な軍事政権でした。軍事を掌握していた者が最高権力者だったのです。
 「壬申の乱」を主導し、勝利に導いたのは、天武天皇の長男の高市皇子(母は、宗像の君徳善の娘・尼子の郎女)です。高市皇子が天武朝の最高実権者でした。
 
 草壁皇子が即位出来なかった原因は、天武天皇が薨去した686年九月に、大津皇子に「皇太子に対する謀反の罪」を着せて殺害した事に在った、と小生は見ています。この大津皇子の殺害は、高市皇子の承諾を受けずに、持統天皇の側近たちが極秘に速やかに実行したものだったのではないか。
 この事を後に知った高市皇子が激怒したのではないか。高市皇子は、次代のリーダーとして大津皇子に期待するところ大なるものがあった。

 大津皇子と草壁皇子の間には微妙なものがありました。その問題は次回に回します、体力気力の衰えはハッキリしています。長時間パソコンに対峙していると気が狂いそうになります。

 

  







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